後輩ができた。
東京の呪術高専に入学。まさか一月足らずで百鬼夜行なる大規模な呪術戦に駆り出されることになるとは思わなかったが、ともあれなんとかオレは生きている。
無事四月を迎え、しれっと呪術高専二年に進級したオレ。出席日数とか大丈夫なのかよなんて思ったが、意外とそこは融通を効かせてくれた。
ていうかオレの活動が認められた。
現在特級術士として認定されたオレだが、かと言って実力が相応かというとそんなことはない。
なにせ、未だに脳内妖精は消えたままだ。
あの憎たらしくも愛らしい声を、オレはしばらく聞いていない。
つまるところ脳内妖精のバックアップにあやかれないわけで、オレは戦闘力を大きく欠損した。
妖精の左腕を解放したらまた復旧されるだろうが、それもなかなか難しい。
組織に入る段階で、オレは完全解放を禁じられていた。
不用意に解放すると、オレは処刑されることになる。
当然だ。
オレですらいまいち制御しきれていないものなのだから、誰だって恐れるに決まっている。
「──ってことで、恵はとりあえずセトの働きを見学してきなよ」
だからこそ
オレは現状戦力を持たない。術式こそ肉体の再構成時に体に刻まれたが、それが戦力になるかというとそうではない。
むしろ、オレの術式的には人はいないほうがいいのだ。
正確には観測する第三者。
それを知っていてなおこういうことを言うので、五条悟はきっとオレの左腕の完全解放を狙っているに違いない。
あんまりにあんまりでひどすぎるこの男に、オレも恵と呼ばれた男も同じしかめっ面をした。
「職務放棄じゃねぇか」
「違う。僕はお互いにとっていい刺激になると思ったから提案しただけだ。セトは戦闘経験自体はあるけど、術式は微妙。恵は術式は優秀だけど、戦闘経験はまだ浅い」
「オレも戦闘経験ねぇよ」
「あー、正確には強敵との戦闘経験だね。君は特級呪霊と一級術士、その両方を相手にしているだろ? そのぶん恵よりは知ってるはずだ──圧倒的格上との戦闘ってのを」
そう言われると、たしかに納得できる。
御莉蘭に連れ回されて向かった先では、かなり無造作な死があった。
格上との戦闘というのは実際多かったように思える。
百鬼夜行のときだってそうだ。総力戦に弱いオレは、しかし一級呪霊の足止めをさせられた。
五条悟を足止めしていた敵が優秀すぎたのが原因だ。なんとか生き残ってなすりつけて仕留めることに成功したが、あれも普通に命の危険があったと言えばあった。
つまり、そういうことだろう。
「ってことでいってらっしゃい。ふたりとも、本当にいざとなったら切り札は使っても構わないけど──なるべく逃げるなりして、使用を避けてね」
とのこと。
口ぶりからするに、恵のほうにも相当に危険な切り札があるのだろう。
つまり──なるべく使わせないほうがいい。
オレの腕の解放のほうがリスクがおそらく少ないのだから、判断に迷うことがないようにしよう。
命は尊ばれるものだ。
それがどんな命であれ、命であることには変わらないのだから。
けれどオレたちは生まれた命を殺している。
呪霊が人に及ぼす害は甚大だ。
病気や天災すら呪いに転じる。
だから和解の道はない。
けれども、命であることには変わらないのなら。
少し前の話だ。
京都高専の東堂葵という男と話した。
全人類が術士になる、あるいは全人類が呪力を喪うことで呪霊は出現しなくなるという話を聞いた。
夏油が非術士の皆殺しを企んだのも、それが原因かと思った。
そうだとするのなら、少しは親近感の湧く。
なんだ、似てるじゃないか。イカれた思想でも、出発点がそうだとするのなら。
「……先輩」
「んー、どうした?」
「どうしたもこうしたも……どうしてこんな、喫茶店でのんびりしてるんでしょうか俺たち」
「このあとオレたちは死ぬかもしれない。そういうこと考えると、怖くならない?」
「いえ、怖くは……」
「本当か?」
「少し怖いです」
「よし、正直だ。だから最後の晩餐だよ。っつーか、まぁ、飲み物なんだけど」
それに、こうして珈琲を飲んで駄弁るというのはコーコーセーらしい行為であるわけだし。
手っ取り早く相手の人間性を理解する、あるいは親近感を作り出すには、それらしい行為をなぞること。
部活動や学校での謎ルール、地域間でのルール。土着した行為を絵取れば、連帯意識というものは簡単に作り出すことができる。
「オレたちは学生なわけ。結局そこに突き詰められるわけだよ」
「だからといって」
「補助監督が同席してるからいいんじゃね?」
「ええ。そもそも、現在もサボっているわけじゃないんでしょう?」
「当然」
オレの目は例のあの日から、見えないものがよく見えるようになった。
世界を構成する物質。世界を大きく分断し、分類する。
名付けるなら、妖精の目。
そういうものを入手してしまったのだ。
だからこそ、駅が窓から見える喫茶店を選んだ。外見に現れるほど大きな異常なら、この目は勝手に見つけてくれる。
しかしながら、結果として異常は見つけることはできなかった。
こうなるといよいよもって内部に入って調査するしかない。
この結果になったとき、敵は二つに分類される。
異常に弱いか、それとも異常に強いか。
前者であってくれたら助かるが、後者ならオレが戦える可能性は少ない。
そのときは、いよいよもって左腕を解放する出番だろう。
「中は思ったより普通ですね」
「そりゃあな。自殺者が多いっつー駅。結構ベタなんじゃない?」
「といえばそうですが」
帳を降ろされた駅の中を歩く。
「──場合によっては、術士が呪いになった可能性もあるなぁ」
「と、いうと?」
「他人の呪力で殺さないと呪いになることがあるじゃん。交通事故で死んだ呪術師なら呪いになることもあるんじゃない?」
「……たしかに、ありますね。けどその可能性は薄い気がします」
歩きながら話す。そこのところの詳しい話は、オレの知ったことではない。
補助監督の出番だが、そもそも今回の任務は呪霊が存在することは確実でも、その正体が明らかでないというもの。
等級も、何もかも不明。
体よく殺しに来てないかと思うが、しかし五条悟が許可を出しているのなら問題はないのだろう。
そも。
禅院の秘蔵っ子をわざわざ殺すことはしないだろうし。
伏黒恵。
術式:十種影法術──禅院家相伝の術式使い。
まだ入学直後ながら二級呪術師として認定されている。
二級呪術師は単独行動を許可される。それでも彼が今回オレと一緒に任務にあたるのは、きっと今回の任務がそれだけの危険性を孕んでいる可能性があるからだ。
「それで恵は」
言って気づいた。
隣からその姿がこつ然と消えている。
途端にしんとした駅内で、オレは静謐をかき消す舌打ちをした。
ここまで見事に分断されるとなると、きっと相当に等級が高い。ひょっとすると特級の可能性だってありえる。
どうする? 即死攻撃をされる前に──左腕を展開するか?
やってもいいだろう。そうすれば後輩は間違いなく助けることができるし、現状は打破できる。
だが代わりに未来が閉鎖される。
オレの命と後輩の命。どっちが重い? その天秤を自ら手で動かしてまでも打破すべき
結局、オレは左腕を解放しなかった。
かつん、かつんと断片的に続く音。
釣られ、駅を降りて地下へと向かう。
だというのに、絶え間ない水音が響いていた。まるで雨みたいだ。
駅のホームがあるはずの場所へと出る。
そこには踏切があった。
それがオレと、敵の姿を隔てるように進路を塞いでいる。そしてその向こうで伏黒が戦っていた。
「げらげらげら」
二級程度だろう。彼なら問題なく祓える。
しかし待て。それにしてはおかしい。
この空間のねじれかたは、きっと領域によるものだ。
不完全な領域。それならば何度も見たことがある。
けれど、今恵が戦っている相手を見るに、相手にはそれを展開できるほどの力がない。
つまり。
周囲に警戒を滾らせる。しかしそんなオレを嘲笑うかのように、オレに放たれたのは不可視の衝撃波だ。
回避しきれなかったオレの左腕が、べっちゃりと潰れた。
崩壊はしない。そのための拘束だ。
そもそも、オレの左腕は実体をとうに喪っている。だから問題はない。
しかし、強固でそれそのものが手甲としての役割をこなせる拘束の上からオレの手を潰せるとは。
おそらく左手以外で受けると死ぬ。
──なんだ、いつものことじゃないか。
衝撃波が放たれる。
しかし、それより早く動いていたオレは、呪霊の顔に左腕を叩き込んでいた。
流れ込んだ呪力。強固な左腕での打撃は、生の拳のそれとは比べ物にならない。口から血を零し、ふらついた相手に、オレは左腕で三発を叩き込む。
叩いたという結果が捻出され、呪霊は地面へと倒れ込んだ。
仮定魔術。
オレはこの呪術を、そう名付けた。
原理としては仏陀御莉蘭の術式に近い。強固なイメージによって現実を改変し、結果を生み出す。改変する現実は過去も、未来もそうだ。
そしてそれが、過程をうやむやにしながら打撃したという結果を生み出していた。
本来この術式があれば、戦闘を一瞬で終わらせることだって可能だろう。
けれどそれはしない。というかできない。
この呪術は、そこまで便利なものでもないのだ。
例えば、相手を一瞬で殺すと言ったものは相手が違和感を覚えるから不可能だ。
オレ自身の実力が相応であれば、きっとそれも可能になるのだろうが──現状できない。
そして次に、第三者の観測があれば、この術の現実改変の成功率は大きく落ちる。ほぼゼロパーセントと言ってもいいほどだ。
あくまでも当人間の主観同士の共通認識を通じて起こすものであるからだ。
客観視があれば、現実を正しい形に認識され、元に戻されてしまう。
これがオレに宿った術式だ。
そして、オレは目を経由して世界観を押し付けることによりこの術を成功させている。
故に邪視。
眼球という外界に触れているレンズから自分の世界を逆に投射する、故にそれは発動までもタイムラグが極限まで存在しない。
ほとんど適正者のいない邪視能力。
発動速度では最速を誇る術式体系。
その力でもってオレは、呪霊を確実に仕留めた。
「 」
だが。
しかし、仕留めた直後に現れたもう一体の呪霊。
その姿を見て理解した。
そいつこそが、この領域の主だと。
「妖精、起きてるか?」
反応はない。
オレは左手にそっと触れた。
「ぶぅん、ぶぅんん」
意味のわからない言葉だ。けれどその鎌のような腕を振るっていることから、感情は読める。
それはまるで魚人のような姿をしていた。
魚のような顔、膨れた頭から人体が生えている。腕はむき出しの骨を研磨して作った、真っ白でありつつも鋭い刃。
そして、特に目を惹くのは頭から生えた無数の棘だ。
ひと目でわかる異形。
そいつは腹からぼとぼとと、人間のパーツを零しながら歩いてくる。
「やるか」
「ぶん」
その腕が振るわれる。
それが開戦の合図になった。
乙骨のときは処刑されちゃうって言ってたのになんでこんな軽いの?っていう疑問への解説〜
単純に妖精の左腕が眉唾とんちき伝承の産物だからです つまりわりとダレにも信じられてない感じ
でもほんとだったら怖いしなるべく制限かけとこって感じです 生き証人だった御莉蘭は死んだので危険性がイマイチわかりづらいってのもある