「剣を捨てろ」
なのはの護衛、空戦魔導師のキャバリエがデバイスをエイブラハムに向けながら言った。
昨夜エイブラハムと戦っているためか、声が堅くなっている。
「物騒だな…、同じ管理局職員じゃないか」
言いながらもエイブラハムは、聖王から取り上げた剣を自分の手の届かないところまで放り投げる。
空いた手でヴィヴィオを支えて、ゆっくりと上半身を起こした。
「動くなと、言っているだろ」
「こちらの任務の方が優先だ。従う義務はないんだぜ。キャバリエ警護官」
「なら命令を見せてみろ」
キャバリエは高圧的に言ったが、エイブラハムは気にした素振りも見せせずに倦怠感のある声で言った。
「手元にはないな、キール元帥府に問い合わせてみろ」
言いながらエイブラハムはバリアジャケットの背から、大小6対の翅のような廃熱板を展開させた。キャバリエ達を軽くあしらいふてぶてしい態度を取るエイブラハムに、キャバリエが攻撃を仕掛けるかと思われたとき、それをなのはが止めた。
「待って、キャバリエさん」
なのはが割って入り、エイブラハムに声をかける。
「アビーくん」
声には憎悪や嫌悪が色はなく、ただただ真摯な強さが乗っていることに、エイブラハムが片眉を挙げた。
(友人だけでなく、娘まで危険な目に遭わせた相手だというのに、たいしたものだな)
エイブラハムがなのはを見返すと、なのはは真っ直ぐ見つめてくる。
エイブラハムが言った。
「いつから気が付いていた?」
「初めてあった日かな。そう思った理由は…説明できないけど。たぶん、そうなんだろうな~って」
「気が付いているんだろうな。とは、思っていた。そのうえで、黙っていてくれているんだろうな。とも…」
なのはの眼差しに、エイブラハムは鼻白む。いままで黙っていたことが、とても悪いことをしてしまったかのように思えてきてならない。
「アビーくん達にも事情があるのは知ってる。でも、こうなってしまった以上、聞かないわけには行かない」
なのはは悲しむような、切ないようなそうな瞳をしてから、聞いてきた。
「アビーくんの目的はなに?」
エイブラハムは答えることにした。
今右手にある『種』を確保した時点で、エイブラハムの任務は終了している。後処理にエイブラハムが係わる公式な理由はない。
「…オレだって、たいしたことを命じられているわけじゃない。ヴィヴィオの周囲で『種』を使おうという動きがある。あらゆる手段を使ってそれを阻止しろ。と、命令を受けただけだ」
エイブラハムはそこまで言ってから、右手の『種』を見る。
「これ『種』を処置するのは命令だ。悪いが渡せない」
「そんな!でも、それには…!」
「ヘンな気を起こすなよ。オレの所属と命令の内容を知った以上、公務執行妨害になる」
「……ッ!!」
こう言われるとさすがになにも言い返せない。なのはが顔を青くする。
「アンシンしろ、ヴィヴィオの記憶は無事だ」
「え…!」
「ほら、ヴィヴィオ…」
エイブラハムの言葉に驚きながらも、少しだけ緊張をゆるめるなのはを後目に、エイブラハムはヴィヴィオの背中を軽く叩く。が、ヴィヴィオはむずがるだけで、なかなか起きてくれない。
その様子になのはの顔色が心配で再び曇り、話を聞いていた美由紀が怪しむ。
「頼むから、起きてくれっ!君のママ達が悪魔みたいな顔をしている」
二人の様子に焦ったエイブラハムが余計なことを言って、なのはがムッとしたころで、ヴィヴィオがぼんやりと目を開けた。
「ヴィヴィオ、俺が誰か分かるか?」
「エイブラハムさん…?」
ヴィヴィオが呟いてから、エイブラハムを見上げると、ビクリと我に返ったようだ。
「エ、エイブラハムさん。あの、あの…」
ヴィヴィオは視線をエイブラハムの顔と自分の手に行き来させると、眼に涙を溜めて震えだした。余程動揺しているのか、日本語を使う余裕もないようだ。言葉がミッド語になっている。
その様子にエイブラハムは、戦闘時ほんの少しでもリソースを確保するために、顔の変装用魔法を解除していたことを思い出した。
(そりゃ怖いよな。眼を開けてすぐに、醜い傷顔の男に抱かれているんだから)
右手で顔を隠そうとしたが、手に『種』を持っていたことを思い出す
エイブラハムは溜息を吐くと、左手でヴィヴィオを立たせ、改めて左手で傷跡を隠した。
「ほら、ヴィヴィオ。ママのところに行きな」
「でも…」
「いいから、行った。行った」
自分はヴィヴィオに怯えられたことに、ショックを受けているらしい。
エイブラハムは自分でも驚くくらい、つっけんどんな声が出たことに驚いた。
さらに情けないことには、その声を怖がるヴィヴィオを見たくなくて、エイブラハムは態度のことを、謝りもせず眼をそらしてしまった。
(うわ、情けない)
そうは思ったが振り返る勇気は出なかった。聴覚だけが、高町親子の様子を伝えてくる。
「ヴィヴィオ、大丈夫?ママの事、忘れてない?美由希おねぇちゃんは?カレルとリエラは?フェイトママの事は?」
「…そんなにいっぱい…聞かれても、一度に答えられないよ。なのはママ」
エイブラハムの態度に怯えてか、涙声のヴィヴィオが答える。
「……!」
「わわ、苦しいよ、ママ」
なのはは自分の名前を呼ばれた事に安堵したようだ。ヴィヴィオを抱きしめる衣擦れの音が聞こえてくる。
なのはのキツい抱きしめに、ヴィヴィオがタップアウトするようになのはの体を叩いたが、なのはは構わず満足するまでヴィヴィオを抱きしめた後、思い出したように疑問を口にした。
「でも、どうして?」
『種』を抜きだされたヴィヴィオの記憶が無くなっていないことに疑問を感じているのだろう。しかし、美由紀は当然のことながら、ロストロギアの知識のない護衛たちも答えられない。
そこにいる大人達の視線が答えを求めるようにエイブラハムに注がれる。
「ヴィヴィオが触れた可能性のあるデータの通信ログを洗って、ヴィヴィオに送り込まれた『種』と本来の記憶をより分け、切り離したんだ」
言いながら、エイブラハムは右手の『種』を視線で指した。エイブラハムの手の中で光る宝石は完全な球体をしている。なのはが初めてガンナーの襲撃を受けたとき、指揮官らしき男が持っていたのと同じ姿だ。
エイブラハムは説明を省略したが、これはエイブラハムの能力というより、相棒のパーシングの検索プログラムの優秀さのたまものと言えた。パーシングは人間の記憶を図書やデータに見立てて、ヴィヴィオ本来の記憶と、電話の音を触媒にして侵入してきた『種』本体とをより分ける検索系の魔法を組み上げた。エイブラハムはそれを使用し、より分けられた『種』のみをヴィヴィオから抜き出した。
それでも、戦闘中に行うような魔法ではないので、その反動が熱という形で体内に籠り、排熱板でようやく体温調整をしているのが現状だ。
「この『種』は、もともと、ベルカの王族が子孫に記憶を移すための技術だからな。種から切り離された記憶結晶を体の中にのこしておけば、元の記憶としてヴィヴィオの中に戻る」
エイブラハムは説明したつもりになっていたが、専門が違う戦闘部隊の魔導師達は分かったような、分からないようなあいまいな顔をした。
「とにかく、ヴィヴィオの記憶はなくなることはないんですね」
なのはの質問にエイブラハムが頷く。
「記憶をより分ける?う~ん、ファンタジー小説は読むけど。魔法のことはおねぇちゃんにはちょっと難しい話だね」
「管理局世界の魔法はファンタジーじゃない。リッパな科学体系だ」
読書家らしい美由紀の感想に、エイブラハムが律儀に反論する。
続いて、なのはが何かを思いついたのか口を開く。
「イデア・グレンヌと記憶を切り離せるなら、アリサちゃんの記憶も元に戻せるんじゃ」
「無理だ。アリサに送り込まれた『種』は、今回の『種』とはまた別の人格データが込められている。そのデータを手に入れないことにはな…」
さすがに言いにくい事だったが、はっきりと否定するとなのはの顔が沈む。
それを見たヴィヴィオが心配すると、なのははヴィヴィオの頭を撫でて、何でもないと誤魔化していた。
エイブラハムはデバイスにイデア・グレンヌを格納しながら、なのは達に気まずさを感じていた。
アリサの記憶に関して言えば、元に戻せる可能性が全くないわけではなかったが、無責任に希望を持たせることもいえず、エイブラハムが黙っていると、周囲の景色が揺らいで見えた。
(目眩、思った以上に疲れているのか?)
ほとんど無意識にシステムをチェック。体内環境を調べる。
>体内環境:規定値内
>システム:異常なし
疲労でも、システム異常でもない。では外的要因だ。
次に各センサーのチェック。
>GPS機能にエラー
-計測誤差拡大中
(周囲の空間が乱れている?これは…、結界か!)
>儀式魔法感知
-広域結界型 種別:空間歪曲 ディストーション・シールド
排熱作業に追われて気がつくのが遅すぎた。魔法が完成して内部に閉じこめられる。
ディストーション・シールドは特殊な空間の歪みを発生させ、範囲内の干渉や攻撃を抑えたり、無力化させたりする儀式魔法だ。この中に閉じこめられると、空間座標を正確にロックできず、あらかじめ転送ポートを設置していない転送系の魔法は使うことができなくなってしまう。
しかも、今回の結界は規模が半端ではない、ざっと計測しただけで結界の直径が100kmはありそうなほど巨大な結界だ。
なのは達も気がついたようだ。子供達が遠くの景色が陽炎のように揺らいで見えるのを不思議がっている。これは夏の日差しの為ではない。空間が曲がり、光が直進していないためだ。
なのはが視線を投げてよこす。
「違う。俺達じゃない!」
結界を張ったかを問う視線と判断して答えたところで、空間ウインドウが現れ、エイミィを映し出した。ジャミングの影響か映像が乱れている。
「なのはちゃん、大変。今すぐ一番近い次元転送ポートへみんなを連れて逃げて」
「…どうしたんですか?エイミィさん」
青い顔色で静かな声で言ってくるエイミィに感じるものがあったのか、なのはが聞き返す。
「聞いて、今、次元戦艦ベルソーが軌道上でここを目指している」
「じゃあ、連絡を取って…」
「違う!助けにくるんじゃない!」
なのはの言葉を遮って、エイミィが声を荒げる。
母親の感情的な声にカレルとリエラがビクリと怯えたがエイミィはそんなことにも気がつかなかったようだ。
「ベルソーはこの海鳴市にむけて、アルカンシェルを発射しようとしている」
「え?」
あまりのことになのははエイミィがいったいなにを言っているのか理解できなかった。
「…いったい」
「それって…どういう」
動揺する護衛達の声でようやく言葉の意味を理解する。
アルカンシェルは、次元戦艦に装備される艦砲魔法の一種。
その威力は凄まじく、着弾地点を中心に百数十キロに空間歪曲と反応消滅で破壊をまき散らす、管理局最大クラスの無差別破壊魔法である。
当然、魔法技術を持たない世界の町など、跡形もなく消滅してしまう。
「エイミィさん!どういうことですか!」
「分からない!ただ、乗組員達の会話を盗聴したら、イデア・グレンヌが暴走して、そのままだと第97管理外世界そのものが危険だからだって言ってる!」
動揺し混乱するなのは達とは違い、エイブラハムはフード付き達が次元航行部隊などの正規部隊を抑える政治的な力を持っていることは聞かされていた。ベルソーにどのレベルまで手が伸びているのかは分からなかったが、だからこそ、評議会調査室が出向いている。
が、さすがにこの事態は予想していなかった。
通常の管理外世界への巡回航海でアルカンシェルが装備されることなどあり得ない。ベルソーにも装備されていないと思いこんでいた。
エイブラハムが相棒のパーシングと連絡を取る。
『聞こえているか』
『ああ、ハラオウン婦人の言っていることに間違いはない。ベルソーが接近してきている。ディストーション・シールドの出所もベルソーだ』
『ベルソーはなぜアルカンシェルを装備している?』
『ベルソーの任務が出港直前に、定期巡回からエクリプス・キャリアー(EC)因子保有者対処に変更になっている』
エイブラハムと同じ疑問を持ったのだろう、パーシングが次元戦艦の運航計画を検索しながら答えた。
『ああ、最近うろちょろし始めたって言っているあれか…』
パーシングの答えにエイブラハムは心の中で舌打ちをした。
EC因子保有者とは、古代ベルカ時代に開発されたウイルス兵器の感染者の事だ。まれにこのウイルスに適合してしまった感染者が、強い破壊・殺人衝動を抱え、なおかつ一般的な攻撃に対してはほぼ不死身となる。という極めて厄介な症例が確認されている。一説によるがその不死性はアルカンシェルすら防ぐと言われている。
その感染者が昨今、組織だった行動を管理外世界でし始めたと言う噂はエイブラハムも聞いたことがあった。
アルカンシェルはこのEC対策という名目で、装備されたのだろう。
『ロストロギア対処の為…。法律上許されているから…。だとしても、アルカンシェルを地表に向かって打つとは…、管理局の連中にとって、管理外世界は単なる未開の地と言うわけだな』
エイブラハムが顔をしかめると、パーシングも同意する。
『管理局の対応も酷いが、フード付きどもは海を操って、自分の崇める救世主を証拠ごと消滅させる気でいるのか?こっちも、不信心にも程がある』
『連中に取っては自分を全肯定してくれる存在が神で、それ以外が異端者なんだろ』
エイブラハムが鼻で笑いながら続ける。
『それに、操られているとは限らないぜ。ベルソーの所属は聖王騎士団系統の多い部隊だったな。黒幕は読めてきたが…』
『分かったところで、今はそれどころじゃねぇ。俺まで地上に降りてきたのは失敗だったな。このままだと証拠ごと俺たちまで消されちまう』
うなり声のように言葉を絞り出したパーシングはこの世界に来た当初、通信衛星に紛れた小型次元船で地上を監視していたが、ベルソーのセンサー群が地球を覆域に納めて以来、船の機能を眠らせ地上に降りて来ていた。
次元船の転送機能を利用した迅速な撤退を捨て、次元船の隠ぺいを優先するための行為だったが、裏目に出てしまった。
『仕方ない。お前はまだ撤退できるはずだ。転送ポートまでいそげ』
『お前は?』
『こちらからでは、一番近い転送ポートにも間に合いそうもない。別の方法を使う』
アルカンシェルと空間歪曲系の結界を併用している以上、相手は誰も逃がさないつもりだろう。
当たり前の方法を取っていては逃げ切れない。
(十数年前の宿題か…)
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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何卒よろしくお願い申し上げます。