何のために作ったのか人々は忘れてしまった。
祀られた神々らしき者は、あるいは覚えているだろうか。
暴れん坊だった従者の在り方を。
この登山について。
目に見える問題など何もありはしなかった。
重大な使命も運命も、最初から何も無かった。
全てはマサルの心の問題だった。
風の音、そして、涙に濡れた嗚咽だけが聞こえていた。
どれくらいの時間が経っただろう。ふぅふぅ、と息を整える。それから、マサルは立ち上がった。
目をこする。涙は、もう、出なかった。
(僕……いかなくちゃ)
歯を食いしばり、マサルは進む。心は相変わらず、ぐちゃぐちゃだった。それでも進んだ。初めに決めたことを続けるために歩き続けた。夢を見るとは、こういうことだ。そうだと信じたい。それらしい理由なんて後から付いてくる。そうとも信じてみることにしたのだ。
「行こう、ポットデス」
マサルは、ずっと抱えていたポットデスを離した。
彼は、ふよふよと宙に浮いてマサルの隣で小さくキュルキュルと鳴いた。
■ ■ ■
石造りの門をくぐる。
神殿の内側は、空気が違うことにマサルは気付いた。空を仰ぐ。壁は、崩れかけているが風雪が幾分遮られるためだろう、空気は穏やかだ。最奥には、ダイ木に似た樹木が、凍てついた空に向かって大きく枝を伸ばしていた。
樹木の下から見上げれば、まるで大きな鳥かごに抱かれたような気分になった。
辺りを見回していると、パシャリと軽いシャッター音が聞こえた。パンジャだった。
彼女は、柔らかく笑いかけてサングラスを外した。
「やぁ、来たのかい。見てご覧よ。どうだい、何も無いだろう?」
パンジャは、両手を広げてひらひらと振った。
マサルは、もう一度、辺りを見回した。神殿の内部は、がらんどうだ。けれど、もともと何かが置いてあった形跡も無かったので「数百年前からこの姿なのだよ」と説明されてしまったら、それを疑問なく受け取ってしまいそうな風景でもあった。
とはいえ、彼女の言うとおりだった。ここには何も無い。
神殿の内側は、寂寥というものを感じさせた。かつて参拝する人々は、列をなしてここへ至ったのだろうか。それとも、静謐を守るために選ばれた何者かしか入れない聖域だったのだろうか。もうここには誰もいなくとも、人々の目に触れない、触れないからこその神秘性は未だ健在だった。
「でも、あまり悲しそうではなさそうですね」
彼女は落胆していないようだった。
マサルには見えないものを見ている。それはいったい何だろうか。訊ねてみた。
「ああ、もちろん。『何も無い』を得たのだから、わたしはこれをひとつの成果とした」
意外な言葉に、マサルは次の言葉が思いつかなかった。
ただ、理解はできてしまったので力ない笑みを浮かべてしまった。
「研究者って……みなさん、そんな感じなんですかね」
「そんな感じ? 頭がおかしいということかね?」
まさか、とお互いに小さく笑う。
マサルは「もちろん違う」と否定した後で。
「同じものを見ているのに僕とあなたでは、読み取れる量も考え方の種類も、あまりに違うと思ってしまったんです」
パンジャが言う『何も無いがある』とは、不思議な考え方だとマサルは感じている。回復が追いついていない心の落胆が、彼女の何気ない一言で慰められてしまった。何も得られなかったから徒労と感じるのだ。けれど、自分のなかで成果を見つけたのならば、ほんのすこし気分を上向かせることができそうだから。
「そういうことか。単純に年数の、つまりは知識と経験の差だよ。自分にガッカリする必要は無いさ。悔しい気持ちがあれば、誰であれ追いつくものだ」
再び、パシャリ。
マサルは、用意のできていない顔を撮られた。
「ちょ、撮らないでくださいよ! 泣いて、赤くて、恥ずかしいのに」
「そりゃ貴重な一枚だ。消すワケにはいかないね。──などと言う冗談を言っていたら、晴れたよ。さては、君、日頃の行いがいいね?」
マサルが顔を隠していて気付かなかったのだが、ふと空を見上げてみれば確かに雪が止んでいた。
けれど空模様は灰色だ。きっと、気まぐれのような時間だった。
「さて。何も無いがあるなどと言ってみたものの、これをアオイの前で話すことは憚られるなぁ」
「? どうしてですか? 本当のことなのに」
「本当のことだからだよ。ここまで来て有意な成果が無いのではね。予想はしていたが……少々……ああ、そうだ、損の方が大きい」
口ではそう言うものの、マサルには『思い通りにいかずに落ち込んでいる』という風には、とても思えなかった。目を見て確認するまでも無く彼女は、やはり笑っている。しかもそれは空元気ではなさそうなのだ。
「──聞きたいことがあるのだがね。君の悩みは尽きたのかな?」
ふと、思い付きのような言葉で思考は遮られた。
「解決しているように見えますか?」
「人の外見で分かることなど些細なことだよ」
彼女が言うと妙な説得力があった。
「……悩み事は尽きないし、たぶん、ほとんどは解決していないけれど、それでも歩くことにしました。見たいことは、知りたいことは、分かりたいことは、僕の夢だから。僕は、きっと、このままでいいんだと思います」
「そうか。それは、それは、良かったよ」
彼女は、ちっとも面白くなさそうに言った。
薄い笑みは消え、考え事をするように目は虚空の一点を見つめている。
「パンジャさん?」
「ん。ああ、すまない。夢のためならば、君は、どこまでやれるか。平行線が交わることがあるのだろうか。わたしは、気になってしまって仕方が無いのだよ。とりあえず、そこに立ってくれるかな」
マサルは、言葉の不可解さに首を傾げたが、大きな独り言はパンジャの癖のようなものだと理解していた。
彼女の指示に従って入って来た石門の前に立った。記念撮影だろうか。ポットデスと並んでピースした時点で、彼女がモンスターボールを取り出した。
「君とわたし達の夢は、平行線だ。君は『ジムチャレンジの先にあるものを知りたい』、わたしは『遺跡の調査がしたい』。分かるね? 平行線だ」
「それは、まあ、はい。夢が違いますから」
いよいよ彼女が何を言いたのか分からず、マサルは聞こえてくる言葉の理解に努めた。
「つまり。わたしと君は、争う必要が無い」
「そうなりますね。あの、これは」
ポケモンバトルの話だろうか。
しかし。
マサルの質問を遮ったパンジャは、指先でボールを放った。
「だから、これから遺跡を破壊しようとするわたしを君は止めないだろうね?」
「は」
マサルの喉は、一切意味のない音を吐き出した。
聞き間違いだと思いたかった。
パンジャは、ごく単純な理屈の説明をするようにゆっくりと語りかけてきた。
「君とわたしの夢は違う。だから、君とわたしは争う必要が無いだろう? ひいては、わたし達の夢のためにわたしが何をしようと君には関係が無いわけだ」
「冗談で言って、い、るんですよね」
マサルは、ゆっくりとようやく言葉を紡いだ。
彼女は薄く笑った。いつもの笑顔だった。
「ガラル地方には、こんなジョークがあるのかい? ああ、もちろん。伊達や酔狂、冗談ではいけない。こんなことを言うには真剣でなければならないだろうね」
彼女の足元でニューラが腕を組んだまま、鋭い目でジッとマサルの挙動を見つめていた。
分厚い手袋に包まれた手を広げた。
「見てご覧よ。どうだい、何も無いだろう? 『何も無いを得た』など詭弁を弄してみても何も始まらないし、問題は解決しない。わたしに必要なものは成果だ。見る限り何もないならば、次は『何をすれば、何が起こるか』検証しなければならない。──ここは神殿なのだろう。信仰の存在証明をするにはうってつけだ」
マサルには、言葉の意味が分かる。
夢へ至る努力も理解ができると思う。
(──ダメだ──止めなくてはならない)
マサルの頭に、説得の言葉が浮かんでは消えて沈んでいった。
彼女に伝えたい言葉の多くが、いつかそのまま自分に戻ってくるのではないか。
不意に恐ろしくなったのだ。
(止めなくちゃ。でも。どうして? これが、ふたりの夢に繋がるのに)
『夢のために何ができるのか』
形を変えた問いは、いまマサルに放られた。
迷いを振り切るようにポットデスの名前を呼んだ。
「そんな手段で得た知識は、真実、あなた達を幸せにはしないと思います」
手の、声の、体の、震えは消えた。
マサルの右手は、腰のホルダーを探った。
「幸せか。幸せ。……手段は大切だな。ああ、君の指摘は正しいのかもしれない。けれど。それしかなかったら? それでしか夢を叶えられなかったら、君はどうする?」
「戦います」
パンジャは、キョトンと目を丸くした。
深海の色をした瞳が、驚いてマサルを見返していた。
止めようとするマサルが、もし、パンジャの立場にあったら「戦う」と言ったのだ。
彼女は意外な返答に思ったのだろう。だが、マサルの心は矛盾しなかった。
「いま、あなたがそうしているように戦います。それしかないのなら、僕だってそうすると思うから。でも、自分の夢を諦めることで誰かを大切にできるなら、戦うより前にそうするとも思います」
パンジャは笑った。
よく笑う彼女は、しかし、これまで見せたことない顔で嬉しそうに笑った。
「ハハッハ、やはり子供は好きだよ。マサル君。ありがとう。わたしも心が決まった。いやあ、すまない。君を甘く見ていたよ。君は、自分が傷つきたくない知りたがりの小心者だと思っていたが、認識を改めよう。羨ましくて妬ましいくらい──ただの、優しい少年のようだ」
彼女は、弾むような足取りで距離を取った。
重々しい荷物を背負っていることを感じさせない、軽やかな所作だった。
「しかし。夢を見る少年は、よぅく注意したほうがいい。手負いのポケモンと同じくらい、夢を追う大人は恐ろしいものさ。だって、わたしは何だってできてしまうんだ。少なくとも、何もかもを遂行しようとするだろう。目指すは常に完全だ。たとえ成れなくとも、成ろうとする志をわたしは何より尊いと思う。わたしも、そうありたいと思うから」
「……夢を追う大人の恐さは、きっと、僕も知っています」
触れれば焼けるような情熱を持っているローズ委員長のことを思い出す。
夢以外の何も目に入っていない、情熱の傾きをマサルは察している。そして、こうも思うのだ。──今は偶然、彼の夢を邪魔するものがいないから全てが上手くいっているように見えるのだと。
「でも、それだけじゃないことも知っています。僕らの夢を応援してくれる大人もいるから」
マサルはソニアを思い出す。
だが。
二人の平行線は変わらない。
「その人は遺跡の研究をしているんです。いつかあの人が必要にするかもしれない遺跡を壊すことは、ダメです。僕は、たとえ、あなた達の夢を邪魔することになっても戦います……!」
パンジャは、ひとつ手を叩いた。
短い喝采の後。
「いいね。くだらない倫理やつまらない正義を語るより、ずっと良い答えだよ。人は自分の夢のために命を懸けるべきなのだ。それができないのなら、他人の夢に命を捨てるべきなのだ。あぁ、夢を見る人!」
彼女は、パチンと指を鳴らした。
その身振り手振りは大袈裟で、まるで舞台女優か何かのように芝居がかっている。けれど、違和感は無かった。古びた神殿の玉座を背にする彼女には、よく似合った。この場においては、大仰で儀式的なものは、とても『らしく』て相応しい。
マサルは身構えた。
「わたし達の研究に幾何かの貢献をしてほしいので、あらためて職業を明かそう。名刺代わりに聞いてほしい。わたしは、パンジア。パンジャ。パンジャ・カレン。悪夢について研究している、街のありふれた司書さんだよ。人間とポケモンのより良い形、より良い未来のために、わたしは進まねばならない。そのために今は各地の神話と遺物を調査しているんだ」
「僕は、マサル。ハロンタウンのマサル。ジムチャレンジャー。そして、今はあなたを止めますっ!」
戦いたくは、無いですけど。
マサルの言葉は、風にさらわれて彼女には届かなかったのかもしれない。
パンジャは、聞こえていないように振舞った。
「わたしに無いものを持つ君達が、わたしは大好きで何よりも大切だ。価値あるものだから、いっそこの手で壊してしまたいのさッ! さぁさぁ、バトルを始めよう。──讃頌せよ。科学の力は素晴らしい!」
ひらり。
手袋に覆われた手が、振り下ろされる。
ニューラとポットデスが激突した。
■ ■ ■
「ポットデス!」
バトルの意味というものを、マサルはよく考える。
『どちらが強いか、弱いかを決める』
道端で行われるバトルもジムチャレンジでのバトルも基本はそれで例外は無い。
もし、例外があるとすればこんな状況のバトルだろう。
全身がヒリつくような緊張感に気分が高揚する。
(誰かの夢のために戦うってこんなに苦しくて、でも、清々しい)
自分も相手も同じ理由で戦っている。その点、平等だった。
何より対峙するパンジャがいつまでも笑っているから、悲壮感は微塵にも存在しなかった。
また、こんな時に──自分でも信じがたいくらいだったが──バトルが楽しい。しかも不思議なことに負ける気がしなかった。
ユウリならば、きっとこんな時に、こう言うだろう。
マサルには分からない、バトルの潮目を見つめる目で──『だから、風はわたしに吹いている』と。
今では彼女の見つめていたものが分かる。
バトルには、流れがあって、それをモノにできた方が勝負を制するのだ。
「ハハハ、いいぞ、いいぞ! 傾け、天秤! わたしの勝利へ傾きたまえ!」
『シャドーボール』と『れいとうビーム』が激突した。
生まれた衝撃にニューラとポットデスが吹っ飛んだ。距離が近すぎた。
氷になり切れなかった空気が、震える。神殿に降り積もっていた細かな雪が舞い上がり、視界が遮られた。
「態勢を立て直そう。ポットデス、『サイコショック』!」
広範囲に技を振り撒いて、後退する。視界を遮る雪煙が落ち着くまでそうすべきだった。
しかし。
「ニューラ、『れいとうパンチ』!」
雪に紛れて黒い姿が見えたが、その時にはもう退避が間に合わなかった。
「──あ。ポットデス!」
マサルは駆け出し、地面に激突しかけたポットデスを掴まえた。
まだまだ諦めないポットデスが、一声鳴いて、すぐにマサルの腕から飛び出した。
実際のところマサルもポットデスも悲観はしていない。
勝機は、十分にあった。
ポットデスの特性『くだけるよろい』で素早さは増している。ニューラが、どれほど素早くしなやかで技を回避しようとも、ポットデスもスピードを上げつつある。
ニューラが『つめとぎ』する様子が見えた。体が温まって来たのだろう。ニューラの攻撃性は、増していた。
「強いね。君は良いトレーナーでもあるようだ。その辺の野生のポケモンなど鎧袖一触なのだろう」
相性の問題です。
そう言いかけたマサルは、彼女が「シィ」と唇に手袋に包まれた指を当てた様子を見て、口を閉じてみた。
(なに……? 何だろう、これは……?)
風鳴りのなかで硬い音が、聞こえていた。
何も聞こえないハズの山頂の神殿で、音が聞こえて来る。
不揃いに聞こえた音の規則性について、確証を得る頃。
ハッハッと楽し気に震える声が、海の彼方へ語りかけた。
「──あぁ! わたしを見て、アオイ! 君の信じるわたしは、遂に神話を証明するだろう!」
重々しい蹄の音は、しかし、高らかに神殿に響き、現れた。
頭と脚に氷の鎧をまとう、四つ足の謎のポケモンだった。
そのポケモンの姿をマサルは見たことがあった。
山を登る以前、フリーズ村の畑の一角に捨て置かれた木像──あのポケモンに似ていた。けれど、ポニータ程度の大きさの木像はデフォルメされていたらしいことは、目の前の光景が証明していた。
実物はギャロップより大きく、バンバドロに似た体格だ。きっと重さも900kgあるというバンバドロと大して変わらない。
「こんな山奥に、どうしてポケモン、が──」
口にしてから、気付く。そんなことは決まっていた。
神殿が荒らされたのだ。ならば、祀られたポケモンが怒りの表明に現れるのは当然のことだった。
おや。
危機感を見せないパンジャが首を傾げた。
「思っていたより、何か、違うポケモンが来たな……」
「何をしたんですか、パンジャさん!?」
「神殿で騒げば神と呼ばれたポケモンが出て来るんじゃないかと思った。まぁ後悔はしていないが……しかし、足りないな。里で木像を見ただろう? 上に乗るポケモンが──」
いるはずだ。
その言葉は、途中で途切れた。
落ち着きなく蹄で地面を蹴っていた謎のポケモン。その太く逞しい脚が、バネのような強靭さで動いた。パンジャに突進をかけたのだ。
「パ……ッ!」
静止する間もなく、マサルは腕を伸ばした。
視線の先で間一髪、突進を避けたパンジャと謎のポケモンの間に、ずっと彼女のそばで浮遊していたフリージオが割り込んだ。
「フリィ! 撃ち抜け、『ぜったいれいど』!」
光が集約する。だが発散には至らなかった。
フリージオもろとも後ろ蹴りで蹴り飛ばされたパンジャがマサルのすぐそばに転がった。
「パンジャさん……!」
彼女は背負う荷物をクッションに受け身を取り、すぐに立ち上がる。怪我は無いようだ。
そしてフリージオをすぐにボールに収めた。
「大丈夫。けれど重い一撃だ。とっさに『まもる』を展開させたフリィを衝撃だけで倒してしまった。油断ならないね。バニィ、ニューラ!」
指示が飛ぶ。その声は鋭いが、もう余裕は無い。
(──無理だ)
マサルのトレーナーとしての直感が告げた。
謎のポケモンは、見るからに『こおりタイプ』だ。こおりタイプを中心とした彼女の手持ちのポケモンでは、有効打が与えれない。そして何より彼女の切り札であろう『ぜったいれいど』が使えるフリージオが倒されてしまった。バニプッチとニューラの実力が謎のポケモンと拮抗していたとしても、体力の差で押しつぶされてしまうだろう。バニプッチは未知数だが、ニューラはさっきまでポットデスと戦っていた。消耗している。
「パンジャさん、ぼ、僕が戦います」
マサルの手持ちには、ほのおタイプのセキタンザンがいる。
謎のポケモンの重量に耐えられて、相性の有利もとれる。勝機は、ある。パンジャよりも確実にあった。
けれど、パンジャは首を縦には振らなかった。
「ダメだよ。事態を望んで引き起こしたわたしの責任だ。君は山を降りてくれ」
「こんな時に何を言っているんですか! 責任とか、そういう問題じゃないでしょう!」
神殿の奥と手前。距離は十分にあった。
だが、なぞのポケモンの瞬発力を目の当たりにすれば、距離による安全を覚える余裕はなかった。
たとえここから背中を向けて逃げたとして、すぐに見つかって捕まってしまいそうだ。
成り行きで始まったバトルだが、相手だったマサルにも多少の責任がある。それを指摘すると彼女は肩越しに、一度だけ鋭い目を向けた。
「そもそも、わたしは独りでも騒いでいた。君が気にすることではないさ。やはり、君の夢にわたしの夢は、関係無かった。それだけのことだよ」
「関係ならできました」
マサルは、前に立つパンジャの腕を引いた。
「僕はあなた達の夢を邪魔しましたけど、でも、それは手段が問題だからで……あなたが僕を励まして応援してくれたように、僕だって、手段に問題が無ければそうしたいんです」
「それは……『どうして』なんて無粋なことを聞いてもいいかな」
こんな時にさえ眼前の恐怖より興味が勝ったパンジャは問いかけた。
「夢を語るあなたは、いつか僕が憧れた人たちのように眩しかったから」
きっと、万人に理解される解答ではないと思う。
それでも良い。ただ、それだけがマサルには重要だった。パンジャの代わりに戦うことを決意できる理由になった。
マサルの夢は、誰かの夢を壊して先に進まなければならない。
だからこそ。
マサルは、誰かの夢を支える人になりたい。
「みんなの夢は、同時に叶ってはくれない。僕も自分の夢を諦めない。諦めたくない。だからこそ……僕は、僕のできる限りのことをやれるだけやりたいと思ったんです」
「その優しさは、そのうち君を……」
その先の言葉をパンジャは続けなかった。分かるだろう。背中はそう言っていた。
マサルは、一度だけ瞬きをした。
「分かってますけど、でも、それでも、僕は夢を見る人が一人でも増えれば良いと思う。もし、独りなら『一緒に歩こう』と言うと思う。困っていたら、助けると思う。今みたいに」
マサルは歩く。そして、パンジャの前に立った。
やる気十分なポットデスに微笑んでマサルは謎のポケモンを見据えた。
「行こう、ポットデス! 最初に森を出た時と同じように、ここを出てしまおう! ──僕らは、ここではないどこかを知りたくて歩き出したんだから!」
乾いていた心に情熱が滾る。体が心地よい熱さだった。
視線の先で。
マサルとポットデスの闘志を認めた謎のポケモンが嘶いた。
【あとがき】
剣盾の主人公は物語の都合上、どうしても他人の夢を壊して進まなければならない。けれど敗北しても彼らが(基本的に)清々しいのは、倒される覚悟をしているからでしょう。──と筆者は勝手に思っています。
本作を書き始めた理由は、たくさんあるのですが、そのひとつは『誰かの夢を壊してしまうのなら、夢を壊すに足る理由とは何か』について書いてみたいと思ったことが、きっかけのひとつにあります。
登場人物のひとりパンジャは、その答えを『夢』としています。
「人は自分の夢のために命を懸けるべきなのだ。それができないのなら、他人の夢に命を捨てるべきなのだ」の真意は、次話で語られますが、本話において、まだマサルはこれに対応する返事をしていません。このあたりのことも最後に書いてしまいたいですね。
さて、残り一話になりました。
もうすこしだけお楽しみいただければ幸いです。
作中、面白かったもの・興味深かったものを教えてください。
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登場人物たち
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物語
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世界観
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文章表現