紀述者より   作:moti-

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症例番号44番 - 2

 仏陀御莉蘭は通話する。

 

『でー、御莉蘭。例の呪物はどうなの? 実在したってだけでもウケるのに、本来あるべき性能よりももっとヤバいことになってるらしいじゃん』

 

「ヤバいで済まさないでくださいよ……ヤバいのはそのとおりだけど、いつ暴走したっておかしくないのほうのヤバいなんすから」

 

『いやいや、でも大丈夫だと思うよ? 魂に触れる──そういう呪術は、まぁ、ないことはないし、伝承にあることがすべて眉唾っていうわけでもない可能性だってあるんだろうけど。けど、その持ち主の少年だってかなり『いい子』なんでしょ? 暴走したって、御莉蘭の術式ならどうにかできるはずだ。実際僕はそれを見込んで君に全部任せたんだけどね』

 

「そう信用してくれているのは嬉しいですが……今回、任務に出ていた特級とはまた別の特級がいました。彼と俺が分断されているとき、万が一が起こらないとは限りません」

 

『大丈夫だって。失敗したらこうなる()()()()()()……これは意外とアテにならないから。勝手にどうにかなることだってある。あんまり心配しなくていいよ。御莉蘭なら間違いなくどうにかできるから』

 

「そうは言っても、五条さん……」

 

『そんなに心配なら、時間作ってそっちに向かおうか? 任せっきりにしてて悪いとは思ってるし。でもすぐには無理だ。一応僕も高専生の引率指導で忙しいからね』

 

「いや普通に仕事……って、そっちも仕事か。まぁ、わかります。……ところで、乙骨憂太のほうは?」

 

『まだまだ。全然だ』

 

「そうですか。似た案件の人間を見つけました」

 

『……ふぅん。それは里香と同じ、一般出の?』

 

「流石に折本里香ほどの様子はありませんでしたが。記憶喪失とのことです。五条さんのような髪色と、目の色でしたね」

 

『わーお。親戚かな?』

 

「そんなわけないでしょう……。ひょっとすると、これまでの人生と寿命を払ってまで呪いをかけたのかもしれませんね」

 

『……そうか。わかった。すまないけど、もう時間だ。もし何かあったらまた呼んでちょうだい』

 

「わかりました。貴重な時間をくださりありがとうございます」

 

『そんな畏まらないでよ。もっとフランクでいいさ』

 

「……はぁ」

 

 電話が切れる。

 そして仏陀御莉蘭はため息をついた。

 五条悟という男はどうにも無自覚すぎる。彼はまごうことなく最強であるのだ。そんな彼の時間を下手に使うのは、御莉蘭には気が引ける。

 

 彼がそういう上下関係をあまり望んでいないのも知っているし、その軽薄な態度に腹が立ったことは何度もある。けれど、それを差し引いてなお最強という称号は重たかった。

 

「……さて」

 

 言葉一つ。行動を開始。

 

「脳内妖精……その妖精が一体どういうものかわからないが、もしも【神々の図書館】に接続しているとするのなら。妖精の左腕の逸話はすべて信憑性を持つ」

 

 とするのならば。

 

 今の彼はとんでもない爆弾を抱え込んだ状態だ。

 現状に思わず笑みが溢れる。引きつった笑みだった。それでも御莉蘭は笑っていた。

 

「子供の責任を取るのは大人だってことよ」

 

 

 

 

 

 

 オレの脳内妖精が語るには、記憶喪失者の相手は楽ではないらしい。

 とはいえオレとは違って一般常識などは持ち合わせていたため、会話自体はスムーズに進んだ。ということはそこまで大変というわけではないだろう。

 

 しかし、記憶喪失同士が話すとなると大変だ。

 なぜなら話すネタがあまりないからだ。

 

「空の青さを知ってる?」

 

「まぁ、うん」

 

「私はね、空を眺めるのが好きなんだ。のんびりとね。だって、雲があっちこっちに行くのおもしろいじゃない?」

 

「一つの方向にしか流れない気がするけどなぁ」

 

「そうかな? 私はそうは思わないけどね」

 

『どっちの解釈も間違ってないよ。一つにしか動かない視座があれば縦横無尽に動き回る視座がある。個々人の解釈によって世界は容易く歪められる。そしてそのどれもが間違っていない。正解なんだ。矛盾してると思うかな。でもそれは矛盾しないんだ。正確に言えばすべての矛盾を『そうあるべき』としているから、矛盾が矛盾になりえない……すべてが許容されるの。それが私たちが住まう』

 

 妖精がうるさい。

 ぶつくさと話す言葉を無視しながら、オレは空を見上げた。雲の動きはあちらこちらだ。それこそ一方にとどまらない。それが彼女の視座。けれどオレには一方向にしか見えない。これがどうしてあちこちに動いているように見えるのだろう。

 

「はぁ」

 

「もう、ちゃんと聞いてよ」

 

「あー。ごめん」

 

「……それとも、つまらなかった? だったらごめんね」

 

「いや、そんなことはないけど。単純にややこしいなと思っただけ。オレの見てるものと、君の見てるものの違い。どっちがどっちか、厄介だと思わない?」

 

「どっちでもいいんじゃない? あなたがそう見えたんだったらそうってことだよ」

 

 妖精みたいな話をするやつだ。

 価値観が似ているということなのだろう。ならばそれはそれでいい。

 少し話していると、少女は入眠。

 あまりにも突発的な休眠に少し驚く。

 

 そして彼女と入れ替わるようにして現れたのはユノだった。

 地面から生えてくるかのように現れたユノは、オレに向かってじとーっとした視線を向ける。

 

「……なんだよ」

 

「なんでもない。……いや、やっぱある」

 

「なに?」

 

「私はな。ユノのことが好きだ」

 

「そっか」

 

「羨ましい」

 

「知るか」

 

 睨まれた。こわい。

 オレは逃げるようにして彼女の前から消えたのだった。

 

 

 歩いていると感じるのは、空気が美味しいということ。田舎の空気だ。

 森の空気はそうじゃなかったのか、と思われるかもしれないが、あのときはそんな余裕もあまりなかった。

 ため息一つ。

 色恋沙汰をオレに関わらせないでほしい。そういうのに向いている人間じゃないのだ。

 むしろそれを馬鹿らしいと笑うタイプだろう。

 だから。

 オレには関係がない。

 

 アスファルトの上。足裏には硬質な感触。土とは違い、強く跳ね返ってくる感覚。

 強く地面からの反発を確保できるという点では、戦いやすくはなった。

 けれど、道がいやに歪だ。狭かったり、地面にはまばらに土がかかっていたり、石が落ちていたり。まだ森のほうが楽だった可能性すらある。

 なにせ森は広く場所を取れる。そういった部分を自分から避けて動けるのだから、気が楽だ。

 結論は一長一短。その場その場で慣れるしかないだろう。

 

 ──呪霊が目の前に出現した。

 

『……!? この呪力は!』

 

 妖精が思わせぶりなことを言いだしたがいつものことだ。オレはいつもやっていたように、軽く手を振って調子を確かめる。

 

「妖精、いつも通りだ」

 

『……うん、そうだね』

 

 どうやらあまり乗り気ではないようだ。

 だがそれでも戦闘は避けられない。

 先手で触れることができれば勝てる。

 呪力を体に回した。それが常であったかのようによく馴染む。とはいえ、これはあまりできているほうとは言い難い。これでよく二級と戦えていたと言われてしまうレベルだ。

 

 オレの腕は触れば必殺に近い毒手。

 その性能に甘えているということもあるのだろう。

 呪術師としてそれがよくないということはわかる。けれど、窮地はいつだって突然だ。

 今この場を乗り切るためには持ちうる武器を最大限使うしかない。

 

 戦闘の最中に成長する? そんなのは創作だ。現実にはありえない。そのありえないことを起こす人間もいるが、だいたいの人間はいつもやってきたことをいつもどおりにやることしかできない。

 

 だから今はこれでいい。

 オレはただ、いつもどおりのやり方で敵を祓う。

 

 飛んできたのは棘だ。

 総数は八。そのうち四つは避けても追ってくる。

 妖精が攻略のルートを示しだしてくれる。それに則って動けば、オレの手にはぴったりと四つの棘が掴まれていた。

 左手で掴んだ方を感染呪術の媒体にする。本体の呪霊の魂が大きく歪み、右手に持っていた棘が力をなくした。

 手を離して棘を捨てる。既に呪霊は死んでいた。

 

 ため息一つ。物音。

 

『まずい! アベルくん、逃げて!』

 

 妖精の言葉をオレが理解したときには、そいつはもうオレの目の前に立っていた。

 

「はじめまして、セトくん。私は夏油傑という」

 

「……ゲトウさんね」

 

『この日本に現状四人しかいない特級術士の一人! はっきり言ってこんなところでエンカウントするような相手じゃない! ──つまりこれは、負けイベ! 私をちぎってエッチなことする気でしょ! エロ同人みたいに! エ──』

 

 妖精の戯言がうるさい。

 とはいえ、おかげで相手の正体はわかった。特級術士。

 昔話していた『五条悟』とはまた違うようだ。

 

「何の用ですか」

 

「勧誘さ。今のではっきりわかった。君は極めて優れた術士のようだ。正確には、呪術使いと言ったほうが正しいかもしれないかな」

 

「勧誘って何の? マルチならお断りだぜ」

 

「術士だけの社会を作るんだ。そのために非術士を皆殺しにする。君の力があれば、きっとこの理想も達成することができるだろう」

 

「……オレ、正確には術士ってわけじゃないと思うんスけど。どっちかといえばアレじゃないっすかね。呪具持った非術師」

 

「いいや、君は術士だ。呪具の力だけじゃない。呪霊は当然見えるし、相当な呪力を自力で持っている」

 

「そうっすか」

 

「だからこそ目をつけた。どうだい? 私と一緒に来てくれないか?」

 

『これは戦闘回避できるパターンかも! どうする?』

 

 妖精は戯言を吐いている。

 オレの選択は。

 

「行きません」

 

 これだった。

 別に必要はない。誰かの下につくだの、大層な理念に理解を示すことはできる。

 けれどそこから先に進まない。協力することと、自由であること。それならばどちらがいいか。

 天秤は当然後者のほうが重たかった。

 

「……そうか。わかった。もしその気になったら、これを使ってくれ」

 

 オレの予想に反して、相手はあっさりと引いてきた。

 手渡されたものを見る。指だった。それも人の指だ。

 特に呪具というわけではなさそうだった。なるほど、理念が理念なだけあって、かなりイカれた人間であるようだ。

 あんまり信用しないほうがいい。人を殺すような人間なんてのはそんなものだ。

 オレを含めて、人を殺すやつにはろくな人間がいない。

 

「その指経由で持ち主を殺してくれれば、私が気づく」

 

「……これ、なんスか」

 

「ただの死体の指さ。君はこれを使ってもいいし、使わなくてもいい。通常の連絡手段はきっと君は持っていないだろうからね。これでなら簡単に意思が伝わる」

 

「あー。ゲトウさんをうっかりやっちゃうかもしれねっすよ」

 

「そこは大丈夫さ。信用してくれ」

 

「……じゃ、そうしますが……」

 

 そのまま、夏油傑は去っていった。

 本当に勧誘だけだったのだろうか。

 それとも何か裏があったのか。

 考えても詮無いことだろう。最近で何度も吐いて慣れてしまったため息を、またこぼす。

 

『受けたほうがよかったんじゃない?』

 

「オレは現状にそこそこ満足してる。今から変えるとなると大変だ」

 

 生活環境の変化は大きなストレスになる。

 ストレスを溜めすぎるのはよくない。適度に発散する必要がある。ということを、妖精本人が言っていた。

 

 だから歩く。

 歩くことは嫌いではない。

 町並みを歩いていく。意外とあちこちに木々や自然は点在し、虫たちもまた多い。蟻の列を踏み潰して進む。

 

 どうしてか、失ったはずの記憶が刺激される。

 きっと無くなる前もオレはこうして歩いていたのだろう。

 

 馬鹿は死んでも治らない。

 人の習性や性質なんて、死んで治るようなものではない。

 だからオレは、今日も失ったはずの記憶を探るように生きている。




 オートエロティシズム
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