境界なきかつをぶし   作:照風めめ

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気分は色鉛筆

 いつの間にか雨脚は弱まっていた。祖父母の家を少し回って森の近くまで行くと、小さな綿鳥が待ち受けていた。

「ラム、持ってきたで」

 チルットは感謝の言葉を述べると、山の中の道を先導する。足元は先ほどの豪雨でぬかるんでいる。もらった傘を畳み、それを杖変わりにして、足を取られないよう、丁寧に一歩ずつ進んだ。チルタリスが待つ開けた空間は、不思議とチルタリスの周囲を避けるかのように雨が降っていた。天気の影響など受け付けないのか、チルタリスの体には濡れた形跡はまるでない。その傍では、その恩恵にあやかろうとするピジョンが悠々と座していた。

「ごめん。遅なったけど、ラム持ってきたで」

 既に牡欒(オボン)を食べたのか、チルタリスは先ほどよりかは顔色が良いように見える。チルットの促されるがままにチルタリスの眼前にラムを置くと、チルタリスは黙って一口で飲み込んだ。

「おれ一人やったらとてもじゃないけどラムは持ってこれへんかった」まだ赤いままの顔で、宗太はチルタリスに語り掛ける。

「たくさんのポケモンと人が助けてくれたから、ラムを持ってこれてん」

 そこまで言うと、宗太は言葉に詰まった。やれやれ、と鼻息を立て、ニャン太郎が間に入る。

「つまりだな、お主を救ったのは人間とポケモンの力によるものなのだ。確かにポケモンはポケモン、人間は人間で出来る事は異なるだろう。だがな、手を合わせることで一匹、あるいは一人ではできないことも出来るわけだ。人間のせいでお主が酷い目に遭ったのには同情する。それでも人間のことを嫌いにならんで欲しい、と言いたいのだ」

 であろう、と尋ねられると宗太は力いっぱい首を縦に振った。

「ふふふ、それを言いたいがために私を救ったというのか」

 チルタリスは上体をようやっと起こし、まだ痺れが残るのか震える声で言った。

「鰹節や。削っても削っても変わらへんやろ。つまり、えっと」

「削れど削れど変わらぬ鰹節と一緒で、誰かを助けることに境界などない。ポケモンも人間も、困っていたら助ける。それがわしの相棒、宗太という人間だ」

 そう、それ。と言って少年と虎猫は笑い出した。つられて鳩も笑い出し、終には綿鳥の親子も笑い出した。

「なるほど、これは立派な絆だな。私の心無い言葉や数多の苦難を乗り越え、人間は信じるに値するということを証明してみせたのだ。宗太と言ったな。此度は私の命、救って頂き感謝する。何か礼が出来ればいいのだが」

「だったら元気になったら遊びに来てや。この山のちょっと下の方におるからさ」

 いいとも、きっとそうする。と返事を受けて別れの言葉を交わすと、宗太とニャン太郎は満足げに家路に向かった。

 

 言うまでもないことではあるが、帰宅した宗太は祖父母にキッチリと怒られた。約束を破ったこと。心配をかけたこと。びしょ濡れになって帰ってきたこと。誰から傘を借りてきたのか。それから普段の行いの悪さのこと。出てきた小言を数えれば、指の数では足りなくなるだろう。無論、それに付き添ったニャン太郎も同罪であった。その判決により、案の定外出禁止令が出されたのは言うまでもない。しかし、今となってはそんなことなぞどうでも良かったのだ。遊ぶ機会は減ってしまったが、それより大切な事を学んだのだ。それを知らぬ祖父母は、あっさりとそれを受け入れた孫の様子に眉をひそめた。余談だが、チルタリスの事はひた隠しにした。これは宗太とニャン太郎だけの秘密である。

 翌日、目が覚めた宗太はポケモンの声が聞こえなくなった。どれだけニャン太郎に話しかけたとしても、ぶにゃあとしか聞き取れない。それでも側部には昨日ヘラクロスに攻撃されて赤く腫れた跡が見える。

 夢のような出来事であったが、確かに現実だったのだ。それに少し安堵して、宗太は意味もなくニャン太郎を撫でまわした。朝食の際には、ニャン太郎の皿のポケモンフーズの隣にそっと鰹節を置いてやった。

 それから部屋に戻って宿題をしていると、甘く優しい臭いがした。庭のほうに目をやれば姫林(ヒメリ)やらブリーやらの果実を咥えたチルットとチルタリスが佇んでいた。

 少年は虎猫とともに庭へ飛び出し、綿鳥の親子に駆け寄った。縁側に置き去りになった自由研究の紙の上では、ガタガタの線で色鉛筆でカラフルに描かれた少年と虎猫、そして綿鳥の親子が笑っていた。

 

 

 完

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