星。其れは、天上にて輝くもの。
マサルは、星を見る。変わらないものを見つめることは、僕にひどい焦りを与え、不安に陥らせてから、逃げ場のない納得をくれる気がする。
ハロンタウンからの親友ホップに「ちょっと話さないか」と誘われた時。果たして僕ことマサルはいったい何の話だと思っていたのだろう。
思い返せばこれまで一度もこんな誘い方をされたことが無かった。
気安い親友同士だ。普段ならばもっと軽い言葉で済んだはずだ。例えば、そう、「いまどこ?」くらいの軽い呼びかけが適切な距離として。
だからこそ。
わざわざあらたまった呼びかけをされた時、異変と言って差し支えない程度に膨らんだ事態を察してもよさそうなものだった。
(……いいや、違うんだ。僕は……見て見ぬフリをして、いたかったんだ)
ナックルシティに最も近いワイルドエリアの階段。
そこにマサルはいた。
膝を抱えて、考え事をしている。
夜風がマサルを追い抜いた。
きっと、あの風は砂塵の窪地へ向かうに向かうのだろう。
風にさえ負けている。
マサルは抱えた膝に額を落として体を小さくした。
(なにやってるんだ、僕は……)
彼はホップとの会話を思い返していた。
この日、ナックルシティのバトルカフェは、食欲を刺激する甘い香りが漂っていた。
カウンターでふよふよと柔らかい身体を揺らしているマホイップを見ていたマサルは、カップがソーサーに置かれた音を聞き、ホップに向かい合った。
「ユウリと話したんだ」
ホップとの視線は交わらない。
彼はずっと手元のカップを見つめていた。
「話したって、何を?」
「これからもライバルでいてくれるかどうかって」
「え? ……な、なんでそんなことを?」
マサルは、笑い損ねた変な顔をしていることを自覚した。
自分でも意外な、それでいて不思議なことだと思うのだが、マサルはユウリがホップに告白したと思ってしまったのだ。
告白。それは僕たちにまだ早いハズの恋愛とか、そういう類のことを。
だからライバル関係を問うことは、即ち友人関係の解消を意味するのかとマサルは我知らず焦りを覚えた。
だが、マサルの甘酸っぱい気持ちをよそに──実際、ホップはマサルを一瞥もしなかった──予想外のことを言った。
「ユウリはポケモンバトルで一度も負けたことが無いから」
マサルは「はあ」とか「まあ」とか、曖昧なことを言った。しまいには「うん」とか「そう」とか言った。自分が何を言っているのか把握できていなかった。
この時は、これからのことを考えれば、まだ良かった。まだマシな事態だった。
しかし、呑気な自分はともかく予想が外れたことにホッとした。安堵した自分に気付き、ようやく甘酸っぱい幻の中にいたことを遅まきながら知ったが、それはわきに置いておいた。
ホップとの会話の焦点を見つけ出そうと優先順位を見直したのだ。
「ユウリがバトルで負けたことが無い? それって本当? 戦績8割勝とかじゃなくって? 四捨五入すると100だよ、とか」
ホップは、ちょっぴり肩を竦めた。
「そんなこと言うワケないだろ。……だって、意味が無いんだから」
彼の言葉は、妙な重みをもってマサルのなかに響いた。
それはつまり、積み重ねた敗北は無くならないし、消えないと言う意味だと受け取ったのだ。
「そうだね。そうだったね。それで?」
「それでって?」
「ホップは何て答えたのかなって……」
ユウリの言葉は『真』だろう。だからホップの反応が気になる。
人を疑うことをどこかへ忘れてきたように知らない親友は、カップに目を落とした。
「『オレ達は、ライバルだ』って言った」
マサルは、わずかに目を細めた。
それは、微かな動きだったので誰にも気づかれないことだった。
「…………」
自分も同じことを答えるだろう。──とは、とても思えなかった。
テーブルの向こう岸にいるホップがいなかったら、溜息を吐いてから「君は、強いなぁ」と呟いていたかもしれない。
積み重ねた敗北は消えない。
同じように、発した言葉には責任を持つべきだった。
だからホップの言葉は実に清々しい。
しかも正々堂々としていた。
そして、何よりも彼らしい宣言だと思った。
「『ふたりで鍛え合って、そしてチャンピオンになるんだ! どっちがなったって、おあいこだ。お互い、今だってそうだ。頑張っているんだから』って」
「うん」
神妙な顔で頷きながらマサルは、妙な感想を抱いていた。
(……どうして僕は『してやられた』なんて思っているんだろう?)
まるでポケモンバトルの最中にあるかのような熱くて冷えた思考をはしらせ、マサルは鼻先を撫でた。これは考え込む時の癖だった。
(……何か……良くない感じがある……何だろう。誰だろう。どうして僕はこんなことを考えてしまうんだろう……)
答えがでないまま、ホップの何かに迷った顔を見ていた。右も左も分からなくなった顔をしている。
彼のこんな顔は初めて見る、気がする。
「マサルなら、なんて答える?」
ユウリは、幸いだ。
きっと彼女は、望んだ答えを彼から引き出した。
「僕……そうだな、僕なら……」
ホップは、運が悪い。
きっと彼の望んだ答えを僕は、伝えられない。
目を閉じて。開く。
数秒だけ嘘を吐くことを考えたが、結局やめてしまった。意味が無いからだ。
マサルは答えた。
「『分からない』って答えると思う。……もうユウリは『誰と競うか』より『どんな戦い方をするか』って段階だと思う。たぶん、今年のジムチャレンジャーのなかでも実力はトップクラスなんじゃないかな。現にもうキバナさんをパスしているし。早いよね。……『負けたことが無い』って言うのは、本当のことなんだろうね」
ほんの一瞬、息を詰まらせるようにホップが口を閉じたのをマサルは見た。
ひょっとすると──マサルは、彼の内心を察した。
ホップは「そんなワケないよな」なんて言葉を期待していたのかもしれない。あるいは「ありえない」と、思わずそう口を突いてしまう素直な感想を欲していたのかもしれない。
取り返しのつかない数秒は、まるで無かったことのように通り過ぎた。
「あーっ……! オレもそういうこと言えたら良かったのに……! 思い返したら何だか恥ずかしくなってきたぞ。後悔なんてしてないけどさ!」
ホップは照れた顔をした。
マサルは笑い返した。
それからふたりで他愛ない話をした。
店先で別れた後。
マサルは自転車で遠ざかっていくホップの姿を見て、苦い顔をした。
「ユウリ、やってくれたな……」
真面目なホップのことだ。
ユウリのライバルとして彼は立ちはだかるだろう。追いすがるだろう。いつだって対峙するだろう。宣言を守れなくなってしまうまで。
彼がユウリと戦えなくなる時こそ、心が折れて夢に破れる瞬間になる。そしてそれは今年のジムチャレンジの枠には収まりきらない。
ライバルという関係は、対等だ。
だからこそ、ふたりの関係は閉鎖されてしまったように感じられる。
ユウリとのライバル関係は同郷のマサルにも当てはまるハズだが、ユウリの関心とはもっぱらホップにあると感じていた。
「……でも、分かるよ。それが僕らの夢だから僕も分かるんだ」
夢の形は、人それぞれだ。
マサルは、柔らかな日差しの下で育む花のような存在だと思っている。
しかし、ホップは輝かしい太陽こそが夢であると思っているようだ。チャンピオンである兄がそうと感じさせるのだろうか。
そして、ユウリは夢を燃えるものとした。熱く激しい燃焼を望んでいるようだ。
きっと。彼女の夢の跡には何も残らない。彼女は残さない。
彼女は相手が誰であろうと平等に戦い、徹底して勝ち続けるだろう。容赦なく完全無欠なものとして、いつか彼女自身が負ける時まで立ち続けるに違いない。
ホップを倒す彼女が生半可な気持ちでいるわけがないのだ。
いいや。
ホップを倒すからこそ、ユウリは勝ち続けなければならない。
(だって、僕らは……僕らがホップと同じ夢を見ているんだから)
ユウリがホップの夢に憧れていることを、マサルは知っている。
かつてハロンタウンで熱心になれるものが見つからずに寂しい気持ちを抱えていたマサルとユウリは、ぼんやりしている者同士で気が合ったのだ。
しかし、ポケモンバトルにもジムチャレンジにも訝しげにしていた二人の手を取った者がいた。ホップだ。
彼の情熱は、思いがけなくマサルとユウリを夢追い人にした。
そのことにマサルは淀むような気後れを覚えてしまうのだ。
(ホップの情熱がオリジナルで、僕らはコピーみたいなものだ)
優しいホップは、もちろんそんなことを気にしないだろう。
彼の兄、チャンピオン=ダンデも同様だろう。
引け目を感じるのは、マサルとユウリだけだ。
だが。
(そうか。ユウリ。君は、それを選ぶのか)
今やその引け目を傷のように抱えているのはマサルだけになってしまった。
コピーがオリジナルに勝ることをユウリは証明しようとしている。
もっとも彼女にそんな気持ちは無いだろう。ただ夢を追っているだけだ。
けれどマサルには、そう見えてしまって仕方が無いのだ。
(あぁ、僕も、きっと、そうするべきなんだ)
ライバルは対等でなければならない。
対等ならば、引け目など持つべきでは無い。引け目を捨てて、これが僕の夢だと胸を張れたらどんなに気が楽になるだろう。
(……でも、僕は……)
ユウリの告白はホップだけではない、マサルにも大きく影響した。
ホップの夢は『ダンデを倒してチャンピオンになりたい』だ。
マサルは、すこしだけ違う。『みんなが目指しているものを知りたい』だ。
きっとユウリも似たようなものだろう。『ホップの夢を見たい』あたりではないだろうか。……マサルには、似た者同士なので彼女の気持ちが分かる。
マサルは、これまで出来るだけ考えないようにしていた問題を直視しなければならなかった。
欠陥的と呼ぶのが相応しい、夢の構造のことだ。
夢の辿り着く先は同じでも過程がみんなと違う。根本の情熱が異なっている、とマサルは感じずにはいられない。
ジムチャレンジに参加するみんなの情熱の根本は『憧れ』だが、マサルのそれは『探求心』だ。──どうなるか知りたい。何なのか知りたい。分かりたい。理解したい。触れたい。
酷い話だ。
『みんなが目指しているものを知りたい』僕が『目指しているみんな』を倒しつくして夢に辿り着くとしたら。
とても残酷なことだ。
ジムチャレンジでジムリーダーとバトルしている今は気分が楽だ。バトルの相手は、待ち受けるリーダーなのだから。
だが、背後にそびえるガラル地方の宝物庫、ナックルシティを越えればいよいよチャレンジャー同士の戦いが待っている。これまで肩を並べて戦ってきた『みんな』だ。
(僕は……僕の夢を誇れるだろうか……)
マサルは、知りたいだけだ。分かりたいだけだ。その先にあるものを理解したいだけだ。
自分本位な考えで頭が痛い。
勝てるかどうかという大問題を差し置くとして──『みんなを強くしたい』という願いを持つダンデのあとを継ぐには、自分はジムチャレンジャーの中で最も相応しくないと思う。
だからこそ、ユウリのことが羨ましい。そして、ほんのちょっぴり憎らしい気分になった。
『ホップの夢』を見るために、彼を倒す決意をした彼女の強靭さが羨ましい。
遥かな未来でホップに倒される覚悟をした彼女の情熱が憎らしい。
「…………」
マサルは、自分がジムチャレンジの後半まで残るとは思っていなかったのだ。
ジムチャレンジを始めたばかりの頃は、恐らく、エンジンシティのジムリーダー、カブのあたりで脱落すると思っていた。だが、思いがけないことに自分にはポケモンバトルにおいて多少の才覚があったらしい。だから、歪な夢の構造に気付かないフリをしたまま、こんなところに来てしまった。
「どうしよ……」
──もう、ダメだ。おしまいだ。
マサルの脳裏に去来するのは、そんな言葉の群れだった。
もう誰に対しても勝つのが申し訳ない。
自分の夢を信じ切ることができない。
ならば冒険も挑戦もここで終わりだ。
いいや。終わりにしなければならない。
チャンピオンには本当になりたい人が、なるべき人が、なりたいと願って、覚悟して、できれば望んでなるべきだ。
間違っても、その道中に好奇心の塊なんかが現れるべきじゃない。
頭のなかでは、よく分かっている。物分かりの良い頭だと自分でも感心するくらいなのだ。
今すぐユニフォームを置いて、どこかへ消えてしまいたい衝動もある。
だが。
しかし。
それでも。
ナックルシティの照明下から立ち去れないのは、消えてしまい理由と同じだった。
(僕も……僕だって、その先を見てみたいんだ! みんなが憧れる、頂点を原点を、知りたいんだ!)
たとえ動機が熱伝導で与えられたものであったとしても夢にかける情熱ならば、絶対、きっと、間違いなく、僕は、ジムチャレンジに参加する誰にも負けない。負けたくないのに。
「…………」
心が、すこしだけ、くじけそうだ。
これからのことを考えると辛くて涙が出そうだ。
矛盾している。
戦いたくない。勝ちたい。退くべきだ。進みたい。言うべきだ。言うべきではない。誇りたい。無理だ。
(僕は、ホップの前で言えるのか……?)
ホップにとってチャンピオンになる夢とは、ひたむきに情熱を注ぎ続けた幼い頃からの夢だ。
それを僕が、思いついただけの動機が、間違っても『勝ってしまう』なんてことがあっていいのだろうか。
溜息を吐いた。
堂々巡りの考えは、どん詰まりの傾向を見せ始めた。
寒い。石畳に座るお尻が冷たい。そのうち考え事にも集中できなくなり、マサルは仕方が無いので立ち上がった。
声をかけられたのは、その時だった。
「よおっ! チャレンジャー」
明るい声は、つい最近の苦い記憶を思い起こさせた。
ナックルシティを振り返る。そこに彼は立っていた。
「キバナさん……。なんでここに?」
彼は、人好きのする笑みを浮かべた。
「どちらかと言えばオレの台詞だな、それは。ナックルシティ前のワイルドエリアなんてオレの庭だぜ」
「あー……」
マサルは砂丘とキバナの微笑を交互に見て、何度か頷いた。
その動きが、もっさりしたものだったのでキバナは見間違えたのだろう。
彼は隣に立つと腕を組んだ。
「まぁ、オレに負けるチャレンジャーなんてごまんといるんだ。そう、落ち込むことはない!」
「ん、え、あ、ありがと……ござ……ぃます」
マサルの苦い記憶とは、時間にしてつい3時間ほど前のこと。
何とかスパイクタウンのネズをパスして辿り着いたナックルシティ。そこで待ち受けるは、ガラル地方きっての実力者、ドラゴンタイプ使いのキバナだ。
最後のジムリーダーということもあり彼は強かった。とても強かった。これは間違いない。彼の実力はオリガミ付きだ。だが、最もマサルを苦戦させたのは、マサル自身の精神面だった。そう。夢のことで悩み過ぎて、メンタルがボロボロだったのである。
集中力は切れ切れで自分が何をしているのかも曖昧になる始末だった。それはもう、かつてない酷い試合だった──と思う。マサルは記憶も途切れ気味だ。
だが、ウッウに『かえんほうしゃ』を指示して「エッ!? ボクがですかッ!?」という顔をされたことをよく覚えていた。ウッウには本当に申し訳ないことをした。
相手にも失礼なバトルをしたと反省をしている。
そのため、キバナとは当分会えても会いたくないと思っていたのだ。
「えーと、えーと……キバナさんはお散歩ですか」
ポケモンバトルの話を避けたくて、そんなことを聞いた。
「そう。夜のほうが涼しいし、人も少ないからな。あと夜景が映える」
パチリ。
彼のスマホロトムが軽快にシャッター音を響かせた。
「なるほど。それじゃあ、僕はこれで……」
自分でもめちゃくちゃな引き下がり方だと思うのだが、仕方ない。
彼には合わせる顔が無いのだ。今は、特に。
「まあ、待て。そう焦るなって」
別に焦ってはいない。むしろ、焦ることだけはしていないのだ。だって、何をどうしてよいのか分からないだけなのだから。
「悩める少年にアドバイスだ」
「ジムチャレンジ中のチャレンジャーへのアドバイスは、ルールで禁止されているはずですよ」
マサルは多少警戒を込めて言い、辺りを見回した。
深夜に近しい時間だ。周囲には誰もいないように見える。
「オレはジムチャレンジャーにアドバイスなんてしないさ。だが、熱心なファンの熱意に応えて、ひとつふたつ質問に答えるくらい許されるとは思えないか?」
「質問……?」
暗闇のなか微かに煌めいた光明に目を凝らすように、マサルは呟いてみた。
「オレは人生相談チャンネルでもイケると思うんだが、どう思う」
「そういうことをポロっと言っちゃうから、ナックルシティの御膝元でもキバナさん曇らせ隊がいるんじゃ……」
ポケモンバトルにおいて。
キバナは強かった。これはやはり間違えが無いことだ。
けれど、ドラゴンタイプなのか、いわタイプなのか、天候パーティなのか、いまいちどちらにも振り切れないバトルスタイルの混沌は、マサルの集中力を大いに壊滅的なものにした。
「ははは、気にしない気にしない。ラフプレーもガバプレーもバトルの華だぜ。……で、どうだい。悩み事なんだろ?」
「えぇ……はい。僕は……このまま、ジムチャレンジを続けてもいいのかと」
「続けて良いに決まってるだろ!」
軽薄な微笑をひそめ、真剣な顔で彼は言った。
それから、目を逸らして頬を掻いた。
「ちょっと乱暴な物言いだったな。……でもさ、お前は『これから』だろ。今はジムチャレンジだ。チャレンジの最後に何があるかなんて最後まで進んだヤツにしか分からない」
「……キバナさんのチャレンジの先には、何があったんですか?」
「これさ」
彼はひょいと肩を竦める。それから、ウィンクを添えた。
「ジムリーダーになって、ダンデに会って、負けて、負けて、負けて、負けている途中だ」
「苦しくないですか」
「何でも質問していいけど可愛くない質問するな……」
「え」
キバナにしては珍しい、驚きと失望の混じる顔色にマサルは言葉が足りなかったことに気付いた。
「ごめんなさい。キバナさん。『負け続けることが苦しくないか』ではなくて、ダンデさんに勝つことが苦しくないのかと知りたかったんです」
「ほお。逆のことならたくさん聞かれたけどな。その質問は新しい……」
「ダンデさんが……いいや、チャンピオンを倒すということは、チャンピオンが抱えるもの全てを負って立たなければならないでしょう? 僕なら恐い。とても恐い。……キバナさんは、苦しくないですか」
キバナは、嗤うことをしなかった。
ダンデを倒すことを前提に話す彼を嗤うことが、正しく自虐と知っているのだ。
月が雲に隠れたので、このふたりのことを知るのは天上の星だけになった。
「全然、恐くないね! 恐いワケがないだろ。ダンデを越えたら次の夢を見つけるだけだ。アイツが届かなかった先があるのなら、その先へオレが往くだけだ。ガラルを引っ張って、どこまでもな」
「……あなたは、強いなぁ……」
マサルは、呟いた。
「ジムチャレンジ中だろ。『伸びしろなんていくらでもある』って信じてみてもいいと思うぜ」
「もし、無かったら」
「その時は、あるものでやりくりするんだよ」
至極当然のように彼は言った。
迷いのない言葉だ。
「あ、そっか。バトル・スタイルの迷走は、そういうことだったんですね」
「いやいや! オレ成長期なんで別に迷走してないし次こそダンデに勝つしメロンさんにも負けないしカブさんに気ぃ使われてジムタイプ変更なんて勧められてないしファンにダメだしされても平気だし」
「僕は何も聞きませんでした」
ふたりは、並んで遠くの砂丘を見つめていたが会話の終わりに気が付いて顔を合わせた。
キバナは、ジムリーダーのなかでは若手筆頭と呼ばれている。しかし、こうして月が陰ってしまえば、年相応の思慮とわずかな疲れが見えた。
「……まぁ、なんだ。オレが言えることは多くないさ。オレも無我夢中で突っ走ってきた。頑張れとは言わないぜ」
「言ってくれないんですか」
応援されたら頑張ろうと思える単純思考のマサルは、すこし驚いた。彼は気軽に言ってくれそうな印象があったのだ。
「言うわけないだろ。『ここまで』だって、頑張って来たんだろう? 相手のミスとラッキーの積み重ねでメロンさんやマクワ、ネズを越えられるワケがない。バトルに集中できていないようだが、ポケモン達のコンディションは万全だった。怠けているようには見えない。……現にお悩み中だしな」
「…………」
マサルは、胸の奥で言葉がつかえて出てこなかった。
努力を認められることが、言葉を詰まらせるほどに嬉しいことだと考えもしなかった。
涙の薄い膜が、目を覆った。瞬きすると泣いてしまいそうだ。鼻がツンと痛いのは夜風のせいにしたい。
キバナは夜景の自撮りをパチリと撮り終えると歩き出した。
月は雲から顔を出した。
朗らかにキバナは笑った。
「じゃあな。お前の夢はお前だけのものだ。ジムチャレンジもあと1か月。勝とうが負けようが、いつか決着は着くんだ。フィールドに辿り着かないで終わるには惜しいだろう。踏ん張れよ。次は、オレを越えるつもりで来い」
「ありがとう、キバナさん。……ファンとしてアップした写真、五百億回『ステキ!』ボタン押します」
「おう。でも気に入った投稿だけ1回でいいぞ」
くすくすと笑う。
ひらりと右手を挙げて、キバナの姿は照明下からワイルドエリアの暗闇へ消えていった。
ワイルドエリアを流れ、天にそびえる城塞に遮られた夜風がマサルを追い抜いた。
きっと、あの風は砂塵の窪地へ向かうに向かうのだろう。
いつまでも立ち止まってはいられない。
風に急かされるようにマサルは空を仰いだ。
行先なんて考えていない。
道に迷った時と同じだ。
右も左も分からず迷ってしまうのならば、最初に戻って考えよう。
手のひらが痛くなるほど握りしめた。
ホップは、夢を見つめ続けている。
ユウリは、夢に燃えることにした。
同じものを見つめて、一緒に歩んでいける時間は終わりが近づいている。
敷かれたレールは、どこにも無かった。
それでも。
「……僕も、もう行かなくちゃ」
■■あとがき■■
原作ポケモン作品は3作目となります。過去作を読んでいるとすこし面白いかもしれません。(登場人物的な意味で)
さて、本作は、10話以内に終わる程度の中編となります。
書き溜めがありませんので、1話書き終わり次第に投稿いたします。
数週間に1度は更新できる見通しです。気長に楽しんでいただけたら幸いです。
感想とかいただけたら嬉しいですが「名前だすのはちょっと……」とか筆者の怪文が怖い場合はマシュマロ経由でマシュマロを投げつけていただけたら幸いです。
(マシュマロは下URLからお願いします)
https://marshmallow-qa.com/nonogiginights?utm_medium=twitter&utm_source=promotion…
よろしくお願いします!
作中、面白かったもの・興味深かったものを教えてください。
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