紀述者より   作:moti-

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終端から

 持っていないものを数えると手が足りない。

 持っているものを数えると片手で足りる。

 そしてそのどれもが必要なものとは思えない。

 

 

 

 どうやらオレは狂っているらしい。

 なぜなら本来、見えるはずのないものが見えてしまうからだ。見た目はほとんどが気持ちの悪いもの。人に害を及ぼすことも多い。

 

 記憶のないオレの雇い人いわく、それを呪霊と呼ぶらしい。本や物語で空想上の存在と語られているそれらが実存するなんて、世の中は複雑怪奇なものだ。

 だがその呪霊の存在に、今は感謝するしかない。

 

『右手前の木に隠れてるよ。人質とかはないから安心して! 不意打ち狙いかもしれないね!』

 

 特に警戒することもなく、狙いやすいように体を晒す。途端襲いかかってくる人形(ヒトガタ)の化物。即座に反転して左の拳を叩きつける。

 『呪力』がないと殺すことのできない呪霊だが、特にそれを込める意識のない拳で殴られて破裂し塵になるその姿。

 これだけ弱い呪霊なら、軽く指で突くだけでも払うことができる。

 オレの脳内妖精によるとこれはオレの体が特別製だからだそうだ。

 よくわからない。

 

 そもそも記憶がないのだから、どうしてそうなっているのかもわからない。

 全くもってこの世はよくわからない。オレの体のことも、もっと言うならば記憶のことも。そして呪霊なんてものが存在することも。

 オレが一体何者なのか。それは全くもって覚えていないが、少なくともこうして荒事を請け負うことはなかっただろう。きっと真っ当に生きていたに違いない。

 

 今の仕事は必要に駆られてのことだ。なにせ最初は言葉すら怪しかった。脳内妖精がいなければ意思の疎通すら困難だっただろう。

 頭の中に通訳が存在しているような状況だ。それがなければオレは言葉を話すことも、相手の言葉を理解することすらできなかった。

 

 にしても日本語がわからないということはオレは異邦人なのだろうか。

 身体特徴は日本人のそれなのだが。

 

 呪霊を一体始末したが、今回の狙いはこんな低級の呪いではない。

 どうやらオレの雇い主は慎重な性格らしく、自身の生活圏に呪霊が存在することが許せないようなのだ。だからこそ近くにいるらしい呪霊──脳内妖精が言うには二級相当の呪霊を探して撃破する必要がある。

 

 気の進まない仕事だ。というかそれでたった数万しかもらえないのは割にあわないんじゃないだろうか。

 けれど二級の呪霊というものの実力平均がよくわからないからどうにも判断が難しいし、オレはあくまでただの使いっぱしりだ。四の五の言える立場ではない。

 

『すごくぼったくられてるよ。アベルくんにはこの程度の位相の敵は余裕とはいえ』

 

「なぁ、そろそろオレの本名教えるつもりはない? 名前負けしてる気分がするんだけど」

 

『ならセトにする?』

 

「カインじゃ駄目?」

 

『別にいいけど、それなら兄殺しっていう属性的にもセトのほうがいいんじゃない?』

 

「それ別のセトじゃないの? てかまず本名教えてくれたらこのやり取りも決着がつくと思わないか?」

 

『名指しの呪いを避けるためだからナイショだよ』

 

「アベルを本名だと思ってたらそういうことにならない?」

 

『真名って言うのは魂に刻まれるものだから、そうはならない。記憶がないおかげで血縁経由の感染呪術は効き目が薄いし、神秘性を保っている今の状態は情報開示の際の効力が大きくなるんだよ』

 

 例えば名前が知られていると真名を宣告することによるバフはかからないが、名前が一切知られていなければそれはデメリットが大きい分大きなリターンがあると。

 

 本名を隠している間は神秘性のバリアもあって敵の呪術への耐性を若干ながら得るらしい。

 なるほど、呪術理論はよくわからん。そもそも呪術の分類すらよくわかっていないのだから、そういう専門的な話をされてもよくわからない。

 

『えっとね。アベルくんが神秘性を保っているってことは一つの大きな意味を持つんだよ。所謂強キャラムーブができるの』

 

「意味わかんね」

 

 森をずけずけと歩きながら、目的である呪霊を捜索する。

 オレには呪力の探知なんてできないので索敵はもっぱら脳内妖精に頼り切りだ。全くもって、オレには呪術の才能がないらしい。

 そもそもオレが呪霊を感知できるのも、全て脳内妖精のおかげかもしれないのだ。潔く無理なものは無理と諦めたほうがいい。

 

『呪術師って言うのはね、かなり頭を使うものなんだよ。アベルくんがお馬鹿さんだからそこらへんのサポートは常に私がやってあげてる。アベルくんは黙って私に従えばいいの! ……あっ』

 

「はいはい、わかりましたよっと。ところでその最後の『あっ』は何事で?」

 

『近くにたぶん、目的の呪霊がいるかな。これは──』

 

 妖精の言葉を待たずにその場から飛び退いた。

 地面を突き破って出てきたのはまるで魚のように大口を開いた呪霊。

 丸呑みするつもりだったのだろう。しかしその割にはなってない。

 巨体が地中を動くのだから、どうしても振動は伝わってくる。一瞬でも感知した瞬間にその場を離れればなんてことはない。

 

 困惑したように首を左右に揺れ動かすその呪霊。

 

「呪霊って相変わらず気持ち悪い顔してんのなぁ」

 

『ごめん! 気づけなかった!』

 

「別にいいよ」

 

 一度姿を現したのが最後だから。

 

 体を動かす。地面からの力を効率よく胴体に伝達させ、前進する。この動作はまず最初に覚えた。脳内妖精が効率のいい方法を徹底的に叩き込んでくれたから、問題なく動作が行える。

 そして放つのは左の拳だ。相手を殴打し、その体に大きくダメージを与える。

 

 呪霊が笑ったような気がした。ダメージを与えた、と言えども吹き飛ばすには叶わない。その程度の打撃でしかないのだから。

 当然、受けて耐えてカウンターという選択肢が取れるわけだ。

 そしていざ仕返しの一撃が放たれる──!

 

『っていうの、負けフラグなんだよねぇ』

 

 しかしその腕は動かなかった。

 ヤツの意に反して勝手に動く腕。

 既に制御を受け付けていない。

 そして固められた拳が、本人の頭を叩き潰す。

 

「呪い本人は呪力で出来てるんだろ。だから自分自身に効く」

 

『わぁい、今日も元気に強キャラムーブ! アベルくんかっこいー! 『だから自分自身に効く(キリッ)』!』

 

「こういうムーブ、呪術的というか文脈的には正しいんじゃないのか?」

 

『やりすぎるとボスムーブすることになるから程々にね? 呪詛師にはなりたくないでしょ?』

 

「別に呪詛師にはなってもいいけど……ああ、だからアベルなのか。カインなんてなんともあれだよな」

 

『セトだとエジプト神話のほうも参照できるからより存在強度としては強いけど』

 

「じゃあそうしようか」

 

『でもそうなると君、正体不明の動物になっちゃうよ?』

 

「いいだろ戦争の神なんだし。よっし、それなら今日からオレの名前はセトだ! よろしく脳内妖精」

 

 属性的には殺される側から殺す側になったと。

 それならそれでいい。カインよりは弑逆の属性がついていいだろう。もう片方はろくな記載のない凡庸な人間だけど。

 

 話しながら歩いて、戻ってきたのは雇い主の家。

 請求する金額をまとめながらそのやけに大きな門を開く。

 

 やけに豪奢ながら、床の軋む音はかなり大きい。誰かが歩いているとすぐにわかる。

 おそらくすぐに声が掛かるだろう。スピーカーなのかなんなのかで。普段がそうなのだからそうなるはずだ。

 

 しかし今回は、なかなか声がかからない。

 

「……遅いな」

 

『まぁまぁ、忙しいのかもね。どうせ部屋までいくんだからいいんじゃない?』

 

「まぁそうだけど」

 

 歩く。ぎしりと音を立てて歩く。

 そして、一番奥──書斎、あるいは執務室。

 雇い主がいる場所にたどり着いた。

 

 

 

 

 ──以上が回想だ。

 状況が飲み込めたオレは、小さくため息をつく。

 目の前の巨漢がそれを見て、やけに嬉しそうに微笑んだ。

 

「お前には二つの選択肢が設けられている」

 

 やつは仏陀(ぶっだ)御莉蘭(ごりら)と名乗った。それが本名か、そうでないかはどうでもいい。

 オレだってセトと名乗ったのだ。それならどっちもどっちでしかない。

 

「今ここで死ぬか、俺の下でその腕の卸し方を学ぶか。どっちがいい?」

 

「はぁ。なんでそんなことする必要が?」

 

「妖精の左腕。知らないか?」

 

「はぁ?」

 

 知らない。妖精に目を向けるとなにやら気まずそうに逸らした。おそらくはオレの左腕がそれということだろう。

 面倒なことだ。

 

「呪物というよりは呪具──それも相当に等級の高いものだ。名称は未定。そもそも存在すら不確かだった。場合によると特級相当かもしれない、実態として脆弱極まりない半透明の腕。しかしそれは世界の裏側からすると違う」

 

「世界の裏側ぁ? いよいよもってお伽噺してんじゃねぇよわけわかんねぇ」

 

「ふむ。ならこう言い換えるか。魂のようなものだ。それか鑑の向こう側」

 

 御莉蘭は語る。妖精は下手な口笛を吹いている。いよいよ腹立たしい。

 名称の妖精ってお前のことだろ。

 

「呪霊の腕を操作していたな? 見ていたぞ。それは腕で触れることによって高濃度の呪力に相手を感染させ、魂を操作してそうさせていたんだ。だが本来はもっと恐ろしいもの。下手すると、お前がイデア界を一律だと認識し世界中すべての人間が一斉に死に至るかもしれない」

 

「はぁ?」

 

『そんなの後々の二次創作で細々と勝手につけられた設定じゃん! 私関係ないじゃん! それにマイナーもマイナーな伝承だから反映してるかわかんないじゃん! 五条悟が転生チートオリ主に指先で殺されるくらいには荒唐無稽な設定だよ!』

 

 忘れてはならないのは、この妖精は『そんなことは起こらない』とは一言も言ってないことだ。これに関しては御莉蘭のほうが信用できる。

 そも妖精とはそういうものだ。悪戯妖精。基本的に気まぐれで、わがままで、可愛い顔して鬱陶しい。

 

「エルフーン……うっ、存在しない記憶が……」

 

「……? まぁいい。わかるか? つまりは、お前が問題なくその腕を『制御できている』ということを証明しなくてはならないのだ」

 

「ふぅん。で? そもそもお前にそんな権限あるの?」

 

「俺を誰だと思っている?」

 

「ブタゴリラ」

 

「死にたいらしいな」

 

 ていうか。

 

「俺の腕ちょん切っちゃダメなの?」

 

「無駄だ。言っただろう? 脆弱で、半透明と。破壊することは容易なんだ。だがそうされてないだけの理由がある」

 

「ひょっとしてさ」オレは、ほとんど勘で答える。「属性が反転するとか? イデア界じゃなくて、現実にさっき言った効果が出てくるとか」

 

「正解だ」

 

 なんでそんなものがオレの腕にくっついているのか。全くもってわからない。

 

「そうなるとどうなる?」

 

「運が悪ければ世界は滅ぶ。運が良ければ……そうだな。全世界の人間が何かを喪失するだけで済むだろう。そしておそらく、それは誰にも気づけない」

 

『ひゅー! ひゅー!!』

 

 妖精がそろそろうざくなってきた。頭をつんつんとして対策する。

 

『ひどいよアベルくん!』

 

 セトだっつってんだろ覚えろテメェ。

 

『そもそも私の声はアベルくんにしか聞こえないんだから私がなんて呼ぼうが勝手じゃない?』

 

 確かにそうかもしれない。

 

『それに呪術的に見て、真名ブラフが貼れるのはいいと思うよ? 要するに正体不明の存在が自分自身を本体とは全くの別人と思い込んでるのと同じなの。偽の真名を開放するっていうブラフもできていいんじゃない?』

 

 たしかにそうだ。ひょっとすると妖精は天才かもしれない。

 自分の間違いを自覚し、反省する。合理的に判断するならそっちのほうが間違いなくいいのだ。そりゃあそうだ。自分の正体にたどり着くまでの道はなるべく遠いほうがいい。

 そしてそうすればそうするほど、真名を開放したときの影響も大きいのだ。

 しない理由がない。

 

「どっちにする?」

 

 手を差し出してくる御莉蘭。

 

「なら、お前に着いていこうか」

 

「よし、わかった。ならその方向でいこうじゃないか」

 

 御莉蘭はにかりと笑う。どうにも憎めそうにない、それは根明の笑顔だった。








【紀述者にのみ確認することのできる資料です】


【──承認。■■■妖精の叙述する物語について】

【Episode-0の解説】

【やっほー。妖精ちゃんだよー。ここを見に来てるってことは、きっとヒントがほしいからだと思うんだ。だからそうするね。
 ヒントを与えるとしたら……呪術っていうのは、実は魔法と何一つ変わらないって事実かなぁ。だからそこをちょちょいと拡大解釈して綴ってるのがこのお話!】

【ん? そもそもお前は誰だって? ひどいなぁ、喋り方でわかってよ!】

【私に関しては関係ないでしょ! いいから、じゃあヒントまとめいくよ!】

【海外の伝承やらもぶちこんだから、きっと闇鍋風味になってるよ。知らないひとはそっちも調べてみてね。そうすると、すぐにわかっちゃうんじゃないかなぁ】

【以上! 妖精ちゃんからでした!】
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