新暦75年9月11日 19時30分過ぎ 公開意見陳述警備のため中央管理局 地上本部に向かうなのは達を送り出したあと、シグナムは交替部隊待機室に向かった。用事はもちろん明日に向けての指示を出すためだったが、シグナムの出すべき指示というのは夜勤者を残し、明日の公開意見陳述会終了まで待機状態に入るように命じる程度で、特に有事の際の作戦云々を伝える必要はなかった。主力不在時の行動マニュアルは、部隊長のはやて、訓練幹部のなのは、そして、運用統制班からはヴィルヘルムが参加し、すでに作り上げていた。その訓練の方も月数回程度行っており何度か修正も加えられている。
ちなみに、このマニュアルを作り終えたとき、はやては悔しそうな顔をしていた。シグナムが自分の主にそのわけを聞くと「全く出番がなかった」と、答えた。どうも、はやてには僅かに個々の能力を過大評価してしまう悪癖があり。低ランク魔導師の抱える弱さ(委縮、臆病等)に対して配慮が足りていないことが多く、なのはとヴィルヘルムに散々指摘を受けたそうだ。
考えてみれば持っている固有戦力はほとんど全員がエース級のヴォルケンリッター、脇を固めているのがオーバーSランクのなのはとフェイト、直接の上司のクロノやカリムも高ランク魔導師や騎士である。そのうえ自身もSSランクとなれば、普通の魔導師や騎士の感覚には疎くなってしまうのだろう。
「本格的に管理局で働き始めたんは、中学を卒業してから4年と数カ月。陸士108部隊に研修に出掛けたこともあったけども、まだまだ経験不足やった」と、はやては語っていた。対してヴィルヘルムは高ランク魔導師の数も予算も少ない地上部隊を回り、悪戦してきた経験を持っている。普通の魔導師部隊の指揮なら『まだ』副長に一役の長があるらしい。
シグナムは笑った、温厚に見えてはやてもなかなか負けず嫌いだ。このままではいないだろう。自分の主のこれからの成長が楽しみだった。
同じころ副長室でグリフィスは、ヴィルヘルムから数枚の書類を受け取っていた。ほとんどが手紙の類で、一枚が命令書だった。
「その手紙の類は、『彼女』の最終調整を頼むためのものだ」
「アースラのですね?」
「そうだ、まあ、使わずに済めばそれに越したことはないが…」
Ⅼ級艦のアースラはすでに廃船が決まっている旧型船であるが、ヴィルヘルムの働きで運用可能な状態を維持している。理由はもちろん大規模なテロや混乱が合った場合、移動できる本部が合ったほうが有機的に部隊を指揮できるとの考えからだ。そのために、同じく破棄が決まっている同型の船から使える部品を、整備訓練の名目で人を集めるなど、かなりの手間と時間を使っていた。
もちろん、ヴィルヘルムは神でもなければ、予言者でもない一佐官でしかなかったので、この後の地上本部の壊滅やアインヘリアルが全て破壊されることは知る由もなかったが、万が一騎士カリムの予言が的中した場合に備える慎重さあるいは臆病さを持っていた。
「あらゆる事態に『備える』ですね」
「無駄なことだと思うか?」
「無駄?次元航行部隊での整備訓練は不可欠でしょう?」
ヴィルヘルムが事務方への要望事項としている言葉を言ってきたグリフィスに問いかけると、グリフィスはそう答えた。
実のところアースラ整備にかかる予算と人員の大半を出しているのは、六課の後見人に当たるクロノ提督の部隊だった。あくまで地上部隊の六課では時空航行船の予算など下りないし、時空航行船整備員もいない。ヴィルヘルムはクロノ提督に具申し、人員の異動や部品の輸送などの手続きや指揮などの処理をしていたにすぎない。
しかし、当然「こんな老朽艦など必要ない」と、嫌味を言ってくる者も出てくる。その時はグリフィスが言ったようにとぼけると言うわけだ。
後輩の成長にヴィルヘルムは頬が緩みそうになったが、慌ててそれを堪えた。部下を褒める役目ははやて、自分は部下を叱りつけるのが役目だ。ヴィルヘルムは無難に「悪くない答えだと」と、言うと命令書を確認するように促した。
グリフィスは書類を脇に挟むと、命令書を確認する。
命令者:3等陸佐 ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒ
被命令者:准陸尉 グリフィス・ロウラン
本文:准陸尉 グリフィス・ロウランは、9月12日1300から9月13日0900までの間態勢が第1級警戒態勢に変わり、時空管理局本部 古代遺物管理部 機動六課の部隊長又は副部隊長との通信が困難な場合において、これに対処するため認められるときは、3等陸佐 ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒの権限と責任において、同部隊の全部又は一部に対しての指揮監督を実施せよ。
要約すると、「公開意見陳述会開催中にヴィルヘルムが出動した場合、佐官の権限を使って隊を指揮しろ」という内容だった。
「僕がですか!」
「そうだ、不服か?」
「しかし、副長はHQで指揮をするのでは?同じ場所にいるのでしたら、連絡が出来なくなるとは思えませんが?」
グリフィスの疑問はもっともだ。六課ではなのはやフェイトのような先陣向きの士官が多いので、軽視されがちだが本来指揮官というのは、HQなど全体を見渡せる場所で行うのが普通だ。
「私も普通の事件ならば、そうするつもりだ」
「普通ではない事件が起こると?」
ヴィルヘルムは腹案を何処まで話すべきか迷ったが、予言関係を伏せてあくまで個人的な意見の1つとして話すならば問題ないと判断した。
「有識者からの予測情報は知っているな?」
「はい、地上本部に向けて大規模なテロが行われるという情報ですね」
「そうだ、そのテロが起こると仮定して、犯人は初手から地上本部を攻撃すると思うか?」
「…陽動があると?」
ヴィルヘルムはうなずいた。結果的にこの予想はハズレていたが、管理局士官としてはまったく妥当なものだった。
本命を攻撃する前に、陽動として他の場所を攻撃し、その対処のため戦力が分散したところで本命を攻撃する。単純だか有効な方法だ。防御側は陽動と分かっていても被害がでる以上、無視する訳にもいかない。そうなった時、六課主力を動かさずに対処するため、ヴィルヘルムは自ら現場で指揮をとるつもりでいた。六課を離れることになる間、留守を任せる者が必要となる。
そう伝えるとグリフィス神妙な顔で「分かりました、拝命します」と、言って敬礼をした。
副長室を出たグリフィスは歩きながら、もう一度命令書を見た。間違いなく自分に出された命令が書かれている。
グリフィスは唾を飲みこんだ。命令の内容に少し気後れして、喉が渇いているからだ。
今までも部隊長が不在の時に出動がかかったことがあったが、いつでも通信で部隊長達の指示を仰げた。しかし、今回の命令は全て自分自身で判断しなければならない。しかも佐官の権限で・・・
佐官になって部隊を指揮する。一度はやってみたいと思っていたが、こんなに早くチャンスを与えられるとは思っていなかった。喜びよりも不安が強くなっていく。
「グリフィスさん?」
「!!」
名前を呼ばれ驚いて立ち止まると、目の前に帰り仕度をしたルキノがいた。
声をかけられるまで、まったく気がつかなかったところをみると、自分は相当参っているらしい。
(命令を受けただけで、これだ。副長の言うような事態になったら、どうなってしまうんだ)
ルキノと挨拶をしながら、そんなことを考えていると、ルキノがこちらを見つめていた。
「な、なんだい?」
グリフィスは「真面目でカワイイな」と、思っている女の子に内心の不安を見せまいとしたが、唇が言うことを聞いてくれなかった。うわずった声がでる。
「グリフィスさん、この後お暇ですよね。少しお付き合いください」
ルキノは声のことなど気にせず言ってきたが、カッコ悪いところ見られたと思ったグリフィスは仕事を理由に逃げ出そうとしたが、腕を掴まれてしまった。
「ル、ルキノ」
「お仕事でも休憩は必要ですよ」
「そうかもしれないけど・・・」
グリフィスの遠慮がちな抵抗などものともせず、ルキノは給湯室まで引っ張って行くと、少し強引に座らせると、お湯を沸かし始めた。
「コーヒーと紅茶どっちがいいですか?」
「ええと、じゃあ、紅茶で」
グリフィスは、普段のルキノが見せない強引さにすっかり気圧されてしまっていた。ルキノは相棒のアルトと比べると、内気な性格をしていると思い込んでいただけに驚きも一入だ。
(こう言うのも、女は強いって言うのかな?)
間の抜けた事を考えていると、紅茶をいれたルキノが正面に座った。先程、悩んでいた理由を聞かれるのかと、グリフィスは身構えたがルキノは触れてはこなかった。
「突然すみません。今日は寮に帰っても、すぐに寝つけなさそうだったので」
「話し相手が欲しかったってことかい?」
「すみません…」
「かまわないよ、僕にもそんな日があるから」
ルキノがこちらを気遣って気分転換をさせようとしていることは、グリフィスにも分かっていたので、「少し情けないな」と思いつつ厚意に甘えることにした。
「といっても、何の話をしようか?(明日は早いから、できれば艦船話以外で)」
「そうですね…、じゃあ、グリフィスさんの事を」
「僕のこと?」
「はい、知りたいです」
紅茶の甘い匂いを嗅ぎながら話をしているうちに、グリフィスは先程感じていた不安が消えていくのを感じていた。
グリフィスが退室した副長室では、ヴィルヘルムは海上保安部隊の2佐と通信を行っていた。内容は明日の公開意見陳述会にも関連したことではあったのだが、各種調整は事前に終えてしまっていたので、個人的な挨拶の体裁が強い。
「では、明日はお願いします」
「ああ、お前の頼みだから演習海域をそっちの近くにしたが、本当に大規模騒乱なんて起こるのか?」
「本局のお偉方はそう考えているようです」
「そう言うお前は、信じているのか?例の占い」
「信じてもいいのではないかと思うようになりました」
ヴィルヘルムはいつも以上に言葉に気を使っていた。それもそのはず実はこの定年間際の2佐はヴィルヘルムが新米准尉だったころの上司で、民間と公務員の違いに慣れていなかったヴィルヘルム准尉に管理局の作法をみっちりと叩き込んだ恩人でもあった。
当時、この2佐は他の管理世界での陸上警備隊であったが、定年を間近に控えて故郷のミッドチルダ海上保安部隊の巡洋艦艦長(次元航行船にあらず)として転属してきていた。
「てっきりお前はレアスキルが嫌いだと思っていたんだがな」
「嫌いなのではありません。個人の能力を当てにした組織運用は危険だと考えているのです」
七年前のことを思い出しながら笑う上司に、ヴィルヘルムは反論した。
「ま、そうだな。百発百中って訳でもないようだしな」
「レアスキルは事件を調べるキッカケになっても…」
「『万人を納得させる理由にも、証拠にもならない』お前の言葉だな」
「あいかわらずですね」
ヴィルヘルムが見せた僅かな対抗意識は、鼻で笑われてしまった。
「お前は部下を虐める役らしいではないか。たまには虐められろ」
「私を虐めるなら、私の部下には優しくしてもらいますよ」
「へえ、言うようになったじゃないか、小僧」
「いい加減、小僧はやめてください」
「じゃ、若造」
「若造ですか…。ま、甘んじて受け取っておきましょう」
「なんだ、受け取るのか。つまらん」
本音を言えば「オジサンと呼ばれるよりましか」という気分だったが、それがばれるとからかわれるのが目に見えているので、どう誤魔化したものかと考えていると、ノックが聞こえてきた。それを理由に通信の終わりを告げると、「まあ、今日のところはこの辺にしておいてやるか」と言いながら元上官は通信を切った。
「こんばんは~」
妙なアクセントをつけた挨拶をしながら入ってきたのは、現在の上司の八神はやてだった。
明日までに片付なければならない仕事を終え、寮に帰る前に寄ったようだ。
「お疲れ様です、課長」
「はい、お疲れさん。副長は残業?」
「たった今それも終わったところです。通信によるチョットした調整です」
「そういって、実は女の人へのラブコールやったりして」
ヘラヘラ笑いながら、はやては冗談を言ってきた。ヴィルヘルムは「私が公私混同をしないとご存じでしょう」と、言おうとしたが、はやての様子がおかしいことに気がついて辞めた。
はやては進んで話したいことがあるが、内緒にしなければならないことがある。あるいは、面白いうわさ話を聞いてもらいたがっている女学生の様な表情をしていた。
(ようするに、こちらから何があったのか聞けということか…)
一瞬、「部下対する態度ではありませんと忠告すべきか?」とも考えたが、ついさっき仕事は終わらせたと宣言したばかりだったので、格好がつく程度に友人として対応することにした。
「なにか面白いことでも?」
「せや、でも、んん~、どうしょうかな~」
聞きながら椅子をすすめるヴィルヘルムに、はやては勿体つけた。
ヴィルヘルムは過去の経験上、女性相手にここで「じゃあ、話さなくていい」なんて言おうものなら、不幸が降りかかってくることを知っていたので、「聞かせてください」と、促した。
「そこまで、聞かれちゃしょうかない。さっき給湯室でな…」
はやてによれば、給湯室でグリフィスとルキノが仲睦まじく話しをしていたらしい。前々から、噂に上っていたようだが、なるほど。どうやらグリフィスの成長は仕事上だけには留まらなかったようだ。
「しかし…、覗きとはいい趣味とは言えませんね。ユニコーンに蹴飛ばされますよ」
「ふ、違うで、副長。陰ながら見守っていただけや」
はやては身長の割には大きめの胸を張って堂々と答えた。
ヴィルヘルムが流石にあきれて苦笑いをすると、滅多に見られないその表情が面白かったのか、はやてはケラケラ笑い始めた。
「部下のプライベートの心配はいいですが、貴方ご自身はどうなのですか?」
無限書庫の司書長と噂がある(本人達は否定)なのははともかく、はやてやフェイトにまったく男っ気がないのは六課七不思議だ。と、噂している部下達がいるのは事実である。
笑われたヴィルヘルムが腹いせに、ややぞんざいな口調で言い返すと…
「…い、いいんや。私は仕事と共に生きるんや」
はやてはかなり凹みながら答えた。彼氏いない歴20年、それなりに気にはしていたらしい。
「では、仲人は任せてください。立派な挙式をして差し上げます」
「いらんわ、アホ」
はやての罵倒を受けとめながら、ヴィルヘルムは居住まいを正す。
「失礼しました、課長」
「かまへんよ、副長」
ヴィルヘルムが真剣な話をしたがっているのを察して、はやても背筋を伸ばした。
「明日、巡洋艦が湾岸地区の沖合で演習を行います」
「そういう名目で、警備活動をするつもりやな」
「そうです、正確な演習海域はここです」
デバイスを操作すると空間ウインドウが表示され海図が現れる。はやては通常の演習海域から大分離れてしまっている事に気がついたようだ。訓練海域の変更の理由を聞いてきたので、艦長と調整して六課の近くに変更してもらったと正直に答えた。
「この船の艦長と知り合いなん?」
「ええ、新米士官時代世話になりました」
「この海域から六課までなら、全力で一時間弱やな」
「それにはトラブルが全くない事が前提になります」
はやても分かっていると知りつつ、ヴィルヘルムは副長という立場上常識的な捕捉を入れた。巡洋艦といえども一般の船も往来している湾岸区で最大戦速の機動など出来るわけがないし、よそからも援護を求められたら無視するわけにもいかないだろう。
「それでも、有事の際は真っ先に助けに来てくれると考えていいんやな」
「ええ、それは間違いないでしょう」
「ん、ありがとうな」
「…いえ、仕事をしたまでです」
笑顔で礼を言われ迂闊にも照れてしまった。その様子をはやてに茶化されてしまう。
「副長もカワイイところあるんやな」
「ほっといてください。」
負け惜しみを言うヴィルヘルムを見て、はやては大笑いした。
結局、二人は雑談を交えつつも、ヘリの帰投や携帯結界システムの配置など、明日の予定を日付が変わるまで確認しあった。
時空管理局 公開意見陳述会まで あと12時間
地上本部の警備に向かう隊長達と、官舎で見送る機動六課メンバー
襲撃は静かに、そして突然に
次回、魔法少女リリカルなのはStrikerS、『その日、機動六課(B面)前編』
テイク、オフ
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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