雷霧に包まれしこの世界で 作:ノア(マウントベアーの熊の方)
今回もごゆっくり、見ていってください。
「投錨終了、ここが…日本?」
「ああ、日本だ、まさか艦長になって来るとは思ってなかったな…」
そう夕方空の中、横須賀の海をを艦橋から見渡す。
―――米海軍横須賀基地。
真珠湾にいた時とは違う雰囲気が辺りを包む、立派な軍港だ。
近くには海上自衛隊の基地もあるので、日本自衛隊の誇る、高練度の自衛官達が暮らす、立派な護衛艦も見ることができる。
…まあ今はこんなことで時間を潰すより、基地の司令官に面会した方がいいのかもしれないが。
だがまあ約10日も海の上で生活していたのだ。
少しくらい陸に着いたと感傷に浸らせてもらってもバチは当たらないだろう。
そうしばらくエルと海を見渡してから、俺たちは艦を降り、指揮官室へと向かった。
―――時刻は既に1830を少し過ぎた頃だ。
着いたのは1825辺りだったし、まあ、多少は遅くなったものの怒られはしないだろう。
そう思いながらも、少し緊張しつつもドアをノックした。
「どうぞ、鍵は開いてるよ」
「失礼します、エディ・キリエ、駆逐艦『エルドリッジ』、到着し投錨しました」
そう言いながら敬礼し、俺たちは指揮官の言葉を待った。
やがてジェスチャーで敬礼を解くよう指示され敬礼を解くと、エルの姿をまじまじと見つめ始めた。
指揮官とあろうものが変なことはしない…そう信じながら立っていると、やはり初見の人間にまじまじと見られていることが怖いのか、エルは俺の後ろに隠れてきた。
「いやいや、すまないね、怖がらせてしまったかな?」
「…エルはまだ人目に慣れてないんです、すみません」
「いや、いいんだ、誰だって初めての人は怖いもんさ…それはそうとエディくん、君、日本語はできるかい?」
そう言われ、思わずなんの意味があるのかわからず一瞬戸惑ってしまう。
しかし、すぐに平常心を取り戻し、
「ええ、まぁ。祖父は日本人ですし、多少は喋れます」
「それは良かった、なら1つ、君たちに演習作戦の前に任務を与えよう」
そう言われ、何を言われるのだろうと思わず生唾を飲みながら、指揮官の発言を待つ。
次の瞬間、2人して驚くことも知らずに。
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2036年6月3日。
時刻は既に1000を過ぎ、1030になろうとしていた。
俺たちの艦の隣には、岸壁を挟んで、もう1隻の船が泊まっていた。
護岸の上、そしてエルドリッジどもう1隻の上には、平日にも関わらず、溢れんばかりの人、人、そして人が、楽しそうに記念撮影をしたり、艦内に掲載された詳細データや説明を見たりしていた。
……ここまで来るともう察しのつく人はわかるであろう。
そう、軍艦好きにはたまらない一大イベント、艦艇公開である。
昨日、指揮官に謁見した時に指示された任務。
それ即ち、この艦艇公開の事だったのである。
もちろん普通の護衛艦ですら人気なこのイベントだが、それも米海軍の船、しかも雷霧の艦艇となると話は変わってくる。
しかも今回のイベントは、なんと俺たち以外にももう1隻、雷霧の艦艇が公開されるとあってもう大変だ。
公開が開始される0900の頃には既に沢山の人が列をなして今か今かとソワソワしていたし、なんとグッズ販売の屋台まで出るとなると、乗れなくてもいいから行こうなどという日本国内外の人々が集まるのである。
この大混雑を見越してか、割と多くの自衛官が警備や広報に充てられ、何度も言うようだが、平日にも関わらず、休日のショッピングセンターかと思う人々が見渡す限り存在していた。
そんな中、俺たちは艦橋を離れていいものなのか、更にはどう見に来た人達と接すればいいのかわからず、艦橋から甲板にいる人々を見下ろすだけに留まっていた。
もちろん、見学者へ向けてのサービスとして、主砲の旋回を見せたり、CIWSの旋回、無人化された装備品の模擬稼働などをしてはいるのだが、いかんせん俺たちには初めての出来事なので、これでいいのかどうか、全く持ってわからずにいた。
それに、いくら司令長官直々の許可があるとは言え、雷霧の子のエルを人々の前で見世物のように見せるのはどうかと思ってしまっていた。
「はぁ…なんだかなぁ……どうしたもんか」
「どうしたの?艦長?」
「いや…こういう時どうしたらいいのかわからなくてな、悩んでるんだ」
「艦長も、悩む時があるの?」
「そりゃああるさ、一応人間だからな、悩みの一つや二つはできるってもんさ」
「ふうん……」
そうエルは言うと、艦橋から隣に停泊する、イージス護衛艦『おおあさ』の姿を眺めていた。
おおあさは日本の雷霧の艦艇で、エルの2年上のお姉さんとなる艦艇だ。
エルよりも心身ともに成長した雷霧の子と、俺と同い年の艦長の2人で運用されている。
少なくとも、こういう場は、俺たちとは違って、何度か経験しているらしく、艦長と雷霧の子らしき姿が、見学者と共に写真を撮っている姿が目撃できていた。
「…っと、そろそろ時間だ、主砲旋回用意、警告ブザーも忘れずにな」
「わかった、用意する」
そう言い、エルは副長席から降り、目を閉じて意識を集中させ始めた。
やがてその目を開くと、いつも艦を動かす時のように両目が黄緑色に輝いていた。
「Ladies&Gentleman、これより、駆逐艦『エルドリッジ』の主砲、及びCIWSの旋回を行います、自衛官の指示に従い、艦の前方へお集まりください」
そうぎこちない日本語でアナウンスし、警備にあたっている自衛官から準備完了と無線が届くと、エルへと目配せする。
すると、ブーッとブザーが鳴り、その後に、主砲が音を立てて回り始めた。
艦橋まで「おぉ…!」と言った歓声が聞こえ、俺もエルも、どこか笑顔になっていた。
やがて主砲の旋回が終わり、アナウンスで今度は艦首側に集まってもらい、CIWSの旋回が始まった。
また再度歓声があがり、CIWSの旋回が終わると、今度は拍手が聞こえてきた。
「お疲れ、エル」
「このくらい余裕。準備運動のようなもの」
そうエルが少しドヤ顔で言い、俺はもう一度「お疲れ様」と言い、その頭を撫でてやった。
やがて午前の部が終わり、見学者が一度全員降り、艦上は誰もいなくなった。
……まあ、岸壁にはまだ大量の人々がいるのだが。
それを艦橋から見下ろし、そろそろご飯にしようとしていると、隣に停泊している、おおあさの艦長から、無線通信が届いた。
『お疲れ様です、浅井です、よければおおあさでご一緒に昼食をどうですか?』
そう日本人らしからぬ流暢な英語で言われ、やはり頭の良い人なのだろうと思いながら、
「本当ですか?お気持ちは嬉しいのですが…エルがなんと言うか…聞いてみます、少々お待ちを」
そう言い、一度受話器を置き、エルへと顔を向ける。
すると、エルは少し考えてから、
「行く。日本の仲間、とても気になる」
と、思っていたよりも乗り気になっていた。
「もしもし、ありがとうございます、行かせて頂きます」
『本当ですか!?よかった、ではお待ちしております』
そう言って無線が切れ、俺は今になって緊張してきているエルの手を引いて、おおあさへと向かった。
道中何度か記念撮影をねだられ、エルと共に敬礼をしてその写真撮影に応じながら向かうと、思ったよりも時間を食ってしまっていた。
おおあさへと着くと、おおあさの艦長とその雷霧の子に敬礼で出迎えられ、緊張しながら、2人で敬礼を返していた。
「おおあさ艦長、浅井 真司 (あさい しんじ)特務2等海佐です、本日はありがとうございます」
「エルドリッジ艦長、エディ・キリエ特務中佐です、こちらこそ、本日はありがとうございます」
そう言い、敬礼しあっていると、やがてどこからともなく俺と浅井艦長がプッと吹き出し、そこから艦長同士の笑い声が響いた。
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「では日米の友好を祝して、午前の部、お疲れ様でしたぁ!」
「お疲れ様でした」
そう言って乾杯し、俺たちは日本海軍の頃からの伝統糧食である、海軍カレーをご馳走になっていた。
噂には聞いていたのだが、やはり艦艇事にレシピが存在し、このおおあさにおいてもオリジナルレシピがあり、士気の向上に役立っているということだ。
他にも警備にあたってくれていた自衛官も同じカレーを食堂スペースで食し、各々の雑談に花が咲いていた。
「どうだ?エル?カレーは初めてなんじゃないか?」
そうエルへと尋ねると、頬いっぱいにカレーを頬張り、美味しそうに一心不乱に食べる、エルの姿があった。
「ははは、エディ中佐の妹みたいですね」
「そうですかね、まあ、司令長官にも妹みたいだって言われます」
そう雑談しながらカレーを食べていると、いつの間にかおおあさちゃんにじっと見られていることに気づいた。
何かと思い首を傾げていると、
「米海軍の雷霧の子適合資格保持者っていうからどんな人なのかと思ってたけど、優しそうな人でよかったよぉ…」
と、安堵のため息をつかれた。
どんな人だと思われていたのか非常に気になるが、まあ米海軍と言うだけでゴツい人を予想されていたのだろう。
あいにくとそれは主に海兵隊だ。
そんな事を思っていると、
「あさは心配しすぎなんだよ、だから言ったろう?怖い人じゃないって」
「そうだけどぉ…やっぱり初めての人は怖いしぃ……」
などと、雑談を開始された。
「…仲いいんですね」
「あはは、これは失礼、まあ3年間は一緒にいますからね、あさもエルドリッジちゃんみたいに小さかった頃が懐かしいです」
「へぇ…やっぱり成長スピードは違うんですか?」
そう聞いてみると、浅井艦長は携帯端末を取り出し、1枚の写真を見せてきた。
そこには、笑顔で敬礼する浅井艦長と、今のエルと変わらない、140cmくらいの、同じく敬礼をする、おおあさちゃんがいた。
「へぇ…これで何年前ですか?」
「出会って1年目の頃なんで4年前…ですかね、この頃は何もかも幼かったんですけど、今や同棲する中で目のやり場も困るようになって困ってます」
そう浅井艦長は困っているなどと言いながらも、どこか嬉しそうにはにかんだ。
「へぇ…って事は、いつかエルもそうなるんでしょうね…」
「ですね、今のエルドリッジちゃんを精一杯可愛がってあげてください」
「言われなくても、そのつもりです、俺の大事な家族ですから」
そう言い、俺はまだカレーの余韻に浸っているエルを、微笑ましく見つめていた。
「さて、そろそろ午後からの部ですね、その前に1枚、写真どうですか?」
「いいですね、ならお互いの艦上で撮りましょう」
そう言い、俺たちは、外に出て、今日の思い出を忘れぬように、写真を数枚撮った。
やがて午後の部が始まり、俺たちは再度、エルドリッジの艦橋へと戻り、午前にもしていたように、主砲やCIWSの旋回などを展示していた。
やがて夕方に差し掛かり、もう少しで公開も終了する時間帯へとなった。
人も多い時に比べてまばらになり、もう少しで一日の業務が終わろうとしていた。
「はぁ…今日もお疲れ様、もう少しで終了だ」
「うん、その…艦長、1つ質問がある」
「どうした?急に改まって」
そう聞くと、エルは少し緊張なのか恥ずかしさからなのか、もじもじし始めた。
「あのね、甲板に出て、人と会ってみても、いい?」
そう勇気を振り絞った表情でエルは言い、俺の目をじっと見つめてきた。
その表情は今までになく、好奇心や、ワクワクの詰まった表情をしていた。
「いいぞ、もう旋回展示もしなくていいし、一緒に行こうか」
「うん!」
そう言い、俺たちは艦橋から降り、甲板へと向かった。
やはりこんな小さい子が海軍の迷彩服を着ているのが珍しいからか、度々注目の的になっていたが、エルはどこか楽しそうだった。
やがて最後の見学者が艦から降り、俺たちは人々を笑顔で見送っていた。
今年、全然自衛隊のイベントに行けずで轟音やらが恋しい今日この頃。
でも自衛隊は多分自分には無理なのです…体力面とかその他を考えても……
ではまた次回、お会いしましょう!