Record19:「Cross encounterII」偽フッケバイン ディーゴ&マティ退場(4巻)
Record19.5公僕の下っ端と副長(今ここ)
Record20:「Next door」アイシスの独白「公僕の下っ端、勤続二カ月半」(5巻)
新暦81年トーマ・アヴェニール以下3名を保護した特務六課は、ヴァンデイン・コーポレーションからもたらされたEC感染者の行動予測データを元に、エクリプスウィルスに対する脅威対策を勧めていた。
同時にトーマ一行を見習いとして訓練を開始。本日も訓練場にて、
「オラ、どうした見習い!シャキッと走れ!武器に振り回されてどうすんだ!」
「3人ともー。カノンはしっかり保持して!銃口を揺らさない!」
戦技教導官のヴィータの檄と、なのはの優しい口調ながらも、まったく妥協を許さない指導が飛んで行く。
新装備カノンを保持したままのランニング(これがキツイ)を、なんとか終えた見習いの3人がヘロヘロと戻ってくると、すでに走り終わっていた先輩、元機動六課フロントメンバーが出迎えた。エリオが整理体操をしながら見習い三人に声をかける。
「3人とも。慣性コントロールを使って、重さを制御しないと体力を奪われるよ」
「…」
息も絶え絶えになったリリィはカノンを立て、それにしがみつくことで体を支えており、返事をする気力もないようだ。
「急いで、覚えた方がいいみたいだね」
トーマはリリィを気遣い支えるつもりでいたのだが、最後の意地でカノンを保持するのが精一杯だった。
最後に、
「コツとかってないの~」
アイシスも返事を返すだけの体力は残っていたが、ランニングを乗り切ったことに安心感を覚え、集中力を切らしてしまった。あっと思った時には、指から力が抜け、カノンを取り落す。ガチャンと音を立てて、カノンが床に転がった。
「あっちゃー」
アイシスが屈みこんでカノンを拾うと、表面に僅かな傷がついていたが、機能は問題なさそうだ。もちろん、戦闘用の装備がこの程度で壊れては困るのだが…。
「慣性コントロールの前に、装備に対する愛護精神を身に着けた方が良さそうだな。イーグレット」
むっつりとした声が割って入り、アイシスが肩を竦めた。アイシスが恐々と声の主の方を見れば、長身でガッチリとした体格の男が咎めるような視線を投げていた。
訓練場に要る他の面々が男の姿を認めると、最先任のなのはが姿勢を正し号令をだした。
「気を付け!」
号令と共に、見習い3人以外が背筋を伸ばして、男に正対する。
「「「_ッ!」」」
一拍遅れて、見習いたちが先輩たちに倣うと、
「各個訓練実施中です。ヴィルヘルム副長」
「ご苦労」
なのはにヴィルヘルムと呼ばれた男は、なのはに教本通りの答礼を返した。教本通りの動きに、アイシスに緊張が走る。どうにもヴィルヘルムに苦手意識を持ってしまう。はっきり言って苦手なタイプだ。何かされたわけでもないし、先ほどの叱責も(まあ、嫌味な言い方だとはおもいつつ)納得できる。しかし、立ち振る舞いがどうにも父や兄達を彷彿させる。今も兄達が仕事での会話をしているときの様に、いかにも事務的な様子でなのは達と話している。
「週末には、S2シールド及びヴァンガード・ドラグーンが届く。受領準備をしておけ。特にヴァンガードは重量物運搬になる。作業員の安全管理を徹底しろ」
「はい、了解です」
「はいよ。副長殿におかれましては、そんなことを言うために、わざわざいらっしゃったんですか?」
ヴィルヘルムが連絡事項を言うと、なのはは素直に返事をしたが、ヴィータは少々棘が生えた言葉を放ってヴィルヘルムを見上げた。ヴィータの態度の理由を察しているなのはが、やれやれと、愛想笑いを浮かべる。
「いや、新兵の練度の確認が目的だ。連絡はついでだ」
言って、ヴィルヘルムは見習い三人を一瞥した。慌てて三人が背筋を伸ばす。特にアイシスは背中が泡立つような感覚を覚える。
「イーグレット。君の手にしているものは、小遣いでかった水鉄砲ではない。管理局が君に貸与している装備品。つまりは管理局世界の住民の財産だ。ぞんざいに扱っていいものではない」
「…は、はい」
アイシスは顔を引きつらせながら、返事だけはなんとか絞り出した。アイシスの返事にヴィルヘルムは懐疑的な視線を投げた。が、それ以上は何も言わず、教導官の二人に聞いた。
「訓練の進捗状況はどうか?」
「10%と言ったとこです」
「まあ、そんなところだろう。しかし、見習い(陸士学校と同じ生徒手当)とはいえ、装備品を破損させるために給料を払っているのではない。と、いうことぐらいは教えてやれ」
新兵の耳にもはっきりと聞こえる声で嫌味。アイシスは顔の筋肉が引きつるのを自覚した。
実戦部隊に対して当たりが強くなってしまっている。自覚してヴィルヘルムは、今日は早めに休むことを決めた。原因は分かっている。疲労だ。
特務六課は第五世代デバイス、AEC武装と、同時に2系統の新規装備を採用している。更には各部隊から実戦メンバーを招集したため、個人が持つデバイスもワンオフのため補給業務が複雑化。その問題を解決するため、ヴィルヘルムはLS級艦船ヴォルフラムには搭乗せず後方から部隊を支えていた。のだが、シグナムとアギトの装備品は間にあわないまま、フッケバインのサイファーと接敵し、意識不明の重体。これは戦略面で言えば、完全に補給面においての失策だった。
しかも、装備を整えて臨んだフッケバイン一味との戦闘でも、隊長であるはやてが限りなく重症に近い軽傷を負った。念のためにと、ヴォルフラムからストレッチャーで降りてきたはやての青白い顔を見た時は、ヴィルヘルムは自身でも驚くほど酷く狼狽してしまった。その精神的ストレスも強く影響しているように思える。
(とにかく、今日の業務だ)
未だに謎が多いトーマのECディバイダー、アイシスが自作したコンバットギアまで抱えることになった補給の業務はさらに増えている。が、はやても書類仕事はこなせるまでには回復している。シグナムの退院も間近だ。あと数日持ち堪えれば、ひと段落がつく。そう自身を奮い立たせて、ヴィルヘルムが業務に臨む。
「…では、フォートレスの修繕は現地補給処整備で…。ソードブレイカーは…まだ、契約が取れていなかったな。第七補給処のカイナン1尉に連絡して契約を急がせてくれ…」
「副長、カノンとウォーハンマーの方ですが…」
「プリイッシュ・ストックが届いていないんだな。カレドヴルフ・テクニクスのレメク氏に連絡しろ。モックアップ品に使われているパーツでも、運用に耐えられる物はあるはずだ。共食いでも何でもいい、運用率を下げさせるな」
喧々囂々、すらすら、トントン
六課の副長ヴィルヘルムが部下たちの報告や要求を捌き切ると、最後に一人の部下が遠慮がちに声を掛けてきた。
「ふ、副長、すみません」
「…サウルか、どうした?」
声を掛けてきたのは需品科に配属されている任期制隊員のサウルだった。入隊時の成績もそれほど高くなく、真面目さが売りの凡庸な青年だ。管理局での経験も1年程度でヴィルヘルムでも一瞬名前が浮かんでこないほど影が薄い。
その彼が額に冷や汗をかきながら言った。
「あ、あの副長、確かに前期の業績目標の達成度は高いとは言い難いですが…。私がなにかまずいことをしたでしょうか?私に問題があるならおっしゃってください。か、改善して見せます。」
「待て、待て、何の話だ?」
「ああ、ええっと、私あてにこれが届きまして…」
サウルが言いながら一枚の書類を手渡してきた。
わざわざ紙にプリントアウトされたそれには、再就職援護室からの案内として、希望する職業訓練を選ぶようにとの指示が書かれていた。能力開発の名のもとに予算を取っている管理局の業務であるがその大半が任期制隊員の契約更新を断るための前処理…、サウルの様な任期制隊員にとっては実質的な解雇を宣告とも揶揄されているモノである。
ヴィルヘルムはなるべく表情を変えないように努力しながら、
「ああ、恐らく隊員の教育に関する予算が余ったのだろう。少なくとも私は人事に関する削減要求は聞いていない。課長も同じことを言うだろう…」
「しかし…」
サウルは不安そうな顔をしている。
それはそうだろう。サウルの出身国は比較的に後進的と呼ばれている世界であり、管理局の仕事を失うと生活レベルを下げる必要が出てくる。サウルとしては職を失うわけにはいかないのだろう。
「繰り返すが、私も人員の削減の話は聞いていない。折角の機会だ。ただで資格を取れるチャンスと思っていた方がいいかもしれないぞ」
「いや、でも…」
「とにかく気にするな。いまはエクリプスの件で人手が足りていない。職業訓練行き自体が先送りになるはずだ。じっくりと、どの資格を取るべきか考えておけ…」
「わ、わかりました…」
サウルはそう言ったが、表情は納得していない様子だった。
ヴィルヘルムはそのことに気が付いていないふりをして、話を打ち切ると、普段よりやや速足で歩く。
ヴィルヘルムは歩きながら、自身のデバイスに命じた。
≪フロイライン。本局の起案文書の中から、特務六課における予算調整と人事計画のデータをそろえてくれ≫
ヴィルヘルムは本日の予定を全て組み替えることにした。少なくとも自分の担いでいる大将の企図を確かめる必要がある。
負傷の程度の分類
(1) 重傷 致命傷又は致命のおそれのある負傷及び大骨折その他2週間以上の入院治療を要する見込みの負傷
(2) 軽傷 重傷に至らない負傷で入院、入室又は休養を要するもの
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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