"何もないセカイ"と『誰もいないセカイ』は微妙に違うらしい。 作:躑躅桔梗
心臓の刻む律動が秒針の速度を追い越して『もっと先へ進みたい』とそう言っている気がした。
秒針の速度は、心臓の刻む律動をとうに追い越して、それでもなお先へ先へ勝手に進んでいる。それでも今はこの焦燥さえ、心地良い。
そうして過去は現実として、現実は過去として。未来は作られる。
[chapter:ふと風に吹かれ。]
作業用デスクの目の前、大きく縁取られた窓。
ふと頬に、暖かさを含む春の風を感じた。
それは昼下りの陽と共に、まるで聖母のように微笑む。
あまりの心地良さに目はうつらうつらし、集中力など既に吹き飛んでいた。
BGMとして付けっぱなしにしていたテレビも、まるで意味をなさない。
むしろバラード曲でトドメを指しに来ている。
あれから7年。
突然、俺は筆を執った。
ふとして……いや、あらかじめ仕組まれていたのではないかと思うほどに。
それが今朝の事である。
そして数時間も、食事を取らず机に向かって、朧げな記憶を書き起こす。
いきなり気を失ってしまうのではないかと思うほど眠い。
それでもまるで何者かに乗っ取られたかのように、作業する手を止めることは出来なかった。
当然、そんな状態で書き上げた文章などまとまりはない。
もしかしたら、ただ漫然と文字列が並んでるだけの駄作に過ぎないのかもしれない。
しかし、俺は思う。
時とは、過ぎ去った瞬間から劣化していくものだと。
故に、一体何者であっても、この記憶を、当時を、完璧に記すなど出来ない。
それは全能の神だろうが、変わらず。
ただ、もしその摂理すら覆す、神さえも凌駕(りょうが)した別セカイの様な存在が__
奮闘虚しくついに意識は途切れ、俺は机に突っ伏した。
[newpage]
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さて、まずは出会いから。
時は7年前。
俺がまだ16,7の捻くれたお子様だった頃だ。
俺は奉仕部との出会いを果たした。
平塚先生に強制入部させられたからなのだが。今となってはやぶさかではない。
先生元気にしてるかな?早死にしてなきゃいいけど。
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青春とは嘘であり、悪である。
[chapter:譎ゅ?7蟷エ蜑阪?よ園縺ッ蝨ィ繧翫@螂我サ暮Κ縲]
「ねーヒッキー!」
相変わらず由比ヶ浜は馴れ馴れしく話しかけてくる。本当に見境なく。
「都市伝説って知ってる?」
「まぁ、有名なものは。」
俺の返信を興味ありと受け取ったのか、由比ヶ浜は息巻く。
「今日優美子たちと話してたんだけどね!これ!」
そうして差し出してきたのは、スマホで検索したらしい、ある記事だ。
『パラレルワールドは実在した!その真相に迫る!!』といかにもなタイトル。
まぁ、嫌いじゃないこともなくはないけど。
「ゆきのんも見てみて!」
折角ちょっと気になるところを読み始めたのに、スマホを取り上げられてしまう。
自分で検索してまで見たいとは思わないが。
「そうね。私も比企谷君ほど目つきが悪い人は、都市伝説の中だけだと思っていたわ。」
なんでこの人いつも俺の悪口に繋げるんですかね。
頃合いを見て俺は、由比ヶ浜のスマホを強奪する。
「へー。『女子高生が神隠しに遭う。別世界に紛れ込んだか。』嘘くさいな。」
「そっそんなことないし!!」
由比ヶ浜は引き下がらない。必死に面白さを説明する。
流石に可哀想だから聞いてあげるか。
雪ノ下は聞いてるのか分からんし。
そうして、いつものように織りなされる他愛ない会話。今日も一日が終わる。
プルルルル……プルルルル……
聞き慣れないコール音が、くぐもって小さく反射する。
昨今はL○NEで電話からチャットまで全てできる現代の高校生において、電話のあのなんとも言えない無機質な着信音は、不気味にすら感じる。
俺は気にせずにはいられない。
「電話、鳴ってるぞ。」
俺は言い終わる前に気が付いた。
由比ヶ浜のスマホは俺が見てるし、俺には電話かけてくる人いないし。いないのかよ。
雪ノ下か。
「ごめんなさい。少し席を離れるわ。」
彼女はそうした教室を出る。
しばらくして、教室の丸いガラス窓から眩い光が差し込む。
そして、俺はこの異状にただただ、背筋を震わせるのみだった。
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青春とは嘘であり、悪である。
[chapter:時は7年前。所はありし奉仕部。]
「ねーヒッキー!」
相変わらず由比ヶ浜は馴れ馴れしく話しかけてくる。本当に見境なく。
「都市伝説って知ってる?」
「まぁ、有名なものは。」
俺の返信を興味ありと受け取ったのか、由比ヶ浜は息巻く。
「今日優美子たちと話してたんだけどね!これ!」
そうして差し出してきたのは、スマホで検索したらしい、ある記事だ。
『パラレルワールドは実在した!その真相に迫る!!』といかにもなタイトル。
まぁ、嫌いじゃないこともなくはないけど。
「ゆきのんも見てみて!」
折角ちょっと気になるところを読み始めたのに、スマホを取り上げられてしまう。
自分で検索してまで見たいとは思わないが。
「そうね。私も比企谷君ほど目つきが悪い人は、都市伝説の中だけだと思っていたわ。」
なんでこの人いつも俺の悪口に繋げるんですかね。
頃合いを見て俺は、由比ヶ浜のスマホを強奪する。
「へー。『女子高生が神隠しに遭う。別世界に紛れ込んだか。』ふっ、嘘くさいな。」
「そっそんなことないし!!」
由比ヶ浜は引き下がらない。必死に面白さを説明する。
流石に可哀想だから聞いてあげるか。
雪ノ下は聞いてるのか分からんし。
そうして、いつものように織りなされる他愛ない会話。今日も一日が終わる。
やけに静かで、何時も通りで、どこか作られた日常のように思えてならない。
[chapter:徒然なるままに、日暮らし、硯(すずり)に向かひて。]
昔々あるところに、兼好法師(けんこうほうし)という暇人がおりました。
彼は暇すぎて、一日中とりとめのないことを、あてもなく書いていました。
そうして出来たのが、『徒然草』という随筆。たまに教科書で見るあれだ。
俺も全く同じである。
一見意味もなくスマホをいじっている様に見えるかもしれない。
しかし、これはゆくゆく大作を書き上げるという伏線で。決して、断じて、絶対に、学校の課題から逃げている訳ではない。
そうしていると突然、スマホが暗転した。
不具合や充電切れではなく、本当に一瞬で、硬直もなしに。
そして数秒後。
黒いスクリーンに映る動揺した俺の顔は消え、代わりにいつものホーム画面が浮かび上がる。
ほっと胸を撫で降ろしたのも束の間、そこには見慣れないアイコンが一つ。
「Untitled?」
怪訝に思いながらも、まずはアンインストールを試みる。
失敗。
再起動してみる。
失敗。
俺程度の知識では、到底太刀打ちできなさそうだ。
こうなった時、その正体を知りたくなるのが、人間という生物の愚かな点である。
最早これが暇つぶしであったことなど、とうに忘れていた。
意を決して、アイコンをタップする。
すると辺りは白銀の光に覆われた。
成す術なく、俺はそれに飲み込まれた。
これひょっとして異世界転生しちゃうやつ?
あぁ、最後に小町の顔が見たかった……
よくわからない期待感と解放感の中に、少々の寂しさをほんの一瞬感じた。
[newpage]
[chapter:国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。]
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目を覚ますと、そこは雪国……ではなく、奉仕部の入り口であった。
だが、それは異常な雰囲気を醸し出している。なんとなくそう感じた。
「異世界感ないなぁ。」
自分を騙すためにそう呟いた。
そして俺は、ワクワクと恐怖をごちゃまぜにしたようなよく分からない気持ちで扉に手をかけ、そっと開ける。
ガラッガラッとゆっくり鳴った。
そこには、定位置に置かれたいつもの椅子。
それだけなら良かったのだが、ただ重大な異物が。
それは本来あるはずのない四席目の椅子。
それはいないはずである四人目の部員。
白の衣に身を包み、窓を見つめている。
現実ではまずお目にかからないであろう、長い長いツインテール。
右足にだけニーソを履き、左足は裸足である。
だが足を組むようなことはせず、礼儀正しさが垣間見える。
彼女はぬるっとこちらを向いた。なかなかに整った顔である。
だが流石に、この状況ではそんなことを気にかけている余裕はなかった。
「あの、ここは一体……?」
「ここは セカイ。 わたしは ミク。」
拙い(つたない)俺の質問に、ミクと名乗る彼女は単発で答える。機械的な声で、単調に。
ん?機械的な声?ミク?
「あのー。ミクって言ってましたけど、もしかして……。」
「わたしは 初音ミク。 あなたを 待ってたの。 このセカイで ずっと。」
なるほど、合点がいった。ここは夢の中で、おそらく電脳世界的な設定なのか。
確かに、夢の中ってよくわからない設定になりがちだよね。あるあるだわ。
てか夢だとしたら奉仕部の完成度高くない?
将来イラストレーターにでもなろうかな。在宅ワークだし。
「八幡……?」
ミクは不安げに見つめる。
夢の中とはいえ、話はしっかり聞かないといけないらしい。
そこは忠実に再現しなくていいんだよなぁ。
「あぁすまん。続けてどうぞ。」
「ここは あの子の想いが創り上げた 何もないセカイ。 ミクは セカイと共に生まれる。」
「わたしは あの子が 本当の想いを 見つけるのを 手伝うために ここにいる。」
ほう、なかなかテンプレな設定だな。というか『あの子』が誰なのか言わない辺り、やっぱり夢クオリティーだ。
「その、『あの子』ってのは誰なんだ?」
はて?とミクは首を傾げる(かしげる)。長い長いツインテールも連動した。
「あの子は、 あの子。」
「いや、それはそうなんだろうけど、そうじゃなくて、名前とか……」
「あの子は このままだと 見つけることが出来ない。 どうか あの子を助けて。」
全くわからない。質問に答えないし、"助ける"とか"想い"だとか、抽象的な事ばかり。
「結局、具体的に何をしてほしいんだ?こっちも暇じゃないんだよ。」
「今は 分からなくてもいい。 でも八幡なら きっとあの子と セカイで会える。」
やはり会話は成立しない。
「もう何でもいいから、そろそろ終わりにしてくれないか?夢なら分かるだろ?」
「ここは セカイ。 夢じゃない。 そして戻るなら 約束して欲しい。 必ずあの子を助けると。」
「分かった分かった、助けるよ。」
もう面倒くさくなって適当に返事したのだが、ミクの安堵は生々しい。
「そこの扉から 元のセカイに戻れる。」
ミクは、俺が入ってきた奉仕部唯一の出入り口を指差した。
別れの言葉など言う気はなく、無言で扉に手をかける。だがそこで、ふと気になった。
「なんで俺の名前を知ってたんだ?」
しかし振り返った先に、ミクはいない。
そして扉の先、眼下には『誰もいないセカイ』が広がっていた。
[chapter:宵崎奏という人物。]
靴下越しに、冷気が伝わる。真冬の廊下と言ったら分かりやすいだろうか。
ただそれ以上に、灰色で無機質な何もない空間が、まるで心無い言葉をぶつけられているような、そんな突き刺さる寒々しさを与える。
そうして俺は歩いて歩いて、また歩く。
それでもこのセカイの景色は変わらない。
このまま一生出られないのではないか。
そんな恐怖がじわじわと、俺を後ろから付けるように迫ってくる。
また何分か経過した。だがそれは、もしかしたら実際の何時間、何日に相当する長い時間だったのかもしれない。それほどに時間感覚が狂っている。まるで浦島太郎にでもなった気分だ。
気が付いたら、誰もいないセカイに光が指し始めた。辺りには三角形のオブジェ。所々に突き刺さる鉄骨が痛々しい。
そして、眼下に少女が二人。
一人は、無責任にも俺をこのセカイに放り込んだ張本人。
そしてもう一人が「……ちょっと待って。何を言っているのか本当に……」正真正銘の人間である。
銀とも白とも言えない脱色されたような長髪に、ダボッと大きめのトレーナーを着用する。
そして覗く足は細く白く、不健康そうに見える。
中学生くらいの歳だろうか?
俺は特にそういった趣味を持ち合わせていないのだが、どうも今日の俺はおかしいらしい。
「あのー、あなたは?」
場所と時間帯によっては通報されかねない状況だが、ここは異世界である以上、なんの問題もない。
そうして、このよくわからない三人は相見えた。
[newpage]
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「本当に来た……」
その瞳は、初対面の人間に向けられたものと思えないほど、疑心に満ちている。
なにそれ。ノリで呼んだやつが本当に遊びに来ちゃった的なやつ?あ、死にたい。
「ミク、これは……?」
問われても、彼女は答えない。目を閉じ、一切の挙動を見せない。
そればかりでなく、生物として行うべき当然の営みさえも停止しているのではないかと、そう思った。
今の彼女は、先程奉仕部で見た時の何倍も秀麗で、まるで絵画のようであった。たとえ何千、何万の時が経とうと、たとえ人類が滅びようと、変わらずそこに存在しているのではないか。そんな永続性が、たまらなく美しかった。
「あ、の。あなたはどうしてここに?」
そのミクとは別の多分人間であろう少女が、慣れない様子で話しかけてくる。
しかしそこに、年相応のあどけなさはなかった。
「どうって……まぁ、強制的に引きずり込まれたというか、自分から引きずり込まれたというか……」
「やっぱり、わたしと同じ。」
一人で納得されてしまった。
そうしたら、こちらも疑問をぶつけようか。
「というかそれよりも、なんで俺のことを知ってた のか聞いていいか?」
わたしに聞かれてもという顔で、少女は困ってしまう。
「わたしはミクから聞いただけで、なんとも。」
四つの目玉が、一つの視線となってミクの方に向く。
ミクは観念したのか、口を開いた。
「八幡のことは わたしが生まれた時、つまり この『誰もいないセカイ』が 出来た時から 知ってた。」
「それからしばらくして、 気が付いたら あの『何もないセカイ』も 出来てた。 そこに来たのが 今の八幡と奏。」
経緯はよく分かったのだが、いかんせん超展開過ぎて付いていけない。沈黙が続く。
「『何もないセカイ』っていうのは、なんなの?」
「俺が最初に飛ばされたとこで、なんていうか……部室?教室?みたいな。」
奉仕部と言いかけたが、よく考えたら、いやよく考えなくても、そんな部活が通じる訳ない。
「もしかして、ここ以外にもセカイがたくさんあるって事……?」
「そう。 セカイは 人の想いで出来るから。 でもあのセカイは 何も無かった。 想いも セカイにいるはずの ミクも。」
そう言う顔は、哀しみに包まれている。
「だから、 二人には あの子を 助けてあげて欲しい。」
その切実な声に、少しばかり心が動いた。
"好きの反対は無関心"という言葉があるように、何も反応されない虚無というものは、この世で最も辛い拒絶なのかもしれない。
「俺たちが、その……助けるとして、何が出来るんだ?」
「まず、『何もないセカイ』と 『誰もいないセカイ』を作った 二人の本当の想いを 見つけないといけない。 だから、 二人が協力する事。」
なるほど、簡単に言うけどそれめっちゃ難しくない?今初めて会ったばっかの人と協力とか。
「分かった。」
そうやって躊躇う俺を尻目に、彼女はさらっと承諾してしまった。
その目は、まるで喜んでいるかのような、絶望しているかような、とにかく俺にとって、恐怖すべきものだった。
「じゃあこれ。」
彼女はトレーナーのポケットに常備してあるらしいメモ帳に、何やらアカウント名?を書き込んで、俺に渡してきた。
「これは……?」
「わたしのアカウント。ナイトコードっていうチャットツールの。」
そう言われて、俺は思わず紙切れを受け取ってしまった。いや、思わずだし、別に貰わなくても良かったんだけどね。
そうして俺と彼女の間に、もう何度目か分からない沈黙が流れる。しかし、そこにこのセカイの持つ寒々しさは全く存在しない。
それは俺にとってデジャブで、心臓の刻む律動が秒針の速度を追い越して『もっと先へ進みたい』と、再び柄にもなく、そう言っている気がした。
ミクは微笑んでいた。先程の哀愁が嘘かのように。
「良かった。 二人で 助けてあげて。 すぐそばにいる あの子を……」
[newpage][chapter:"25時、ナイトコードで"]
どうやら、作曲中に寝てしまっていたらしい。
お下がりの大きなデスクに置かれたディスプレイは、素人からすればとても音楽とは見えない、難解な記号を表示していた。
わたしは自分の座高よりも高い背もたれから起き上がる。
「曲……作らなきゃ。」
再び、わたしは作曲の没頭する。
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『ニーゴ?何それ』
『音楽サークルだよ。聞いたことない?曲からMVまで全部自分達で作ってるんだけど……。なんていうか……ほんとすごいから、1回曲聞いてみてよ』
『そんなに?じゃあ暇だし聴いてみようかな』
『……何これ。ヤバくない?』
『でしょ?刺さるっていうか、えぐられる、みたいな』
『うん。なんかちょっと、怖いくらい』
『これ作ってる……ニーゴ、だっけ。どんな人達なの?』
『それが、よくわかんないんだ。4人で作ってるっぽいんだけど……。でも、そういう正体不明なところもいいんだよね』
『へー、じゃあ聴いてみようかな。それにしても、ニーゴって変な名前だね』
『あ、ニーゴっていうのはみんながそう呼んでるだけだよ。本当のサークル名は__』
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"25時、ナイトコードで。"
食べかけのカップラーメンを、スープと共に少し頬張る。
ナイトコードの通知で、わたしは現実世界に引き戻された。この通知は多分、雪から。
わたしは、本名の"宵崎奏"をもじって"K"という名前で作曲活動をしている。
雪というのは、最近4人で組んだ音楽サークルの仲間の1人。
「みんな、遅れてごめんね。結構待たせちゃったよね。」
「あ、雪!帰ってきたんだね、学校おつー」
ミュート設定になったままのわたしは、真面目な雪と明るいAmiaがボイスチャットで繰り広げる会話を、なんとなく聞いていた。
「KもAmiaもお疲れ様。ごめんね、部活が長引いちゃって。なるべく早く帰ろうと思ってたんだけど……。」
カップラーメンを食べ終え、わたしはミュートを解除する。謝られっぱなしではバツが悪い。
「全然大丈夫だよ。昨日遅れるって連絡くれてたし!」
「うん。」
Amiaに同意して、わたしも返事を返す。こういう時無意識に素っ気ない返事をしてしまうわたしは、Amiaの明るさによく助けられる。
「Kもミュート切ったんだね。作業進んだ?」
「一応。でも、まだ最後にやり残した箇所が残ってるから。」
「ふわぁ……ねむ……。あ、雪戻ったんだ。」
「うん。ただいま、えななん。」
そして昼夜逆転したえななんも、眠そうにミュートを解除する。
「今ってみんな、どこまで進んでる?」
雪はその真面目さ故、無意識か意識的か、みんなの調整役を買って出てくれる。
だがこのサークルを作ったのはわたしなので、雪に任せっきりという訳にはいかない。
だからいつも雪が問いかけ、わたしが全員分の進捗を答えるという流れに自然となる。
「えななんは、サムネイル用のイラストを描いてる。」
「完成まではもう少しかかりそうだけどね。」
「AmiaはMV初稿の書き出し中。」
「今回もカワイくできてるよ〜♪」
「わたしはさっき言った通り、新曲のラフがもう少しで終わるところ。」
雪は、ふむふむ。と声に出してはいないものの、おそらくそんな様子に違いない。
「じゃあ、後は個人作業かな?」
「そうだね。じゃあまた、25時にナイトコードで。」
わたしは3人への返事もそこそこに、早々とミュートする。
秒針の速度は、心臓の刻む律動をとうに追い越して、それでもなお先へ先へ勝手に進んでいる。それでも今はこの焦燥さえ、心地良い。