全員が着替え終わったあと、さっそく別荘の外に出て直ぐ、俺とイッセーの修行が始まった。
イッセーが木場と剣術修行を行う間、俺は離れた場所で塔城と組み手をすることになった。
組み手が終わったあとは、イッセーと合流して、姫島先輩に見てもらいながら魔力修行とPSIの特訓だ。
その後は再びイッセーと別れて、次は木場と組み手をすることになっている。
その後は、イッセーは部長と筋トレに入るのだが、俺は自由行動になっている。
塔城と木場は、俺たちが姫島先輩に修行を見てもらっている間に、自分たちの修行を行うことになっている。
今回の修行の目的は弱い俺たちの強化なので、みんなの力を最大限借りることにしよう。
それで現在、実際に塔城に組み手をしてもらったのだが……。
「ぐっ……ま、待て、ちょっと休憩させてくれ」
「……わかりました」
塔城に綺麗にボディーブローを決められた俺は、左手で腹を擦りながら休憩を提案すると、塔城も了承してくれて組み手の構えを解く。
俺はそのまま近くの木に寄りかかって座りこんだ。
「塔城よ。もう少し手加減してくれてもいいんじゃないかな?」
「……もう十分してます」
俺の軽い冗談に塔城はいつもどおりの口調でそう返してくる。
……まあ、塔城が手加減してくれてるのは十分わかってるけどな。
こうして組み手をしてて実感した。
力だけじゃなく、技もスピードも塔城の方が圧倒的に上だ。
イッセーたちと知り合う前は色々とやんちゃだったから、少しはケンカ慣れしてると思ったんだけどな……やっぱ、勘とか結構鈍ってるしな。
「……どうぞ」
「ん? ありがとな」
俺は塔城からスポーツ飲料水を受け取る。
「わかってたことだけど、俺って弱いな」
「……はい」
俺の呟きに塔城は少しも悩むことなく、ハッキリ言ってくる。
くっ、もう少しオブラートに包んでくれてもいいんじゃないか?
……それにしても、どうしたものか?
悪魔相手に技で勝てないとわかった今、人間である俺と悪魔たちの圧倒的な体のスペックの差がさらに問題だな。
いくらバーストが使えるようになってきているとはいえ、これじゃあどうすることも出来ないよな。
どうにかして、残りの時間の間で俺の体を悪魔と競えるように強くする方法はないだろうか……ん?
体を強く……? 悪魔と競えるように体を強く……強化出来れば!
俺はQに聞いたPSIの三つの力の内、一つの力を思い出した。
強化のライズ。俺の勘が正しければ、これは……。
「塔城! 組み手の続きを頼む!」
「……はい」
突然、勢いよく立ちあがってそう言った俺を見て、塔城は少し驚くが、少し微笑むと俺の前に移動して組み手の構えを取ってくれる。
とりあえず、今は自分の勘を信じよう。
PSIに必要なのはイメージだ。
今はしっかりと自分のイメージを固めることが重要だ。
その後、俺は頭の中のイメージを固めるために塔城の打撃を何回も体で受けることになった。
塔城との修行の時間が終了したので、俺はボロボロの体を引きずって別荘の一室にやってきた。
「だ、大丈夫か楠緒?」
「大変です! 少しじっとしててください!」
部屋に入ってきた俺の姿を見て、イッセーが少し引きつった笑みで話しかけてきて、アーシアは心配そうに近寄ってくると、少し慌てながら神器を使ってボロボロの体を癒してくれた。
やっぱりアーシアの神器は気持ちいいな。体が癒されていくのが実感できる。
「ありがとうな、アーシア」
「いえ、ケガをされたときはいつでも言ってください」
治療が終えたあと、俺はアーシアにお礼を言うと、アーシアも笑顔で返事をしてくれた。
「うふふ、随分と小猫ちゃんに絞られたようですわね」
「ええ、でもおかげであるイメージが掴めました」
「あらあら、それはよかったですわね。それでは、魔力修行を始めましょう。三人とも席に着いてください」
姫島先輩はいつもどおりに微笑みながら、俺たちに自分の前の席に着くように促す。
俺たちは言われた通りに席に着いて、姫島先輩による魔力修行が始まった。
「そうじゃないのよ。魔力は体全体を覆うオーラから流れるように集めるのです。意識を集中させて、魔力の波動を感じるのですよ」
しばらくして、隣で魔力を使うのに苦労しているイッセーに対して、姫島先輩がアドバイスする声が聞こえてくる。
しかし、姫島先輩のアドバイス空しくなかなかうまくいかないみたいだ。
「できました!」
イッセーの様子を見ていると、イッセーの隣に座っていたアーシアの手のひらに緑色の淡い魔力の塊が作り出されていた。
どうやら、アーシアはイッセーとは違って魔力を扱う才能があるみたいだな。
姫島先輩もアーシアのことを褒めている。
「まあ、楠緒はどんな感じでその力を使ってるんだ?」
二人の様子を眺めていると、イッセーが小さい声で訊ねてきた。
「基本的に魔力を使うときと同じだと思うぞ。大切なのはイメージだ。ちょっと見てろ」
俺はイッセーにそう言うと、姫島先輩が用意してくれていたコーヒーをカップに入れる。
そして、コーヒーの入ったカップの中に同じようにクリームを淹れると、俺はカップに手のひらをかざし、イメージを固めて投影する。
「なんだこれ? すげぇ!?」
「楠緒さん。すごいです!」
「あらあら、随分と上手になりましたわね」
カップの中には、クリームによって魔方陣のような複雑な模様が描かれていた。
三人とも、そのカップの中を見つめ驚いている。
「これでも、最初の方は歪な円しか描けなかったんだぜ。いわば、練習あるのみだな。姫島先輩が言うには、自分の得意なものやいつも想像してるものの方が比較的早くイメージ出来るらしいぞ」
俺はそう言うと、コーヒーの中のクリームだけを動かして指先にクリーム玉を作り出して食べる。
イッセーは少しの間考えるような表情を浮かべると、いきなりなにかを閃いたように目を輝かせる。
「朱乃さん、ちょっといいですか?」
イッセーが俺たちに聞こえないように、姫島先輩に耳打ちをして、なにかを訊ねる。
「うふふ、イッセーくんらしいですわ」
姫島先輩はイッセーの話を聞いて、少しポカンとするが、すぐにいつもどおりに微笑むと、なにかを取ってくると言って別荘に部屋を出て行ってしまった。
「イッセー、一体なにを思いついたんだ?」
俺がイッセーに訊ねると、イッセーが突然ニヤニヤし始める。
「よくぞ聞いてくれた。もしも、俺の思いついたことが実際に叶えられるとしたら……俺は無敵になれるかもしれない!」
凄い自信を持った表情でイッセーがそう言う。
……まあ、イッセーのことだからまたしょうもないことを考えたんだろう。
そして姫島先輩が帰ってくると、大量のなにかをイッセーの前に置いた。
タマネギ、人参、ジャガイモ? まるでカレーの具材一式だな。
「では、イッセーくん。合宿中、これを全部魔力でお願いしますね」
姫島先輩の言葉を聞いて、イッセーは納得言った表情を浮かべ、タマネギを一つ手にとる。
野菜を使ってなにをするつもりだ?
野菜を使ってできることっていったら……あっ!
イッセーがなにを思いついたのか考えていると、俺はあることを思いついてしまった。
いや、でも、まさかな……だけど、イッセーだしな……。
俺はいま思いついたことが外れていて欲しいと思いながら、自分のPSIの特訓を続けるのだった。
姫島先輩との修行を終えたあとは、予定通り木場と組み手をすることになった。
「木場、一つ頼みたいことがあるんだけどいいか?」
「なんだい?」
「出来る限りでいいが、俺が反応できるギリギリの速さで動いてくれないか?」
俺の言葉を聞いて、木場がポカンとする。
「どうしてだい?」
「塔城との修行であることを思いついてな。そのために必要なことなんだよ」
「なるほど、わかった。僕にできることなら協力しよう」
俺が深い理由を伝えなくても、木場はなにかを察してくれたのか、俺の提案に乗ってくれた。
PSIの基本はイメージだ。
俺が考えるに、強化のライズに必要なイメージは自分の強くなった姿。
協力してもらうぞ、木場、塔城。
殴られて殴られて殴られた、その先に見えるなにかを見つけてやる。
そうしてしばらくの間、組み手でボロボロにやられていると、塔城のときのように少しずつ見えてくるものがあった。
塔城のときに見えたのは『戦車』の特性である、そのバカげた力と防御力。
そして今、木場から見えているのは『騎士』の特性である、スピード。
その二つを上手く組み合わせて、自分の強くなった姿をイメージしろ。
相手の攻撃を回避できる速さ。相手の攻撃を耐えきる強靭な肉体。相手に一撃ぶちかます力。
「グハァ」
木場の木刀の一撃を受けて倒れこむ。
「今日はこれぐらいにしておこう。これ以上やると、佐伯くんの体が危ない」
「ま、待ってくれ。も、もう少し頼む。あと少しで、なにか見えそうなんだ」
俺はボロボロの体に力を込めて立ち上がる。
「……しょうがないな。だけど、あと一回だけだよ。今日はそれで終わりだからね」
木場は俺の我がままを聞いて、やれやれといった感じで木剣を構えてくれる。
「ありがとうな」
「全く、無茶して体を壊したら意味なっていうのに……それじゃあ行くよ!」
そう言うと、木場は俺が反応できるギリギリの速度で動きだす。
木場の攻撃を避けたり、受け止めたり、こちらからも反撃をしようと試みる。
しかし、俺の反撃を当然のように木場に避けられたり、受け流されたりと、まるで当たらない。
しばらくの間、それを繰り返していると、突然膝に力が入らなくなって体が崩れた。
木場の体を狙って振っていた木刀が俺の顔に襲いかかる。
やっ……べぇ……。
木場も気がついたようだが、もう木刀は俺の顔に当たる直前で引いても間に合わない。
避けろ……!!
自分に襲いかかってくる木剣を見つめらがら、そう脳に命令すると、全身に異常が起こった。
今まででは考えられない力が全身に宿り、凄まじい速さで木場の木刀を回避すると、その勢いのまま近くにあった木に激突してしまった。
「今……!?」
俺がそう呟きながら、木場の方を見ると、木場も驚いたような表情を浮かべて俺を見つめていた。
もしかして、今のがライズなのか?
そう思いながら、体を動かそうとするけど、今日はもう限界なのか、まるで動こうとしない。
「き、木場、また頼みがあるんだけど」
「なんだい? 組み手なら今日はもうしないよ」
「そうじゃなくて、肩を貸してくれ。疲れて力が入らねぇ」
「……はぁ、だから言ったじゃないか」
俺が木場に頼むと、木場は溜息を吐くながら肩を貸してくれた。
そして、そのまま今日の修行は終了して別荘に戻ることになった。
偶然だけど、ライズを使うことは出来た。
あとは残りの時間の間にこの力を自由に使えるようにしないとな。
木場に肩を借りながら別荘に戻る間、俺は今後の修行をどうするかを考えていた。
「うおおおお! 美味ぇぇぇ! マジで美味い!」
今日一日の修行を終え、俺たちは夕飯を食べていた。
俺の隣でイッセーが大声で叫びながら、すごい勢いで夕飯を食べていく。
テーブルの上には、豪華な料理の数々が盛られていた。
今朝、山を登っているときに木場が取った山菜はおひたしに、肉料理は部長が山で狩ってきた猪の肉、魚料理は部長が釣ってきたものだ。
その他にも、各種色とりどりの料理が並べられている。
……部長、バカンスを満喫してないか?
まあ、さっきまでイッセーの修行に付き合ってたみたいだから、そんなことはないんだろうけど。
ついでに、俺は木場との修行を終えて別荘に帰ってきたあとは、すぐに風呂に入って、自分に与えられた部屋で寝ていた。
それにしても、本当に美味いな。久しぶりにこんな料理を食べたな、いつもは基本コンビニだし……。
「あらあら、おかわりもあるからたくさん食べてくださいね」
今夜の料理を作ってくれたのは姫島先輩らしい。
イッセーの持っていた巨大な荷物の中身は、ほとんどが調理器具だったとか、調理器具ってあんなに大量にあるんだな。
まあ、持ってきたのは俺ではないし、こんな美味しい料理を食べれたんだ、細かいことを考えるのはやめよう。
隣でアーシアが自分の作ったスープをイッセーに飲ませて褒めてもらっているが、俺は料理に集中して舌鼓をうつ。
「さて、イッセーと楠緒。今日一日修行してみてどうだったかしら?」
部長がお茶を飲んだあとに俺たちに聞いてくる。
俺とイッセーは動かしていた箸を止めて、部長の方を向く。
「……俺が一番弱かったです」
「イッセーと同じです。弱いのはわかっていましたけど、改めて差を実感しました」
「そうね。二人とも正しいわ」
俺たちの言葉を聞いて、部長はハッキリとそう言った。
そのあと、部長と色々と話をしたあと、イッセーが部長たちを混浴するかしないかと言った話に発展した。
まあ結局、塔城に拒否されてその話は流れたわけだけど。
断られて当然なのに、なぜかイッセーは今にも泣きだしてしまいそうな雰囲気で落ち込んでいる。
「イッセーくん、僕と裸の付き合いをしよう。背中、流すよ」
「うっせぇぇぇぇッ! マジで殺すぞ、木場ぁぁぁぁ!
イッセーの怒りの慟哭が別荘に響き渡る。
こうして、騒がしく修行一日目が終了した。