フッケバインの放った直射ほうが掠め、ヴォルフラムの防御フィールドと干渉して閃光を放った。僅かだがはっきりと認識できる振動を感じながら、アルトが報告した。
「敵弾、至近。徐々に狙いが鋭くなってきています!!」
「だいぶ距離を詰められてきているな。衛星軌道までは、まだかかるか?」
ヴィルヘルムが聞くと、ルキノが返した。
「間もなく惑星ダニエル衛星軌道に到達します。しかし、まだ、援護の艦隊が現着していません」
ルキノに続き、シャリオが報告する。
「ハラオウン艦隊!到着まで、あと5分!」
その報告を受けたヴィルヘルムの表情にフェイトは違和感を覚えた。薄っすらとした笑みを口角だけに浮かばせたように見えたからだ。休日にはやてに見せる笑みとは、全く異なる酷薄な笑みに、底の見えない穴を覗き込んだようなうすら寒さを感じた。しかし、これもまた一瞬で消え失せ、ヴィルヘルムが仕事中に見せる厳格な無表情に戻っていた。
(副長…?)
フェイトの疑念が強くなっていくが、ヴィルヘルムが口を開いた。
「では、5分間は我々だけで対処しよう」
「しかし、どうやって?」
「相手の狙いを狂わせるのは、ダークマターだけではない。ゲルマニクス打ち方止め。アルト、全てのセンサーに対してジャミング開始!」
「は、はい。ECM等ジャミング開始」
「次、敵弾至近があったら、光学デコイを放出。シャリオ、お前はトビト人工衛星群を管制しろ」
「はい。トビト人工衛星群をこちらの制御下に置きます。迂回ルートはどうしますか?」
「違う。迂回させるのではない!衛星群の衝突安全機能をカット。密集隊形。誘導目標点はフッケバインだ」
「ぶ、ぶつけるつもりですか!」
乱暴な作戦にフェイトが驚きの声を上げる。
「ぶつけるんじゃない。変更された人工衛星の軌道にフッケバインが入ってくるだけだ」
「…それは詭弁なのでは…?それに、人工衛星を破壊するのはいかがなものかと…」
「では、こちらの装備が効かなかったために行ったやむを得ない行為だ。それと、この人工衛星群はすでに廃棄されているジャンクだ。破壊しても何処も文句は出せない」
ここでヴィルヘルムは一旦言葉を切り、
「それに、トビト人工衛星群は全機合わせても精々十数トン。次元艦よりもでかい氷塊をぶつけようとした魔導騎士にくらべたら常識の範囲内だ」
「あ~、えーっと…」
封印指定のスキルを使用し、直径数百mを超える氷塊を作り出した常識外れの友人(フッケバインからも似たような批判を受けていた)を思い出して、フェイトは何も言えなくなった。
「へーちょ、へーちょ、へーちょ。・・・・・・・・・まものっ!」
特別審査会に参加するため本局の廊下を歩いていたはやては、突然鼻をくすぐられたような感覚を覚えてくしゃみをした。三度続くしつこいくしゃみだったが、自分の副長を困惑させるつもりで、最後にネタをつけるのも忘れない。
だが、しかし、
「八神2佐。風邪ですか?本局は少しクーラーを効かせ過ぎているのかもしれませんね」
返ってきたのは、真面目なグリフィスの対応だった。彼には査問会用の資料の整理など諸業務のために残ってもらっている。
皮肉の聞いたツッコミを期待していたはやては、階段が残り一段あると思って降りたら実はなかった時のような気分で答えた。
「え、ああ、心配あらへんよ。どうせビルが噂をしているんやろ。3回やったし」
「くしゃみ3回に、そんな迷信があるんですか?」
ミットチルダ出身のグリフィスはくしゃみにかかわる諺を知らないらしい。グリフィスの純粋な好奇心から来る質問に、はやては物足りなさと、チョットだけ罪悪感を感じながら話を盛った。
「ああ、そうなんや。くしゃみを3回もするんは、誰かが悪い噂を流そうとしている知らせってのがあってな。最後にまものって言えば、その噂が広まるのを防いでくれるって、おまじないや…」
「八神2佐のまじないとなると、効果がありそうですね」
「…はは、そうやろ」
あくまで素直なグリフィスの態度に、
(なんや、一方的やとイジメとるように感じるなぁ。ルキノ、旦那を一方的にからかうことになって、ごめん)
と、はやては部下に謝罪した。
「も~~~!!!何なのよ!!」
フッケバインの艦橋では、ステラが更に不機嫌を爆発させていた。
ヴォルフラムとの距離を詰め、主砲の射撃を繰り返すたびに照準補正を行うことで、ようやく砲撃が当たりそうになってきたと思った矢先、ジャミングを受け照準が再び乱れてしまった。当然ながらジャミングに対しての対抗手段も取っているのだが、飛翔戦艇(エスクアッド)の名前が現すように、古代ベルカ語での小型高速戦闘船の系譜に当たるフッケバインは、ハードウエアの点において現行の管理局艦船を上回るものの、センシング技術などのソフトウエアにおいては遅れを取ってしまう。
ダークマターによる照準補正に目処がつき始めたのが、また、一からやり直しである。元来強気なうえに、気が短いステラに取っては強いストレスがかかる状況に、忍耐力の限界が来たようだ。
「おー、怒ってる。怒ってる」
両腕を振り回して、怒りを発散させているステラを笑いながらアルナージが言うと、ヴェイロンが続く。
「めんどくせぇな。もういい、ステラ。とにかく距離を詰めろ。ドゥビルのジャンプが使える距離に入ったら、俺たちが直接乗り込めばいい」
「928」と刻印された上下二連の散弾銃型ディバイダーをなでるヴェイロンは、自分の銃を撃ちたくてたまらないと言った顔をしている。
「現状では難しいぞ。ヴェイ」
「あぁん!」
ドゥビルは表情を変えず腕を組んで、忠告した。
「特務艦はホログラム型のデコイも展開している。あれではジャンプの座標を絞れない。うかつに跳べば宇宙空間に放り出されるだけだ」
「ったく、めんどくせぇな。じゃあ、どうするんだよ」
攻め手を欠いたフッケバインの面々の耳に、警告音が入る。
「お、なんだ、なんだ!?」
アルナージが面白がって、口角を更に釣り上げた。
「接近警報よ。人工衛星が一基、衝突コースに入ったみたい」
センサーからの情報をエンゲージワイヤーから直接受け取っているステラが、眉間に皺を寄せて答えた。ジャミングの影響で酷く検知しづらいため、だいぶ接近を許してしまった上に、酷いノイズが癇に障る。人間の感覚なら音楽の中に、時折、黒板に爪を立てた音が混ぜるような感覚なのだろう。
「人工衛星?このでかい宇宙で?」
「特務艦から管制信号らしいのも出てる!この船にぶつける気なんでしょ!まったく、あの女隊長が隊長なら、部下も部下だわ!!」
特務六課と初めて遭遇した際に、フッケバインを遥かに超える質量の氷塊を叩きつけられそうになったことを思い出し、ステラが憤慨する。
「どうすんだ。俺かアルが船外に出て・・・」
「たかだか、一基の衛星ぐらい、対空兵装で十分よ」
対艦戦闘ではあまり有効ではないため、使用機会は少ないがフッケバインにも小型目標に対しての対空武装がある。ジャミングの中では命中率が下がってしまっているが、一発でも当たれば軌道は逸れる。
「対空迎撃、サルボー!」
ヴェイロン達のためにフッケバインの艦橋に表示された画面上で、対空武装の表示が増える。対空武装の数発は明後日の方向に軌道がそれたが、数発が接近する人工衛星を捉えたかに見えた。
…が、
再び警報、画面の中の人工衛星が突然増えた。
「なっ…!」
ステラが驚きの声を上げる中、
「分解能力の隙をつかれたか…。衝撃に備えろ!」
ドゥビルが声を上げた。
「トビト人工衛星群、フッケバインに命中!?いや、この場合衝突ですかね?」
フッケバインが迎撃の構えを見せた途端、人工衛星群の密集隊形を解き、分散させた隊形でぶつけたシャリオが正確な表現を思いつかずに言った。
「敵艦推進停止。アクティブセンサーの反応も消えました。敵艦…、沈黙!」
計器の表示を観測していたアルトが報告する。前回、特務六課とフッケバインが戦闘した際、はやてが広域魔法ヘイムダルで見せた圧倒的な物理重量攻撃に対して、ヴィルヘルムが衝突させた人工衛星の総質量は百分の一にも満たないだろう。しかし、その分速度が違う。人工衛星の速度は地球換算で第一宇宙速度(約 7.9 km/s)。仮にはやてがヘイムダルを亜音速(約250m/s)で撃ち出そうとしていたとしても、1/2×質量×速度の2乗に照らし合わせて、10倍近いエネルギーである。さすがのフッケバインも船体を大きく損傷し、機関も止まったようだ。
「副長、今回の警備任務が与えられた時点で、人工衛星を戦術のなかに組み込んでいましたね?」
この結果を受けて、フェイトが口を開いた。
「この世界の人工衛星のセンサーは、送信、受信ともに複数の衛星を利用した分散レーダシステムです。必ず数基セットで運用され人工衛星群と呼称される。その衛星群を密集させセンサーの分解能力を利用した機数判定の欺瞞を行う」
センサーの分解能力とは、レーダーなどで、複数の目標が自船から見て等距離に並んで存在するとき、これらの目標がどのくらい離れていれば、分離した目標として識別できるかという能力である。空軍のアクロバット飛行チームがピタリと並んだ編隊で飛んでいる姿を想像してほしい。ああいった密接した編隊で飛行されると、レーダー上の見かけでは、たった一機の飛行機が飛んでいるよう表示されてしまい、編隊が何機で飛んでいるのか分からない。しかし、編隊の距離が100m、200mと離れていくと個々の機体をより分けることが出来るようになる。この能力のことを分解能力と呼ぶ。
フェイトは続けて、ヴィルヘルムの取った行動の意味を推察する。
「これはフッケバインに敵を一基と思い込ませることで強力な迎撃方法を選択させず、攻撃の成功率を上げるためです」
「続けてみろ」
ヴィルヘルムが空間モニターから目をそらさずに、口を開いた。
「攻撃を管制する前のジャミングは、フッケバインの攻撃を阻害するためのものではなく、接近する人工衛星を隠すため。一度、自分からフッケバインに接近してから、防衛線まで戻ったのも、人工衛星がこの宙域を通過するタイミングにあわせるためだったのではないですか?」
「その地形地物を利用するのは戦術の基本だろう」
ヴィルヘルムはそれだけ答え、心の中だけで続けた。
(最も、戦場をここに設定した査察部の思惑かもしれないが…。EC因子適合者に対する考え方も、はやてとはちがうと言うことだ…。俺自身もな…)
ここからの選択ははやてなら絶対にしないと、自覚しながらヴィルヘルムは指示を出した。
くしゃみと噂、一誹り 二笑い 三惚れ 四風邪と言う、言い伝えがあるらしいですね。
くしゃみを3回したはやては、ヴィルヘルムのせいだと断定したのはこのためです。
・・・まもの。に、魔よけの効果はありませんよ。念の為
面白かった、つまらなかった、正直な気持ちでもちろん大丈夫です。
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何卒よろしくお願い申し上げます。