小さな故郷は出たのは手に触れるもの全てが新しく、際限無く知りたいと願ったからだ。誰の涙を見ることになるか考えもしないうちに。
忘れ、違えることなかれ。好奇心とは異質なものだ。
マサルが雪原の地を踏んだ時、空は朱を帯びていた。
今が夏であることは幸いだ。冬であれば周囲はすでに真っ暗で道を探すことも難しい事態になっていただろう。
マサルはスマホロトムを操作して地図を捜し当てた。
カンムリ雪原には集落がいくつかある。正確には『あった』。しかし、現在では廃れて久しい……とはネットの情報だ。
ひとまず、ホームページが見つかったフリーズ村に向かおうと思う。近年、町おこしで古のおとぎ話に登場するポケモンがデザインされたTシャツなど販売しているらしい。販売ページから村を探すことができた。
「帽子買ってきてよかった……」
耳がキンキンと冷たくなる。
マフラーが無いため、シャツの襟を立て、首を縮めながら歩いた。
言語力を喪失しそうだ。すごく寒い。
けれど、今晩はこの寒さを友としなければならない。
残念ながら、宿は空いていなかった。村に唯一ある宿泊施設は、シェア住居型ゲストハウスになっていて一戸の家に複数の人が泊まれるようになっているが、空きは無かった。けれど、明日になれば一部屋空きができるらしい。
一晩ならば、外で眠ることもできるだろう。
防寒着を着込み、お腹いっぱいカレーを食べれば体力も保つはずだ。
雪原の夕は早い。外灯が少ないせいだろうか。
そんなことを考えながら、街道はずれの林のなかでせっせとキャンプの準備をしていると誰かの足音が聞こえた。
「わっ」
まさか人に会うと思わなかったのでマサルは、驚いた。
だが、相手も驚いている。
「君は、こんなところで何をしている?」
やや訛りのある言葉に、マサルはまた驚いた。旅行客だろうか。
長い髪をサイドで結っている女性は、マサルの様子を見て眉をひそめた。
「まさか、キャンプするつもりなのか」
「え。まあ、はい……そのつもり……ですけど……」
「危ないことをするものではないよ。来たまえ」
「えっ?」
躊躇いつつ、荷物を片付けて背負う。
「この時期に暖房器具も無しに外で寝るなんて死んでしまうぞ。低体温症を知っているか。雪山でなくとも外で寝てれば死んでしまうのに」
マサルは「えっ」とか「はいっ」とか返事をしながら、彼女の言葉の意図をよく考えなくてはいけなかった。
どうやら叱られているらしい。
そのうえ外で眠ることの危険性を説かれた。そう言われると無謀だったような気もしてきてマサルは「たしかに」としか言えなかった。
「ご心配をかけて、すみません。でも、宿が取れなかったんですよ」
「これから一室空く。君はそこに泊まれば良いよ」
マサルはフリーズ村に辿り着いた。そして、ゲストハウスを訪ねた。
ここで待っていて、と言う女性に促されてソファーに座っていると建物の管理をしているという村長がひょっこり顔を出した。
「やあ、お電話してきたお客さんだね。奥の部屋が空いたから今日から使えますよ」
「ま、満室だったんじゃ……?」
村長が指し示した部屋から、肩下げ鞄を持った女性が出てきた。先ほど出会った彼女だった。
厚手のコートを着たその人はマサルに気付くと笑いかけた。
「あの部屋、君が使ってくれ。わたしは夜のフィールドワークに行かなければならないからね。どうせ夜はいない。ただ、部屋の隅に荷物を置かせてくれると助かるね」
申し訳ないです、と言いかけたが、彼女の条件を飲むことにして頷いた。
村長もニコニコして言った。
「消耗品は補充してベッドも使えるようにしてあるから、使ってくださいな」
「あ、ありがとう、ございます……」
「若いうちは年上に甘えることも大事ですからな」
村長は、ホホホと笑いながら出て行った。
マサルは、部屋に荷物を置くとすぐに女性を追いかけた。
彼女は雪上用の長靴を履いているところだった。
「あ、あの、あの、本当にすみません。譲ってもらうなんて。何か、何かお礼を」
ポケットにはガムしか入っていない。
マサルは、慌てた。
「そう気に病んだ顔しないでくれ。わたしは夕方まで寝ていて、君と会ったのは眠気覚ましの散歩中だったんだ。君は、予定通り生活するといい。……ああ、機会があれば明日の夕方、一緒に食事をしよう。君は、ガラル地方の人だろう? いろいろとお話を聞きたいんだ」
「そんなことでよければ」
「ありがとう。協力に感謝するよ」
彼女は、耳まで隠れる帽子をかぶり、寒空の下に出て行った。
■ ■ ■
マサルは、ベッドの上で考え事をしていた。
シャワーで体は温まったが、フリーズ村に押し寄せる寒風の音を聞いているだけで今でも身が縮む思いがする。
(あの人は、凍えていないだろうか)
部屋を譲ってくれた人の荷物は、部屋の隅に薄い幌を被せて置いてあった。
(杖……?)
彼女の荷物に括り付けられた杖が、幌から見えていた。脚が悪いようには見えなかったので不思議に思う。
彼女以外に杖を必要とする人がいるのだろうか。同行者、とか。
考えても分からないのでマサルは明日聞いてみようと思う。
「…………」
目を開いたり、閉じたり。
濡れた髪をそのままにベッドに身を投げてしばらく経つ。
バトルとは関係の無い考え事を続ける自分に気づき、マサルは目を伏せた。
(なんだか不思議)
マサルは最近の自分を振り返って思う。
(バトルから離れて考え事をするなんて……)
ユウリにもホップにも、自分がここにいることを伝えていない。
目を閉じる。
物理的な距離が、そのまま安心感に変わるなんて知らなかった。
「……明日から、あぁ、僕は、何を……」
何をしようか。
気分転換のための休暇だ。
何か。何か。何か。有意義で、身を休まることをしよう。
■ ■ ■
「ポットデス……も、飲めないよ……」
自分の寝言で目が覚めた。
初めての体験に、朝から何だか笑いたいような気分になった。
顔を洗って、朝食を摂っていると朝早く出立する他の客が見えた。
もぐもぐと口を動かしながら、目が合ったのでバイバイと手を振った。簡単な仕草だった。
けれど、ある時、顎を止めて真剣に手を振った。
(……よっぽど、幸運なことが無ければ、僕はこの人達ともう二度と会わないんだ)
マサルは、これまでの人間関係において真の意味で喪失したことはない。
『今は離ればなれでも、そのうち会えるだろう』という出会いばかりなのだ。
これは、きっと幸運なことであり、息苦しいことだった。しかし、この旅先では別れたら二度と会えないことが普通だ。気楽だが、淋しいことだった。
食事を終えると防寒着をしっかり着込んで外に出た。
昨日の夜から今朝にかけて、また雪が降ったようだ。夏でシーズンオフといえど、雪が降るのだとマサルは驚いた。
雪は、高山と低い海水温度が原因だろうか。けれど異常気象のニュースは聞いたことが無い。
ぽつぽつと水音が聞こえて、ゲストハウスの屋根を見上げると日差しで溶け始めているようだ。水滴が膨らんでマサルの頬に落ちた。
マサルが外に出たのは、散歩のためだけではなかった。
「……ポットデス、寒いけど、僕についてきてくれるかい」
ひとつのボールを放る。
目映い光と共に出現したポケモンは、ポットデスだった。
寒さのせいで生き物の匂いがしなかった世界に、ふわりと茶葉の香りが広がった。
出てきたポットデスは思いがけない白すぎる景色に驚いてマサルのまわりを飛び跳ねた。
「行こう。きっと、この足跡だ」
ポットデスの陶器のからだを撫でる。マサルは導いた。楽しげなポットデスは、陶器のからだをカチャカチャと楽しげに揺らした。
彼と出会ったのは、ルミナスメイズの森だった。深い森は、呼吸するように木々が揺れていた。空気が流れる終着点にして始発点、森の出入口を見ていたポットデスに声をかけたのはマサルだった。彼ひとりでは、外に出て行くには不安が大きすぎる。でも、ふたりなら歩いて行けるのだ。いま、知らない道を歩いて行けるように。
昨夜、宿を出て行った女性の足跡はこれというものが見つかり、マサルはフリーズ村を降っていった。
地図を見るところ、このまま南下していくと海岸へ出るらしい。彼女はどこまで行ったのだろう。
なだらかな丘を下る。南の遥か遠くに巨大な樹木が見えた。観光マップによると『ダイ木の丘』に生える樹木らしい。遠景でさえ大きく見えるのだから、近くで見たのならその大きさに圧倒されてしまうかもしれない。
歩きやすくなったことに気付くと地面が見えた。振り返れば、雪が終わっていた。
まるで線を引いたかのように雪が消えているのだ。
「な、なんだこれ……」
マサルは空を仰ぎ、呟いた。
心なしか風まで温かくなっている。
(──全然ニュースになっていないけれど、ひょっとすると異常事態なんじゃないか?)
注意深く辺りを見回しながら、マサルは氷点雪原を抜けた。
だから外国の研究者が、この──とても失礼な事実なので敢えて言うけれど──寂れた村にいるのではないか。
「行こう、ポットデス」
雪が消えてしまったということは、女性の足跡が消えてしまったことを意味した。マサルが彼女を見つけ出す可能性はグっと低くなってしまったのだ。
手がかりがなくては右も左も分からない。彼女を探すより、とりあえず辺りを探索した方が今後の役に立ちそうだ。マサルは目的の転換を決めた。
午前中の収穫は、マサルの探求心を大いに満たしてくれた。
楽し気なポットデスの後を追って遺跡を見つけたり、マサルの身体がすっぽり収まってしまいそうなドータクンとバトルしたりもした。
「──ねえ、ポットデス。楽しい?」
マサルは、訊ねた。
これが、何重もの意味を重ねたものだと彼は知らないだろう。
陶器が擦れる音が聞こえた。それは甲高く、けれど、心躍るリズムだった。
「そっか。うん。それなら、僕も嬉しいや」
マサルは笑った。
彼のポケモンのなかでヤバチャだったポットデスは、特別だ。
『バトルで勝ちたいから』、『自分の力を試したいから』──たぶん、そんな理由で一緒に来てくれたポケモンは多い。けれど、ポットデスは『知りたいから現れた』ポケモンだった。
マサルはバトルを続けた先の風景を知りたいと願う。
──こうしてポットデスのように、無邪気に喜べたらいいのに。
「…………」
雲が陰る。
マサルはリュックを背負い直した。ご飯にしよう、と心に決める。草むらの無い平坦な土地を探すため、南進を続けた。
それからしばらく歩き、ようやく平坦な道に出た時、最初に目に入ったのは崩れかけた家の壁だった。
(あぁ、もうフリーズ村しか残っていないとか書いてあったっけ……)
観光地図には、消滅した集落のことは描いていない。
こうして歩いて辿り着いた人だけが、かつて人がいた形跡を知ることができるようだ。
廃墟と化した家屋は、すでに人が生活できる状況ではない。雨露をしのぐことも難しいだろう。屋根は破れ、壁を支えていた木材はあらぬ方向に曲がり折れている。敷地を隔てるレンガの壁だけが家の大きさを物語っていた。
すっかり草が生い茂った家の中でニドランが人の気配に怯えてどこかへ隠れて行った。
何件かの家を見回った後、マサルは集落に付き物の存在を見つけた。そして、同時に後回しにしていた彼女も。
「……この集落に縁がある方、なんですか?」
背の高い女性が、墓石を見下ろして立っていた。
彼女は後方から歩いてくるマサルに気付いていたようだが、黙々と墓石の名前をメモしていた。
「いいえ。わたしはこの地に初めて来た。……ただ、わたしの故郷は寒い土地なんだ。地の下では霜を衣として纏うだろう。足を止めるには、十分だ」
彼女──マサルに宿を譲ってくれた女性は、そう言ってパタンと手帳を閉じた。
フィールドワーク以外の目的であったことにマサルは驚き、辺りを見回した。
「ここも、雪が無いですね」
「実に不思議な気候だ。何か知っているかい?」
「いえ、僕も初めて来たので……。でも、今は夏のハズです。だからオフ・シーズンでチケットも安かったんです。冬は、ウィンタースポーツですこしだけ盛り上がるとか」
ウィンタースポーツ?
彼女は、マサルの言葉を繰り返した。
そして。
フリーズ村を越えた北の方角を見つめた。
「ふふ。麓でさえ、この雪だ。山はパウダースノーだろうね。スキーヤーが喜びそうなものだ。……しかし、まいったな」
「どうしたんですか?」
「フリーズ村の向こう、山があるだろう。そこに遺跡があると聞いてね。そこへ行くのが旅の目的なのだが、季節外れの雪で登山道がすっかり埋もれてしまっている。行けないわけではないだろうが、ずいぶん苦労しそうだと思ってね。ここにきても肉体労働か。参ってしまうね……」
彼女は、近くの草むらで調達したと思しき小さな花を撫でる。
地面に膝をついてひとつの墓碑に供えた。
「憂いを拭い、大いなる祈りのもと安らぎが与えられんことを」
マサルは、彼女の背中を見ていた。
彼女のように祈った方が良いのかどうか迷い、ただ立ち尽くしていた。
祈りが終わった後、マサルは所在を無くしそうな気持で彼女に尋ねた。
「僕も……お祈りした方が、いいでしょうか」
作法とか。
そう言いかけたマサルは、北方の深海色をした彼女の瞳に見入られた。
「土地に、人に、心に、縁が無いのならやめておきなさい」
「……どうしてですか?」
「死者は喋らない。だから生者は彼らのことを考える。彼らは去り何も語らないから、考えなくてはいけないのだ。『何を話すだろうか』、『何を感じていただろうか』と。想像は余白の限り広がり続ける。……分かるかい。それらは正解の無い問いにしかならない。分からないことを考え続けるのは、無駄ではないが徒労に感じることが多いだろう。要らぬ気苦労を背負うものではないよ」
最後にひとこと「おすすめはしないね」と言った。
「それじゃ僕は……遠慮しておきます。そうだ。あの、お名前を聞いてもいいですか」
「ああ、名乗っていなかったか。昨日は出会ったばかりなのに説教臭いことを言ってすまなかったね。わたしは、パンジャ。シンオウ地方から来たパンジャだ。君の名前は?」
「ハロウンタウンのマサルです」
「そう。マサル君か。……廃墟を巡る趣味があるのかい?」
彼女は「まさか」と言うことを期待しているのだろう。悪戯っぽく笑った。
「いえ、観光の前準備に来たんですが、気候のことが気になって心休める気分ではないですね」
「この地方の人々から見ても異常なのか。南の海風が影響しているのか……? ふむ。まだまだ調査を続ける必要がありそうだ」
「調査は、異常気象の調査ですか?」
けれど、彼女は遺跡を見に行くと言っていた。何の目的の調査なのだろう。
マサルの疑問にパンジャは快く応えてくれた。
「化石を起源とするポケモンが発生しているという話を聞いた。その実態調査をしていたのだよ」
彼女は「しかし」と続けた。
「想像より大量発生していたので難なく見つけてしまった。そして人災らしいことが分かったので正直なところもう興味が無くなってしまった。気候の観察と遺跡巡りを終えたら帰ろうかと思っている」
「そうなんですか。化石ポケモンか……」
どんなポケモンだろう。ウカッツが見せてくれた写真を思い出す。彼らはどれもすこし形の変わった不思議なポケモンだった。
空腹を忘れそうな好奇心にマサルは突き動かされそうになった。
「この道をまっすぐ東に進むと『巨人の靴底』と呼ばれる地がある。その辺りにうろうろしているよ」
「うろうろ……」
「ああ、うろうろだ。村人に話を聞きに行ったら不法投棄だと言うじゃないか。この一帯の集落は、フリーズ村以外この通りの廃墟だ。彼らの気付かないうちに増えたのだろう。……環境変化に対応したポケモンの生き残りかと思っていたのだが、いや、実際のところいるのかもしれないが、もうほとんど放棄されたポケモンと交配してしまっただろうね。ああ、とても残念だ」
マサルは、すこし高いところにある彼女の横顔を盗み見た。
どうして薄く微笑んでいるのか分からなかった。口では残念だと言うのに、彼女はなぜだか事態を面白いと感じているようなのだ。
彼女が首を動かした。自然に視線を逸らしたマサルは気付かれなかったことだろう。
「さて。そろそろ昼だ。君は靴底まで行くのかい?」
「あ」
マサルは、何となくお腹をおさえた。
そういえば料理道具を広げる場所を探していたのだ。
「いえ、ちょうどご飯を食べようと思っていたんです」
「それは幸いだ。一緒に休憩しようか」
■ ■ ■
カレーの香ばしい匂いが食欲を刺激する。ご飯も炊きあがったので完成はもうすこしだ。
「料理道具一式を持って歩いているとは思わなかった。ジムチャレンジャーは大変なんだね」
料理を手伝ってくれたパンジャは、今では皿を並べていた。
シンオウ地方から来た旅人にとって、キャンプ道具を持ち歩くジムトレーナーは珍しい存在だと言う。
そもそもジムチャレンジという興行が珍しい。
「アローラ地方には『島めぐり』と呼ばれるものがあるらしい。けれど、あれは島の風習に基づく儀式、すなわちイニシエーションだ。子供から大人になるために必要な通過儀礼とこの地方で行われているチャレンジとは、意味が大きく違うだろうね」
「そうですか……」
マサルとしては、同じ年ごろの人々が頑張っている事実には違いが無いので親近感を抱いたが、違うと断言されてしまっては諦めのような心情に変わっていってしまった。
それを見透かしたワケではないだろうが、彼女はマサルを見つめた。
「イベントとしての社会的意義を比べただけで、参加している君達のことを悪く言うつもりは無いんだ。むしろファンでね。君がどこまで進んだのか聞いてもいいかな?」
「今は、あー、ナックルシティで止まっています……キバナさん……強くて……」
「ナックルシティ? たしか八番目のジムがあるところだろう? ……ん!? すごいじゃないか、君もしかしてエリートかい!」
今のうちにサインをもらっておこうかな、と言うパンジャは言葉の軽さに反して真面目そうな顔をしていた。
マサルはカレーを渡しながら「はは、あは、はは」と力ない笑みを浮かべた。
「そんなんじゃないですよ。僕は、ちょっと運が良かった。だから……」
マサルの視界を、ポットデスが通り過ぎた。
彼の目は自然と追ってしまい、言葉は途切れてしまった。
「謙遜するものではないさ、チャレンジャーなのだからね。誇らなければ──。おぉ、美味しそうだね! いい匂いだ! 温かい物を食べられるなんて! ありがとうね。ところで、君はどうしてここにいるんだい?」
「…………」
彼女の問いは、脈絡が無いが突飛なものではなかった。不意に思い出したという程度の純粋な疑問のようだ。
それゆえに。
純度の高い質問は、マサルの胸を貫通して余りある破壊力をみせた。皿を取り落としそうになった彼は、不意打ちで頭の中が真っ白になってしまったように言葉が浮かばない。
パンジャは一口カレーを食べた後で、手を叩いた。
「そうか。君も疲れたのかい」
彼女は何やら確信を持った表情で頷く。
鍋のなかにレードルを置き去りにしたまま、マサルは自分の頬に触れた。
──僕は、疲れた顔をしているだろうか。
柔らかく微笑む彼女の瞳は、ゆるりと細められた。
遥か北方の深海は、きっと彼女と同じ色をしているだろう。……僕の物分かりの良い頭は、明後日の方向のことばかり考えていた。
【あとがき】
2021年、あけました。おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。これからも楽しんでいただけたら幸いです。
作中、面白かったもの・興味深かったものを教えてください。
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登場人物たち
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物語
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世界観
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文章表現