時間は新暦80年春に戻って、午後1500
ベルカ自治領の一角、住宅地からやや離れた避暑地。その中の一軒の邸宅に数台の管理局車両が止まり、一人の老婆を乗せると静かに走り去った。
聖王教会で2番目の地位まで上り詰めたものが押送される姿としては、驚くほど静かで、いっそ哀れに見えるほどであった。
管理局車両は問題なく次元港にたどり着き、第17無人世界の「ラブソウルム」に向かう次元船が飛び立つ頃には、太陽が夜の帳を支えきれなくなっていた。
次元港の外柵、しかし、元枢機卿の乗る次元船の監視を出来る位置にいたなのはは、次元船が一番星になるのを確認すると、小さく息をついた。
「栄枯盛衰って言うのかな…」
「隆盛と衰退が交互にめまぐるしく訪れるさまを表す、第97管理外世界の言葉だな」
人気のない場所を選んだつもりだったが、なのはの背後から声が上がった。
なのはは驚かずに振り返ったが、人の姿は見えない。
「アナタ君?」
「ああ」
なのはが呼びかけると、エイブラハムが空間から染み出してくるように現れた。朝に会った時と同じ服装だったが、口にタバコの代わりの棒付きキャンディを銜えている。
なのはは聖王教会に到着した後、エイブラハムと分かれて今回の元枢機卿の護送任務についた。エイブラハムの方はブリーフィングにも姿を表さなかったのだが、どうせこちらの背後を守れる位置にいるのだろう。と、なのはは思っていたがその通りだったようだ。
「聖王教会から破門されてからは早かったな。取り巻きがいなくなるのは…」
エイブラハムが言いながら、視線で次元船の軌跡を追う。
事前に止められたとはいえ、教会の枢機卿がロストロギアの不正使用、管理外世界への虐殺行為を指示したという事実は、地上本部崩壊直後のミッドチルダで大々的に報道させるわけにもいかず、3年の年月を掛けルクレール枢機卿の地位と権力を弱めた後、管理局による起訴が行われた。そして、更に1年の裁判期間を経て、ルクレール元枢機卿の収監となったのである。聖王を手に入れようとした元枢機卿は、軌道拘置所のどこかの監房で人知れず余生を過ごすことになる。
「こういうのを見ちゃうと、なんだかなぁって思ちゃうな」
「雑誌や管理局のPRに出て有名だからな、なのはは…。他人事だとは思えないのか?」
「にゃはは、去年の戦技披露会も見た人が結構いるみたいで…」
有名になると親戚(自称)と友達(自称)が増える。この現象は次元世界だろうと変わらない。なのはは管理局という公の組織に所属しているし、ヴィヴィオは所属ジムのノーヴェとナカジマ家の人たちが上手く立ち回りずいぶん助けられている。
「君の周りにいる友人は、君が何か間違いをしてしまったとして、いなくなるような連中ではないだろう。よしんばそんな連中が近寄ってきたのなら、それこそBANしてしまえ」
エイブラハムが鉄砲を撃つ仕草をしながら言った。
「いいアイデアだね」
ふふふとなのはが笑う。
「それと、こいつもBANした方がいいな」
エイブラハムは拳銃型デバイスを取り出すと、デバイスに格納してあった物体を展開した。
「それ…、イデア・グレンヌ」
エイブラハムが展開させたのは球体のイデア・グレンヌ。それが宙に4個浮かんでいる。事件の際に使われた3個と、もう一つは実際の効果を試す実験に使われたものだろう。どういう手段を使ったかは、分からないが手に入れていたようだ。
「ああ、今までは証拠品として提出する可能性があったが、その必要も、もうない…」
エイブラハムが引き金を引いた。
撃ちぬかれた4つの魔法物質は砕け、僅かな魔力光をまき散らせながら消滅してしまった。
良し悪しはともかく、貴重なロストロギアなのだが、エイブラハムにその辺の躊躇は全くないようだ。
「これでヴィヴィオを乗っ取る方法は完全に消失した」
「…大丈夫なの?アナタ君にも、スクライアの知り合いがいるんだよね?」
「問題ない。そいつには話していないし、イデア・グレンヌのほうも公式には回収されていない。上手くやるさ…」
「…わたしは、何も見なかったし、聞かなかったよ」
「そうしてくれると、ありがたい」
エイブラハムはデバイスをしまうと、一息ついてから言った。
「さて仕事は終りだ。現地解散の指示も出ている…。…これからは?」
エイブラハムの声には、何かを期待するような響きがあった。が、
「ダーメ、ヴィヴィオが家で待っているし、今日はフェイトちゃんが帰ってくる日なんだ。このまま、お出迎え。今の時間なら丁度合流できる」
「近くになかなかのコーヒーを出す店があると聞いたので、一緒にと思ったのだが…、それは残念」
エイブラハムが眉を寄せて心底無念といった顔をしたので、なのはが少し悪戯心を出した。
「その店が翠屋より、おいしいコーヒーを出すんだったら、予定を変えて付き合ってあげてもいいよ」
「ああ、あいにくそこまでだとは聞いていないな」
「ふふ、そうだよねー」
なのははエイブラハムに顔を近づけ、銜えている棒付きキャンディを見る。口からはみ出したキャンディの串には翠屋のロゴが僅かに見えた。匂いを確かめると僅かにクマリン、桜餅の匂いがした。
「これ、新作フレーバー?」
「ああ、ためしてみるか?」
エイブラハムが答え、ポケットから包装紙に包まれたキャンディを取り出す。
なのはも含めて周りの人間が、エイブラハムに禁煙を勧めているので、エイブラハムはタバコを控える代わりに、翠屋特製のこのキャンディを銜えることが多くなっている。
「うん、…貰うね」
予備があるなら。と、遠慮なく貰うことにする。
なのははが口に含むと、とびっきりの甘さが広がった。
「フェイトちゃん~、お帰り」
次元航行船の乗客降り口で、黒い制服に身を包んだフェイトがキャリーバッグを引いていると、フェイトを呼ぶ声が響いた。
「なのは!」
顔をあげると無二の親友の姿があった。なのはが制服姿で手を振っている。
その姿に向かってフェイトは小走りで駆けよりながら、ヴィヴィオを探す。が、見当たらない。
「あれ?ヴィヴィオは?」
フェイトの記憶している予定では、なのはとヴィヴィオが迎えに来てくれる予定だった。
「うん、一度帰ってから、ヴィヴィオと来るつもりだったんだけど、お仕事の予定が換わっちゃって…。一度帰ってからだと遅くなりそうだから、仕事現場から直接来たんだ」
「あ、それで制服だったんだ」
改めてなのはを見ると、いつも以上の上機嫌の笑顔で、手には棒付きキャンディがあった。
待っている間に買ったのだろうか?
「うん、じゃあ、帰ろうフェイトちゃん。今日は久しぶりにアイナさんの晩御飯だよ」
言いながらなのはは歩き出し、手に持っていた棒付きキャンディを銜えた。なのはの足取りが妙に軽い。何かいいことでもあったのだろうか?更によく見ると、なのはが銜えているキャンディが、翠屋のものであることが串でわかった。
フェイトが横に並んで聞いてくる。
「なのは、わたしがミッドから離れている間に、海鳴に帰ったの?」
「ううん。どうして?」
なのはが聞き返すと、当てが外れたフェイトが小首を傾げながら聞いてきた。
「それ、翠屋のでしょう?」
言いながら、フェイトが指したのは銜えた棒付きキャンディ。
「うん、翠屋の新作フレーバー。今日、仕事で一緒だった人が、海鳴に縁のある人でひとつ貰ったんだ」
「へー、凄い縁だね。何味?」
凄い偶然もあったものだ。と、フェイトは驚き、何気なく聞いた。
「シガーフレーバー。…もう、辞めた方がいいっているのに…」
「え、なんて、言ったの?」
意外過ぎる香りの種類に、フェイトが思わず聞き返す。
「タバコ味、ヴィヴィオには内緒にして。…ね、フェイトちゃん」
なのはの答えの意味が分からず頭上に?を浮かべるフェイトの表情をみながら、なのははチロリっと出した舌で、ずいぶん小さくなったキャンディを舐めた。
エイブラハムが調査室の13課本部に戻ると、パーシングが何かの薬品の実験データがどこまで信用できるのか検討しているところだった。
「ん、どうした?今日は直帰するんじゃなかったのか?」
自分のデスクに向かう途中で、こちらに気が付いたパーシングが聞いてくる。
「ああ、ちょっと当てがハズレてね。予定がないなら、戦術を練った方が有意義だろ」
エイブラハムが言いながら自分のデスクに座り、いくつかのシミュレーターを立ち上げた。次に相手取る敵の行動パターンから遭遇位置を割り出し、その地形と新装備のスペックを考慮した複数のシミュレーションイメージを、同時にマルチタスクで開始すること2時間。
軽い小休止を取ることにして、懐のタバコに手を伸ばし掛けて…、取りやめた。
別のポケットから、包装にくるまれた棒付きキャンディを取り出した。
「ん、何の匂いだ」
包みを開いて口に銜えると、パーシングが匂いに気が付いたようだ。
「ああ、これだよ」
匂いの元を探り周りを見渡すパーシングに、銜えたキャンディを指しながらエイブラハムが答えた。
「ん?おまえ、煙草喫じゃなかったか?」
普段なら小休止でタバコを吸いに行くエイブラハムが、棒付きキャンディを銜えている姿に、パーシングが疑問に思ったようで聞いてきた。
「減煙中だ。それに甘いものは、嫌いじゃない。脳を酷使しているときは特に…」
「そうか…。しかし、変わった匂いだな」
エイブラハムの悪癖についてパーシングは興味がない様子だったが、エイブラハムの銜えているキャンディの独特の香りには、興味をひかれたようだ。
「ああ、キャノーラ風味だよ」
エイブラハムは嘘でも本当でもない答えを返した。
「やらんぞ」
「いるか、俺は甘党じゃない」
Arcadiaでエイブラハム編の初投稿が2012年…。
ようやく完結させることが出来ました…。
これも感想、評価、お気に入り登録、UVを下さった皆様のおかげです。
誤字報告を下さった方も、本当にありがとうございました。
いや、ほんと、力になるんですよ!!ありがとうございました(人''▽`)感無量です。