管理局世界の人々~Force編 おもちゃ箱~   作:ゴケット

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57たまには、のんびりお休みⅥ

「ふぎゃぁ、ぎぁにゃああああ」

 エイブラハムが本番の指圧をし始めると、なのはは尻尾を踏まれた猫のような声を上げ始めた。

 まるで体の中をめぐる血液が逆流しているか、体をバラバラに解体した後もう一度組み直しているような気分である。

「あっ!はぁぅ!」

 ただ痛いだけならなのはも堪えることが出来たのだが、エイブラハムの指に力が入るたびに、体内の魔力の流れが整理され、正されていく、それが無茶な魔力運用での痛みを和らげ、疲労や凝りを取り除いて何ともいわれぬ快感が生まれるのがいけない。

 痛みと快感の間を行ったり来たり、天国と地獄のジェットコースター。

「ダメーー、エイブラハムさん。おかしくなっちゃ…、あ゛に゛ゃっ!!」

「問題ない。体を痛めている奴に限ってそんなことを言う」

 なのはが懇願しても、エイブラハムはどこ吹く風といった様子で、指に力を込める。

「やだやだ、そんなところ突かないで!ん、ああ、あ!すずかちゃん!アリサちゃん!お願い、放して!!」

 手を緩める様子のないエイブラハムに、なのはが助けを求める先をすずか達に変えたが、

「ダメよ、なのはちゃん。しっかりと…、最後まで直さなくっちゃ…」

 そう言って、なのはの腕を抑えるすずかの力が増した。

「痛い痛い、すずかちゃん」

「あ、ごめんなさい」

 静かな声で謝りつつも力を弱めないすずかに、なのはが視線を向ける。

「_ひぃっ!」

「どうしたの?なのはちゃん」

「な、何でもないよ」

 すずかの声は『あくま』で静かだったが、その表情を見たなのはの心には未知の恐怖が走った。すずかはなのはを見ながら恍惚といった様子をしており、ネズミをいたぶる猫か…、いや、もうはっきり言おう、好みの獲物を見つけた吸血鬼の様なSっ気を出している。こうなったらもうひとしきり満足するか、心臓に杭でも撃ち込まれでもしない限り、絶対に放してくれなさそうだ。

 なのはは顔を伏せ覚悟を決めた。とにかく手早く終わらせて貰った方がいい。

「アビー君!お願い、早く!」

「わかった。では、少し本気を出そう…」

「え!!やっぱり、ちょっとま…。に゛ゃっあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 その後、数分間悲鳴と嬌声を交互に上げ続けたなのは。

 エイブラハムがマッサージを終わらせても、なのはは全身の骨が抜かれたかのように、しばらく動かなかった。たっぷり五分以上息を整えてから、ゆっくりとなのはが身を起こす。息も絶え絶えのその表情は長湯でのぼせた人の様にふわふわとしている。

 その様子に顔を赤らめたアリサが言った。

「ねぇ、アビー、これって大丈夫なの?テキーラのショットを決めた酔っ払いだって、もっと、シャンとしてるわよ」

「指圧自体での痛みがなければ、問題ない。どうか?高町1尉、体の調子は?」

 なのはは体をふらふらと揺らしながらも、肩や腕を回し体を捻ると、

「…すっごく、良かったです」

 と、答える。

「ホント?腕とかはどうなの?さっき、あんなに痛がってたじゃない」

「…大丈夫みたい、少しまだ痛みがあるけど…」

 アリサが念を押すと、なのはは左腕を曲げ伸ばしをしながら答えた。

「では、針を数本打っておこう。腕を…」

 促されるまま、なのははパフスリーブトップスの袖を捲り上げる。と、エイブラハムの顔が近くにあることに気が付き慌てる。

 何気なくやってしまったが、袖下から下着が見えてしまうのでは?と、思ったが、エイブラハムの真剣な表情で触診している姿に安堵する。見られてはいないようだ。

 エイブラハムはなのはの手を取り狙いを定めると、針を数本打った。痛みはなく何かがスーッと入ってくる感触だけがあった。

「このまま、そうだな。15分ほど待機で」

 結構、時間がかかる物なんだな。と、思ったのはなのはだけではなかった。

「ふ~ん、急に暇になったわね」

「本を読むにはイイ時間かも」

「「すずか(ちゃん)」」

 すずかが混ぜ返すので、思わず怒気のはらんだ声を二人が出すと、すずかが悪ふざけをしていたことを知らない、恭也が怪訝な顔をした。エイブラハムも首を捻りながら、懐からタバコを取り出そうとして、応接間に灰皿がないことに気が付く。エイブラハムがため息とともに、タバコをしまおうとしたが、

「すみません。喫煙スペースは別に用意してあります」

「悪癖ねー、せめて加熱式にしなさいよ」

「警備会社で待機中に、時間を潰すのに丁度いいんだ。携帯ゲーム機や、アプリゲームも待機中のお供だ」

「へー、アンタもゲームとかやるんだ。何やってるの?」

「SAMY機ならBOAと、GODだな。アプリならINNOCENT GAMESのブレイブデュエル」

「マジ!!勝負しちゃう?」

 最近はまっているゲームソフトの名前が出てきて、アリサの目が色めいた。周りにはこのゲームをやる人がいなくて、対戦相手に飢えていたのだ。

「吸わせてくれるなら…」

 アリサの様子にこれは逃げられない。と、思ったのかタバコのケースを取り出しながらエイブラハムが答えた。

「なのは、悪いんだけど、すこしアビーを借りていくわよ」

「ふふ、こっちです」

 かっこうの獲物を得たと喜ぶアリサの様子に微笑みながら、エイブラハムを案内するすずかが応接間から出ていく。

 二人っきりになったところで、恭也が口を開いた。

「なのは、事件に進展はあったのか?」

「ううん。犯人の身元とかはまだわからないけど、近くの次元航行船が調査してくれるって」

「まだ、これから始めるという段階か…」

「にゃはは、でも、護衛もつけてもらっているし大丈夫だよ」

「ああ、近くの気配はその連中か…」

 恭也の念話に不機嫌な雰囲気が乗った。

 護衛達の練度は決して低くない。少なくともレイジングハートのパッシブセンサーでは捉えることができない。しかし、恭也には気配が分かるらしい。

 兄の護衛としての腕前に驚きつつも、なるべく心配させないようになのはは冗談めかしていった。

「大丈夫だよ。いざとなったら、お兄ちゃんが助けてくれるんでしょ」

「あ、ああ、まあな…」

 ニコリと微笑みながら言うと、恭也は何も言い返せなくなってしまった。仕方なく、話題を変える。

「それで、どう思っているんだ?」

「え?」

「あのアビーという男だ」

「…」

「海鳴で忍者姿の魔導師が現れるようになったのは、あの男となのはが会ったころ、なんだろ?そんな偶然があると思うか?」

 恭也はアビーに対して疑惑を持っていた。

 この部屋に入ってからも、アビーの行動を意識の中に置いていたし、なのはに施術を行っている間は、ほんの少しでも悪意や殺気を感じたら対処しようと、エイブラハムの死角に立っていた。今も、エイブラハムの気配を捕捉しているので、すずか達に何かあればすぐに駆け付けることが出来る。

「うん、私もそう思って、注意している」

 今もなるべく隠密性をあげたサーチャーで、エイブラハムの様子を監視し映像と音声がレイジングハートを介して送られてきている。

 

 タバコをくわえたエイブラハムと、アリサが手元のスマホを操作している。

「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」

「もう、遅い」

「ああ!」

 レイジングハートのイメージ映像越しに、アリサが悲鳴をあげたのと同時に、間の抜けた効果音が響いた。

「俺の勝ちだな」

「く、だ、誰が1回勝負って言ったのよ。3回勝負よ、3回勝負!今のはあんたにハンデをあげるのに、わざと負けてあげたんだから!」

 エイブラハムとアリサのアプリゲーム勝負は、どうやらアリサが劣勢に立たされているようだ。

 

 意識を恭也との会話に戻す。

「アビー君には魔導師には必ずあるリンカーコアがないの」

「リンカーコア?」

「うん、魔導師の力を作っている場所って言えばいいのかな。これがないと魔法は使えないんだ」

 3日前の戦闘中忍者は確かに魔法を使用していたし、忍者自身からの魔力も感じ取れた。レイジングハートの見立てでは、魔力出力クラスB。武装隊員としては、一人前と言っていい力を持っているが、魔力出力が落ちているなのはにとっても、大した脅威とは言えないレベル。

 魔法の知識の無い恭也のために、なのはが簡単に説明すると、すぐに疑問を返してきた。

「気配を隠すことは出来ないのか?」

「魔導師にとっては呼吸みたいなものだから、長時間止めておくことはできないの。それに、こっそり、アクティブ・スキャンを掛けてみたけど、それらしい反応はなかった。アビー君の着ている服は普通の服みたいだから、僅かでも魔力の流れがあれば車の中で、レイジングハートは気が付いたはずだよ。少なくとも、今、アビー君にリンカーコアはない」

 教導隊で見た資料によると、特殊なBJや戦闘機人が使用していたステルスジャケットのような武装を使用して、魔力の流れを遮断することは可能だ。しかし、今度はその魔力の流れの空白地点を特定することで、位置の特定が可能になってくる。エイブラハムには、リンカーコアから発せられる魔力も、それを遮断している形跡もない。

「そうか…、だが…」

「どうしたの?」

「あのエイブラハムという男。腕前を隠しているしな」

「隠す?」

「運動でもなんでもそうだが、武術でもある程度以上の腕前のになると、動きに一定のリズムが出てくる。そのリズムで特定されるのを嫌っているか、あるいは自分に敵意がないことを示しているかどっちかだな。美由希が警戒して、シャーペンを投げつけそうになったと言っていたぞ…」

 美由希がいつも持ち歩いているシャーペンは、工業用の鋼鉄製で御神流で使う「飛針」の代用として使うこともできる。万が一の備えという奴だが、なのはは初めて知った。

 翠屋で美由希がお静かにと、エイブラハムに警告していた時、それほどまで一触即発だったことを知ったなのはの声がひきつる。

「そ、そんなことになってたんだ…」

「取り合えず、こちらに悪意はなさそうだ。父さんと美由希も同じ考えだ」

「う、うん」

「…そういえば、…お前もアビー君と呼ぶんだな」

「え、ああ、アリサちゃんがエイブラハムは長いって言っていたし、多分、わたし達と同じくらいかなって…」

 兄が複雑そうな顔をして聞いてきた。いつものことと言えば、いつものこと。ユーノ、クロノ、ヴァイス、グリフィスと兄が始めて知る名前を出すたびに見る顔だ。

 そんなことを話していると、アリサの声が直接耳に届いた。

「うっそでしょ!」

 レイジングハートが状況を教えてくれた。

 

「そ、そんな!嘘よ!このパーフェクトな、あたしが…」

「これで、俺の3連勝だな。5回勝負でも俺の勝ちだ」

「ぐぐっ!」

 エイブラハムの3連勝が確定したところのようだ。さすがに言い訳もできずに、アリサが拳を握りしめている。

「ま、いい暇つぶしになった。腕を磨いたのなら、また相手をしてやってもいいぞ」

「すずか~!」

「ええ、無理だよ。このゲームはアリサちゃんの方が得意でしょ」

「く、くぅぅ!」

 アリサは、すずかに敵を討ってもらいたかったようだが、断られて涙をのんでいる。

 エイブラハムはくわえていた煙草を、携帯灰皿に押しこむと、

「そろそろ、いい時間だ」

 エイブラハム達が戻ってくる。

 

 

 

「さて、効果があればいいが…」

「…」

 応接間に戻って来たエイブラハムに針を抜いてもらったなのはが、ゆっくりと深呼吸をする。

 なのはは体内の魔力がスムーズに流れていることを理解する。

 今に比べたら休み前の状態は、体が石になっていたかのように思える。体を交換したかのような気分にすらなる。

「どうしかしたのか?なのは」

 なにも言わないなのはを心配した恭也が訪ねて、ようやく茫然自失状態から抜け出した。

「すごい!体が軽いよ!アビー君!」

「効果があったようだ」

 興奮気味のなのはの様子に、エイブラハムは満足したようだ。うれしそうに笑う。

「あら、なのは。よくなったの?よかったじゃない!」

「よかったね。なのはちゃん!」

「うん」

 アリサとすずかに声を掛けられた、なのはは快調具合をアピールしようと、エイブラハムがいるのも忘れて、魔力出力を上げて簡単な魔法を使おうとした。

「…あっ!」

 しかし、小さな違和感で冷静さを取り戻す。魔力の集まりが普段とは違う。

「なのはちゃん?どうしたの」

「えーっと、なんて説明したらいいのかな?力の入り方が違うというか…、遅いって言えばいいのかな?」

「ちょっと、失敗したんじゃないの、アビー」

 なのはが声を上げたことで、すずかとアリサがエイブラハムに詰め寄る。

「この治療は怪我を直すわけじゃない。ケガが治りやすいように体を整えるものだ」

「…?」

「なんだ、治んないの?」

「アリサ、勘違いしていないか?怪我や病気は医者が治すものじゃない。本人が修すものだ。医者はその助力をしているだけだ」

「ふーん、そんなもかしら?」

「ああ、この治療の意義は、負荷のかけ過ぎで傷んだ部分にバイパスを通した…。あるいは、直流を並列と言った表現がいいのかな…」

「ああ、なのはが無茶しても、リスクが分散するようにしたってことね」

「まあ、そんなところだ」

 エイブラハムの説明を、アリサは自分なりに飲み込めたようだ。アリサが意味ありげな視線をなのはに向け釘をさす。

「無茶したりすると、治らないんだって」

「…にゃはは」

 なのはは慌てて視線を逸らしたが、逸らした先ではすずかが待ち受けていた。アリサと同じ視線を投げてくる。兄に助けを求めようとして諦めた。アリサ達と同じ顔をして頷いている。

「全くだな。折角休養に来ているのだから、ゆっくりしていればいい」

「…気を付けます」

 

 その様子を見ていたエイブラハムが口を開く。

 

「良い友人を持っているな。高町1尉」 

「うん、自慢の友達だよ!」

 「良い友人」そう言われて、なのはは思わず飛び切りの笑顔で返す。言葉通り小学生の頃から、アリサ達と友人になれたことは自慢の一つだった。

「なのは、あんた…。そう言う台詞をよく恥ずかしげもなく言えるわね」

 アリサが恥ずかしそうに言った。

「そうかな~?」

「だよね。わたしも言えるよ。アリサちゃんとなのはちゃんは良い友達だよって」

 会話に入ってきたすずかがしれっとした様子で言った。

 こうなると、アリサの分が悪い。二人が「良い友達」と口にしたのだから、アリサ自身も言わなければいけないような気がするが、面と向かって言うのは恥ずかしい。

「……」

「……」

 なのはとすずかが、アリサを見る。アリサは目線を合わせないようにしていたが、二人の無言の視線攻撃に負けて、絞り出すように小さな声を出した。

「くっ、…解ったわよ。…ふ、二人は良い友達よ…」

「うん、うん!」

「ふふっ!」

 なのはが元気に頷き、すずかがうれしそうに微笑む。赤くなったアリサはそっぽを向いて膨れていたが、嫌がってはいまい。

「意志の決定権を握っているのは、一番活発に見えるアリサより、1尉達なんだな」

「ああ、正確には、二人がアリサの手綱を握っていると言った方が…」

 三人の関係性にエイブラハムが感想を言うと、恭也が続け掛けたが…。

「恭也さん!」

 キッ!と、アリサにすごい剣幕で睨まれて、肩をすくめて恭也が黙る。

 話を逸らすようにエイブラハムが咳払いをした。

「先にも言ったが、傷ついた部分が治ったわけではない。無茶は厳禁」

「うん、ありがとう。でも、本当にすごいよアビー君。スポーツ障害のお医者さんみたい」

「医者ねぇ…、まあ、先生のまねごとが出来たのなら、良かったとしよう」

 答えながらエイブラハムは出していた鍼治療道具をしまい込む。

「さて、治療も終わった。そろそろ失礼する」

「もう帰るのか?治療費はいくらだ?」

「こんな素人芸で報酬は貰えませんよ」

「なら、お茶ぐらい飲んでいってくれ」

 報酬も受け取らずに帰ろうとするエイブラハムを、恭也が引き留めた。このままろくな礼もせずに帰すのは、礼儀に掛けると思ったようだ。

 アリサもそれに加わる。

「それに、あんた。勝ち逃げするつもり?」

「勝ち逃げ?」

「決まってるでしょ、デュエルよ!」

「勝負はすでに、決まったはずだが?」

「だから、さっきの勝負はあんたの勝ちでいいわ。その上でもう一回勝負よ!」

 どうやら、勝つまで帰す気がなさそうなアリサの様子に、エイブラハムが助けを求める。

 しかし、なのは達にできたのは、せいぜい苦笑を返すことだけだった。

「今日中に帰れるんだろうな…」

 エイブラハムがボヤいていると…

「二人とも、おりてくださ~~い!」

 応接間の窓から見える庭から、ファリンの必死な声が聞こえてきた。

 




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