「副長、マリエル技官、到着まであと3分です」
「ああ」
「了解です」
ヴィルヘルム達は、捜査令状をもったマリーと合流すると、タレこみ屋の勤め先に向かった。住所によるとタレこみ屋の勤め先は住宅地の民家だった。現職業は家庭用デバイスのサポート係となっている。
「地域密着のサポート態勢ですな。デバイスの操作が分からなくなったら、すぐに駆けつけてくれるとは…」
「駆けつける?何言ってるんスか、おやっさん」
「む?容疑者はそういう仕事をしているのだろう」
「は~、おやっさん、家庭のことは全部奥さんに押し付けてるっしょ」
「???」
今日日の中年世代のグランド1には、何を言っているのか分からない様子だった。助手席のグランド3に大げさな身振りで、「ダメダメっすね」と言われているグランド1。見かねたマリーが「家庭用デバイスの操作方法が分からなくなった時、遠隔操作で手助けしてくれるサービスのことです」と、説明してあげると驚いたような顔をしてから、「こんど家庭用デバイスが動かなくなったら、カミさんに自慢しよう」と、嬉しそうな顔をする。マリーは「奥さんは知ってるんじゃないかな~」と、思っていたが、嬉しそうな顔をしているグランド1に指摘する気にはなれず、愛想笑いを浮かべて誤魔化した。グランド3を見ると彼も肩をすくめている。仕事前のリラックスした雰囲気が流れる、そこに野暮なアラームが鳴る。
『こちらロングアーチ0、バックヤード0聞こえてる?』
「こちらバックヤード0、どうしました」
『そっちの目的地にガジェットの反応が出た!」
「グランド1!!」
「了解!」
グランド1が手元のスイッチを押すとオプションで装備されている警告灯が現れ、サイレンが叫び声をあげる。前方の車両が道を譲ってくれるのを確認すると、グランド1はアクセルを踏み込む。
『住民の避難は地上警備部にやってもらう、副長たちはガジェット排除を!』
「了解!現在現場に急行中。1分以内にたどり着きます」
車が急ブレーキで道路にタイヤ痕を残しながら止まる。荒事に慣れていないマリーが悲鳴を上げたが、気を使う様子もなく武装局員の二人が飛び出して行った。ヴィルヘルムは車のオートバリアを起動させると、マリーに外に出ないように命令した後、車を降りた。
グランド1は建物の状況を確認して少しだけ安堵した。どうやら、ガジェットは無差別に暴れ回っているわけではないらしい、タレこみ屋の勤め先の建物内にいることはデバイスのセンサーでとらえていたが、外に出てくるう気配がない。建物自体は何の変哲もない民家に見えた。二階建てで地下駐車場、少々広めの庭…。羨ましい。退職金を貰ったら、こんな家を建ててみたいとグランド1は思った。
玄関の手前に魔導師が揃い、グランド3が前、グランド1が後ろに立つ。ヴィルヘルムは援護と結界を張るため敷地の入り口に残った。
ヴィルヘルムが結界を張ると同時に、グランド3が叫んだ。
「管理局機動6課だ!今すぐここを開けろ!」
反応はない。戦闘機人の動力炉反応その他もなし。建物内部にはガジェットだけと判断し、グランド3はドアを破った。玄関に入ってすぐ居間になっていた。そこにⅠ型が2機。
グランド3は移動魔法で、そこが地面であるかのように壁を走り、Ⅰ型の注意を引き付ける。案の定、Ⅰ型は派手な動きを見せたグランド3を目標に定めたようだ。狙いを定めようとグランド3に向きを変えようとして、そのままバチバチと火花を散らす。ガジェットは装甲内部で小さな爆発を起こし、そのまま機能を停止する。
グランド3が壁に垂直に立ったままグランド1を見ると、グランド1は黙って親指を立ててきた。グランド3が陽動、そのすきにグランド1が指向性の電磁波でガジェットの電子部品を焼き切る。グランド分隊の対ガジェット戦術の一つだった。
二人がそのまま1階のクリアリングをしようとした途端、ガラスが砕けるような音が2階から聞こえた。駆け上がると、3機のⅠ型が2階ベランダから外に飛び出そうとしているところだった。咄嗟に魔力弾を連射したが位置が悪く、Ⅰ型のAMFが重なり合うような位置取りになってしまった。一番近くの1機は破壊できたが、他の2機には多少のダメージを与えただけで逃げられてしまう。
ベランダに駆け寄ると、何処にいたのか男が一人Ⅰ型に追われて、ヴィルヘルムに助けを求めているところだった。
ヴィルヘルムは走り寄ってくる男に対し、腰を落とすと男の顎を掴み上げるように左手を突き出す。男は気持のいいぐらい見事にひっくり返った。荒っぽいがこれは武装隊でもよく訓練される一手だった。人質救出作戦などでは、パニックを起こした人質が隊員に抱きついて、隊員ごと危険にさらされることがある。
男をひっくり返したヴィルヘルムは懐中時計型のデバイスをⅠ型に向ける。
「ガンド・ランツァ」
無機質な女性の声が復唱し、ヴィルヘルム周囲に赤褐色の光球が4つ発生する。
「ファイエルッ!」
手にしたデバイスを振りおろすと同時に射撃魔法が発動し、呪いの槍が唸り声をあげながら目標に向かって疾走する。AMFは槍を多少減衰させたようだったが、ダメージを負った本体を守れるほど強くもなかった。Ⅰ型は今度こそ破壊され崩れ落ちた。
Ⅰ型の動力反応が消えたことを確認したヴィルヘルムは懐中時計を倒れたままの男に向けた。
「さて、お前は誰だ。ここの持ち主ではないはずだ。なぜ、センサーに反応しなかった?」
「あ、ああ、あ」
怯えた男はあわあわと降参のポーズを取った。
マンションに向かったギンガは不機嫌だった。いきなり隊長戦をやることになり驚きはしたが、六課の訓練で疲れているわけでもない。捜査活動に参加していることに不満があるわけでもない。むしろ、六課の取り扱っている事件は自分の家族にかかわる事件なので捜査協力は望むところだった。問題はさっきから自分を含めた目につく女性全てを口説こうとしている同僚だった。
肩まで伸ばした長髪、整った顔立ちをしていたので第一印象はそう悪いものではなかったのだが、今となってはそう思ってしまった自分自身が腹立たしい。
同僚はマンションの受付嬢に美麗参句を投げかけ、上手いことデートとタレ込み屋の部屋の鍵を貸してもらえるよう約束を取りつける。受付嬢がカギを取りに行っている間、同僚、アース3はこちらの視線に気がついたのか、会心の表情で手を振ってきた。ギンガはムッとして睨んでみたが効果はない。
普段なら口説いてくる男性局員(部隊長の父を恐れない度胸がある者もいる)を適当に話を合わせてあしらう方法ぐらい心得ていたが、これまで、捜査現場に向かう時に口説いてきた分別のない者は流石にいなかった。しかも、こちらのマンションにもガジェットが出現する可能性は少なくない。それなのにこの軽さ。ギンガにはどうにも不真面目に見えてしまい。同時に、父や母が人生と命を賭けてきた仕事をバカにされたように気がしてならなかった。
何を思ったのか、アース3が相棒のアース2を受付に残しこちらに歩いてくる。シャーリーがこちらに気を使って、アース3との間に入るように声を掛けてくれた。
「どうしたんですか?」
「ああ、シャーリーちゃん。大したことじゃないよ」
受付嬢の代わりに鍵を持って現れたのは管理人のお爺さんだった。
「年上の相手はあいつに譲ってやることにしているんだ」
タレこみ屋の部屋がある階に向かうためエレベータに乗り込んだ後も、アース3は相変わらずだったがシャーリーがギンガとアース3の間に入った。シャーリーはこの男の軽い所は気にならないらしく、居酒屋で酔っぱらいを相手にしている看板娘のようにアース3をあしらっている。
アース2は「先程、アレが何か言っていたようだが相手にしないでくれ。アレは年上には怒られたことしかないのさ」と、皮肉を言ってからは真剣な顔をしたまま黙った。想定される事態を真剣に考えているようだ。
なんとも対照的な姿に本当にこの二人は相棒同士なのだろうか?と、疑問に思ったが、エレベータが目的の階につくとそんな考えも吹き飛ぶ。
チ~ンッと伝統的な電子音をたててエレベータが扉を開くと、二人は一瞬でバリアジャケットを装着し、音もなく目的の部屋まで移動する。アース2は室内で振り回すのが不利になる槍型デバイスを短い手槍に変化させ扉の右側に、いつの間にか、おしゃべりをやめ真剣な表情をしたアース3は左側に張り付いた。手には愛用の柄を切り詰めた杖が握られている。
不覚にもギンガは二人から一拍送れて突入の準備を整えた。アース2は手信号で命令を伝えてくる。内容はアース2が右回り、ギンガとアース3が左回りでクリアリングをしていくという指示だ。不真面目なアース3と組まされたことには不満だったがギンガは頷いて承諾した。
キッチン、バスルールと順にクリアリングしていき、次は寝室だった。アース2の様子を見るとこの寝室が最後になりそうだ。ギンガがドアノブに手を置くと、アース3がギンガの肩に手を置く…
パンッ
アース3が肩を叩くと同時に、ギンガはドアを素早く開け室内の右側に向かって構えた。アース3が左側を固める。
見えたのは何の変哲もないクローゼットとベッド。異常なし。
「ク…」
異常なしの報告をしようとした瞬間、左側から影が飛び出す。影はクローゼットの扉を乱暴に開けると中に杖を向ける。…クローゼットの中は空だったが、ガジェットや人間が隠れるには十分な大きさがあった。
「あ」
ギンガは自分の失敗を認めた。クリアリングを行った後に、思わぬところに隠れていた犯罪者やトラップが、武器を持たない捜査班や鑑識班を傷つけることがあると、何度も聞いたことを今更になって思い出した。事件現場に出るのもこれが初めてというわけではなかったのに…。
コツンッ と、衝撃を受けて振り向くと、逆さまに槍を持ったアース2がいた。どうやら全部見ていたようだ。
「我々は、出入り口を警戒する」
それだけ言うと、シャーリーを呼び家宅捜索を依頼し、ベランダに向かう。それを追うようにアース3はすれ違いざま「シャーリーちゃんの手伝いよろしくね」と、言葉とウィンクを投げて出入口に向かった。失敗は働きで返せということらしい。
小さな可能性にも油断せず、後輩のミスも念頭に置いて行動する。魔法の腕が自分より劣っていても、魔力量が少なくとも彼らはプロだった。…自分はどうだったろうか?
ギンガは恥ずかしくなり、両手で顔を叩く。
(気合と考えを入れなさなきゃ…、彼の評価から…)
「どお、ギンガちゃん。惚れなおした?」
少なくとも、仕事上の評価は。と、ギンガは思った。
タレこみ屋が購入した豪邸は、クラナガン東部にあった。首都で働く人々のベットタウンよりさらに郊外、立地条件はミッドの富裕層ならば簡単に手が届きそうな地区だった。が、完璧な区画整理がされ、一戸建ての建物がほとんどないクラナガン中央区の人や、日本を基準にすると十分に豪邸と呼べるサイズの家が建っていた。大きな庭にプール付き、14LDKの邸宅、普通の家族構成なら掃除するのも大変そうな家だったのだが…
(この程度の家だけなら、タレこみ屋の収入でもおかしくはないか…)
家族の大半が管理局の高官、ミッドの富裕層フェイトはそう思ったが、口には出さなかった。あまり自覚はしていなかったが、自分はあまり普通の金銭感覚をしていないと、以前はやてに注意されたことがあったからだ。
「うわ、でっかい家。どんな悪事を働いたらこんな家を建てられるんだ?」
一緒に連れてきた捜査班の新人の少年が口にしたのを聞いて、フェイトはヒヤリとした。口に出していたら白い目で見られていたかもしれない。それが顔に出で、交替部隊の二人が怪訝な顔をする。
「どうしました?」
「あ、えっと、あんまり玄関前で話すと犯人に聞かれるんじゃないかなって…」
「はぁ…」
苦しい言い訳だったが、幸いにもそれ以上追及されなかった。建物にエリアサーチをかけてから、交替部隊の二人にクリアリングを頼む。待つこと数分、二人はフェイト達を招き入れると、出入り口を封鎖するために玄関に残った。
まずは、タレこみ屋が昨日使っていた端末の中身を調べる。通信記録や、アクセスしていたホームページ、買い物の記録…。しかし、タレこみ屋の通信記録がほとんど残っていない。新人が残念そうな顔で口を開く。
「この端末は買い物専用にしていたみたいですね」
「うん。でも、過去にアクセスした事のあるサイトにコミュニケーション系のサイトがある」
「ええ、それが?」
首をひねる新人をしり目にフェイトははやてに連絡を入れると、そのコミュニケーション系のサイトから、タレこみ屋のログを検索してもらった。すると、オリヴィエ02というハンドルネームの人物と盛んにチャットを行っていたようだ。
「はやて、交信内容をこっちにも回してくれる?」
「ええよ、何か思いついた?」
「うん」
転送されてきた内容を見て、新人が口笛を吹く。
「随分、積極的な聖王(オリヴィエ)さまだな」
「バチがあたるよ、そんなこと言うと」
「オレ、聖王教徒じゃないんですよ」
そんな会話をしながら、チャットのログを確かめる。この二人が最初の接触を持ったのは1年ほど前、新人の言う通りオリヴィエ02からタレこみ屋に接触してきたようだ。会話の言い回しや内容から判断すると、オリヴィエ02は女性で20歳前後、かなりの教養を身に付けているようだ。そして、数ヶ月前にオリヴィエ02からの連絡は止まっている。
「ふられたのか?こいつ」
「違うんじゃないかな、その前に連絡方法を変えるって書いてある」
「そうですね、男の方はそのあとも暫くチャットで連絡を取ろうとしていたようですけど…、内容が…、なんつうか…、デートの約束と感想っぽいし…」
多感な年ごろの新人は気まずくなってきたのか、話し方がだんだんたどたどしくなってきた。エリオもこうなるのかな?と、新人の反応にフェイトが微笑むと、新人はどう受け取ったのか、顔を真っ赤にして話を変えてきた。
「こ、これからどうします。違う連絡方法なんて分かりませんよ!」
「うん、でも案外古典的な方法かもしれない」
フェイトが新人を連れて玄関に戻ると、交替部隊の二人が弓と斧槍を片手に立っていた。斧槍を持った頬骨の高い女性、グランド2が声をかけてきた。
「どうしたんです?」
「ちょっと探し物」
フェイトは手袋をはめると、屈んで観音開き式の扉と床との間の隙間を調べる。屈んだだけではよく見えなかったので、フェイトは膝をつき、床すれすれに顔を近づける。するとちょうどボリュームも形も申し分ない尻がつき上げられる体勢になった。
捜査班の新人は真っ赤になって目をそらした。が、弓を手にしたグラント4は無言のまま左目にかけた単眼鏡(こちらもデバイス)に手をそえる。単眼鏡が反応し倍率が上がっていく途中、グランド2が見ているのに気が付き、咳払いをして視線をそらした。
グランド2はニヤリと意地悪く笑ってから、フェイトに尋ねた。
「なにか見つかりそう?」
周りの様子に気が付いていないフェイトは、ピンセットで何かをつまみだしている最中で、そのまま答えた。
「うん、あった」
フェイトが扉の隙間からつまみ出したのは、紙きれだった。グランド2から見ると紙屑にしか見えなかったのだが、フェイトは慎重に証拠用のビニール袋に入れる。
「なにそれ」
「便箋の切れ端だよ。きっとタレこみ屋は手紙でやりとりしていたんだ」
「手紙ね…。学生時代、授業中にチャットのし過ぎで、教師にデバイスを取り上げられた時以外、書いたことないわ、でも…」
「でも?」
「手紙なんて証拠になるようなもの残しているとは思えません。先生、どうしたらいいでしょうか?」
不良学生時代を思い出したグランド2がユーモアたっぷりに聞くと、フェイトは一瞬キョトンとした。が、クスリと笑い、教師口調で答えた。
「いい質問だね。考えてごらん。手紙を隙間から入れるには、送り主は直接ここに来る必要があるのだよ」
「具体的には?」
「聞き込みをしよう。ここは人口密度が低い地区だからよそ者が来れば、目立つはず」
早速、はやてに報告して、聞き込みを開始しようとすると、はやてから追加情報がもたらされた。
『黄色いアリアンロッド Type-33に乗った女性を探してほしいんや』
「アリアンロッド Type-33?たしか、今女性に人気のある車だよね」
自分でも車を運転し、また車種にも詳しいフェイトはどんな車だったかすぐに思い出した。クラッシックなデザインが人気のスポーツカーで、ミッドでもそれなりに出回っている車だ。
『その黄色いアリアンの女性が、オリヴィエ02ある可能性が高いちゅうわけや。』
「情報のもとは?」
『副長の捕まえた、自称タレこみ屋のお友達からや」
「お友達?」
はやての話によると、ヴィルヘルム達はタレこみ屋の勤め先で、住居不法侵入の男を1人捕まえた。
この男はある本局局員の親戚で、タレこみ屋を何人かの本局局員に友人として紹介した事があったそうだ。そして、最近急に羽振りのよくなったタレこみ屋に嫉妬した彼は、紹介料を勝手に頂こうとして忍び込んだらしい。
金目のものがないか二階のコンピュータ室に入り込んだところで、突然現れたガジェットに襲われたため、親戚の所から勝手に持ち出していた高性能デバイスで小規模結界を張り隠れていたそうだ。
ヴィルヘルムがデバイスの不正所持等で脅すと、タレこみ屋のことをあることないことベラベラと話し始め、そのなかにType-33に乗ったタレこみ屋の彼女の話が出てきた。さすがに登録ナンバーまでは覚えていないそうだが、タレこみ屋とType-33の女性、二人同時に見かけたときは大抵女の車で移動していたとコソ泥は証言したそうだ。
「分かったよ、はやて。その線で聞き込みをしてみる」
フェイト達は手分けをして周囲の聞き込みを開始した。1軒目の家はハズレ、2軒目の家は留守中、そして3件目の邸宅には、見栄えを整えただけであまり手が入ってなさそうな庭が門から玄関まで続いていた。ここの住民は園芸にはあまり興味がないようだ。
フェイトが監視用のカメラと通話用のマイクとスピーカーが一緒になった呼び鈴を押したとき、聞こえたのは電子呼び鈴の音ではなく大きなエンジン音だった。エンジン音は数秒間だけ続くと止まった。
変な呼び鈴。と、フェイトは思ったが、住民の反応はない。
もう一度、今度は2回呼び鈴のボタンを押す。こんどは甲高い電子音が2回なった。先程は住人が車かバイクのエンジンをかけた瞬間に呼び鈴を押してしまったらしい、随分いいタイミングだ。
十数秒後、呼び鈴に取りつけられたスピーカーから、ハスキーな女性の声で返事が返ってきた。
「はい、どなた?」
「こんにちは、管理局 機動六課 フェイト・T・ハラオウン執務官です」
「しつむかん?え~と、刑事さんみたいな役職だっけ?」
「間違いではありません」
「身分証を見せてもらえる」
フェイトがカメラに向かって身分証を出すと重い金属音と共に門が開いていく。
「どうぞ、お入りなさい。お互い顔を見て話をしましょう」
フェイトが玄関に向かう途中、地下ガレージのシャッターが開き女性が手招きをしてきた。年のころは40前後だろうか?
女性は油の付いた軍手をはずすと、着ていたつなぎの作業服の上半身を脱ぐと袖を腰でまいた。作業服の下は下着姿だったが、女性は気にした素振りも見せずに名乗った。
大胆な格好だったが、同じ女性同士、相手も気にしていないようだったので、フェイトは気にしないことにした。
「それで、どんな御用?あたしのバイクコレクションを見に来てくれたわけではなさそうだけど?」
女性の言う通りガレージには数台の大型バイクが並んでいた。性格といい、趣味といいカッコウのいい人だなと思いつつ、フェイトは用件を話した。
「乗っている人間は覚えていないけど車の方は覚えているわ。最近若い娘に人気のあるやつでしょ」
「はい、ナンバーは覚えていますか?」
「ええ、クラナガンの…、ちょっと曖昧だわ」
「そうですか」
女性の答えにフェイトが落胆すると、女性が言ってきた。
「私は覚えてないけど、うちの監視カメラには映っているかも」
ロングアーチはフェイトから監視カメラの映像が届くと早速映像の分析を始める。するとすぐにフェイトが女性の家を訪ねる1時間前、銀の車輪のエンブレムを付けた車が門の前を通ったのが確認された。アリアンロッド Type-33運転手の顔は確認できなかったが、助手席に座るタレこみ屋の姿は確認できた。この車で間違いない。ナンバーは映りが悪かったが画像解析ソフトにかけると読み取ることができた。
はやては車の持ち主を調べると同時に、陸士108部隊に協力を要請。車両認識システムを使いType-33を追ってもらう。
返事は車の持ち主が判明するころにきた。陸士108部隊捜査主任のラット・カルタスが、Type-33が郊外のリゾートホテルの駐車場に駐車しているこの車を発見した。と、報告してきた。
はやては直ちに命令を下す。
「エア2、エア3。二人が一番近い今すぐ向かって。グリフィス君」
「はい、市街地個人飛行承認」
『エア2、了解』
『エア3、了解』
二人は担当していた物件の捜査を残った隊員に任せ飛び立つ。機動六課HQのメインスクリーンに映し出されたシンボルマークが移動し、どんどんホテルに近づいていく。
「ライトニング3、ライトニング4は、二人のバックアップを!」
『はい』
『わかりました』
エリオとキャロのシンボルマークは少し離れたところにあったが、エア2、エア3の反対方向からホテルへ向かっていく。これで二つのコンビで挟みこむ形になる。
ホテルに先にたどり着いたのはエア2、エア3のコンビだった。ホテルの駐車場でType-33を確認すると、ホテル側の了承を得てタレこみ屋がいると思しき部屋に向かう。
扉の左右に張り付いた二人はアイコンタクトで役割を確認しあう。
エア2が扉を開けると同時にエア3が室内にデバイスを構えた。人の気配なし、いや、ベットルームから微かに風の流れを感じる。圧縮空気弾など気体操作を得意とするエア3には確かに感じ取れた。手信号で合図をすると相棒が背中を固めてくれた。
エア3がベットルームに飛び込みリクライニングシートに座る男にデバイスを突き付ける。
活劇はなかった…
遅れてきたエリオとキャロは飛竜でホテルの上空を旋回しながら、先に到着しているエア分隊の二人に呼びかけた。
『こちらライトニング3です。現在、ホテル上空に到着。これよりそちらの援護に…』
『来るな!!』
念話でも相手の雰囲気や口調は伝わってくる。エア3の反論を許さない雰囲気に押されライトニングの二人は驚いた。
遅れてきたことを怒られたのかとも思ったが、念話から怒りは感じられない。
『エア2からライトニング3』
『はい、こちらライトニング3』
『いいかい、坊や達はそのまま車を監視。誰も近づけさせるな』
『はい』
『お嬢ちゃんもいいね』
『はい、わかりました』
エア2が念話で指示を送ってきたが、状況が掴めないエリオは疑問を口にする。
『あの…、そちらは…』
『ああ、こっちは任せろ。子供がこんなモノ見ちゃいけない』
エア2は室内を見回すと、窓が開いていることに気がついた。窓枠には靴痕。サイズから推測しておそらく女がつけたものだろう。このホテルの高さなら低ランクの陸戦魔導師でも飛び下りるかことは可能。しかも、ここは監視カメラの死角になっている。どちらに逃げたかさえ特定は難しいだろう。
エア3はタレこみ屋の死体を観察した。詳しい検死はシャマル先生に任せるとしても報告のため状況を知る必要がある。エア3は状況を一つ一つ口にしながら確認していく。
「胸部に刺し傷が3つ、これ以外に目立った外傷はないため、この傷が直接の死因とみて間違いないだろう」
タレこみ屋の衣服は乱れていないし、腕などにも傷はなかった。それに表情、タレこみ屋は苦しんで死んだようには見えない。おそらく、気がついた時には死んでいただろう。
「正面からの傷があるのに、防御創がないことから顔見知りの犯行と思われる」
エア3の言葉を聞いたエア2が反論した。
「待てよ、殺すだけだったら自宅でやっちまえばよかったんだ。こんなところに連れてくる理由があんのかよ」
「オレが知るかよ。とにかく、部隊長に報告だ」
「タレこみ屋が殺された!?」
エア2から報告を受けたはやては、部下の前であることを忘れ、大声を出した。
「やられた、捜査班とシャマルをそちらに向かせる。それまでエア2と3は現場をできるだけ保存してや。」
『了解』
現場の詳しい状況を調べるために、シャマル達に指示を出していると、ヴィルヘルムから連絡が入った。
『課長、マリエル技官が仕事場で使用されていたデバイスを調べました。一部外部から情報が消されている痕跡がありますが、可能な限り顧客情報等をサルベージしてデータを送ります』
「分かった。他のリストと突き合わせてみる」
そう言ったものの、はやてはタレこみ屋が殺されてしまった以上、そのデータはほとんど役に立たないだろうと考えていた。Type-33運転手は相当諜報活動に長けているようだ。足のつくような情報は残してはいないだろう。
「副長、タレこみ屋が殺されてしもた」
『ええ、聞いていました。申し訳ありません、私の捜査でスカリエッティ側にこちらの動きが気取られてしまったのかもしれません』
「いや、そうとは限らへん。副長の動きを察知していたなら、タレこみ屋はもっと早くに殺されていたはずや。時間をかけてまでホテルへは移動せえへん、用が済んだから機密保持のために殺した。そんなところやろう」
『つまり研究所の移動はすんでしまったということですね。この件でスカリエッティ一味がこれ以上アクションを起こすことはないでしょう』
そこまで話してヴィルヘルムはType-33運転手の行動に疑問を感じたようだ。
『しかし、そうなるとなぜホテルを殺害現場に選んだのでしょう』
「私的な理由かもしれへん」
『私的な理由ですか?』
「案外、二人の思い出の場所やったのかもな…」
『御冗談を』
はやては当てずっぽうで言ったつもりはなかったが、ヴィルヘルムは本気にはしなかったようだ。今後の捜査方針を聞いてきた。
『これからどうします。Type-33の女はスカリエッティ一味とみて間違いなさそうですが、タレこみ屋が消された以上、探し出すのは難しいと思われます』
「時間がかかるやろな。仕方あらへん。この件は教会と査察部に任せて、六課はスカリエッティの研究所探索からは一旦手を引く」
『宜しいのですか?』
「副長かて分かっているやろ、数の少ない六課じゃ一から調べ直すには時間がなさすぎる。」
『確かにスカリエッティが意見陳述会で事を起こすのならば、未然に防ぐのは難しいでしょう。ならば…』
「せや、事前に防ぐのが無理なら、迎え撃つだけや!」
以下はJS事件解決後、スカリエッティのアジトに残されていた通信ログの一部である。
「ねーさま、お疲れ様です~」
「ええ、あなたもね。データの処分、御苦労さま」
「いいえ、あんなシステムどうということありませんわ。それよりねーさま、どうしてあの男をホテルまで連れて行ったんです。消すなら自宅でもかまわなかったでしょうに」
「ああ、たいした事じゃないわ、あの男と初めて会ったのがあのホテルだったのよ。別れの場所としても相応しいでしょ」
「まあ、ねーさま。それではまるであのつまらない男を愛していたとでも?」
「ええ、愛していたわよ。それが仕事ですもの。その人間にお役目があるなら、私は人間を本気で愛することができるわ」
「まあ、でも、お役目がすんでしまった人間はどうするですかぁ」
「殺すわ、それが私のお役目ですもの、当然でしょう」
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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