豪華な装飾が施された部屋の中で、俺は椅子に座り一人でモニターを見つめる。
モニターには、炎の翼を広げたライザーと、見覚えのない赤い鎧を身に纏ったイッセーが激しい戦闘を繰り広げている。
あの赤い鎧は、イッセーの持つ神器『
一族の力に過信しているライザーと、大事な人のために自分の身を犠牲に力を得るイッセー。
俺はこの戦いの勝者を確信していた。
俺は静かにモニターを見つめながら、あの日……魔王サーゼクス・ルシファーさまと話した日を思い出した。
…………
………
……
…
「魔王サーゼクス・ルシファーさま。俺と契約を結んでください」
俺は魔王に対して無謀なことを口にした。
俺の言葉を聞いたサーゼクスさまは表情を変えることなく、俺の目を見つめている。
「佐伯さま。魔王に契約を持ちこむことは」
「グレイフィアよせ。契約か……キミは悪魔と契約を結ぶということが、どういうことか理解しているのかな?」
グレイフィアさんが俺の無礼を咎めるため口を開くが、途中でサーゼクスさまがグレイフィアさんを止めて、俺にそう聞いてくる。
「はい。『人の命は平等ではない』という悪魔の格言も理解してこの話をしています。代価として、俺の命が必要なら俺の命だって差し上げます」
俺は真っ直ぐサーゼクスさまの目を見つめ、そう言い放つ。
サーゼクスさまもなにかを見定めるように、静かに俺の目を見続ける。
暫らくして無言で見つめ合っていると、サーゼクスさまが静かに微笑んだ。
「なるほど、キミの覚悟は本物のようだね。その契約の内容を聞かせてくれないか」
「サーゼクスさま。よろしいのですか?」
「ああ、キミだって彼が本気で言っていることはわかっただろう。悪魔として、本人が本気で望んでいる契約を無碍にはできんよ」
「……そうですね」
サーゼクスさまの話を聞いて、グレイフィアさんは一度俺の方を見たかと思うと、どこか納得したような表情を浮かべ、俺とサーゼクスさまから少し離れる。
「話が少し逸れてすまなかったね。では、改めて契約の内容を聞かせてくれないか。先に言っておくが、ただでリアスの婚約を解消するのは、キミの払える代価では不可能だよ」
「はい。契約の内容は簡単です。もう一度、グレモリー家とフェニックス家、両家の前でライザー・フェニックスと戦わせてください」
俺の言った契約の内容に、サーゼクスさまは少し考えるような表情を浮かべる。
「……それは少し難しいな。レーティングゲームを行うには、それなりの準備が必要でね。両家の多忙さを考えると、次に両家の前でゲームを行えるのは、いつになるかわからないんだ」
「いえ、レーティングゲームをする必要はありません。ライザー・フェニックス一人だけと戦うことができればいいんです」
「ライザーくん。一人とかね?」
俺の言葉を聞いて、サーゼクスさまは再びなにかを考える。
「一人と戦うのなら、それほど大きな疑似空間を用意する必要もない……それに婚約パーティーのときであれば、両家の前で行うことも可能か……」
サーゼクスさまは小さい声でなにかを呟くと、考えがまとまったのか元の表情に戻っていた。
「では、キミはライザーくんともう一度戦って決着がつけば、その結果で納得するということだね」
「……はい」
俺はサーゼクスさまの問い掛けに頷いて答える。
「そうか……私たちにとっても、そうしたほうがいいのかもしれないね」
「どういうことですか?」
俺はサーゼクスさまの言葉に疑問を感じて問い掛ける。
「……実は婚約を進めてはいるが、両家の間には少し複雑な空気が流れていてね。キミの言うように、ちゃんと決着をつければ解消されるかもしれない」
サーゼクスさまはそう言うと、なにかを決めたように小さく頷くと、俺を見つめ口を開く。
「わかった。キミとの契約を結ぼう」
「ありがとうございます!」
俺はサーゼクスさまお礼を言って、頭を下げる。
「だが、一つ問題があるとすれば、ライザーくんと戦う人物だ。キミが戦うつもりなのか?」
「いえ、ライザー・フェニックスの相手は兵藤一誠……リアス・グレモリーの兵士です」
サーゼクスさまを俺の言葉を聞いて、少し怪訝そうな顔をする。
「リアスの兵士といえば、あのドラゴン使いくんかね? あの子はゲームでライザーくんに手も足も出てなかったと思うが?」
「イッセーはまだ負けてません。もう一度戦えば、ライザー・フェニックスなんかには負けませんよ」
ゲーム中に見た二人の最後の目。
ライザーは暴王の月の前に完全に恐怖で怯え、イッセーはあれだけボロボロになってもまだ諦めていなかった。
だから、俺はイッセーが絶対にライザーに勝つと信じている。
「……一つ教えてほしい。どうしてキミが戦わないのかね? ゲームでライザーくんを追い詰めたのは間違いなくキミだ。あの力を使えば、ライザーくんに勝てるのではないかね」
サーゼクスさまが少し納得言ってないように聞いてくる。
確かにメルゼーの力を使えば、ライザーに勝つことはできることかもしれない。
だけど……。
「ほら、物語とかであるじゃないですか。囚われたお姫さまを救う役には、相応しい人物がいるんですよ……俺にはその役は相応しくないんです」
あの日の夜、部長が自分の想いを話したのはイッセーだ。
なら、その役はイッセーが一番相応しい。
俺の話を静かに聞いていたサーゼクスさまは、なにかに納得したように微笑んで頷く。
「……キミがそう言うのであれば、そうしよう。代価は全てが終わったあとで頂くとしよう」
「はい。ありがとうございます」
「では、舞台の演出を考えなくてはいけないな……そうだ! キミも一緒に考えてくれないか?」
「……えっ?」
サーゼクスさまの提案に俺は呆然とする。
「なに、せっかくなら派手なほうがいいとは思わないかい? もちろん、私から願い出たのだから代価は払うよ。そうだな……ドラゴン使いくんが勝ったら、キミの契約を一度だけ受けるというのは、どうだろうか?」
サーゼクスさまは、まるで子供のような笑みを浮かべて言う。
……そういうことですか。
俺はサーゼクスさまの言葉の意味を理解して、少しだけ口元が緩む。
「わかりました。俺に出来ることなら力になります」
「そうか。グレイフィア、彼を連れて来てくれ」
「かしこまりました……佐伯さま、お手を」
「あっ、ありがとうございます」
俺はグレイフィアさんに差し出された手を掴んで、立ち上がるのを手伝ってもらう。
「大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
グレイフィアさんの問い掛けに、出来るだけ自然な微笑みで返事をする。
「そうですか。それでは、私たちのあとをついて来てください」
「わかりました」
俺はそうして、部屋を出て行くサーゼクスさまとグレイフィアさんのあとをついていった。
…………
………
……
…
あの日のことを思い出している間に、モニターに映し出されている戦いは終わりを告げた。
途中で鎧が解除されて、危なかったがイッセーが聖水に神器の力を譲渡するという機転を見せて、ライザーの体力と精神を大きく消耗させた。
いくら不死身だろうと、精神だけは瞬時に回復出来ない。
そんな状態にライザーに、神器によって強化された十字架と聖水が付加されたイッセーの拳が叩きこまれた。
限界を迎えたライザーは、前のめりに突っ伏すと、その場から立ち上がらない。
イッセーとライザーの戦いは、俺の信じていた通りイッセーの勝利で終わった。
俺がモニターでイッセーの様子を眺めていると、部屋の扉を誰かがノックする。
「はい。どうぞ」
「失礼いたします」
来客が誰なのかわかっていた俺は、すぐに返事をする。
グレイフィアさんは俺の返事の聞いて、扉を開けて部屋に入ってきた。
「用意はよろしいでしょうか」
「いつでも大丈夫です」
俺はグレイフィアさんの言葉に頷きながら答える。
「それでは行きましょう。サーゼクスさまがお待ちです」
「はい……最後のけじめをつけきましょう」
そう言って俺は、グレイフィアさんのあとを追って部屋を出た。
部屋から出て少し歩くと、巨大な門の前に辿り着いた。
この先がパーティー会場か……どうやら、随分と盛り上がっているみたいだな。
扉の向こう側から、騒がしい声が聞こえてくる。
「では、扉を開けます」
「はい。お願いします」
俺の返事を聞くと、グレイフィアさんが打ち合わせ通り、凄まじい勢いで扉を開く。
扉の先の光景を眺めると、その場にいる全員がこちらを見つめていた。
「く、楠緒?」
「よお、イッセー。よくやったな」
部長と一緒にグリフォンに跨っているイッセーが、突然現れた俺を見て戸惑っている。
俺はそんなイッセーに笑顔でライザーに勝ったことを褒める。
「どうして、人間がこのような場所にいる!?」
会場の誰かが俺を指差しながら大声で叫ぶ。
その声につられるかのように、会場内のざわめきは大きくなる。
俺はざわめきを無視して、イッセーと部長の傍に近寄る。
「イッセー、今のうちに部長を連れて行け」
「ちょ、一体、どうなってんだよ?」
「説明してちょうだい」
イッセーも部長も動揺してなかなか行こうとしないので、俺はグリフォン指示を送って、二人を連れて行かせる。
「じゃあな。イッセー、部長!」
「なッ! 楠緒! あとで絶対話してもらうからな!」
イッセーはそんなことを言いながら、グリフォンに跨って部長と一緒に冥界の空に飛んでいった。
……さてと、ここからは俺の舞台だ。
俺はイッセーたちを見送り終わると、再び会場全体を眺める。
無視をしていたためか、会場にいるほとんどが俺を睨みつけ、非難の声をあげている。
「皆の者、静かにしてもらえないか? 彼は私の客人だ」
会場にサーゼクスさまの声が響き渡ると、この声に反射的に応えるように会場が静まり返る。
「サーゼクスよ。これもお主の仕組んだことなのか?」
サーゼクスさまの近くにいた紅髪の中年男性がサーゼクスさまに問う。
「はい父上。今日の舞台は全て、彼と私で仕組んだものです」
「全てということは、先程の催しもか?」
「はい」
サーゼクスさまは父上と呼ぶ男性の問い掛けに、全て正直に答えて行く。
……あれが、部長とサーゼクスさまの父親か。
部長の父親はサーゼクスさまの答えを聞いて、鋭く目を細める。
「お主は先程、上級悪魔同志の交流は大切と言っていたが、あの発言は嘘であったのか」
「いえいえ、あれは私の本心ですよ。ですが、悪魔として人間に本気で契約を望まれたら無碍にはできませんよ」
「魔王であるお主が、ただの人間と契約だと!?」
「なにか可笑しいでしょうか? 私は悪魔として当然のことをしただけです。それに彼も、自分のしたことぐらい理解していますよ」
「なんだと!?」
サーゼクスさまの言葉を聞いて、部長の父親が鋭い視線で俺を見つめてくる。
「お主は……! そうかリアスと一緒にゲームに参加していた……」
「はい」
部長の父親は俺の顔を見て、部長と一緒にゲームに出た人間だと気がついたらしい。
「お主がサーゼクスと契約を結んだのは、本当のことか?」
「はい」
俺が即座に答えると、会場がざわつく。
まあ、周りからしたら、どこの誰かも知らない人間が、自分たちのトップである魔王と契約を結んだと知れば驚くのは当然か。
「では、今日のことは、お主からサーゼクスに持ちかけたのだな」
「はい」
俺は部長の父親の問い掛けに正直に答えていく。
「そうか。サーゼクスはお主が自分のしたことを理解していると言ったが、お主はどうするつもりだ?」
部長の父親は俺を試すように問い掛けてくる。
「勿論、私に出来ることならどんなことでもして償いますよ。奴隷になれというのならなりましょう。命を差し出せというのなら差し出しましょう」
俺は真っ直ぐに部長の父親の目を見つめて言い放つ。
俺の発言にざわついていた会場が静まりかえる。
「……そうか、サーゼクスの目は節穴だったようだな。お主はなにもわかっていないようだ」
「なッ……!」
俺は部長の父親の言葉に戸惑う。
……どういうことだ?
俺が部長の父親の言葉の意味を考えていると、部長の父親は俺に興味を無くしたように視線を逸らすと、少し離れた場所に立っている中年男性の元に歩いて行く。
俺はなにか間違えてしまったのか……?
「どうしたんだい?」
俺が呆然としていると、サーゼクスさまが話しかけてきた。
「お、俺はなにか間違えたでしょうか……?」
俺がサーゼクスさまに問い掛けると、サーゼクスさまは優しく微笑んだ。
「そんなことはない。全てはキミと私の予定通りにいったよ」
「……ですが」
「安心しなさい……ほら、キミの仲間が心配しているよ」
「えっ……」
サーゼクスさまが指差した方向を向くと、姫島先輩、木場、塔城の三人が俺を心配そうに見ていた。
「ほら、早く行ってあげなさい」
「ですが、代価は……?」
みんなの所に行くことを促すサーゼクスさまに俺は代価のことを問う。
「代価なら既に頂いたよ。キミに渡す代価は今度会ったときにしよう。では、また会おう。佐伯楠緒くん……皆の者も申し訳なかった。本日はもう帰ってくれ」
サーゼクスさまはそれだけを言い残すと、俺に背を受けて歩いて行った。
「待ってください!」
俺が慌ててサーゼクスさまのあとを追いかけようと立ち上がったら、誰かが服の裾を掴んで邪魔をした。
「放せ……! ッ!?」
俺が叫びながら振り返ると、塔城が服を掴んで俺を見つめていた。
「……塔城?」
「……なにしてるんですか……先輩」
いつも殆ど表情が変化しない塔城が、少し悲しそうな表情を浮かべていた。
「……突然いなくなったから、心配しました」
「あっ」
そういえば、目が覚めてからすぐにサーゼクスさまについて行ったから、ゲーム以来みんなに会ってなかった。
俺は部長のことだけを考えて、そんなことも忘れていたのか。
「その顔は私たちのことなんて、すっかり忘れていたみたいですわね」
「僕たちは本気で心配したのに、キミは酷いな」
姫島先輩と木場がそう言いながら近づいてくる。
二人ともいつもどおりの表情に見えるが、少しだけ違和感を感じる。
「……すいませんでした」
「……謝るなら、最初からいなくならないでください」
「あらあら」
「アハハ、小猫ちゃんは本当に怒ってるみたいだね」
俺たちの間にいつもどおりの空気が流れ出す。
俺もいっぱいいっぱいで、大切なことを忘れていたような気がするな。
俺は部長の父親が言った言葉の意味が、少しだけわかったような気がした。
「それじゃあ帰ろう。オカルト研究部の部室に、イッセーと部長も待ってる」
「はい」
「ええ、そうしましょう」
「そうだね」
俺の言葉にみんなが同時に返事をする。
ふと、もう一度会場を見渡すと、既に会場には殆どの人がいなくなっていた。
俺はそんな会場を見て、終わったんだなと思った。
そんな中で、会場に残っていたある人物を目があった。
……あれはレイヴェルか?
会場に一人で残っているレイヴェルが、なにかを言いたそうにこちらを見ている。
「……どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
塔城に話しかけられた俺は、レイヴェルから目を逸らす。
「ほら、早く帰るぞ」
「……佐伯先輩が動かなかっただけです」
俺が促すと、塔城は文句を言いながら帰るために動き出す。
そんな俺たちを、姫島先輩と木場が微笑みながらついてくる。
こうして、俺たちは会場を出てオカルト研究部の部室に帰った。
――○●○――
「フェニックス卿。今回の婚約。このような形になってしまい。大変申し訳ない。無礼を承知で悪いのだが、今回の件は」
「みなまで言わないでください、グレモリー卿。純血の悪魔同士、いい縁談だったが、それよりもいいものが見れた。そうではないですか?」
「それは……」
「違うのですか? なにやら、少し嬉しそうな顔をしておりますが」
「これは申し訳ない!」
「構いませんよ。正直、私も同じ気持ちです。随分と彼に厳しくあたったようですね」
「ええ、年甲斐もなく恥ずかしいところを見せて申し訳ない」
「ああいうタイプは言われないと気がつかないものです。それほどまでに、彼のことを気にいられたのでしょう?」
「サーゼクスには目が節穴と言ってしまいましたがね」
「あの者ならグレモリー卿の意思に気づいていることでしょう」
「そうだといいのですが」
「私は兵藤くんとあの人間の少年に礼を言いたい。息子に足りなかった敗北です。フェニックスは絶対ではない。これを学べただけでも今回の婚約は十分でしたよ、グレモリー卿」
「フェニックス卿……」
「あなたの娘はいい下僕と仲間を持った。これからの冥界は退屈しないでしょうな!?」
「……しかし、よりにもよって、私の娘が拾うとは思いませんでしたよ」
「
「次はやはり」
「ええでしょうな。
「赤と白が出会うのは時間の問題か……だが、一番の問題は」
「ええ、私も御伽話だけの存在だと思っていた」
「神や無限でさえ、その存在を恐れたと言われる。破壊と狂気の悪魔『メルゼー』」
「この世の全てを喰らい尽くすと言われた『暴王』の力が、まさか人間の少年に宿っているとは……これも運命と言うものでしょうか」
「わかりません。ですが、彼ならもしかすれば……」
「願いましょう。彼がメルゼーに飲み込まれないことを」
「……そうですね。私たちにはそれぐらいしかできない」
この話で第二章は終了です。