エイブラハムと別れて、猫を槙原動物病院に連れていくと院長は、猫の様子を見て深刻な顔をして処置室に猫を運び込んだため、なのは達を不安にさせたが、思いのほか早く戻ってきた。
「手当てが適切だったみたいね。2~3日入院は必要だと思うけど、そこからはちゃんと、持ち直すと思うわ」
茶色の髪をショートカットにした院長がそう言うと、なのは達は異口同音に「良かった」と胸をなでおろした。
「へえ、まるでダメな、マダオっぽい顔している割には、エイブラハムってそれなりに使えるやつだったんだ」
冗談めかしてアリサが言うと、素直な雫とヴィヴィオが異を唱えた。
「アリサさん。なんでそんなこと言うの!」
「そうダヨ。エイブラハムさんを悪く言っちゃダメ!」
「…いや、じょ、冗談よ。分かるでしょ…っ!」
子供らしいまっすぐな正義感をぶつけられ、しどろもどろになりながら視線でなのはとすずかに助けを求めるアリサだったが、二人はくすくすと笑うだけで一向に助けようとしない。アルフも同じく意地悪く笑うだけだったし、年少組の四人は雫達の味方のようで、攻めるようにアリサを見てくる。
多勢に無勢、アリサがおれた。
「わ、悪かったわよ…。ゴメン」
「もう、わたし達に言ってもダメだよ!」
「エイブラハムさんに、あやまって!」
「…はい…」
言い負かされ、しおらしく返事をするアリサの姿を見て、なのは達はとうとう声を立てて笑い始めた。
「そこ!笑うな~!」
「にゃはは、ゴ、ゴメン」
「でも、ふ、ふふふ」
「あっはは、二人ともたいしたもんだね~。ちゃんとアリサを叱れるんだからさ~」
アルフがヴィヴィオ達の頭をなでまわす。
院長はそんなやり取りを微笑ましく見つめながら、ヴィヴィオ達の抱く子猫に視線を向ける。
「その子達、あの猫の子?」
「はい、この子達をママに合わせてあげていいですカ?」
「う~ん、いいけど…。同じケージには入れられないわね。この子達が傷口を触ってしまうといけないし…」
「じゃあ、じゃあ…」
雫が少し考えてすずかに言う。
「すずかおねぇちゃん。この子達うちで預かっていい?」
「え、うん、大丈夫だと思うよ。ノエルさんやファリンさんも子猫の世話したことあるし」
「ほんと!ヤッタ!」
「でも…」
喜ぶ雫だったが、ヴィヴィオは不安そうだ。
「子猫たちはママがいなくて平気かな」
「大丈夫よ。お泊りのようなものでしょ」
「お泊まり?」
「なに?ヴィヴィオちゃん、お泊まりもできないの?」
お姉さん風を吹かせて雫が、エッヘンと胸をはる。
同学年の雫に『子供』扱いされ、お泊まりとやらをしたことがないのは、自分だけかと他の子供達の様子を見る。
月村の双子は姉を羨望の瞳で姉を見つめ、ハラオウンの双子・カレルは悔しそうに口をへの字に結び、リエラはアルフにしがみついている。
もう一人、子供の姿をしているが、中身はそれなりに大人のアルフは双子の様子を見ながら、
「ああ、そういえば、まださせたことが、なかったねぇ~」
と、のんきな声を上げている。
ヴィヴィオはお泊まりをしたことがないのが、自分だけではないことに安堵した。
「ふふ~ん、やっぱり、できないんだ」
しかし、勝ち誇る雫の態度を見て、闘争心に火がついた。
いや、こんなことではダメだ。わたしはエース・オブ・エースの娘。お泊まりぐらいできるはず。
「お泊まりぐらい、わたしもできるもん!」
「ふ~ん、じゃあ、今日やってみる?」
勢いに任せて言うヴィヴィオに、雫が不適に笑う。
笑われたヴィヴィオは急に不安になる。お泊まりとはいかなる奥義なのだろうか?
しかし、もう引き下がれない。
「い、いいよ、やってあげる」
「じゃあ、決まり。ヴィヴィオちゃんはわたしのお家にお泊まりね」
雫は喜び、すずかにその旨を母に頼むようねだり始めた。すずかは視線でなのはの同意を得ると、携帯電話で月村邸に連絡を取る。
一方、ヴィヴィオはなのはの袖を引き、雫に聞かれないよう、お泊まりとはどういうことか?と、こっそりと訊ねた。
「ねぇ、ママ。お泊まりって、どんなことをするの?」
なのはは娘の様子に、この負けず嫌いは誰に似たんだろう?と、思いながらも答える。
「他の人のお家で、一晩過ごすことだよ」
「なあんだ」
ヴィヴィオは安心した声で続ける。
「じゃあ、いまでもわたし、ママのママのお家でお泊まりしているんだ。ママも一緒なら簡単だね」
娘の勘違いに気が付いたなのはは、困った顔をして訂正する。
「あの、ヴィヴィオ、お泊まりっていうのは子供だけでするんだよ…」
「エ…」
ガーンという効果音が聞こえてきそうな、ヴィヴィオの表情を見たなのはの方が、よほどお泊まりに不安を覚えた。
「「おじゃまします」」
「「「「ただいま」」」」
アリサやハラオウン家の面々と別れたなのは達が隆宮市の月村邸につくと、なのはの兄・恭也、すずかの姉にして恭也の妻・忍と月村邸の侍女のファリンが迎えてくれた。
月村の下の子供達が母の忍に飛びつく。
「おとっ!皆、お帰り。なのはちゃんとヴィヴィオちゃんはいらっしゃい」
「はい、忍さん。今晩はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく♪今日が初お泊まりだったわね」
「お母さん、この子達もお泊まりだよ」
「うん、分かってるって。ファリン」
「は~い、この子達はわたしが預かりますね」
ファリンが雫とヴィヴィオから、慣れた手つきで子猫を受け取り、下がっていった。
「あらためて、いらっしゃい。ヴィヴィオちゃん」
忍はヴィヴィオと、いろいろ話をしてみたかったようだが、双子に服を引っ張られて断念する。
「お母さん、お腹すいた」
「ぺこぺこ」
「あらまぁ、今、ノエルが用意してくれているから、手を洗って待ってましょう」
「なのはもこっちで食べていくんだろ?」
恭也から誘いを雫が止めた。
「ダメダメ、それじゃあお泊まりにならないでしょ!」
雫のなかでは夕食も親が同伴しては、お泊まりにならないらしい。
今すぐ、母と離されることに不安を覚え、一瞬ひるんだヴィヴィオだったが、すぐに虚勢を張って言い返す。
「わかってるよ!」
どうにも意地になっているらしい。
ヴィヴィオはクルリと振り返り。
「ママ、送ってくれてありがとう。バイバイ」
「…え、ええっ!」
まるで邪魔者のように言われて、なのはは少し傷ついた。意志が強い子になってくれるのはうれしいけども、もう少し言葉を選んでほしい。
もっとも、ヴィヴィオがこちらを傷つける意図があったわけでないことも分かっている。この位の子供は相手を傷つけずに、自分の意見を通す会話の技術は持っていない。
母と娘を見比べて、すずかがからかうように言う。
「頑固なところが、なのはちゃんにそっくり」
「そ、そんなことないよ」
思わず反論してしまったが、図星だった。恭也も忍も意地悪く笑っている。
ひとしきり笑った後、忍は子供達に向かって言った。
「それじゃ、ヴィヴィオちゃんもいらっしゃい。洗面所に案内するから」
「はい、でも、桃子ママにお電話してからでイイですか?」
「いいわよ。到着の報告?」
「ハイ、ご挨拶します」
「いい心掛けね。じゃあ、雫、電話が終わったら、ヴィヴィオちゃんを案内して上げて」
「うん!」
「じゃあ、なのはちゃん。今度はヴィヴィオのお泊まりじゃない時に、のんびりしていってね」
そう言い残して、忍は双子の手を引いて洗面所に向かった。
通信用端末(ミッド製)で、高町家に電話をかけるヴィヴィオを見つめ、恭也が口を開く。
「なのはは…、もしかして、教育ママだったりするのか?」
「そうなのかな?でも、挨拶は大事だよ」
「そうだな」
恭也が納得して頷く。
「恭也さんも、剣術を教えている時は、教育パパに見えますよ」
「え、そうかな?」
「ええ」
すずかに言われ恭也は頬をかく。照れているようだ。
その様子になのはとすずかが顔を見合わせていると、挨拶を終えたヴィヴィオが端末を持ってやってきた。
「ママ、桃子ママが、ママに代わってだって」
代わると母の優しい声が耳を擽る。
『もしもし、なのは?」
「うん」
『なのははこっちでご飯を食べるのね?』
「うん、お泊まりでママの同伴はダメだって」
そんなつもりではなかったのだが桃子の優しい声に甘えてしまい、思わず娘に言われたことに対する愚痴が出てしまった。
『ふ~ん、寂しい?』
「え、そんなこと…」
『寂しいんだ~』
「う、うん」
きっとそうだ。桃子に自分でも自覚していない本音を言いあてられてしまい。なのはははずがしそうに返事をした。
やはり、母には勝てそうにない。
『ふふ、じゃあ、今日はお母さんと寝よっか』
「えぇっ、もう、子供じゃないんだから」
母の提案に気恥ずかしさを感じなのはが言い返したが、桃子が続ける。
『いいじゃない。一緒に寝ましょう』
「(いいよね。たまになら。)う、うん」
返事をしながら、思わず口をすぼめる。
『じゃあ、気を付けて帰ってくるのよ』
「うん、また後で…」
端末を切ると、ヴィヴィオがこちらを見ていた。会話の内容を切られたかとなのはの顔が赤くなり、顔を手で覆ったが…。
「ママ、お電話しているとき、お耳キーンてしない?」
「え、キーン?」
なのはの予想とは違う質問をヴィヴィオがしてきた。しかし、意味がさっぱり分からない。
「高音域のノイズが入ったのかな?子供の方が高い音には敏感だって言うし」
なのはが首を捻っていると、ヴィヴィオとの会話を聞いていたすずかが教えてくれた。ヴィヴィオの持っている端末はミッド製のモノなので、地球の電話回線との齟齬を生んでノイズが入っているのではないか?と、すずかが説明する。そう言うこともあるのかもしれない。
「ヴィヴィオ、耳とか頭とか痛くなったりしない?」
「ううん、平気だよ」
「じゃあ、気にする必要ないと思うよ」
「うん、気にしない」
納得したヴィヴィオが、雫につれられて行くのを見送って、なのはも帰ることにする。
「それじゃ、お兄ちゃん、すずかちゃん。お邪魔しました」
「うん、今度は遊びに来てね」
「気をつけて帰るんだぞ」
「じゃあね」
恭也は妹の車が見えなくなるまで見送り食堂に向かった。
食卓に向かった恭也の懐から軽快な音楽が流れた。携帯電話にメールが届いたことを知らせる着信音。
「_ッ!」
メールを確認した恭也は、ガレージに止めてある自分の車に飛び乗り、妹の後を追った。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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