『管理局が派遣軍の第66管理外世界からの完全撤退を表明』
そのニュースがベースキャンプを駆け巡ったとき、隠密高度をよしとしていた戦士たちからも歓声が上がった。付近の村々の様子も浮かれており、歌い出すもの、叫ぶもの、自動車のクラクションを鳴らすもの、祝砲という名目で空に向かって発砲するものが出ており歯止めが聞かない状態だった。
「おい、チビ、お前も飲め!」
「いやこっちだ、賭けダーツだ」
熟練の兵士がタバコと酒の匂いをさせながら声を掛けてきた。酒を飲みながらダーツをやっていたらしいが、娯楽専用のダーツの矢なんてものはなかったので、ナイフを矢、管理局の前指揮官の写真を的に見立てているらしい。貴重な嗜好品や食料を広げずいぶんと浮かれている。巻き込まれると厄介だと判断した僕は、子供に酒を勧めるなと言ってその場を離れると、診療所に向かう。
「師匠、いますか?」
「アナタか?入れ」
他の兵舎や倉庫のバラックと変わらない診療所の薄いドアを開けると、半裸の女性と医官がいた。半裸の女性はボクの右目と同じ変色が、左半身のほぼすべてを覆っていた。
「あ、出直します…」
女性の半裸の姿に驚いた僕は引き返そうとしたが、女性が止めた。
「構わん、我々は見られて、どうこういう仲ではないだろう」
「…はい」
少し照れるが返事をした。
「管理局の撤退が向こうの放送局で流れているようです…」
「なるほど、指揮官は新しく来たグラシア大将の提案を飲むことにしたみたいだな」
「信用できるんですか?」
陸のこととなるとずさんな管理局に懐疑的な態度で言うと、師匠は子供に言い含めるように言った。
「信用するのではない。相手の状況を読め、今は戦費と世論が戦力の派遣に後ろ向きだ。穏健派で知られる教会騎士の将軍をよこしたこと自体が、相手の回答と言うことだ」
「しかし、連中は軍の解体を求めていました」
この提案を飲むことになると、僕には居場所がなくなってしまう。
「…ああ、安心なさい。確かに新設されるマガフは、軍がない所から始まるだろうが、我々は解体されない」
「?」
「我々が軍人を辞めて民間軍事会社の社員となる。マガフ政府から依頼を受け、軍事の一切を引き受ける民間企業としてな…」
ちょっと難しかったが、取り合えず師匠たちとわかれずにすむらしい。
「指揮官と師匠の計画通りと言うことですね。良かった…」
「安心しいるが戦闘が少なくなる分、勉強量は増やすからな」
「え、いや、でも…」
「でもじゃない…、戦いしかできない男になるな。アナタ」
「…はい、イレイン師匠」
PMC「静かなる蛇」が軌道に乗ったころ、師匠は死んだ。
聖王教会の廊下を背筋を伸ばして二人の女性が歩いていた。
一人は金髪碧眼の若い女性。教会所属の騎士の黒いキャソックを纏い、腰まで伸ばした髪をなびかせている。
もう一人はシスター用のトゥニカを着て、目深にベールを被っている。ベールのため表情は見えないが、カバンを小脇に抱えキビキビとした動きから若さを感じさせた。
二人がある一室の扉の前で立ち止まる。と、シスターが騎士に耳打ちをする。
「念話中のようです…、騎士カリム」
「ええ、暗号化されているようね。内容はわからないわ…、弟を連れてくるべきだったかしら、シャッハ?」
「いえ、証拠はすでに、彼が抑えたようです」
「では、堂々と行きましょう」
カリムが目の前の扉をノックする。
しばらくの間の後、威儀を正した声がする。
「お入りなさい」
許可を貰ったのでカリムは扉を開いた。シンプルな執務室のデスクに、赤いキャソック姿の老年期の女性。
動揺した様子はなく、女性は手にしていた通信用のデバイスをデスクに置く。
「ルクレール枢機卿、我々がここに来た理由は、お判りでしょう。次元戦艦『ベルソー』の行いは、管理外世界に対する虐殺行為です」
踵を鳴らして部屋に入ったカリムは、前置きもなしに言った。
「聖王を名乗る不届き者と、ロストロギアの暴走による文明世界の崩壊など、見過ごせるものではありませんわ」
枢機卿は泰然と座している。アルカンシェルを市街地に撃ち込むことに、何の躊躇もない。と、言わんばかりの態度に、カリムの方が苛立たされた。
「そんなものは、ありません!あのベルソーの艦長に指示をし、その筋書きを実行させたのは、枢機卿、あなたでしょう」
思わず語気を強めたカリムに対して、枢機卿は落ち着いて返した。
「わたくしは儀礼艦へ、エクリプスウィルスの調査を命令し、アルカンシェルの装備許可を出しただけ。 高利貸しの末柄のオートマトンこそ、管理外世界で何かを企んでいたのでは?」
しらを切った枢機卿だったが、カリムの方はすでに論戦の準備ができていた。
「評議会調査室に問い合わせたところ、彼らは命令により行動していたとのことです。突入の際の録画データものこっています。今回の行動の詳細は極秘に当たるので、発表が遅れたようですが、書類の日付は、ロストロギアの紛失が明るみに出た日になっているそうですよ」
「ここはベルカ自治領、評議会とはいえ、自治権を犯すことは許されません」
「おや、我々は管理局として、この部屋に訪れた覚えはありませんよ」
カリムが答えながら、シャッハに合図すると彼女がカバンからスクロールを取り出す。カリムはそれを目の前の教皇の最高顧問の一人に掲げて見せた。
「教皇命です。枢機卿ルイーズ・L・ルクレール。ロストロギアの不正使用、教皇選挙に対する干渉行為の疑いにより査問会に出頭せよ」
「…っ!」
自分の所属する宗教の最高位聖職者の命とあっては、枢機卿と言っても言い返せない。反論を封じられた枢機卿が肩を震わせる。
「わたくしに罪はない。罪があるのは聖王陛下の御身体をかどわかした管理外世界者と、それに加担する者だ!」
枢機卿が手の届く所に立て掛けてあった剣型のアームドデバイスを掴んだ。が…、
「逆巻け!ヴィンデルシャフト」
鞘から抜く間もあたえずに、シャッハが双剣を枢機卿に突きつけた。
「…くっ!シスター・シャッハ…。わたくしがあと数年若ければ…、お前などには…」
「ええ、そうでしょう。そして、わたしもそうやって後輩に、追い抜かれていく時が来ます」
シャッハの頭に、自分と同じ双剣を使う不良シスターのことが掠めて笑みがこぼれる。
「…」
シャッハの笑みを余裕と見たのか…。枢機卿がデバイスを鞘に納めたまま手を離す。剣はゆっくりと床に倒れた。
「シャッハ、連行してちょうだい」
カリムが命じると教皇にバインドが掛けられる。枢機卿はシャッハを一度睨みつけた後、カリムに向かっていった。
「わたくしを管理局に突き出せると思っているのかしら。枢機卿であるこのわたくしを…」
枢機卿の下には、部下に当たる聖職者や、多くの信者がいる。聖職者や信者とて人間。自分の上司に当たるものが、逮捕されることに反発を覚えることもある。対応を誤ると暴発させてしまうだろう。
「今は無理でしょう。ですが数年かけてじっくりと、教え子たちとの縁を切っていってもらいます」
カリムは出来るだけ意地が悪そうに見えるよう、枢機卿に向かって口角をあげた。
「へー、そんなことがあったんだ」
「ああ…、そうだ」
数日後の昼下がり、昼食時には遅いが学生たちで賑わうには早すぎる時間帯の翠屋にて、大まかな事情を説明されたアリサが納得したように頷くと、ぐったりと疲れた表情のエイブラハムが続けた。
「証拠品に当たる船は管理局の部隊が拿捕。乗組員の身柄も押さえている…。と言っても、実行部隊として動いていた騎士団と一部の幹部以外は、自分の船がなにをやっていたかさえ分かっていないだろう。今回の騒動の首謀者を、正規のルートで檻の中に放り込むのは、数年さきになりそうだ」
「ああ、いいわよ、その辺の話は、あんた達が上手くやるってことでしょう」
言いながらアリサは新メニューのローライズカップケーキを頬張る。
エイブラハムに事の顛末を聞いてきたのは、アリサだったはずなのだが、話を遮ったアリサにエイブラハムが困惑する。
(意図的な交通事故にあったうえに、一時、記憶を奪われたとは思えないほど元気だな…)
記憶を取り戻したばかりとは思えないアリサ。そのバイタリティに焙られたエイブラハムの素直な感想がそれだった。
カップケーキを飲み込んだアリサが続ける。
「事件の黒幕よりも…」
言いながらアリサが二人が座っているカウンター席の背後、ボックス席の方に視線を投げる。エイブラハムもつられて背後を振り向いた。
そこにはなのはとヴィヴィオ、それにすずかが座り、いつもより多め(しかもお高め)のメニューを並べて談笑をしている。空席になった席の奥には、ハイブランドのショッパーが数点置かれている。
「なんで、なのははあんなに怒っているのよ。あんたに」
そこで、なのははカウンター席からの視線に気が付いたのだろう顔をあげた。エイブラハムとなのはの目線が一瞬あった。しかし、その一瞬でなのはは口を尖らせると、すぐさま他の二人との雑談に戻ってしまう。
「いったい何をやったのよ。いつもだったら、宥める側のすずかも、全然、止める気なさそうだし…」
アリサが体を横に倒しエイブラハムの背中を覗く姿勢を取ると、エイブラハムの背中にプライスPOPが貼り付けられていた。アリサには見覚えのある文字で掛れたPOPの文字は、お値段『急降下』、『投げ売り』価格。括弧で強調された文字に強い意思を感じる。
(恭也さんも似たようなことされていたな…)
アリサが親友たちの兄姉のことを思い出してすずかを見ると、すずかは不敵に笑ってウインクを返して見せた。
「二人同時に敵に回すなんて、バッカねー、あんた」
「うるさいな…、アリサもあちら側に回っていたじゃないか…」
エイブラハムが言いながら、カウンターテーブルに置かれたショッパーを見る。アリサの持ち物になったそれは、女の買い物に付き合わされるATMと化したエイブラハムの吐き出した金で買ったものだ。
「返さないわよ」
「わかってるさ…」
答えたエイブラハムがアイスティーを啜る。そのお茶以外、エイブラハムの前に皿はない。
実はアルカンシェルのプログラムを解体するという無茶をしたせいで、体内にたまった熱で内臓を痛めてしまい、固形のものを食べることが出来るまで回復するのにあと数日はかかりそうだ。
冷たいお茶の刺激に胃が驚いて引きつる感覚に、エイブラハムが顔をしかめると、アリサが気を遣う。
「アナタ、大丈夫?」
「ああ、問題ない…」
いつの間にか呼び名がプライベート用の名前になっていたのは気になったが、話題が少しそれてエイブラハムは安心した。
実はすずかも始めの内は、なのはの機嫌を取ってくれようとしていたのだが、その理由を知った途端、態度を変えた。エイブラハムの背中にPOPを貼り付け、市中引き回しにした挙句、自腹を切らせたのである。これに加えアリサが科す付加刑まで食らってはたまらない。
エイブラハムは顔に出さずに、ホッとしていたのだが…。
「…で、何をやったのよ?」
あいにくと、アリサは見逃してくれなかった。肩を掴んでエイブラハムを自分の方に向けさせると、問い詰める。
「…」
エイブラハムは一度大きく深呼吸をした。気分は次弾で弾が出ると確信しているのに、引き金を引かなければならないロシアンルーレット。
「ああっと、最後の戦闘の後、なのはの髪が乱れていたから…、魔法で俺が整えたんだよ」
「へぇ、あんたそんなこともできるの…?」
意外だと言わんばかりの表情でアリサが返してきた。
「いや、まあ、何というか…。その魔法は少し失敗したみたいでな…」
「失敗?」
アリサが眉を跳ね上げた。
「ああ、髪の結び目がいつもと、少し違ったらしい…」
「ええ…」
返すアリサの声がやや低くなった。
「今日会ったときに、その時ついた髪の癖を直すのが大変だったと、熱弁されてな…」
「ふーん、で!!」
肩を掴んでいた手で、エイブラハムの二の腕を抓りあげながらアリサ。
不機嫌以外が感じ取れない声でアリサが続きを促した。
「俺はフォローのつもりで言ったんだぞ…」
「そ・れ・で!」
「た、大して変わらないと…」
ボソボソと言ったエイブラハムの言葉を聞いたアリサがニッコリと笑う。
エイブラハムを放り捨てるように手を離したアリサが口を開いた。
「すいません!デリバリーで注文いいですかー?」
エイブラハムの支払いで、父の会社への差し入れを注文し始めたアリサを止める気力もなく、エイブラハムがカウンターに突っ伏すと、コックシャツを来た中年の女性がエイブラハムの席に近寄ってきた。胸のネームには「まっちゃん」とある。女性はアイスティーを片付け、代わりにぬるめのハーブティーを置いた。匂いからして内臓の機能を回復させる茶のようだ。
エイブラハムが感謝を伝えると、女性はほほえみ、エイブラハムにハーブティーの値段を含めた伝票を置いていった。
「…こいつらを怒らせるぐらいなら、管理局艦隊と戦った方がましだな…」
再びカウンターに突っ伏す。
すると、
「アナタさん、大丈夫ですか?お腹痛いんですか?」
ぐったりとしているエイブラハムを心配してヴィヴィオがやってきた。ヴィヴィオはママ達がなんだかエイブラハムに冷たい態度を取っていることに困惑していたが、そのことを聞いちゃいけないような空気も感じているようだ。恐る恐るといった様子でエイブラハムに寄ってきた。
四面楚歌のエイブラハムにとって唯一の救いであるため、真実を濁してエイブラハムが説明する。
「ああ、体調は問題ないよ。ただ、ちょっと失敗してしまってね。君のママ達に叱られているんだよ…」
「ええ、可愛そう…」
ヴィヴィオが隣の席について、エイブラハムの頭を撫で始めた。慰めているつもりなのだろう。
思わず眼がしらが熱くなる。
(これが今回の戦果だな…、この子は、この子のまま、高町ヴィヴィオとして、健やかに育ってくれ…)
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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何卒よろしくお願い申し上げます。