女に連れていかれた、難民キャンプでは、女は先生と呼ばれていた。難民キャンプで身よりのない子供達の世話は、別のNGOスタッフが担当していたが、当然、人数が足りるわけではなかった。
僕はスタッフの目を盗んでは抜け出し、手伝いと称して先生に会いに行った。今思えば邪魔にしかならない僕を先生は受け入れ、簡単な雑務を与えてくれた。そして、話をした。僕のこと、先生のこと…。
「先生はなんで、地球からここに来たの?」
「そうね…、ヤタがいなくなってしまったからかな…?」
「ヤタ?」
「それに、ビリビリ、得意だったのよ」
「ビリビリ?」
先生はそう言うと、ピースサインを作る。指の間はバチバチっと火花放電が起こった。
「おい、仕事だ」
昼間に起こった出来事につられて、昔のことを思い出していると、相棒の声で今に引き戻された。仕事熱心なことだ。と、皮肉を考えてから答えた。
「状況を説明しろ」
いつもの夜間訓練の後、恭也と分かれ士郎と帰宅の途に付いていた美由希はフッと気配を感じて空を見上げた。
眼鏡の位置を直しながら目を凝らすが何も見当たらない。
「どうしたんだ?美由希?」
「うん、ちょっと…」
士郎は気が付いていないようだ。
(気のせい?…いや。)
御神流『心』
目を頼らず周囲の状況を知る御神流の技術で探る。すると確かに何処かの家の屋根が軋む音がする。
(動いた!左方向、距離50m!)
月明かりの中、透明な何かが蠢いている。何かは跳躍し隣の家の屋根に跳び移りながら移動している。
(ジャンプする前の僅かな振動。なのは達が魔法を使う時に似ている。魔法を使う人…?)
以前、妹のなのはが訓練をしているところを見学させてもらったが、その時に感じた魔法を使う気配によく似ていた。
「父さん、あっちに魔法を使う人!」
「…なるほど、確かに…」
意識を集中して士郎も、何とか気配を捉えたようだ。しかし、そうこうしているうちに距離がずいぶん離れてしまった。
「あっちは家の方角…、なのはの知り合いかな?」
美由希はなのはに確認するのを躊躇った。
(なのは、この時間ならもう寝ているね…)
もともと、なのはは体を休めるために帰郷している。聞いたとしてもなのはが知っているとは限らないし、移動している方向が偶然家の方向に向かっているだけで、魔導師と家は全く無関係かもしれない。
魔法関係の知人――ハラオウン家に連絡するのも深夜ということで遠慮した。
(なのはには、できるだけゆっくりと休養させてあげたい)
それが美由希の本音だった。しかし、要人のSPとして働いていた士郎は違った。
「いや、それはおかしい。なのはの知り合いならこんな時間に姿を消して尋ねてくるとは思えない」
士郎が携帯電話を取り出しながら言った。
「行きなさい、美由希。もう父さんじゃ追い付けない。なのはには父さんが確認する」
「…わかった」
美由希は肩に掛けた図面ケースの重さを確かめる。中身が図面ではあり得ないしっかりとした重量を感じる。
「気付かれない距離を保って後を追う。何もなければ、そのままやり過ごす」
言いながら美由希が眼鏡を外す。士郎が頷くと美由希の体が夜の街に舞った。
「もう、恭也にも美由希にも、勝てないだろうな…」
美由希の背中を見ながら士郎が呟き、電話を掛ける。
「あら、あなた?どうしたの?」
電話に出た最愛の妻の声は、残念ながらノイズ混じりだった。
この辺境の原始人達にも街灯を作るだけの知恵はあったようだ。だが、ミッドチルダの夜景に比べてこの町の灯のなんと貧相なことか…。
『つまらん町だ。戦艦の砲撃で消滅させてしまえば手っ取り早いだろ』
『ごねるな。管理外世界には可能な限り不干渉が管理局の方針だろ』
思わず本音を口にすると、遥か上空の小型次元船からこちらを管制している相棒が得意の正論を言ってきた。
『その方針のおかげで、魔力素の存在すら理解できない猿人共に合わせて、質量兵器でのピンポイント攻撃だぜ。バカバカしい』
『魔法文化がない世界は、この方法が一番騒ぎにならない。不破という家系も爆弾で滅ぼされているし、同じ相手に犯行を擦り付けてやることも可能だ』
『慈悲深いね親と同じ死に方をさせてやるわけか。情報工作は?』
『問題ない。ただ、元アースラクルー達が管理しているサーチャーにだけは気をつけろ』
海鳴市には、機動六課が解決したロストロギア逃走事件の際、設置されたサーチャーが耐久実験のため回収されずに稼働していた。
『了解。この世界の技術程度では、管理世界の存在を知ることすら不可能だったな』
『そうでもない。この世界の著書には管理局のことを書いているものもあるぞ』
『ああんっ!?』
思わず声を荒げる。管理世界は、この世界の科学技術より百年近く先を行っている。彼らの技術を誤魔化す方法などいくらでもあるはずだっだ。
こちらの反応に気をよくした相棒が、得意げな声で続ける。
『管理局の創設期、管理局の次元航行部隊は、各世界に無翼機を飛ばしまくって文化や文明レベルを徹底的に調査した。その時、偶然にも無翼機を目撃した現地人は、無翼機をUFOと呼び研究し始めたそうだ』
『つまり俺たちは超常現象のたぐいってか?』
『いや、どちらかというとインベーダー』
『はっ!侵略者かいいじゃねぇか!それらしく、壊滅させてやればいいだろ』
繰り返すと相棒は呆れたようだった。ため息を付いて仕事に戻るように促してきた。
『わかった、わかった、不満なのは、わかったから、仕事に戻ってくれ。プロだろ、給料を払ってくれる相手のオーダーには答えろ』
『へ、しかたねぇ。給料には義理立てしてやるか』
美由希は一定の距離を保ったまま、相手の死角を縫うように移動する。相手は真っ直ぐ高町家の方向に向かっている。追跡をまくための攪乱や陽動の様子も見せない。
相手はこちらに気が付いていないようだ。
もちろん美由希も可能な限り、気配を消し、静かに後を追っているが、着ている服は単なるトレーニングウエアと普通の服でしかない。魔導師が本気で索敵を行えば、位置ぐらいは簡単に特定されてしまうだろう。つまり、魔導師は透明になる魔法を使うことで、気付かれることはないと油断してしまっている。最も無防備になる跳脚後の着地においても、静粛さに欠け隙だらけだ。
なのはが撃墜された時がそうであったように、どんなに強い力や高い技術を持っていても、それを扱う人の不調や油断によって、それらも無価値になってしまう。
(姿を隠せるといっても、存在が無くなるわけではないのに…。油断というより、高慢さ…、強い武器を持って自分が強いと勘違いした新兵って、母さん(美沙斗)なら言いそうだね…)
魔導師は高町家から約1㎞地点の民家の屋根で止まった。透明なままなので確かめようがなかったが、進行方向から向きを変えた気配はなかったので、魔導師は家の方角を向いている。
ポケットの中の携帯がブルっと震える。魔導師から視線を切らないように、携帯を確認しようとすると、
魔導師から首筋が粟立つ気配!
(これは殺気!方法は分からないけど攻撃を仕掛けようとしている?!)
間違いなく魔導師は暗く熱い殺気を高町家の方向に放っている。
(止めなきゃ!)
目標にしていた民家の屋根に跳び移ると、着地の衝撃でドスンと大きな音がしたが気にする必要はない。
今深夜で家の者も深い眠りについている。そうそう起き出すことはないだろうし、民家の住人が外に出て、屋根の上を見上げたとしても魔法による光学迷彩で、こちらの姿を確認することなど不可能だ。
すぐに通信を送る。
『目標ポイント到着。誘導信号、送信準備完了』
可能な限り管理外世界に不干渉を守るため、今回の作戦ではわざわざこの世界と同じ規格の質量兵器が小型次元船に装備されていた。一体どうやって用意したのかは知らなかったし、知る必要もないと考え、気にすることはしなかった。
とにかく、この地点から赤外線レーザーを目標に当ててやれば、そこに向かって炸薬の詰まった質量弾が飛んでくるらしい。
『こちらも受信準備完了だ。やってくれ』
『送信開始』
短杖を構えて昔ながらの赤外線レーザーを発射する。もちろん、肉眼では確認することなど不可能だったが、ヘットマウントディスプレイは、赤外線レーザーが目標の家屋に当り、反射して円錐状に広がっていることを教えた。
小型次元船が質量弾を発射し、このまま数分たてば目標の家屋など跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。あの民家にいる高ランク魔導師も、完全な不意打ちには対応できない筈だった。
「貴女は誰!なにをしているんですか!」
背後からの突然の誰何に体を強張らせる。一呼吸遅れて何者かがこちらの真後ろに立ち、こちらを認識していることをデバイスが無機質に伝えてきた。
(女の声!エース・オブ・エースは気が付いていた!?)
思考を否定するように、相棒の狼狽した声が通信で届く。
『馬鹿な!一瞬で10m以上移動した!?その現地人、魔導師じゃないぞ!』
相棒の言葉を聞いて、頭に血が上った。
(無知で野蛮な原住民に背後を取られただと!ふざけやがって!)
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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