倒した魔導師の陰から一瞬で飛び出し、恭也は指揮官らしき男の首に一撃を走らせるが、ガツンと想像以上の反動が手に伝わってきた。
並みの相手なら、抵抗すらさせずに仕留める事ができる一撃だったが、妹達が魔力と呼ぶ力が、発光するほど首に集まり刀が防がれた。相手に与えた傷は皮一枚を傷つけた程度、致命傷には程遠い。
(フィールド・ライズとかいう能動的な防御だったな。一撃だけでは、防御は抜けないか…)
完全な不意打ちを受けたにも関わらず、相手は素早く反撃をしてきた。左手に宝石のような球体を持ったまま、分銅が付いた打撃武器・ヒッターを振るってくる。
(…できるな)
不意打ちを受けてから反撃に移るまでの時間で判断すると、相手はかなりの経験を踏んでいるプロだ。結界の外にいた魔導師を含め全員が、服装や武器を統一しているところを見ると、複数での連携を重視した戦いもできるはずだ。
恭也は振り下ろされたヒッターを、あえて紙一重では避けず、大きく攻撃をかわした。手に持っているヒッターの攻撃範囲は把握していたが、相手は魔導師だ。武器の形をそのまま真に受ける事はできない。
案の定、ヒッターの分銅に纏わりついていた魔力が衝撃波となって、恭也のいた空間を襲った。紙一重で躱していたのなら衝撃波に巻き込まれていたかもしれなかったが、そのころには恭也は、指揮官の側面に回り込んでいた。逆手に構えた刀の柄尻でわき腹を、つま先で膝を狙う。もちろん『徹』を使ってだ。
だが、これは敵も読んでいたようだ。器用に手足を折り曲げブロック。こちらの打点をずらし、最小限のダメージで防御する。
恭也の躱した衝撃波が街灯をなぎ倒し、ガードレールが飴細工のように曲がる。
「隊長!」
街灯が倒れる耳障りな金属音に、他の魔導師が我に返った。
一人がジェット機のような加速で接近してくる。高速機動を売りとするガードウイングだ。
すれ違いざまの放たれた一撃を、恭也は身を沈めてやり過ごすと、加速の付きすぎた相手との間合いは大きく離れた。
その隙に指揮官に足払いを仕掛け、続けて刀を振るい牽制攻撃。いくらフィールドで体が傷つくことがなくとも、体重や重心が変わるわけではない。指揮官らしき男はたまらず、踏鞴を踏んでバランスを崩した。
『心』でとらえた音が状況を伝える。
指揮官が体勢を立て直すまで、2~3秒。もう一人の魔導師は、なのはを拘束するので手一杯のようで動きがない。
一番の脅威は…、
(背後からの、高速攻撃)
土煙を上げ急制動を掛けたガードウイングの魔導師が、反転し突進しようと身構えている。
いくら御神の剣士が、目にも留まらぬ高速戦闘を可能としていても、それはあくまで人間の力。初速で勝っていても、最高速度や総合的な機動力では圧倒的に不利だ。魔導師の攻撃を防ぐとしたら、魔力チャージや詠唱時間といった出足を潰すか、避けるしかない。だが、恭也は今、ガードウイングに対して背中を向けた状態にある。
回避するしかない。
経験と直感の告げる判断に従い、殺気でタイミングを見計らう。ステップでフェイントを入れてから、二人の敵から離れる方向に『神速』で跳躍。
敵のガードウイングは、再び恭也をとらえ損ねたことを悟ると急停止した。
短い滞空時間の間、空中で腕を振るってバランスを取りながら着地する。
休んでいる暇はない。体勢を立て直した指揮官が、着地のわずかな隙を逃すまいと衝撃波を放ってきた。さらにガードウイングが、再度の突進攻撃を狙っている。
『神速』を継続させながら、恭也は衝撃波をギリギリの所で躱した。すぐ足もとで衝撃波が地面を叩き、砕かれた無数のアスファルトや土塊が恭也の体を打った。通常の魔導師なら大した問題にならない事だったが、『神速』の速さで行動し、大きな運動エネルギーを持った恭也には違った。
「くっ!」
小さな物体でも、相対速度が大きければ衝突時の衝撃も大きくなる。しかも、御神の剣士にはフィールドという防御能力はない。僅かばかりだが恭也の体制が乱れる。
ガードウイングが加速し始めた。阻止することも、回避することも間に合わない。
攻撃を追い払うように、腕を振るう恭也。相手からは最後のあがきに見えただろう。…だか、
「かっ?!」
「ぐっ!?」
高速攻撃を仕掛けてきた、ガードウイングが大きく仰け反り、指揮官が突然腕を引かれたかのようにつんのめった。
ブツンと響く、異音。
指揮官との間合いを離すとき、あがきに見せたとき、恭也は指揮官の腕とガードウイングの首に極細のワイヤーを絡みつかせていた。極細と言っても瞬間的には1tの重量にも耐えるワイヤーだ。それを引きちぎられるほどの加速魔法の力が、衝撃に変換されガードウイングを襲い、彼の意志を数秒どこか遠くに弾き飛ばす。
彼の手に持つデバイスが使用者を保護しようと、自動で首周りのフィールドを強化した。だが、術者の意識が混濁しているため、フィールドに対する魔力供給が間に合っていない。
他の部位のフィールドは薄くなっている。
(躊躇うな!)
相手の力の強弱を『心』と直感で感じ取った恭也は、間髪いれずに間合いを詰める。
御神流・奥義 『薙旋』
鋭い4連撃を、デバイス単独で受けきることは不可能だった。2度目の斬撃までは、デバイスがフィールドを調整して弾いたが、続く2斬を防ぐには魔力が不足していた。
ガードウイングの急所が切り裂かれ、血飛沫が2度アーチを描く。3度目はなかった。
そんなものに気を留めず、恭也は小太刀に付いた血を払って、構えなおす。
「御神不破流の前に立ったことを、不幸と思え」
「貴様…!」
「バレンタイン!」
恭也のおこした惨劇に、指揮官とセンターガードのポジションにいる魔導師が唸るような声を出した。
「お兄ちゃん…」
「すぐ助ける。動くな、なのは」
なのはの声に答えながら、恭也は敵の前だということを忘れて、顔を背けそうになった。
(そういえば自分が人を殺すところは初めて見せたな。できれば見せたくなかったな…)
なのはは辛そうな顔をしていたが、蒼白になったり、こちらを見て怯えたりすることはなかった。「傷つけることなく制する力」を使うとはいえ、なのはもまた戦いに身を置くもの。妹も相応の覚悟を持っていたようだ。
このことがきっかけで、恭也は溺愛していた妹に嫌われなかったことに喜ぶべきか、自分の手を離れ遠くに行ってしまったことを残念に思うべきか、悩みを抱えることになったが、それは戦いが終わってからの話。
恭也は思考を戦闘に集中させている。
武器の残りが、どの程度あるのか、常に頭の片隅に置き。
『心』で、二人の敵の魔力の強弱を見極め。
相手の防御や見切りをさらにが見切り、『貫』を通すタイミングを探る。
戦いの組み立てを数パターン同時にシミュレートする。
魔導師達がマルチタスクと呼ぶ戦闘思考。この技術は魔導師特有のスキルではない。地球でいえば認知心理学、脳科学の分野の超並列脳と呼ばれる技術で、訓練次第では恭也のようにリンカーコアを持たない人間でも、使用することができる。
指揮官とセンターガードは念話と呼ばれる通信手段で、一言二言話を交わしたらしい。指揮官が左手に掲げていた宝石を宙で押すと、宝石は水平に移動して、センターガードの手に渡った。
指揮官がヒッターを構え直す。
恭也は構えなおす際に、仕掛けることができないか探っていたが、指揮官はそんな隙は一分も見せない。
敵もどうやら本気になったようだ。先ほどのガードウイングは己の優位を確信して、攻撃が単調になっていたが、今度はそういうわけにはいかないだろう。
指揮官が接近戦を挑んでくる。魔法が使用される際の独特の振動。
指揮官の放ってきた打ち下ろし攻撃を看破し、魔力が力を持つより一瞬早くヒッターを打ち軌道を逸らす。同じ要領で数合打ち合う。
先に集中力を切らしたのは敵の方だった。大振りになった横薙ぎを跳ね上げ、ヒッターが再び振るわれる前に、強引に懐に潜り込んで左手を抱え込む。
御神流 『枝葉落とし』
投げと斬撃をあわせた技で、相手を地面に叩きつけたが効果は薄い。引きながら切りつけた腕にも傷一つない。しっかりと防御されたようだ。
もちろん、恭也もこの程度で倒せるとは思っていない。仰向けに倒れた相手に即座に追い打ちを掛けた。
御神流 『貫』
相手の見切りを、さらに見抜き盲点から攻撃する技。相手から見ると恭也が放った突きは、防御をすり抜けて来たように見えたはずだ。
だが…、
堅い手応え。心臓を狙った突きは、またしても強化されたフィールドに阻まれた。
(読まれていたか)
いくら鍛えられた御神の剣士と言え、高ランク魔導師の強化したフィールドを貫くことなどできない。相手の予測を越えた攻撃で虚を衝くか、『徹』を利用して直接ダメージを届ける必要がある。
指揮官が爆発するような勢いでバリア展開。恭也を弾き飛ばす。
「ぐっ!」
攻勢の魔法ではなかったので、幸い大したダメージにはならなかった。
指揮官はドーム状のバリアを展開させたまま、ゆっくりと立ち上がった。こうなると流石に手が出せない。戦車の装甲板のような魔導師のバリアは、人間の力では破ることは不可能だ。
バリアを展開させたまま、指揮官はヒッターの分銅を回転させた。
ヒッターに魔力が込められていくのが、肉眼で確認できるほどだったがバリアが邪魔で阻止できない。
バリアが突然解除されるのと同時に、分銅の先から細かな魔力弾が、まるで灌水用スプリンクラーのように吐き出された。
弾は小口径拳銃程度の威力しかなかったが、生身の恭也にとっては十分すぎる脅威だ。距離を取って無作為に動き回り、回避を試みたが数発が体を掠め、幾つかの傷を作る。
「_っ!」
痛みにかまっている暇などない。指揮官が間合いを詰めてきた。恭也はさらに後退してチャンスを待つ。今は弾幕の密度が濃すぎて近づくのは危険すぎる。
指揮官が追ってくる。恭也が先ほど倒したガードウイングの死体を飛び越え、間合いを詰めてくる。いや、それだけではない、地面に転がっていたガードウイングのヒッターを蹴り上げて、左手で掴むと地を這うような衝撃波も放ってきた。
恭也は見切ることのできた弾丸を数発刀で弾き、弾幕の隙間に滑り込んで衝撃波もどうにか躱した。さらに間合いを詰めてこようとする敵に対して、刀を口にくわえて、リストバンドに仕込んだ棒手裏剣『飛針』を数本投げつける。
指揮官は今までの攻防で、こちらの攻撃を侮ってはいけないと学習していた。追撃速度を一旦は緩めフィールドを強化したが、フィールドが飛針を力強く弾き返すと、通常のフィールドでも脅威にはならないと判断し、攻撃に集中して間合いを詰めてくる。
超人的な身体能力を持つ御神の剣士だったが、それだけでは魔導師相手に勝つことなどできない。単純に能力を比べるなら、御神の剣士は新米武装隊員にすら劣る。高ランク魔導師ともなると、その差は圧倒的と言っていい。
しかし、それがどうしたというのだろう。圧倒的な武器の差、人数の差を、火器に頼らず白兵戦のみで覆して来たのが御神の剣士。人間の限界はまだ少し先にある。
再び、恭也が飛針を投げつける。
顔面を狙った攻撃を意にも介さず、指揮官は突進してきた。
飛針がフィールドに接触し、閃光を発した。
「かッ!」
突然の閃光に目を焼かれ、指揮官は完全に恭也を見失った。
恭也は、美由希が数日前に魔導師と遭遇戦を行った事を受けて、念のために魔導師を出し抜く方法を数手用意していた。妻に頼んで作ってもらったマグネシウムが仕込まれた飛針も、その内の一つだ。
突然目を焼かれ一瞬怯んだ拍子に、弾幕魔法が指揮官の制御を離れて霧散する。
視覚を奪われたままの突進は危険と判断し、後退しながらも指揮官は冷静さを失っていなかった。
弾幕魔法を霧散させてしまったことは失敗だったが、まだまだこちらの方が有利だ。
敵の剣士の初速は、こちらの魔法の発動より素早いが、それは魔法に魔力チャージの時間があるからだ。すでに纏っているフィールドを調整するだけならば互角。相手の攻撃を読んで急所を守れば、バリアを展開させる時間は稼げる。
相手の狙いはやはり首か心臓だろう。
フィールド調整をしようとする指揮官に、自分の体が回転しているような感覚が襲う。
(また、投げ技?)
指揮官はまた投げ飛ばされた事を考えた。が、閃光に焼かれた視界が戻ってくると、それが違うことに気が付かされた。
(いや、俺の体は立ったままだ…)
回る視界の中で指揮官が見た最後の光景は、首から上が無くなった自分自身の体だった。
小太刀二刀御神流斬式・奥義の極み 『閃』
あらゆる動きを超越する御神流最後の秘技は、高ランク魔導師の魔力運用速度すら越えていた。
背後で指揮官の体が倒れる音を聞いて、恭也は一閃の残心を解いた。
これで3人。
1番の強敵を倒したとは言え、魔導師は決して油断できる相手ではない。恭也は気を抜かずに最後の敵を見る。
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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何卒よろしくお願い申し上げます。