球技大会は終わったが、外はすっかり雨模様となってしまっている。
まあ、大会中に降り出さなかっただけよかったか。
球技大会の部活対抗戦の種目はドッジボールだった。
途中でイッセーの股間にボールが直撃してしまい、もう少しで不能になってしまうおうアクシデントはあったが、何とか無事に部活対抗戦は俺たちの優勝で終わった。
ただ一つ問題があったとすれば……。
俺がその問題の原因のほうを見ると、木場が部長に頬を叩かれていた。
思った通り、部長はかなり怒っているようだ。
部員全員が一致団結して頑張ろうとするなかで、あいつだけがそれをしていなかった。
あの木場の態度にはイッセーも怒っていた。
多分、部長がが叩かなかったらイッセーが同じことをやっていただろう。
俺は静かに部長と木場の様子を見守っていた。
木場は頬を叩かれたというのに、見せたこともないような無表情で部長を見つめている。
その姿にどこか不気味なものを感じる。
すると、木場は突然いつもどおりの爽やかな表情に戻るが、その表情は心を読まなくても作られたものだとわかる。
「もういいですか? 球技大会も終わりました。球技の練習もしなくていいでしょうし、夜の時間まで休ませてもらってもいいですよね? 少し疲れましたので普段の部活は休ませてください。昼間は申し訳ございませんでした。どうにも調子が悪かったみたいです」
「木場、おまえマジで最近変だぞ?」
「キミには関係ないよ」
心配して話しかけたイッセーに、木場は作り笑顔で冷たく返す。
木場の奴、聖剣のことばかり考えて、周りが見えなくなってるな。
……まるで、この間の俺みたいじゃないか。
まあ、俺とは比べ物にならないほどの事情があるんだろうけど。
黙ってイッセーと木場の会話を見ていると、木場が最近基本的なことを思い出したと語り始めた。
木場は強い決意を秘めた表情を見せる。
「違うよ。僕は復讐のために生きている。聖剣エクスカリバー。それを破壊するのが僕の戦う意味だよ」
その言葉に込められた決意と憎悪。
いつも見てきた木場とは明らかに違う。
その顔と言葉に、みんながなにも言い返せずにいると、木場は静かに部室を出て行った。
土砂降りのなか、俺は傘を差して帰り道を歩く。
帰り道を歩きながら、俺は部室で部長に聞いた話を思い出す。
『聖剣計画』
木場が聖剣を怨む原因となったモノだ。
部長に聞いた内容は酷いものだった。
教会が悪魔に対抗するために、人為的に聖剣。特にエクスカリバーを扱える者を創りだそうとした計画。
その養成を受けた者の一人が木場だったらしい。
しかも、聖剣に適合できなかった者は『不良品』と決めつけ、処分されてしまったらしい。
木場と同時期に養成された者も……勿論、木場自身も……。
アーシアも教会がそんな非人道的なことをしていたことを知り、深くショックを受けていた。
部長は俺の前で人間の悪意こそが、この世で一番邪悪だと言い放った。
……部長は人間である俺のことをどう思ってるんだろうな。
ふと、浮かび上がった疑問をフッと鼻で笑うと、ちょうど家に着いた。
家を見ると、誰もいないはずの家の電気がなぜか点いていた。
あれ? 朝、消し忘れたか……まさかッ!
俺は電気が点いている原因を勘づくと、急いで傘を傘立てに納めて、家の扉を開ける。
朝に家を出るときにしっかりと締めたはずの鍵を開いていて、玄関にどこか見覚えのある靴が置かれていた。
あれ? もしかして……。
俺は靴を脱いで、服や靴下が濡れているのを気にせず、リビングのドアを開ける。
誰もいないはずのリビングには、よく知っている人物が立っていた。
「おや、おかえりなさい」
「いつ帰って来たんだよ……親父」
リビングのドアが開く音で気がついたのか、親父はニコニコした笑顔でこちらに振り向いた。
……親父が帰ってくるときは、いつもは連絡があるはずなのに、いきなり帰ってきているから驚いた。てっきり泥棒でも入ったのかと思った。
「研究が一段落ついて時間ができたので、久しぶりに息子の顔を見ようと思って急いで帰って来たんですよ。驚きましたか?」
親父が子供のように笑いながら理由を言ってくる。
「ビックリするから止めてくれ。泥棒でも入ったのかと思ったんだぞ」
「アハハ、それは申し訳ない」
俺が溜息を吐きながら呟くと、親父はさらに声を出して笑う。
全く、もういい歳なんだから、こういうのは止めてくれよ。
年甲斐もない行動をとる親父に対して、また溜息を吐いてしまう。
「それより、早く服や靴下を着替えなさい。雨で濡れてますよ。はい、タオル」
「わかった。ありがとう」
俺は親父からタオルを受け取ると、服を着替えるために自分の部屋に服を取りに行った。
服を着替え終わってリビングに入ると、親父が晩飯の用意をしていた。
「今日は親父が作るのか?」
「はい。たまには息子のために腕を奮わないと、どうせいつもはコンビニで済ませてるんでしょう」
「ま、まあ、そうだけどさ……」
親父に図星を突かれた俺は、仕方なくソファーに座って、親父の料理ができる間に決心を固める。
俺のためにしてくれるのは嬉しいが……親父の料理は、ハッキリ言って不味い。
多分、決定的なセンスがないんだと思う。
その血をしっかりと継いでいる俺はそれを自覚して、いつもコンビニで済ませている。
しかし親父の性質が悪いところは、それを自覚していないことだ。
そんなことを考えていると、親父がテーブルに料理を並べていた。
「楠緒。食事の用意ができましたよ」
「……わかった」
ニコニコした笑顔で自信満々に俺を呼ぶ親父に、俺は諦めてソファーから立ち上がった。
相変わらずの味の晩飯を食べながら、親父と色々な話をする。
それの殆どが他愛もない話だ。
最近のニュースや近所で起こった出来事、学園のことを聞いてくることもある。
いつも研究室に籠っている親父にとっては、こんな他愛もない話でもおもしろいのか、俺の話をずっと笑顔で聞いている。
「親父」
学園の話をしたとき、親父に言わないといけないことがあると気がついた俺は、真剣な声で親父に話しかける。
「……なんですか?」
親父にも俺の真剣さが伝わったのか、親父の表情から笑顔が消え、真剣な表情に変わる。
「晩飯が終わったら話したいことがあるんだけど」
「……わかりました。では、食事の間はお互い楽しみましょう」
親父は俺の言葉に頷くと、表情を笑顔に戻した。
「……うん」
俺も親父の言葉に頷くと、再び他愛のない話を始めた。
それからしばらくして、晩飯を食べ終わり片付けを終えた俺たちは、真剣な表情でテーブルに座って向き合った。
「それで、あなたの話したいことはなんですか?」
親父の表情はいつもとはまるで違う真剣な表情だ。
多分、研究室ではこっちの表情のほうが多いんだろうな。
俺は一回深呼吸をして息を整えると、心を落ち着かせて口を開く。
「……親父に言わなくちゃいけないことがあるんだ」
俺は親父に食事中に話していない、全てのことを話した。
あの日見た予知夢のこと。イッセーのこと。部長たち、オカルト研究部のこと。天使、悪魔、堕天使のこと。PSIのこと。ネメシスQのこと。ライザー・フェニックスとのレーティングゲームのこと。メルゼーと暴王の月のこと。サーゼクスさまと結んだ契約のこと。
俺が今まで関わってきた全てのことを話した。
親父は俺の話を聞いている間、口を挟まずに静かに聞いてくれた。
俺が全て話し終えると、リビングの中に無言の時間が流れる。
親父は静かになにかを考えこんでいるようだ。
俺はそんな親父を静かに待つ。
それから数分の時間が経ったあと、親父が静かに口を開いた。
「……なるほど、あなたの話はわかりました」
「親父? ガッ!」
親父はそう言って椅子から立ち上がると、思いっきり俺の顔を殴った。
親父に殴られた反動で、俺は椅子から転がり落ちる。
「父の愛の鉄拳です……私との約束を破ったことと、自分の命を粗末に扱ったことは、今ので赦してあげましょう」
「ぐっ……」
久しぶりに親父に殴られたな。覚悟していたとはいえ、やっぱり親父の拳は痛いな。
親父に殴られて痛む頬を抑えながら体を起こす。
「……楠緒。オカルト研究部の方たちと関わりを持つのはもう止めなさい。父親として大事な息子を、これ以上危険な場所に置いておくことはできません」
親父は始めて聞いた冷たい声色で、そう言いながら俺を見つめる。
「……嫌だ。それはできない」
「なぜですか? 恩なら既に返していると思いますが?」
「恩とかじゃない! 俺があの人たちと一緒に居たいだけだ!」
親父の目を真っ直ぐ見つめながら、俺は正直な気持ちを言い放つ。
親父は少しの間俺の顔を見つめ、小さく溜息を吐くと笑顔を浮かべる。
「その頑固なところは彼女そっくりですね……やはり、あれを持ってきて正解でした」
親父はそう言うと、ソファーの上に置いていた自分の鞄の中から分厚い紙を取り出して、テーブルの上に置く。
「これは私の研究をまとめた資料です。これをあなたに差し上げましょう」
親父の研究をまとめた資料? それが一体どうしたというんだ?
俺は立ち上がって、その資料の一番上の紙を手にとって、なにが書いてあるのか読む。
この紙に書いてあるのは研究のテーマか、えっと『脳覚醒による人体への影響とPSIの制御方法について』だと!?
俺はテーマに書かれていたある言葉に驚いて、親父の顔を見つめる。
「私が脳科学の研究していることは知っていますよね。その研究の中で発見されたのがPSIです」
親父はこの資料について説明するように話を続ける。
「PSIとは、本来人間に備わっているが眠り続けている、脳の潜在能力のことを言います。普段は眠っている全脳細胞を瞬間的に100%活性化することで発揮出来る思念の力のことです」
親父がPSIについて説明に入る。
「脳覚醒とは、本来人にあるべき脳の制御装置が外れてしまった状態を言います。これは先天的に使える者や、あなたのように何らかの理由で突然使えるようになった者もいます。覚醒者は制御の外れた脳に超過負荷をかけ、人間性能の限界を超えることができたり、一般的に超能力と呼ばれる力を使えるようになります。これについては、私よりもあなたのほうが詳しいでしょう」
親父はそう言いながら、資料を何枚か捲る。
捲り終えた次の資料には、魔方陣のような図が描かれていて、中心の逆三角形の中に『PSI』と書かれ、その周りにある三つの円の中に『バースト』『トランス』『ライズ』と書かれていた。
俺はPSI以外にも、Qに教えられた言葉が出てきて驚く。
「PSIの力は、はるか昔の時代から数多くの学者が研究に取り組み、様々な文献が残されています。その中でも……18世紀、イギリスの超心理学者が書き残した本物のPSI研究録が発見されました。その科学者の名前は『ブライス』。彼自身が本物のサイキッカーだったそうです」
親父がもう一枚資料を捲ると、見覚えのある黒い球体が描かれていた。
「その文献の中に、あなたの力とよく似たPSIを使う男の話が残っています。それが、あなたも言った『暴王の月』です」
俺以外にも暴王の月。メルゼーの力を使えた人がいたとは思っていなかった。
「感情が爆発すると、その男は漆黒の球体を呼び出し周囲のあらゆる物を破壊した。彼もまた、この力をコントロール出来ずに苦しんでいたようです」
俺がこの前暴王の月を使った状況と同じだ。
俺もあのときは感情が爆発して、コントロールなんて出来ていなかった。
「彼は死ぬ前にこう言ったそうです。『私の頭の奥に潜むメルゼーという悪魔が……私を破壊と狂気に駆り立てるのだ……!!』と、彼はその後すぐに急死してしまったみたいです。力の制御ができずに、脳がやられてしまったのでしょう……」
親父はそう言って、一旦話を終える。
そうか、この人はメルゼーに飲み込まれてしまったのか……。
俺は自分がこの通りになるかもしれないと、資料を眺めながら考える。
「でも、どうすればいいんだ? あの力を制御できるようにならないといけないのは俺の理解しているが、その方法がまるで……」
俺がそんなことを呟くと、親父は小さく微笑む。
「その制御する方法が、この資料の中に書かれているんですよ」
「えっ?」
「あなた以外にも脳覚醒が起きてPSIを使える人はこの世界にいるんですよ。その中には勿論PSIを上手く制御できない人もいます。私はその人たちを助けるために、とある孤児院の子供たちと協力してPSIを制御するほう方法を研究しました」
俺は子供たちと研究の協力という言葉を聞いて、今日聞いたあの話のことを思い出す。
「……その子たちは無事なんだよな?」
親父のことだから、そんなことは絶対にないと信じているが、俺はついそんなことを聞いてしまった。
親父は一瞬だけキョトンとするが、すぐにムッと少し怒った顔をする。
「当たり前です。どうしてそんなことを聞くんですか?」
「いや、実は……」
「なにか言いづらいことなのですか?」
俺は決心して、親父に今日部長から聞いた『聖剣計画』の内容を話した。
親父は俺の話を静かに聞いてくれた。
「なるほど、そんな研究が……」
親父の怒気のこもった声で呟く。
「まったく嘆かわしい話ですね……やはりどの分野にもそのような輩が居るのですね」
親父の顔は怒りと嫌悪が満ち溢れている。
こんな親父の顔は初めて見た。
少しして、親父は落ち着いた表情を見せると、財布の中から一枚の写真を取り出して俺に見せてくる。
「この子たちが今回の研究に協力してくれた子供たちです。元々この子たちのある子が上手くPSIの制御を出来なくてね。PSIの制御方法はその子のために研究したものなんですよ」
写真に写っている子供たちは四人。
全員が満面の笑顔で写真に写っていた。
親父は写真は財布に戻すと、再び俺の方に顔を向ける。
「その木場くんという子は、ちゃんと笑えていますか?」
「……いや、今の木場は聖剣への復讐しか考えてない」
俺は親父の問いに、自分の思っていることを素直に言う。
たとえ笑ったように見えても、心から笑ってないことぐらい見たらわかる。
親父は俺の言葉を聞いて、悲しそうな表情を浮かべる。
「そうですか……私が力になれるのはここまでです。あとは自分で考えて決めなさい」
「……わかった」
話を終えた俺は、親父から資料を受け取る。
「まずはこの中にあるPSIの制御方法を身につける」
「そうですか。私も数日は家にいますので、資料のことでわからないことがあれば、遠慮せずになんでも聞きなさい」
「わかった。ありがとう」
それじゃあ早速始めるか。今夜は徹夜覚悟だな。
親父にお礼を言ったあと、そう決心しながら資料を一枚目から読み始めた。