「それじゃあ、ヴィヴィオ。カレル達といい子にしてるんだよ」
「う~、留守番くらいできるよ」
すずか達を見舞ったその日の午後、高町家からハラオウン家に向かうなのはがそう言うと、ヴィヴィオは頬を膨らませた。
娘の見せたプライドに驚き、目をぱちくりさせているなのはの様子を見ながら、美由希とエイミィが笑う。
「あやや、来たばっかりの時は結構なのはにベッタリだったのに…」
「子供の成長は早いよ。ちょっと他の世界に行って、珍しい経験しただけで行動が変わったりするもの」
「へ~」
母歴数年のエイミィが言うのだから、そう言うものなのだろう。と、美由希が素直に納得していると、拗ねたヴィヴィオに攻められていたなのはからチラチラと視線を感じる。
助けを求めているらしい。
美由希が動く前に、エイミィが口を開いた。
「ほ~ら、ヴィヴィオちゃん。その辺にしてあげなさい」
「う~ん」
「ふぅ」
ヴィヴィオが不満の声を上げていたがなのはを解放し、ホッとしたなのはが安心して美由希に言った。
「じゃあ、おねぇちゃん。ヴィヴィオをお願い」
「うん、まかせて。何かあったら電話するから」
「カレル、リエラ。美由希おねぇちゃんのいうことを聞いて、いい子にしているんだよ」
「はい」
「は~い!」
こちらは素直に返事をするカレルとリエラ。
子供達の反応を見て、子育ても面白そうだなと感心する美由希に子供達を預けると、なのはとエイミィはハラオウン宅に移動した。
十数分で到着したハラオウン家で早速、通信を開いて事件への対策を話し合う。
まず口を開いたのは通信ウインドウに映ったユーノだった。
『なのは、体の方は大丈夫かい?』
「うん、平気。わたし達が受けたのは魔力ダメージだけだったから…」
『…そう』
なのはは、記憶を失ったアリサや、検査とはいえ入院しているすずかに比べて、怪我が軽かったことを気に病んでいる。なまじ、自分より他人のことを優先してしまう優しい性格の為か、二人を傷つけた相手を捕まえられなかったことも、アリサの記憶を取り戻せなかったことにも、必要以上に責任を感じてしまっているようだ。
そのことを承知しているユーノは安易に「君の所為じゃない」とか「仕方ない」とは、言わなかった。そんな言葉より、事件に少しでも進展があった方が、なのはの心の負担を取り除くことができる。そう思ってユーノはエイミィに捜査の進展状況を聞くことにした。
『エイミィさん、捜査の方はどうなっていますか?』
「それが次元戦艦『ベルソー』のチームに捜査権が移って、あたし達、捜査から外されているんだよね」
『え、どうしてですか?』
「そりゃ、向こうが正規に派遣された部隊だからね。あたし達の捜査はあくまで臨時のだから」
『だからって…、直接の被害者はなのはなんですよ』
「だからこそだよ。捜査の客観性、裁判になった時の法の下での平等性のことを考えると、むしろ当然のことだよ」
『…そう、ですか』
エイミィの答えに、指揮官と言えばリンディやクロノを思い浮かべるユーノは納得いかないようだった。が、普通の指揮官ならベルソーの艦長と同じ対応をするだろう。
むしろ、リンディ達のように手間がかかるが、柔軟で細やかな配慮が出来る指揮官の方が少数派だ。
「ま、このまま引き下がる気もないんだけど。ね~、なのはちゃん」
「うん!」
『あ、やっぱり、そうなんだ』
そして、エイミィもなのはもその少数派の指揮官の元で鍛えられてきた強者達だった。この程度の法的束縛など、気にも止めない。
「捜査を禁止されてアクセス制限は厳しくなったけど、機材の使用を止められているわけでもないからね~」
言いつつ、エイミィがキーボードを叩くと幾つかの情報が表示される。
「ニンジャの転送魔法は、転送速度より隠密性を追求した魔法みたいだから痕跡が殆ど残ってなかった。けど、フード付きの転送は、それほどでもなかった。痕跡を分析した結果、少なくとも彼らは次元転送を使ってないね。現在もこの世界に留まっているよ。発生する予兆も分析できたから、次があるなら確実に追跡できるよ」
「次…、また、アリサちゃん達を狙ってくるのかな?」
「それは大丈夫だと思うよ。今はアルフに就いてもらっているから。アルフならそう簡単にやられないって!」
そう言いながら、エイミィはあえてケラケラと笑って見せた。
実際のこところアルフはオーバーS魔導師の使い魔。Aランクの魔導師に匹敵する力を持っている。それに防戦に徹するなら別に敵を打ち倒す必要はない。アリサとずずかを抱えてさっさと逃げてしまえばいいのだ。
その後、敵が追ってきたのならば、そのまま、なのはとその護衛達と合流。キルゾーンに誘い込んだのち、自爆術式を発動させる時間を与えずズドン!と、いうのが理想的だ。そこまでうまくいかなくとも、少なくともこちらが有利な条件で戦闘ができる。
「それに、念の為ヴィヴィオにも陸戦魔導師の二人に就いてもらっている。衛星軌道上でベルソーが監視している今、複数の転送を気づかれずに行うことは出来ないし、単体の転送はこちらのサーチャーで捉える事が出来るから、不意打ちされることはまずないよ」
なのはが休んでいる間にも、エイミィと護衛の魔導師達は防御態勢を整えていてくれたらしい。
「うん、ありがとう、エイミィさん」
「でも、アリサちゃんの記憶を取り返すには、守りを固めているだけじゃだめだよ。あのニンジャからイデア・グレンヌとか言ってたっけ?あの石を取り返さなきゃ」
『そうですね、アリサの記憶は、まだあの石に取り込まれている可能性が高いと思います』
「本当!?ユーノくん」
『うん、石さえ確保できるなら、記憶を元に戻すことができるかもしれない』
「やった!」
「おっと、喜ぶのは早いよ」
明るい声を出したなのはを、エイミィが諫める。
「今のところ、居場所が掴めてないんだから」
「あ…」
「いい、なのはちゃん。アリサちゃんを助けるには、ニンジャより先にフード付き達と残りのイデア・グレンヌを確保することが一番だと思う」
『なるほど…、イデア・グレンヌを確保してしまえば』
画面越しに頷くユーノになのはが続いた。
「イデア・グレンヌの回収を任務にしているニンジャはこちらに接触してくるしかない…」
「そう言うこと」
なのはの言葉にエイミィが頷き、さらに続けた。
「そうなると、やっぱりイデア・グレンヌのことをもう少し知りたいな。なにができるかで、相手がなにをしたいのか、推測できるかもしれないから。ユーノくんお願いできる?」
現在は休職しても、エイミィは執務官補佐を長年勤めてきただけあって、こういう時の分析能力は侮りがたい。
ユーノは素直に従い、説明に入った。
『では、あのロストロギアの更に詳しい情報をお伝えします』
空間ウインドウが開き、ニンジャが手にしていた球体が表示される。
『昨日も少し言ったけど、この宝石はイデア・グレンヌと名前のつけられている情報物質です』
「たしか特殊な魔法で情報自体を物質として保存したものだよね」
次元艦乗りとして、多くのロストロギア事件に関わってきたエイミィには聞き覚えのある単語のようだ。
『はい、エネルギーとしても演算機としても応用可能。形を変えて送信することもできるようです。性質としてはレリックに近いといえるでしょう』
「レリック…」
ユーノの追加説明に、なのはは誰にも聞こえない小声で呟いた。
レリックはJS事件の際に、携わることになったロストロギアだったが、そのロストロギアの為になのはとヴィヴィオは間を引き裂かれそうになった。それだけに、ユーノの説明を聞くなのはの表情も真剣だ。
『もともと、聖王教会中央教堂に4個保管されていたものだけど、その全てが聖王の聖骸布とともに盗み出されたと記録にはある』
新たなウインドウが2つ開いて、一方には聖王教会中央教堂が管理しているロストロギアのリストが表示された。イデア・グレンヌの備考に盗難と記録され、その日付が記述されていた。
もう一方には、当時の新聞のデータと思しき画像が表示される。そこには見出しに聖骸布の盗難とあり、記事の内容の中に聖骸布他数点の文字が見える。聖遺物が盗まれたことに偏っているため、扱いはとても小さいが確かに書かれている。
『それで、この宝石は古代ベルカ時代、滅びつつあった国の国王が自分自身の魂を保存するために造らせたものだと、一部の文献にはあるんだ』
「魂を?保存?」
「えーっと、じゃあ、アノ宝石に古代ベルカ時代の王様の魂が入っているってこと?」
「…っ!そうかも、アリサちゃんが急に別人みたいになったって、すずかちゃんも言ってた!」
病院で昨夜あったことをすずかから聞いていたなのはは、アリサがベルカ時代の王に体を乗っ取られたのではないかと考え言ったが、ユーノがそれを否定する。
『いや、それはないと思うよ。イデア・グレンヌは古代ベルカの時代には使用されなかったみたいなんだ。完成出来なかったのか、それとも、使用する前にその国が滅ぼされたのか分からないけど…。ベルカの諸王達は、イデア・グレンヌに魂を保存するよりも、自分の子孫たちに記憶を継承させることを選択したみたいなんだ』
新しい空間ウインドウが複数開き、イデア・グレンヌに古代の王達の魂が保存されているか、否かを確かめる実験を行ったレポートが表示される。
なのはがレポートに目を通すと、実験内容は実際にイデア・グレンヌの1個を使用するというもので、1度目の実験では成果が上がらず、2度目の実験で被験者が記憶の大部分を失い、精神を病むという事故が発生して実験は中止になっている。この際使用されたイデア・グレンヌは破棄されたと記録にはある。
「これって人体実験?」
『いや、あくまで臨床実験となっているよ。ちゃんと同意書も書いてあるらしい。被験者は敬虔な聖王教徒。実験前被験者達は「この身を古代ベルカの技術に捧げることができるとは、身に余る光栄です」とコメントしていたらしいよ』
なのはの質問にユーノが答えて続ける。
『この後、臨床実験は中止になったようだけど、使用されている術式の解読や技術の解明は公民両方の機関で続けられた…』
ユーノは一旦言葉を切って言いにくそうに続けた。
『その中のミッド中央技術開発やアレクトロ社の名前もある。おそらくだけど、プロジェクトFの基礎理論の1つになったロストロギアだ』
「プロジェクトFか~」
ハラオウン家とも因縁の深い技術だけに、エイミィが渋い顔になる。技術自体に善悪はなくとも感情が付いていかないのだろう。
『違う点があるとするなら、記憶を保存、転写するだけでなく吸収して超純エネルギー、混じりけのない純粋な魔力に変換されてしまうこと。これは2度の実験の際、被験者の記憶が失われていくのと同時に、イデア・グレンヌが成長。最終的にリンカーコアと融合して、リンカーコアの肥大が確認されている』
「リンカーコアが肥大?」
「ああ、あれじゃないかな?昔の王様の記憶をうまいこと他の人に写せたとしても、写した相手の魔力が小さかったりすると、古代ベルカ式の魔法が使えなくなったりするでしょ」
言いながらエイミィが視線で、なのはに同意を求める。
「そうですね、ミッド式に比べて古代ベルカ式は個人の資質に大きく左右されるところが大きいですから。後天的な工夫では使えないものが多いですね」
「だよね、で、当時の王様って言ったら強くてなんぼってところがあったから。写った先で魔法が使えなくなったりしないような細工をしたってことじゃないかな?」
『おもしろい仮説ですね。いまのところ否定する材料もありません』
エイミィが考えた推論にユーノが頷く。しかし、なのはは納得いかないようだ。
「でも、このロストロギアで、いったい、なにがしたいんだろう」
『イデア・グレンヌは記憶に関係するロストロギアだから、単純に考えるなら、なのはの洗脳?アリサ達を襲ったのは、なのはに近づくためとか?』
「でも、わたし、そんなに偉くないよ?」
ユーノの意見になのははすぐに疑問を投げかけた。
なのは自身は現在の教導官・1等空尉と言う立場は、生徒達が夢を叶えるために助力をするという、責任とやりがいのある立場であると感じている。
だが、現在のなのはの主な業務内容は人材育成であり、政治から一定の距離が離れているし、新規採用デバイスのトライアルなど大金が動く業務にも関与していない。
年齢の割には高い階級にあることは自覚していたが、JS事件後の昇格人事を断っため、しばらく出世の見込みもない。
犯人達がロストロギアまで持ち出して洗脳しても、犯人側に見返りがあるとは思えなかった。
『それは少し自覚が足りないんじゃないかな?奇跡の部隊・機動六課の高町なのはには、ネームバリューがあるんだよ』
「そ、そうかな?」
『うん、僕がみんなと知り合いだと知ると、君たちの話をほしいとせがまれるくらいさ』
無限書庫に籠もっているユーノでさえ、職員達が噂をしているのを耳にすることがあるというのに、指摘されたなのはは戸惑いを隠せないようだ。
しかし、エイミィの意見は違った。
「ん~、でも、あたしはなのはちゃんに賛成かな。その手の話は水物だからね~。犯行動機としてはちょっと薄いんじゃないかな?」
そう言いながらエイミィは少し顔をしかめた。
執務官補佐として長年働いていた身として、人心の移ろいやすさ、マスコミが手の平が返す時の素早さを思い出してしまった。
恐らく数年もすると、部隊長の八神はやての顔を覚えている人はいても、なのは達の顔を覚えているのは、直接面識のあった人達か、管理局関係者程度になっていくだろう。
「なのはちゃんの名前を利用して、悪いことをしても刹那的な効果しか得られないと思うよ」
「でも、はやてちゃんやクロノくん達への牽制になるかもしれません」
『あるいは騎士カリムに対するだね』
なのはの推測に、ユーノが付け加える。今挙がった名前はなのはの直接の上司と言っていい間柄の人物だ。そして、今管理局の中でもっとも勢いのある若手幹部達と言ってもいい。
それを快く思わない人々は、出世競争の相手から犯罪者まで、残念ながら非常に多い。
「だとしても、1度目の襲撃の時にイデア・グレンヌの使用に失敗しているのに、同じ手を使ってくるかな?洗脳された人になにをさせても、イデア・グレンヌの存在をあたし達が報告した時点で、その人は保護すべき人物になってしまうから…」
「はやてちゃん達が評判を落とす理由には弱い…」
『私人としてのクロノ達に対する…』
プレッシャーと言い掛けたユーノに、なのはとエイミィが注目する。と、
『…に、なる訳ないか。かえって、やる気を出しそうだし』
ユーノは肩をすくめて自らの言葉を否定した。同意するようになのはが頷く。
「そうだね。三人ともまだJS事件の後片づけに追われているから、あの規模の実行チームを使えるような外部の組織と対立関係にないし、今のところあたしの旦那達と政治的に対立している派閥も聞いてないんだよね」
『ぼくらの知らない犯行動機があるのかもしれませんね』
「う~ん、ガンナーはどこにでも現れる傭兵みたいだから、今わかっていること以外分からないしな~」
煮詰まったエイミィがコンソールに座っていた頭を抱えて反り返る。
それから、姿勢を戻さないまま、なのはに聞いた。
「なのはちゃん。フード付きかニンジャ達と、直接対峙してなにか気が付いたことない?何でもいいんだけど」
「え、そうですね…」
思い悩んだのち、前回の戦闘で思わず口に出た名前を言った。
「今、アビーくんが、どこにいるのか分かりますか?」
「アビーくんって、ああ、猫の人のこと?子供達に聞いてるけど、どうしたの急に」
『誰だい?』
直接面識のないエイミィは、なぜ急にその名前が出てきたのか分からないようでキョトンとしている。
ユーノに至っては名前すら聞き覚えがないため怪訝な顔をした。
「この休みであった人だよ。わたしやヴィヴィオも良くしてもらったんだ」
『そうなんだ…』
なのはが答えると、ユーノはなぜか喉の奥に魚の小骨が刺さったかのような顔をして答えた。
「それで、どうして、そのアビーさんを探すの?」
言いながらもレイジングハートからエイブラハムの顔データを受け取り、コンソールを叩くエイミィに、なのはは若干躊躇しながらも言った。
「多分、アビーくんがニンジャです」
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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何卒よろしくお願い申し上げます。