紀述者より   作:moti-

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症例番号44番 - 4

 灰が舞う。

 火の粉になり得ない灰だ。それを纏った男は、なにもないところで、さながら声をかけられたかのように顔を弾きあげた。

 

「……死んだかな」

 

 自身の計画に問題はない。至って正常。十全で万全。明瞭な快調だ。

 自分自身の考え通り──筋書き通りに進んでいることを確認し、男は笑う。

 

 計画はいよいよ大詰め。そしてうまくいった暁には。

 

「仏陀御莉蘭──禅院の異端者を殺せる」

 

 彼の足音は響かない。まるですらすらと冗談のように歩いている。

 風に揺られることもなく。その姿は、まるで幽霊のようだった。

 

 これまで何度失敗しただろう。男は丹精に整った顔を、かすかに歪める。

 いいや、それは口元だけの笑みだ。どこまでも無機物めいた笑顔は気味の悪さだけを生み出していた。

 

「三度目かなぁ? あの男を殺しにかかったのは。一回目は、数も質も不足。二回目は質不足。だったらね。今度は質だけで勝負するんだ」

 

 彼は笑みを崩さずに言った。口元は微塵も動いていない。そして、音の発生源は彼の声帯ではなかった。

 虚空から、まるでスピーカーのように音が溢れているのだ。

 

 妖精の左腕に興味はない。勝手にやっていろと思っている。

 けれど彼がその適合者を狙うのは、油断を誘うためだ。

 仏陀御莉蘭は情に厚い。時折合理的な判断を捨てる。人間らしいと言えば聞こえがいいが、命を奪い合う現場に置いてはその甘さはただの弱点だ。

 くつくつ。笑い声が響いた。

 

「ヤツを殺せれば僕が死のうがどうでもいい。どんな犠牲を払ってもいい。──だからね」

 

 そして彼は、とある病院へとたどり着いた。

 

「僕のために死んでくれ、かわいいかわいい娘たち」

 

 

 

 

「ていうかお前、反転術式使えたんだな」

 

「治癒は無理だけどな。術式反転のための呪力生成のためだけにならできはする」

 

 御莉蘭と話しながら、病室に戻る。

 術式は聞き出さない。タブーであることくらいは理解できているからだ。

 今日はやけに風が強い。これも季節の移り変わりと言えば聞こえはいいが、目が乾くので鬱陶しいことこの上ない。

 

「そういうもんなの?」

 

「ああ。俺の術式は消費が少ないからな。少ない呪力でも機能する。治癒に使えない程度の呪力でも、反転術式として使うなら過剰なくらいにはできるんだ」

 

「へぇ。あれ、呪力操作の技術なんだよな? オレにもできたりしない? コツとかさ」

 

「そんなものがあったら俺が知りたい」

 

 話しながら歩く。部活動終わりだろうか、学生が自転車に乗ってオレたちを追い抜いていった。

 どこからともなく聞こえてくる音楽に意識を向けながら、そのままユノの下へと戻っていく。

 

「んな」

 

 果たしてたどり着いた病室は既に(もぬけ)の殻だった。

 ユノが自分から動けるわけがない。

 音楽に、人の声が混ざった。

 

『──あー、あー。聞こえてるかい?』

 

 呪術。おそらく音を扱う術式であると判断。しかしどうにもできない。対策を知らない。呪言の類かと警戒して耳に呪力を集める。

 そんなオレたちを見ていたのか、声は笑いを交えて言った。

 

『大丈夫、だいじょーぶ。僕には呪言みたいな器用な真似はできないよ。これにしたって、攻撃運用ができない縛りを加えてやっとできる芸当なんだから。あーあ、僕ってば才能がないなぁ』

 

「何の用だ」

 

 鋭く言い放った御莉蘭に対して、返ってきたのはある意味予想通りの解答だった。

 

『その病室の子は僕が誘拐した。言いたいことはわかるね?』

 

「はっ。残穢消せてねぇんだよ」

 

『わざとだよバーカ。考える頭すらないのか?』

 

「言うじゃねぇか。泣いて謝っても許さねぇかんな」

 

『そんなつもりは全くないから安心してくれ。むしろ君たちのほうこそ、命乞いする準備をしておいたほうがいい』

 

 そうして言葉は潰えた。

 妙な自信だ。こちらを殺す術を持っていると思っていたほうがいい。

 御莉蘭に目をやった。同じ意見のようだ。

 

「呪詛師が彼女を狙う理由」

 

「おそらくユノを暴走させるつもりだ。現状は呪詛に傾いてないだけで、いつ彼女がそっちに落ちるかわからない」

 

『そうなったら、彼女の命はないかもね』

 

 元々寿命は少なかったはずだが。

 だからといって見殺しにするのは間違っている。

 それに暴走したとき、一般人の危険性だって当然あるはずだ。

 見捨てていくのが正しいとは思えない。

 

 ──正しい?

 自分の思考に、一瞬混乱した。

 オレはそんな殊勝なことを考えるような人間だったか。

 いいや、むしろ。

 

 考えても詮無いことでしかない。頭を振って振り払う。

 

「行くぞ」

 

「おお」

 

 結局、この選択しかないのだ。

 罠だと理解している。それでも、そこに向かう理由があった。

 ほんのわずかなシンパシー。オレの数える程度にしかいない知り合いの一人。

 ここで見捨てればオレはきっと、これからもそうするようになる。

 だからその選択はない。後ろには歩んできた道しかないのだから、戻っても追ってこられれば意味がないだろう。

 

 だから助ける。

 その選択でオレが死んだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠っているねぇ」

 

 男は小さく笑った。

 

「呑気なことだ。いや、それこそ君の望んだ彼女なのかな」

 

「うるせぇ、死ね」

 

「口が悪いな」

 

 灰が少女の柔らかな頬に押し付けられた。

 その箇所からどろりと爛れていく。苦しげに呻いてなお、目覚めることはない。

 

 ユノはそれを見ていることしかできない。殺意の籠もった目で睨むのが精一杯だ。

 

「君は本当に酷い子だね。折角出来た友人なんだろ? それを殺そうとする父親に、普通ついて来るかい? その愚かさこそ、僕は愛してあげられるんだけど」

 

「うるさい」

 

「反抗期かな? 困った困った」

 

 関係性は呪いだ。

 子は親に逆らえない。それが世の理。であれば、娘であるユノは父親である男に逆らうことはできない。

 

 そして少女も。

 記憶を消したところで、柵からは逃れられない。体が──魂が覚えているからだ。

 刷り込みは簡単。

 特定の行動に応じて、特定の行為を合わせればいい。それが苦痛を伴うものなら避ける。それが快楽を伴うものならば、場合によっては積極的に犯すことだってある。

 そうした刷り込みは簡単に作り上げられるものだ。そして完成すれば、親に逆らおうという気は一切なくなる。

 

 これが酷く原始的で、効率的な呪いだ。

 親から子へと課す呪い。

 ほんの些細な言葉だって呪いになってしまうのだから、こうして指向性を持たせた悪意は酷く簡単に体を汚染する。

 

「ほら、唯乃(ゆの)。わかったかい?」

 

 濁ったような瞳。耳鳴りがする。音の圧力で揺らされているかのように、視界はぐわんぐわんと揺れた。

 

「僕に、従え」

 

 彼女はそれに逆らえなかった。

 だからこそ、既にわかっていた。

 自分の呪力を引っ張ってきた父親と二人では力量が違う。

 

 呪力の多さのみが、自分を特級足らしめているものなのだから。

 

 

 

 

 ──仏陀御莉蘭は、その男を知っていた。

 

 ともに研鑽し合った男。一般家庭から現れた男ながら、天才児と呼ばれていた御莉蘭に追いつくことのできた男。

 一級術師・阿見原(あみはら)雪男(ゆきお)

 

 術式の運用が上手かった。呪力の総量は多かった。けれどそれでゴリ押しすることはなく、術士らしく縛り開示を言葉の節々に盛り込んだ──まさしく術士らしい男。

 御莉蘭は彼とならば、呪術界を牽引していけると信じていた。

 

 東京と京都。

 高専で共に磨きあった実力。

 青春の日々。

 

 けれど。

 道は逸れた。

 

 だからこそ。

 

「久しぶりだな、雪男」

 

「久しぶりだねぇ、御莉蘭──いいや。禅院(ぜんいん)十河(そごう)。それに妖精の左腕の適合者」

 

 彼は友を殺すのだ。

 決意はした。覚悟も決めた。あとはそれに殉じるのみ。

 それは相手も同じこと。

 

 

 

 

 

 

「一つ聞くが」御莉蘭は話す。「セトの懸賞金一億円。お前どっから捻出した」

 

 オレってそんな値段ついてんの?

 そのわりには雑魚呪詛師しかきてなかったような気がするが。

 

『ビビってるんだよ。私をきっちり殺したところで、暴走しないとは限らないからね。だから馬鹿しかこない』

 

 なるほど。オレの納得のタイミングで、男は御莉蘭に返答する。

 

「呪いってさぁ。金になるよね」

 

「魂まで売り渡したか!」

 

「はぁ? 誰が誰に魂を売ったって?」

 

 男は笑う。

 

「──その通りだよ」

 

「術式反転」

 

 言葉が聞こえた瞬間には、男の首は斬られていた。

 

「君の術式さぁ。詳細が知れてると対策すんの余裕なんだよね」

 

 いいや、違う。

 それが否定されたかのようにくっついた。

 刀はまるで何かの膜に弾かれたように、御莉蘭の手からすっ飛んでいる。

 

「『詭道』はイメージを送信する術式。相手がそれを真に受けたときは確殺なんだろうけどさ。知ってて対策できない理由がある?」

 

「──ッ、『制道』!」

 

 気づいたときにはオレの横に、御莉蘭は戻ってきていた。

 

『わかった! あいつの術式は』

 

「振動操作。こうしてバリアを貼れるんだ。呪力を纏ってない人間程度ならすり潰せるんだけどねぇ。あ、当然それだけじゃないよ。僕の術式はもっと攻撃的に使えるから」

 

 術式の開示。

 邪魔しようにもできなかった。歯噛みしていると、男は何かを懐から取り出す。

 

「そしてこんなものまで用意してみました!」

 

 取り出したのは──火の玉だろうか。

 見た瞬間、妖精がざわついた。

 それだけの代物なのだろう。

 

『ヤバいってもんじゃないよ! あれは神滅ぼしの武具の一つ! なんで現存してるの!?』

 

 火の玉を、男が飲み込んだ。

 

 熱が迸る。

 男が燃えた。

 自爆したのだろうか? そんな疑念は妖精の鋭い一喝で吹き飛ぶ。

 

『アベルくん、逃げて! ──絶対にやばいから、それ!!』

 

「動振操術、極ノ番」

 

 言葉は後ろから聞こえた。

 

 ──恐ろしく速い。

 

 既に背後に回り込んでいる。

 首を動かし、視界の端でかろうじて男の姿を捉えた。

 けれど遅い。既に腕は突き出されている。

 体が振り向いてくれた。

 

 左腕を真っ直ぐ翳す。

 

 横合いからオレを御莉蘭が突き飛ばした。

 

 

(みことのり)

 

 

 それを喩えるならば、音の壁だ。

 巨大な振動がすべてを揺り動かし、オレがさっき立っていた位置を消し飛ばしていく。

 左腕の先が消し飛んだ。非実体の脆弱な腕は、振動の強さに耐えきれなかった。

 そして、オレをかばった仏陀御莉蘭はその形すら残さずに消滅した。

 人の死に方とは到底思えない。音の破壊に混じって血と、よくわからない液体だけが地面に落ちる。

 そしてその破壊はさらに後ろまで及び、ヤツが背にしていた二人──ユノたちのほうまで進み。

 

「    」

 

 少女をかばった特級呪霊を祓って、ようやく止まった。

 

 左腕の先から血が溢れる。

 腕が痛い。けれど、それよりも喪失感のほうが大きかった。

 今の一瞬で二人死んだのだ。信じられない気持ちのほうが大きかった。

 

 オレは一人殺している。

 あのときもあっさりと人は死んだ。

 けれど、こんなにあっさりと死ぬとは思わなかった。

 

『──アベルくん、逃げて!』

 

「無理だろ」

 

 少しずつ、左腕の先から体が崩壊していく。それが相手の術式のせいなのか、妖精の左腕の性質なのかわからない。

 腕に亀裂が入っていく。

 そして弾けた。

 実体を押しのけるように、仮想の腕がどんどんと現れる。

 

 ──いいや。

 それは腕にとどまらない。

 オレの体まで侵食している。少しずつ、オレが壊れていくのがわかった。

 

「……極ノ番」

 

 言葉が聞こえる。

 

 

 ──詰みだ。

 どうしようもない死が、目の前にある。




 炎冠です。
 命を燃やす代わりに加速します。

 動振操術
 素の火力自体なら楽巌寺学長のほうが当然強い。
 じゃあどうしてこんな火力になっているかと言うと炎環でわかる通り術式の開示+特級呪霊から呪力をぶんどっているから。二発目撃てた理由は次回で。

 極ノ番の詳細が解禁されてない気がするのであれですが、とりあえずは奥義みたいなノリでやってます。設定矛盾してたら許してください。
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