紀述者より   作:moti-

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症例番号44番 - 3

 病室に戻ると、少女は未だに眠っていた。ユノが影からじとーっと戻ってきたオレを見ている。未だ起きる気配のない彼女に対して、オレについで部屋に入ってきた御莉蘭も交えて話す。

 

「夏油傑ってやつに勧誘された」

 

「……マジか。よくやった、セト。これまで尻尾を掴ませなかった特級呪詛師だ。これでヤツに対しての警戒ができるだろう。何か企んでいるようだからな」

 

 といって、御莉蘭はオレの腕を見る。間違いなくこれを求めてやってきたのだろう。

 そんなことはオレにだってわかる。

 妖精の左腕の戦術的価値は計り知れない。特に、非術士を全員殺すなんていう理念を掲げた夏油傑からすれば。

 

「ヤツは呪霊操術の遣い手だ。そうなると、場合によっては特級相当の呪霊であるユノだって危ういだろう」

 

「可能性はなくもないな。ただこいつに関しては突発的な事例すぎる。御莉蘭が祓ったほうが本命だったんじゃないか?」

 

「ああ、アレも一応特級か。弱かったからなぁ……」

 

 曰く、特級と言えどもその実力はピンからキリまで。

 当然特級というだけあって、その最底辺であっても相当な実力であることは確実だが、上を知っているとなるとその差は歴然だ。

 おそらく上を知っているのであろう御莉蘭からすると、そう大した敵ではなかったようだ。

 御莉蘭の等級は一級術士らしい。特級を除いて、呪術界を牽引していくリーダー的な存在。それが一級。

 術士の実力は術式に大きく左右される。だが体つき……それを見る限りでは、その実力は努力が大きく支えているようにも見える。

 なんにせよ、相当に優秀な術士であることは間違いない。

 

 呪術師の場合、自分と同程度の階級の呪霊は確実に倒せるラインだ。

 つまり、一級術士は一級呪霊よりも上であることは確実。

 特級と渡り合えるほどな存在。

 

 オレは特級呪霊を、ユノしか知らない。

 そして彼女は戦いに慣れているわけではない。

 だからこそ、生得領域ではあったが術式の付与の成されていないもの。

 オレを襲った呪詛師は単純に弱かったのだろう。そしてオレは、ただの呪力に対しては相性がいい。

 そういうわけもあり、あの領域内で生き残れたのだと思う。

 

 結論を言うなら、運が良かった。それに尽きる。

 

「ってことは、さっさと東京に向かうのが最善か?」

 

「そうだな。特級被呪者なら既に一人東京の呪術高専で匿われている。あそこなら五条悟もいるし、守護という観点からすると間違いがない」

 

「それでどうだ?」

 

「断る」

 

 ユノは、そう即断した。

 

「私たちはこのまま死ぬんだ。守られる必要もない。これ以上誰かと関わるのも面倒だ」

 

「はぁ? 死ぬ? どういうことだ?」

 

 死ぬまでここにいるということだろうか。

 それは流石に気が長すぎる……と思ったが、御莉蘭が納得するように頷くのを見ると、何か事情があるようだ。

 

「私たちはもうじき自然に消え去る。そういう約束だ」

 

「やっぱ、寿命を捧げる縛りによる呪力の強化か。命はもっとも重たい縛りだからな」

 

『要するに、寿命を質に入れることで呪力を得てるってことだよ。そういうのを縛りとして置いてる呪術師は結構いるんだ。アベルくんの左腕だって、崩壊を条件に真の姿を見せるってことになってるからね』

 

 らしい。縛りに関してはオレも覚えがある。

 それを使いこなしてこそ一流の術士ということか。

 

 ユノはどうやら、自ら──あるいは二人の死期を悟っているようだった。

 それに納得しているのであれば、オレからは何も言えない。

 決めるのはオレではないのだから。

 

 よりよい選択として提示すれど、それが本当によりよい結果になるのかどうかはわからないものだ。

 だから、オレは責任を背負うことはできない。それが言葉にすることのできない一番の理由だった。

 

「ユノっていうのはな。私であって、こいつでもある」

 

 語り始める。

 到底似つかない、呪霊の顔と少女の顔。

 二つが一つだというのなら、どうしてそれは分かたれたのか。

 

「私は自らのこれまでの記憶と、寿命を糧にして生まれた呪霊だ。これまでの私自身を呪霊にしたようなもの。一般家庭出身だけど、呪力は結構持ってたらしい。だからこそ、こんな姿になってしまったんだけど」

 

 その話は、よくわからなかった。

 だとするならば、どうして自分自身を呪霊にしたのか。自分自身に無視されているのは何故なのか。

 おそらくはそれも縛りなのだ。

 そして彼女にとってはもっとも重いものも、それなのだろう。

 

 自己性愛者。ナルシズムにも似た何か。

 それが彼女を突き動かした何か。

 

 オレには到底共感も、理解もできないもの。そういうものが、彼女だった。

 

「何故このまま死にたいんだ?」

 

「人が死ぬのに理由がいるか?」

 

「その通りだな。忘れてくれ」

 

 御莉蘭はあっさりと引き下がる。そしてオレは何も言えない。

 オレたちには彼女を東京へ連れて行くことはできなかった。

 結果として、その事実だけが残ったのだ。

 

 

 

 外へ出ると、陽は傾き始めていた。

 夕方ともなれば気候は安定してきて、心地よさの残る気温になってくる。

 オレにとっては初めての実感である、四季の移り変わり。

 秋に近づいてきているこの季節。

 昼の長さも少しずつ短くなってきた。その実感ができるのは、オレにとってなにより新鮮だった。

 

 すべての刺激が真新しいわけではない。それほど感動することもない日々だってある。

 それでも、その実感だけはどことなく特別に感じたのだった。

 

 田舎の夕方となると、羽虫が鬱陶しくなる。だから森も嫌だった。年々暑さを増しているらしいこの世界。オレにとっては夏本番こそが知っている時期なのだが、こうなるといよいよ実感する。

 夏は暑くて、過ごしづらい。そういう当たり前が。

 

 知っている情報と、経験した情報は全く違う。真に体感するまでそれは他人事で眉唾ものでしかない。

 こうしてまた一つ、物事を知れるたびにオレは生きていることを実感できた。

 

 ──帳が降りた。

 現れたのは呪霊。四足。動物型。

 サイズとしては自動車ほど。なるほど、大型だ。脚の太さを見るに、おそらくは脚力を活かした体当たりが基本だろう。

 

『いや、式神だよ! アベルくん、式神使いは本体を叩くの! それが一番早い!』

 

 妖精のその言葉に、その横を通り抜ける選択を取る。

 しかしそんなオレの動きを読んだように、進行ルートには一人の男が待ち構えていた。

 巨体。顔が割れないように、目出し帽で覆っている。

 黒い服の上からでも目立つその筋肉は、おそらく近接戦が得意な手合であるということを暗示していた。

 

 まずい。素で戦い慣れている人間と、オレは相性が悪い。

 基本的に一度触れることができれば勝てるオレ。しかし、左手で触れる必要がある。まずそれがかなり難しい。

 

 両腕が毒手であるのなら、話は早かった。それならばまだ勝てる可能性はあるだろう。

 しかしそうではない。ならばオレは左で触れるように──

 

「工夫しようか」

 

 即座に反転。足に呪力を込め、式神の前に飛び出した。

 通りすがりに顎に左腕をかすらせる。

 

 帳が降りているのなら、盛大に動いて問題はない。

 おそらくこの帳は中からオレを逃さないためのものだ。

 確実にオレを殺しにきた。

 ならば、こちらも遠慮はいらない。制御を奪った式神の脚。それを動かせないようにして、転倒させる。

 

『術士との力の差がありすぎて、呪殺まで届かない……! 気をつけてアベルくん、こいつら』

 

 強い。そんなの言われなくてもわかる。

 目の前には動きを止めた式神。横目で先程の男を確認する。

 消えていた。どこに言ったのか、オレが確認するより早く、脳内にアラートが響き渡る。

 提示されたルート通りに、足を動かす。左斜め前へと体を飛ばして、そのまま元の位置に戻るように背面飛び。

 地面を大きく抉り、放たれた弓矢のように突進してきた男をそれで回避する。

 その動きはまるで追うことも叶わなかった。となると、その対応はすべて妖精の指示に任せるようにしよう。

 

 オレの脳内へ直接情報を送ってくれる妖精は、オレが意識するより早く最適な案を提示する。それに助けられる現状はあまり良しとは言い難いが、あるものを最大限利用するのがオレだ。

 だからこそ、この場であるものはすべて使っていく。

 

 男の呪力の残穢へと手を滑らせた。掌握し、相手の体に干渉する。

 おそらく全身が痺れた程度の効果しかないだろうが、わずかに動きは鈍ってくれた。

 

『アベルくん、後ろ!』

 

 妖精の指示。首をほんのわずか傾けて、視線を後ろにやる。一体目のものとは違い、羽の生えた式神がそこにはいた。

 宙に浮き、その羽を刃のように硬質化させ、こちらに突進してくる。

 わずかに掠ったのか、鋭く切れた肩口から少し出血。

 

「ジリ貧だな」

 

『どうやって攻略するか、まだ決まらないよぅ!』

 

 脳内妖精は役に立たないようだ。つまり攻略法自体はオレが考えて決定する必要がある。

 舌打ちしそうになるが、今はその時間すら惜しい。再度襲ってくる飛行式神を正面から受け止める。

 

「やるね、キミ」

 

 式神を解除したのか、オレの手の中から消滅。

 入れ替わりに姿を現したのは術士本人のようだった。

 片手で体を押さえているのは、おそらく今の式神を通じて呪いをかけたのが作用したからだろう。

 

 式神経由、残穢経由でこれだけの効力があるのなら、直接触ればおそらく倒せるだろう。

 だが、式神使いを庇うように男はオレの前に立った。

 まずはこいつを攻略しないといけないようだ。そう思い、構えるオレの視線の先で、式神使いは両手を持ち上げた。

 

 ──指揮?

 

 果たしてオレの思考は正しかった。

 式神使いの腕が動いた瞬間、男はこれまでよりも大幅に増した速度でこちらに迫ってきたためだ。

 高速で迫る拳。速い。あまりの速さに、おそらく避けることができない。

 ならば。真芯を避けるように半身をずらし、相手の攻撃に合わせて直接触れる。

 

 だがオレの魂胆は、巨大な式神が俊敏に起き上がり、こちらに突進を仕掛けてきたせいで破壊される。

 

 まるで暴走した自動車のような速度で迫る式神。防護のために呪力を全開で纏う。

 

 だが、それでも殺しきれない直撃の衝撃。

 地面から体を離されたオレは、そのまま勢いよく帳の壁に向かって突進される。叩き潰すつもりだ。

 

「ふ、ざ、けんな、──!」

 

 左手で触れる──弾かれた。式神の上に乗っかった男が、オレの左腕を弾いた。掌でないと妖精の左腕は効果を発揮しない。

 

 詰みだ。

 そう思ったタイミングで、式神が四つに分断された。

 それまでの勢いをそのままに後ろに吹っ飛んだオレは、帳の壁に頭をぶつけてようやく停止。

 

「いっ、ってぇっ!」

 

『よく持ちこたえたねアベルくん! 大丈夫!?』

 

「大丈夫だ」

 

 妖精に向かって声を返す。

 見れば、男の前には剣を握った御莉蘭が立っていた。

 

『あの剣は──ああ……そういうことね。たしかに呪具ではあるけど……それでも、なんかなぁ……』

 

「知ってるのか?」

 

『うん。……そうだね。本人のためにも、アレは無銘ってことにしておこうか』

 

 一体どんな呪具なんだよ。

 と思ったが、見てわかるが、意外と呪力以外は大したことはない。特殊な効果もおそらくはない。

 

 ただ、相手を断ち切るためだけの剣だ。作りも堅実で、ますますそんな印象が強まる。

 

 そして、剣を構えた御莉蘭は。

 

「術式反転──詭道(きどう)

 

 男を一瞬で斬り伏せた。

 そして式神使いへと一瞬で近づき、首を断ち切る。

 

 その動きに数秒遅れ、斬られた場所から血が溢れだす。

 まるでなにが起きたかわからない。

 さながら冗談のように。

 呪詛師ふたりは瞬殺されたのだった。

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