帰ってきたら、誘ってみようか。この独白が、もう二桁を越える回数繰り返された。
こういう事は昔有ったような気もするし、なかったような気もする。考えないようにしていると言うより、いつも生活はぼんやりとしたモヤにかかった記憶になっていて、もう思い出そうともそれほど思うこともなかった。
何がというわけでもなく、ドクターの顔を見ると笑うのが難しくなった。理由は知らない、知らないふりをしてるかについても考えない。ただ漠然と、前に立つといつもどおりの振る舞いは出来なくなった。
大抵の関係性は尊んでも育まない、保っても手繰り寄せない。そういう自分のスタンスが、粉々だった。
「おかえり。最近はスパンが短いな、仕事が空いてる?」
「…………そうなんだよ、コーテーにはもう少し遠出の仕事を取り次いでもらうことにしてる」
適当な嘘で、ただ早足なだけ。ペースに関しては、ちょうどコーテー本人も驚き呆れと言った顔をしていた。理由なんて勿論答えられなかった。だって、答えが出ない。
気さくに手を振って挨拶をしてくれると、何となく心が波立つ。こんなにも日差しは穏やかなのに、私の心にだけ雹が降る。
「そうかぁ、トランスポーターもご時世が有る訳だ。ううむ、私の方からアレコレできなくもないが、私情で介入するのは勧められないか」
「そうだね。それにドクター、変にそうやって特定の人間に目をかけると誤解が生まれるよ? 統率者としてはいただけないなぁ」
「いや。別に誤解は無いと思うんだが」
それはどういう意味だ? 思わず目を細めてしまって、曖昧に笑って誤魔化した。
これだ、これが凄く。何と言うんだろう…………遠い、いや違う。いつもとズレる。これも、何だか遠い。分からない。
つまり、分からない。言葉を追ってしまう。そんな事、したこと無かったのに。
「誤解されると思うよ?」
「そうなのか、具体的にはどうされる? いや、真面目にあまり分かっていないんだ」
「それは…………」
つい答えそうになって止まる。何だかこのままだと、私が変に意識をしているみたいな風に思われかねない。
分かってはいるつもりで、ドクターはそんな邪推をする性格じゃない。だからこそ、これは私の中では相当イレギュラーなキャッシュの貯まり方で。
あんまりいつもの調子で喋れない。水面を波紋が伝うばかりで、するすると出ていた言葉が邪魔されてしまう。
どう思われても構わないし、どうなっても問題ない。言い聞かせないと、そうならない。
「君はただでさえオペレーターに手を出しているんじゃないかって噂だよ? しかも男女構わず」
「…………はぁ。まあ、現在進行系なら重ねたところで彼らのモチベーションに関しては気にしなくていい。私はそれよりモスティマが心配だ」
そんな目で見られると、反応に困ってしまう。つい口元をネックウォーマーで隠した、顔を見られたくない。
どうしてそう迷いなく言葉を滑り込ませてくるのか、甚だ疑問だ。それこそ物言いで多くの損をしてきたとしか思えないし、事実今だってそうかもしれないというのに、彼はまるでそれに頓着がない。
計算づく? 天然? 計算づくなら、私は予想済みなのだろうか。いやはや、参ったものだ。簡単に手のひらで踊らされてしまっていることになってしまう。
――――別の感情が走った、見ないことにする。
「ん。あぁ、空調弱すぎたかな。君はもっと下も暖かい格好をするといい、見ていると目に毒なのもあるけど」
そんな事をぼんやりした顔で言いながらリモコンを触る。空調の音がいやに煩いし、暑かった。
私まで薄ぼんやりした意識で彼の話に耳を傾ける。さっきの言葉がぐるぐるしたまま無数の予想が泡立って、弾けるように消えていく。
「さて、しかし実際モスティマのロドスへの滞在は頻度、長さ共に増加傾向だ。ペンギン急便が素寒貧だなんて言うなら、協力してもらってる身としては本格的な支援も検討する」
「いやいや、そんな深刻にならなくても」
「深刻にもなるとも。私達ロドスアイランド、私の個人的な信条に於いても協力している組織には友好的でありたいんだ。それは組織間はもちろん、その構成員に対してもだ」
徐に立ち上がると、するりと私の手を取って割れ物みたいに握る。
「言ってることは分かると思うけど、要する話。組織は人員から成り立っている、当然モスティマも大事にする。組織は冷血な規律の上で人心に基づく辣腕を使うものだ」
「…………組織、ね」
まあ、何処か安心した気持ちはあった。
これは私ではなく、”ペンギン急便のメンバー”への言葉だったようだ。ある意味スッキリとした理解が出来たようにも思う。
博愛主義者ならよく知っている、色んな場所で見かけた。彼も再三言う組織には往々にして、何人か紛れてる。
崇高な志と見合った気力が有る人間というのは魅力的なものだ、それだけで人を率いる力になる。一人では理想論でも、百人居れば計画になるのが世の中の良いところで、悪いところ。
が、まあそれは何処と無く属性を見ている。
其処にいる誰かを見ているわけじゃない。だから、こういう事も出来る。
それなら話はとても単純だった。私も”構成員”として、甘んじて受け取ればいい。求める必要も跳ね除ける意味もない、好きなようにさせてあげれば良いだけだ。
手を引っ込める。そんな物欲しそうにしたってダメさ。
「確かにそれは言えてるのかもしれない、数ある手法の一つだろうね。でもドクター、そういう意味では本当に気にすることはないんだ。私のそれは勿論トランスポーターという形も整えては有るけれど、それだけでもないってことは君も気づいてるんじゃない?」
「…………? つまり?」
「ペンギン急便全体で見て、危惧することは何もないって事さ。コーテーの手腕と能力は語るまでもないと思うけど」
ただ、要らないものは要らないと言うべきだろう。事実として、必要ないのだから。
つい言葉も跳ね上がる。やっぱり本調子じゃないっていうのは、理由に関わらず引っかかってしまうからね。ついバネも強く返してしまう。
――――が、ドクターが顔色を変える。
「ああ、此方のほうが深刻な誤解か?」
「ん?」
「いやすまない、括弧を付けすぎたらしい。今のは口から出任せだ」
へらりと言ってのける。気の抜けたような笑い声が耳を這いずり回った。
何を言ってるんだ?
「いや、齟齬はないと思ったけど」
「やっぱり細かい駆け引きは無理だな。ちょっと強い言葉を使おう――――私が、君を心配している。これはドクターとしてではなく、個人として。だから、私に出来ることが有れば言って欲しい。そういう話だ」
――――――――つまり、いや。えっと、どういう事?
言葉がぐるぐるぐるぐると、知らない象形文字みたいに頭を回っていた。
個人として? そりゃあまあ……うん? そうだろうね、いや何かズレてる。分からない。何でわからないんだろ。
明らかに理解が追い付けていない顔を見せてしまったらしく、ドクターがケラケラ笑ってる。何でか、無性に顔に熱が溜まる。
「つまり、どういう事?」
「難しい話をしすぎて悪かった。要するに、私は君が心配だから関わらせて欲しい。何と言うか、君は自覚がないからな…………見えないところで無理をされると私も辛い。別に何でもいいんだ、内容は」
「………………」
全然意味がわからないが、そう言われたら何か返したほうが良い気はする。
何か有ったかな…………と考えたところで、ふと思い出す。
「うーん…………そう言えば、久しぶりに出かけようと思ってたんだよね、出るまで時間も有るし。ドクターも来る?」
いや別に、来なくてもいいけど。
いいんだけど、何となく彼の顔色を窺ってしまう。無意識に表情は抑えてしまっていて、自分が何をやっているんだかさっぱりだ。
どうでもよくなってくる。ちょうど、彼が人差し指を挙げた辺りで。
「おお、観光? 一流のトランスポーターの歩き方、是非見たいな」
「そういうものかい?」
なんで自分は笑っているんだ? よく分からない。
「そりゃあそうだろう。モスティマは僻地にもよく向かっているしな、回り方とか目の付け所を学べば君の言うところの”絶景”も見つけられる。そうだろう?」
何だ、変なこと覚えてるね。そんな風に思ったが、あっけらかんとした感慨に反して脈拍は上がってしまった。
やっぱり暑いんじゃないかな、此処。まあドクターはこれで良いみたいだし、放っておこう。
「まあそうかもね。別に来なくてもいいよ、一人でも回れるからね。敢えて言うならっていう話さ」
「良いなら行くさ、モスティマの話は面白いし」
「そうなんだ。じゃあ来ればいい、まあ天気がいい日に行くから、適当についてきてね」
「休みなら行ける、多分。いや何とかしよう」
仕方ないな、休みの日ぐらいは配慮してあげよう。置いて行ったら可哀想だし。
――――――そう言えば、何か言おうとしてた気がする。
まあ良いか、忘れたなら大したことじゃないんだろう。
原作でしないことをするのが二次創作なので、私は攻略されたモスティマも見たいです(鉄の意志)。