(ちッ、ディストーションシールドの影響で、月からと大気中の魔力の接触面で魔力分離反応が起っているな。分離層のせいで念話波が遮断されている。待機中の次元船まで信号が届いていない)
試験的に信号を打ったエイブラハムが、次元船からの返信がないことを確認すると、どうにか信号を届ける方法がないか考えた。次元船に信号を届けることができるなら、アルカンシェルを相手にしてもまだ打つ手がある。
L3Sの装備が情報戦仕様だったのなら、分離層で減衰しても次元船に信号を届くだけの出力で念話を打てたのだが。生憎、陸戦仕様と空戦仕様の装備をさせている。
こうなったら、無事な空戦仕様の1号機で可能な限り、次元船との距離を縮めるしかないだろう。
そう考えていると、黙り込んでいたなのはがヴィヴィオに話しかける声が聞こえてくる。
「ヴィヴィオ、聞いて。ママは行かなきゃいけないところがあるの…」
エイブラハムが横目でチラリと見ると、なのははこの窮地には似つかわしくない妙に明るい表情をしている。
ヴィヴィオと目線を合わせるために、身をかがめていたなのはが立ち上がり、こちらは振り返って念話を使って言ってきた。
『アビー君、お願い。わたしが数分作るから、L3Sで誰かをポートまで運んであげて!』
なのはがエイブラハム達に背を向ける。
只ならぬ、気配を感じ取ったエイブラハムが呼びとめようとしたが、手を伸ばす間もなく、
「ヴィヴィオ、フェイトママの言うことを聞いて、いい子にしなきゃダメだよ」
それだけ言い残して、なのははあっと言う間に遥か彼方に上昇して行った。
「ちょっと、なのは!どこいくの!?」
驚いた美由紀が声を上げたが、なのはには届かなかった。代わりにエイブラハムが思いついたことを口にする。
「AAAランク以上の砲撃なら、アルカンシェルを誘爆させることができる…」
エイブラハムの言葉に、護衛達が信じられないと驚きの声を上げる。が、魔法の知識のなさゆえに状況を把握できていない、美由希はいつもと変わらぬ調子で聞いてきた。
「ええっと、つまり、なのははなにをしようとしているのかな?」
「今、我々は宇宙からの攻撃にさらされていて、彼女はそれを阻止に向かっています」
美由紀はエイブラハムの答えをSF小説のようだと思ったが、自体の深刻さを理解するには十分だった。ニュースを見ているだけでも、宇宙から飛んでくる物体を撃ち落とすには相当な技術力が必要なことぐらいは分かる。
自然と両唇に力がかかり、心配で言葉が震える。
「それって、危ないことじゃないの?」
「危ないどころか、無謀です」
エイブラハムは言い切った。
確かに本来のなのはの実力なら、アルカンシェルを防ぐことは可能かもしれないが、防いだ後、彼女が生き残れる可能性は極めて低い。その上、なのははもともと不調に、戦闘でのダメージが残っている。そもそもAAAランクの出力を出せるような状態ではない。
「ママが…、どうしたの?」
エイブラハム達の会話に不穏な空気を感じ取ったヴィヴィオが、怯えた声を上げた。
「ええっと…」
美由紀はヴィヴィオの不安を和らげようとして、なにか誤魔化せる言葉はないかと考えたが、エイブラハムが割って入った。
「キミのママが一人で危ないことをしようとしている。ッテ、話さ」
エイブラハムに声を掛けられて、ヴィヴィオが気まずそうに目を伏せた。
「ちょ、ちょっと…」
「大丈夫だ」
止めようとする美由紀に構わず、エイブラハムは右手で顔を覆い、ヴィヴィオに変色した顔を見せないようにしながら続けた。
「まっていろ。すぐにママに会わせてやる」
「…」
エイブラハムが言ったが、ヴィヴィオは不思議そうに首を捻り、なにも言わなかった。
(やはり、信用されないか…、オレの顔を見て逃げ出さないだけでも、肝が据わっている方だよな)
エイブラハムはそう思いながら、L3Sに掛けられたバインドの解除パスワードを解析。バインドを外すとL3Sの背中に跨る。
「アンタ達は予定通りの行動を取ってくれ!」
最後に護衛達にひとこと言って、なのはを追って飛び立つ。センシング技術を生かしてなのはを探すと、既に射撃ポイントに着いていることが分かる。
(さすがに早い。仕方がない。レイジングハート、高町1尉を死なせたくないのなら、力を貸せ)
《いいえ、拒否します。マスター》
「えっ!」
なのはのつぶらな瞳がひときわ大きく開かれ、手にしたレイジングハートを凝視した。
驚きのあまりレイジングハートがなにを言ったのか理解できない。
もしかして、拒否された?
しかし、戦術的に間違いがあった時を除いて、レイジングハートがこちらの願いを聞き入れなかったことは、今まで全くなかった。
「どうして?レイジングハート!」
《AM-45 SN:04657からのプランを推奨します》
レイジングハートが突然、空間ウインドウを開いて。外部から届けられたプログラムの実行の許可を求めてきた。
いや、許可ではない、ウインドウの隅にカウントが表示されている。反対しなければ、自動的にコマンドを実行すると言っている。
「ちょ、ちょっと待って、レイジングハート!!」
《待てません、マスター》
なのはは止めようとしたが、レイジングハートは指示を受け取らずに、ウインドウに作業中の表示を出しただけ。ウインドウにはほかにもタスク・マネジメントが表示されており、演算装置、メモリ、ネットワークの使用状況が100%を示している。
「どうなっているの?」
わけが分からない。思わず周りを見渡し、答えてくれる人を探してしまったが、衛星軌道上にはそんな人…。
いや、なのはの視界の隅にチカッと光が反射するのが見えた。ほぼ真下から何かが上昇してくる。
それは赤く燃える火の玉が上昇してくるように見えた。
だが、近づいてくるにつれて人を乗せたL3Sだと言うことが分かった。乗っている人間が強烈な熱を発しているのだ。
乗っている人はまるで宇宙飛行士が着ている宇宙服の様なバリアジャケットに身を包んでいた。遮光されたヘルメットのせいで顔が見えないがエイブラハムなのだろう。
船外作業服と違う点はヘルメットから三本のブレードアンテナが付きだしている事と、背中に有るはずの生命維持装置の換わりに翅の様な排熱板が幾つも突きだしていることだろう。
L3Sに仁王立ちしたエイブラハムが、なのはと同じ高度で停止した。
「アビーくん?」
なのはが声をかけたが、エイブラハムは反応すらしない。
《彼も作業中です》
「え、ええ、なんで、レイジングハートが答えるの?」
《現在、彼のシステム、AM-45と並列化中》
レイジングハートは独断でエイブラハムと手を組むことを選んだようだ。
ある意味ではなのはを裏切ったことになるが、レイジングハートは自分の主を守るためには最良の選択だと判断していた。今、レイジングハートはほとんどの能力をエイブラハムのサポートに使っている。
エイブラハムの通信魔法を通して、レイジングハートはベルソーのメインAIに触れた。
《ベルソーAIからのトレースを感知。ベルソーAI、ブラックアイスを起動》
ブラックアイスとは、報復機能を搭載したコンピューター・ファイアーウォール機能の代名詞である。民間での使用は禁止されているが、モノによっては、逆探知した相手の電気系統や魔力炉を暴走させ、物理的に相手を攻撃することも可能な危険なプログラムだ。
レイジングハートがいつもの通り口頭で危険を警告したことで、なのはにも二人の狙いが分かった。
「まさか、アルカンシェルに侵入するつもりなの?」
《はい、作業状況を表示します》
なのはの言葉に反応して新たな空間ウインドウが開き、アルカンシェルの発射までの残り時間、作業の進行状況が表示される。
恐らくエイブラハムとレイジングハートは、プログラムをクラッキングしてアルカンシェルを自壊させるつもりなのだろう。と、なのはは考えたが、あいにく、なのはは第5の戦場では門外漢だ。優勢なのか、劣勢なのか分からない。
間に合うのか?確かにエイブラハムの方法なら魔力爆発も起こらないかもしれないが、戦艦が扱うような巨大なプログラムにこの短時間で侵入できるものだろうか?
こうしている間にも頭上の遥か彼方では、次元戦艦が一瞬で都市を消滅させる事が出来るほどの魔力チャージを終えようとしている。
なのはが魔力光は見えないか。と、空を見上げた時。背後から突然、パンッ!と、渇いた破裂音。
「うぁあ、な、なに?」
ウインドウに集中していたなのはの口から少々間の抜けた声が出た。
エイブラハムの翅が1枚はじけた音だった。断面からは何かの液体が噴出している。
「なにがあったの?」
《冷却モジュール2-11(A3A2A011)fault 導力異常》
「あぁぁ、もう!」
レイジングハートはエイブラハムと並列化しているため、エイブラハムの状態は自分のことのように把握していたし、エイブラハム個人をシステムの一部と捕らえていたため、新たに出力されたエラーを端的に報告した。
しかし、レイジングハートからの口頭での報告しか受けていないなのはにはうまく伝わらなかった。
ストレスを感じながらもレイジングハートに指示を出した。
「アビーくんの状態を表示して!」
空間ウインドウにエイブラハムのシステム情報やバイタルが表示される。
『人造魔導システム最大運用中。魔力生成:MAX 魔力配分は演算を最優先。ネットワーク:オンライン』
なのはに答えて文字列が流れていく、その中には見過ごせない文字もある。
『冷却水流出中:BJ内温度異常上昇、通信モジュール:温度エラー、魔力漏出、生体パーツ:体温危険値を突破、なおも上昇中、心パルスに異常』
エイブラハムは体内のシステムの演算能力を最大限使って、眼には見えないが激しい戦闘をしているらしい。だがこのままだとアルカンシェルをハッキングする前にエイブラハムの神経が焼き切れてしまいそうだ。
なのはは開きっぱなしの作業状況とエイブラハムの状態を見比べる。確実に悪くなっていく状態と減っていく残り時間に対して、作業進行状況は遅々として進んでいないよう に見える。
再び、破裂音がして翅が一枚弾け飛んだ。異常を出した通信モジュールと連結されているブレードアンテナで、漏出した魔力がスパークしてヘルメットにヒビが入った。
『液体呼吸ユニット:中破、魔力不足により自己修復不可能、生命維持に深刻な影響発生』
映し出されたウインドウに新しい障害が表示される。
ヘルメットのヒビから漏れ出した呼吸用溶液が、L3Sの装甲に落ちると、横滑りしながら蒸発していく。エイブラハムの排熱で装甲が加熱されているのだ。
これだけの排熱を必要とするなら、いったい体への負担はどれほどのものになるのだろうか。
「もお、いい。もお、いいよ。アビーくん!…あつっ!!」
エイブラハムの体に触れたなのはの指先に痛みが走る。なのはのフィールド越しにも熱が伝わってきた。
これではエイブラハムに声が届いていたとしても、聴いている余裕はなさそうだ。
なのはは訴える相手を変える。
「レイジングハート」
アルカンシェル発射まで、あと数十秒、今すぐ逃げだせばエイブラハムは魔力爆発から逃れることが出来るかも知れない。
「まだ間に合う。わたしに撃たせて!」
レイジングハートが答えた。
《拒否》
なのはが更に言いつのる。
「いい子だから、お願い!」
《いいえ、マスター必要ありません》
「え?」
《見てください》
言われて見上げると、明けの明星のような光が見えた。アルカンシェルのバレルが展開され、チャージされた魔力が放つ輝きが地上まで届いている。
《わたし達の勝ちです》
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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何卒よろしくお願い申し上げます。