「フッケバインにもう一度、投降勧告を出せ。投降する気になったのなら遭難信号を出せとな…」
ヴィルヘルムの指示に従い、アルトがオープンチャンネルの平文で勧告を行うと、すぐにフッケバインの反応があった。
「副長、フッケバインから通信」
アルトの報告にヴィルヘルムは少し意外そうな顔をした。
「あのステラと言う子供か?」
「いえ、アルナージと名乗っています」
答えながらアルトは顔を歪めた。インカムに相手の怒鳴り声が入ったようだ。
「勧告を飲む気はなさそうだな。では、繋ぐ必要はない」
にべもなくヴィルヘルムは言ったが、フェイトが口を開いた。
「よろしいのでしょうか?」
「構わん。どうせ、回復までの時間稼ぎ、攪乱工作だ」
まるでヴィルヘルムの言葉に答えるかのように、フッケバインの状態を現す数値に変化があった。ルキノも報告する。
「フッケバイン、機関再始動」
表示されている計器の数値も徐々に上昇しつつある。トーマが暴走させたゼロエフェクトを受けて機関を停止させた時よりも立ち上がりが早い。
淡々とした声でヴィルヘルムが、アルトに聞いた。
「確認する。救難信号は出ているか?」
「確認できません」
「この期に及んで投降の意思はないようだ」
フェイトはこの時見た、ヴィルヘルムの蝋人形のような表情に、冷水を浴びたように体をすくませた。
「アルカンシェル、発射用意」
「ふ、副長!」
ヴィルヘルムの選択に、シャリオが驚きの声を上げた。
フッケバインはアルカンシェルの直撃にもたえる対魔法防御性能を確かに見せた。しかし、それはフッケバインの機能が万全であった場合である。大きなダメージを受け、エンジンを再起動させたばかりで、まともに出力の上がっていない状態では、 ゼロエフェクトで攻撃を防ぐことなど不可能だろう。この攻撃が当たればフッケバインは跡形もなく消滅する。副長の狙いは相手のエネルギー切れではなかったのか?オペレーターたちがヴィルヘルムの命令に躊躇していると、
「なにをしている!援護の艦隊がくるまであと数分かかる。フッケバインの回復を許すと、こちらが危ない」
「しかし!」
あくまで淡々と指示を出すヴィルヘルムに、フェイトも反論を試みたが、
「ハラオウン執務官、指揮権は譲らないと言ったはずだ。フィニーノ1士、私は命令をしている」
「は、はい」
ヴィルヘルムは命令の一言で反論を封じ、アルカンシェルの攻撃態勢に入らせた。
「ア、アルカンシェル、バレル展開!」
艦橋配置の隊員は躊躇しながらも、アルカンシェルの発射シークエンスを勧める。と、その時、内線の呼出音がなった。
「ふ、副長!トーマ達から内線です。フッケバインからの接触があったと、報告してきています」
「通信封鎖中だと言ったはずだ。遭難信号以外なら応じる必要はないと伝えておけ…!理由は先ほど言った通り、こちらの行動は変わらん」
アルトが艦内からの呼出を受け報告してくるが、ヴィルヘルムが返したのはそれだけだった。
「ファイアリングロックシステム、オープン!」
[緊急通信が入りました。発信者名「フッケバイン一家 アルナージ」]
銀十字の書が再びシステムメッセージを発した。
途端、トーマ達が表情を引きつらせた。先ほど通信を受けたことに対して、艦橋にいるフェイトからお叱りのメッセージを受けたばかりだからだ。艦橋配置の隊員は忙しいのか文面により、戦闘中は通信封鎖。特に双方向の通信は厳禁!と、いった内容の警告文が届いた。
教導官の教育で確かに聞いていた話ではあるのだが、急旋回などでかかるGなど、戦闘の体感がなかったため失念していたのは確かだった。
[緊急接続要請が来ています]
銀十字が機械的に続ける。流石にまずかろうと、トーマが首をふると、リリィも銀十字にメッセージを受け取らないよう指示した。が、気になったようで、
「どんな用事だったのかな?」
「さっき、艦が少し揺れたでしょ。戦闘が佳境に入っているのかも…」
アイシスは先ほど揺れを被弾によるものと考えていた。もっとも、ダメージコントロールが機能していないことや、警告の放送がながれていないので、小破にも満たないダメージしか負っていないと分かってはいる。
(ブリーフィングで、近くで演習しているハラオウン艦隊に対しての、通信周波数も教えられた。近くの艦隊が来援したってことかな?)
アイシスは今回の警護任務を実家のセキュリティ・サービスになぞらえて、このヴォルフラムがボディーガードの緊急対応役、ハラオウン艦隊が対襲撃役だと理解していた。
緊急対応役は、ガード対象(敷地も含まれる)に対する不法侵入とその他の攻撃に対する戦術的な対応が仕事。盾の役割である。一般的にイメージされる黒い背広でサングラスを身に着け、VIPの周りにいるボディーガードがそれである。
一方、対襲撃役は、襲撃者に対して反撃することが仕事である。地球で言えば防弾ヘルメットやプレートキャリアを着用し、アサルトライフルを携行する完全武装をしており、あまりメディアに露出しない。剣としての役割がある。
(ハラオウン艦隊って、確かゆりかごを沈めた部隊だったよね)
6年前にJS事件で猛威をふるった大型戦艦を撃沈したハラオウン艦隊。次元航行部隊の求人広告に必ずと言っていいほど出てくる文句であるためアイシスも流石に知っていた。
もっとも、当時まだ9歳だったアイシスが持っているJS事件の印象は、通っていた初等科学校に母親がイーグレットSSの社員(かなりゴツイ)を引き連れて迎えに来たため、普段は厳しい態度の教師陣がかなり低姿勢になっていたことである。出身地のリガーテがミッドチルダ中央区から離れていたこともあり、翌日にはいつも通りの日常に戻ったのも大きいのかもしれない。閑話休題。
(流石にあの船も、管理局の船に囲まれるのは嫌がったか…)
アイシスの考えを打ち消すように、銀十字がまたもシステムメッセージを読み上げる。
[オープンチャンネルを感知。発信者名「フッケバイン一家 アルナージ」]
通信に応じなかったため、今度はオープンチャンネルを使ったらしい。こちらはラジオのような一方通行の通信で、受け手からの送信はない。
「受信するだけなら、通信封鎖を破ったことにならないよ」
トーマはそう言うと、通信にチャンネルを合わせた。
「クソッタレ、聞こえてるのか!トーマ!あの指揮官代理の野郎。このフッケバインに人工衛星をぶつけやがった!」
アラーム、サイレン、異常を報告するAI。それらに紛れアルナージの怒鳴り声はかなり聞き取り難かった。
「艦の損傷が直り次第反撃されたくなかったら…、って、おい、おいおい、おいおい、ガチかよ!!」
怒りはあっても、強気な姿勢だったアルナージの声が途中から、焦燥に駆られたものになっていった。
「おい、ステラ、起きろ!!アルカンシェルがくる!!クソッタレ!」
その言葉を最後に通信は切れてしまった。
「大変だ。止めないと!」
「って、何言ってんの?今、艦対艦戦闘中だよ!」
アイシスには宇宙空間の艦対艦戦闘で手加減なんて出来ないことぐらいは理解できた。指揮官が決めたことに反抗するリスクもだ。しかし、トーマは止まらない。
「アイシスは覚えていないかもしれないけど、ステラには助けてもらったことがあるんだ」
そう言ってトーマは艦橋へと通信を繋ぎ、アルトにヴィルヘルムへの取次ぎを頼んだが…
「現在は通信封鎖中です…。敵からの通信は、…攪乱工作だと思って」
青ざめた顔をしたアルトがそう答え、ヴィルヘルムが通信に出ることはなかった。
「そんな…」
鳩が豆鉄砲を喰らったように驚いているトーマ。自分の考えが通らなかったのが信じられないと言った様子だ。
「トーマ…」
そんなトーマの様子に、ピタリと寄りそうリリィ。一見仲睦まじく見えるのだが、一歩間違えば共依存のような危うさをアイシスは感じた。
「よし!」
そう言ったかと思えば、トーマは速足で歩き始めた。
「ちょっと、トーマ。どこ行くの?」
速足から駆け足になったトーマを、アイシスが慌てて追い駆けると、リリィもそれについてきた。
「トーマ、艦内の警備はどうするの?」
「さっきのフッケバインの様子なら、アルナージ達が艦に進入してくることはないよ。通信じゃなくて艦橋で直接説得出来れば…」
言いかけたトーマが、彼に気が付いて足を止めた。
艦橋に向かう通路の先で、大きな青いオオカミが座っていた。さながら、艦橋への扉を守る門番の様に…
「ザフィーラ」
「あ、八神2佐の…」
リリィが近寄りかけてやめる。オオカミがむっくりと起きあがったからだ。四肢をしっかりと踏ん張り姿勢は高く、体の重心は前方、つまりトーマ達に向けられている。イヌ科の動物の威圧姿勢だ。
「何をしている!」
「「しゃ、しゃべった!」」
「…!」
オオカミ(ザフィーラ)が口を開くと、トーマとアイシスが思わず声を上げ、リリィが驚きのあまり目を丸くする。
「お前たちには、艦内の警備の任が与えられていたはずだ」
貫禄と知性が感じられる渋みのある声に、気圧されながらもトーマが言った。
「俺たち、アルカンシエルの発射を止めたいんです」
「…ヴィルヘルムが必要だと判断したのならば、理由があってのことだろう。止める必要はあるまい」
アルカンシエルという武器の名前にザフィーラは眉を顰めたが、それ以上にヴィルヘルムに対する信頼が勝ったらしい。すぐにトーマの行動を否定した。
しかし、それでもトーマは言い募る。
「とにかく、艦橋に入れてください」
言いながらトーマが扉に向かおうとすると、
「ここから先は、艦橋配置員の区画だ。お前たちの戦闘配置はない」
ザフィーラがぴしゃりと言い放ち、扉の前に立ち塞がった。