呪詛師。
呪殺を生業とする呪術師。
要は呪術を使った犯罪者。
オレの元雇い主の男はそういうものだった。
アウトローな場所。
前がそうなら今もとくに変わることはない。オレはとことん人に恵まれないということだ。
いいや、違うか。恵まれる必要がないのだろう。オレの記憶がどんなもので、それ以前のオレがどんな人間で、いったいなにをしていたのか定かではないが、どうせ今と変わらず裏稼業。
それ以外にできることなどないのだから、どうしてもそれに尽力するしかない。
同じクソならせめて好条件のほうに雇われるのは当然のこと。
つまり、オレが例の雇い主を蹴って仏陀御莉蘭の下に着くのは当然だったということだ。
そしてオレの足元では今、倒れた元雇い主がいる。
「お前が殺せ」
「……あのさぁ。これになんの意味があるの?」
「人殺しに慣れろ」御莉蘭は言う。「俺に着いてくるとはそういうことだ」
「そっか」
左腕で触れる。
意識を失っていた彼の首を握った。
オレの呪力──いいや。左腕の持つ呪力が浸透し、その魂を汚染した。
手を握る。
それだけで呪殺は成された。
「これでいい?」
「やりすぎだ馬鹿」
殴られた。
『これはゴリラが正解だね。アベルくんってば、うっかり相手の血縁関係にある人間を全員呪殺しちゃったもん』
「マジ?」
『あ、でも大丈夫だよ。元々呪詛師の家系だもん。ここで根絶できてよかったんじゃないかなぁ』
御莉蘭から妖精にしてもらったのと同じ説明をされた。
しかし。
妖精は、どうして相手の家系なんかを知っているのだろう?
【症例番号:16番 鮮血事件】
【発端 不明】
【■■ 妖精の悪戯により死亡 ■■ 記憶を喪失】
【問題が一つ】
【結局、どっちがどっちだったのだろう?】
【症例番号:44番 封血事件】
【発端 病室の少女が■■■■■■:■■に願ったため勃発】
【仏陀御莉蘭とその弟子によって解決】
【■■ 妖精の悪戯により消息不明 ■■ 妖精の左腕異常活性による体の崩壊】
【問題は一つ】
【
『これ以降の資料は閲覧できません』
四国は田舎である。
呪霊の被害だって基本薄い。だが特級相当、それもかなりやんごとない類の呪物の反応があった──こういう場合、多大な被害が予想されるため相当の術師が動く。
だいたいが特級案件だ。
だが今回に限ってはそうはならない。なぜなら一級術士である仏陀御莉蘭が居合わせているのだから。
術士の等級はわかりやすい。
スクールカーストで例えれば最上位にいるのが一級だ。
そのたとえでいけば、特級は宇宙人になる。
番外なのだ。
『要するにー、あれだよあれ。めだかボックスでいう
「めだかボックスがなにか知らんが」オレは背の高い家の屋根を飛び回りながら叫ぶ。「今はそれどころじゃねぇッ!」
『もーまったくそんな雑魚呪詛師くらいぶっ殺しちゃいなよ』
「うるせぇな」
人通りが少なくて助かった。このままバレに意識を向けずに逃げ切れる。
いや、最悪バレてもいいか。
そう思ったところを、横合いから飛んできた呪力に打撃された。
オレははるか遠くに吹き飛ばされ、開いていた窓からどこかの施設内に突入する。
壁に激突し、ようやく体を落ち着けた。
「いってててて……あー」
『不味いね』
ホールドアップ。
「怪しいものじゃないんだ」
逆光に照らされ、真っ青な瞳でこちらを見ている少女。
とてもきれいな銀髪の彼女に、オレはそういった。
「……誰?」
「あー、オレの名前はセトって言うんだけど」
立ち上がる。
「とりあえず、オレは狙われてるから逃げ──」
言うが早いか。少女の首に巻き付いたロープ。そのまま引っ張られ、宙を舞った彼女。
引き寄せられて、首元に毒手が巻き付いた。
「人質かぁ」
「この女の命が惜しければ、大人しく左腕を差し出せ」
『んー。この反応、たぶん呪詛師と結託してる呪術師がいる? それも結構偉いところだよ。アベルくん……というか私をそれだけ殺しておきたいんだね。遣い手がいなきゃ私もなにもできないからなー。あのゴリラがおかしいだけで、理に適った判断ではあるんだよなー』
さて。どうしようかと考えるが、オレの持っている手札なんてろくなものじゃない。
今のままならば、どうすることもできそうになかった。
故に。
「そんなに欲しいんなら」
半透明の脆弱な左腕に亀裂が入る。
現象界にその真の姿を現さんと輝いた。
「やってやるよ」
そして。
「ああ。それが矛盾の基なんだ」
人質にされている少女の言葉に、その進行が停止する。
その姿を現すのを嫌がるように。
「そっか、そっか。そうなんだね、ユノ。だったらこうしよう」
「おい、お前……何を言って」
「おねがい、ユノ」
彼女の背から、何かが噴出する。
それは蝶だ。銀色の蝶。髪にも似たその姿。
呪力が膨れ上がり、蛹と化す。
そして気づいたときには、景色は一変していた。
「な──」呪詛師は血相を変え叫ぶ。「生得領域!? なんで、こんな、ガキが──」
そこから先に言葉は続かない。
『■■■■■』
その声が聞こえた瞬間、彼は爆ぜたからだ。
そのまま破片すら残さずに消滅する。血すら残らない。
一つ残ったのは──オレが一人でここを対策しないとならないという事実のみ。
『特級……! 今のアベルくんじゃ勝てない! 逃げて!』
「無理だろ」
まさか呪霊の使役か? いや、それにしては──と、考える間もなく飛んできた何かに対して左手を掲げる。
向かってきたのは泥のような何か。術式の類だろう。問題なく左腕で払うことができた。
「まさか、呪われてるとかそういうのか? おい妖精、早く答えを出せ」
『もーうるさいなぁアベルくんってば! こちとら別の本から情報ぶんどってきてるってのに!』
よくわからないことを言う妖精は一体何なのだろうか。
本。ネカフェ? 図書館? 本屋? 立ち読みはよくないということだけ考えつつ、左腕で相手の術式での攻撃を払い続ける。
と。
領域を外部から破壊して、外から御莉蘭が入ってきた。
「大丈夫か!」
「そっちは?」
「終わった!」というと御莉蘭は相手の呪霊を見据え。「ああ? ありゃあ……過呪怨霊か? それも特級クラス。乙骨とかいうガキみたいなのと同じケースかもな」
「はぁ。それで? こっちはなんかいきなり領域に引きずり込まれて困ってんだけど。こういうときどうすればいいの?」
『よーっし! 対処法見つけたよ! 領域ってね、要するに心象だから──アベルくんが天敵!』
「了解」
左腕を掲げる。
妖精の左腕が亀裂を入れた。
ここもあくまで魂の中でしかない。
──そういう、
実際に生得領域を外に展開しているかどうかは定かではない。
領域に効果を及ぼすことが、本当に本体に効果を及ぼすことができるかどうかも定かではない。
それでも
これは暴利ではない。あくまでも必然。
左腕に呪力を籠める。鈍い瞬き。暗い色。
向かってくるのは、また泥のようなもの。今度はより暗い。心の中を反映したようなものだ。
「判断が遅い」
世界をはっ倒す。それだけで、相手の魂をこちらの制御化に置く。
そして文脈に従えばこれは勝ちフラグ。オレの強キャラムーブの守りは未だ解けていない。それがこの領域破壊の成功率を大きく、確実なラインに成り立たせている。
そして全てが晴れたあと、少女はほんの一瞬前までのことをすべて忘れたかのように眠りについた。
オレと御莉蘭は決着を悟り、彼女を拘束する。
「で、お前は大人しくしてくれるってことでいいの?」
「…………」
オレが声をかけたのは、おそらく彼女を呪っているであろう例の特級。
前の雇い主の頃戦っていた呪霊とは比にならないレベルで強いだろうそいつ。
「ユノっていうのはお前だな」
「──その通り」
声。
『ある程度の等級になった呪霊は喋るよ!』
らしい。
こういう、欲しいときに欲しい言葉をくれる妖精は本当に助かる。
「質問だ」
「手短に」
「わかった。じゃあ最初に。オレを指して矛盾の基とか言ってたみたいだが、それは何?」
「なるほど」
オレの言葉に、ユノは頷きを一つ。
「お前は何も知らないようだ」
「おう。生憎記憶喪失でね」
「そうかそうか。本当に?」
『アベルくん、無視しよ。ろくなやつじゃないよ』
妖精が茶々を入れてきた。
ということは、おそらくオレに教えていない……教えては行けないなにかに言及しようとしている。
「で、どういうことだ?」
「そもそもお前に記憶なんかあったのか?」
何も聞こえなかった。
全く。妖精が脳をクラッキングしたようだ。
『アベルくんの頭も、目も、耳も、鼻も口も首も体も腕も足も髪の毛一本一本だって私のものだもん! だからこんなやつの言うことなんていらないよ、ね?』
全く、仕方ない。この妖精はオレに依存しすぎている。
何かがおかしいと、これまでに培ってきた常識が喚くがそれもすぐに消えた。
きっと妖精がなにかしたのだろう。オレは仕方ないから、ため息一つだけで許すことにした。
「……お前、イカれてるのか?」
ユノの言葉が一体なにを指しているのかわからない。
オレは至って普通だろう。
オレの聞きたいことは以上だった。なので質問を打ち切る。どこか不審な目をしているユノを無視して倒れた女子を見ていると、彼女はぱっちり目を覚ます。
わずかに混乱したかのように目をしぱぱと瞬かせる彼女は、周囲を見回して小さく声を放った。
「……あの……ここは……え? 外?」
「よーしよしよし。かわいいねぇユノは」
ユノが少女に向かってそう言った。
ユノ?
一体その言葉が意味するのはどういうことなのか、皆目見当もつかないまま二人の様子を見守る。
頭を撫でられているというのに、少女はユノを見る素振りも見せない。
一体どういうことだろうか。
「えっと、あなたは……」
少女は御莉蘭を一瞬見て、そして一瞬固まってからこちらに話しかけてくる。
初見では筋肉ばかりの巨体はつらいだろう。
「オレは、セト。至って普通の、どこにでもいるような平凡な男だ」
「は、はい。はじめまして。私はユノって言います。よろしくおねがいします」
「……ユノちゃんな。よろしく」
お互いに名字を紹介しないその挨拶は、傍から見ると奇妙だろう。
わずかに感じるシンパシー。それはきっと、同類を相憐れむようなものでしかないのかもしれない。
そんなの知ったことではないが。
「ところでユノちゃん。早速質問なんだけど、記憶喪失だったりする?」
「えっ、すごい! なんでわかったんですか!?」
「勘」
当たっちゃったかぁ。そう思いながら、オレは小さくため息をついた。
・妖精の左腕について
本来こんな出力はない。