あのオカルト研究部での出来事から数日が経った。
部長に言われて、オカルト研究部に入部した俺は、放課後になると部室に入り浸っている。
いつもは、この時間なら全員くつろいでいるのだが、今日部室に嫌な空気が漂っていた。
俺は呆れながら、その原因である二人の方を見る。
この部室に漂う空気の原因の一人は部長だ。
簡単にいえば、部長は怒っている。
そして、眉を吊り上げて、無言でもう一人の原因を見つめている。
そのもう一人の原因であるイッセーは、顔面蒼白といった様子で部長の前に立っていた。
どうして、こんなことになってるのか木場に聞いてみたら、どうやらイッセーが初めての悪魔の仕事で失敗して来たらしい。
最初に聞いたときは、初めての仕事なんだから失敗ぐらいあるだろうと思ったんだが、どうやらその失敗した理由が前代未聞だったらしい。
まあ、そりゃあ……。
「依頼者とマンガのことを語って、それからどうしたのかしら? 契約は?」
「け、契約は破談です……。あ、朝まで依頼者の森沢さんと、とある漫画のバトルごっこをして過ごしてました!」
……これだもんな。
てか、この年にもなってバトルごっこってどうなんだ?
しかも、イッセーは部長にそのバトルごっこがどういったモノなのか説明させられていた。
あれは恥ずかしすぎる。高校生にもなって、真面目にバトルごっこの説明なんてしたくないぞ。
このまま、イッセーが部長にお叱りを受けるのかと思ったが、なにかの紙を取り出して部長の雰囲気が変わった。
部長が言うには、その紙は契約後、依頼者が書くアンケートらしい。
そこに書かれていたのは、契約が破談したというのに、イッセーとまた会いたいという最大級の賛辞だったらしい。
さっきまでの部長の怒ったような表情も、この意外なアンケートの結果にしかめっ面になっていただけらしい。
確かに、契約は破談なのにアンケートは最大級の賛辞だったら困惑するのもしかたないか。
どうやら、二人の話も終わったらしく、さっきまでの嫌な空気はなくなり、イッセーもやる気に満ちた顔をしている。
それにしても、悪魔の仕事か……そうだ!
「あの~部長。ちょっといいですか?」
あることを思いついた俺は部長に話しかけた。
というわけで、その日の夜。
俺はイッセーと一緒にあるマンションにやってきた。
「それで、なんでついてきたんだ?」
「まあ、いいじゃねぇか。ほら、さっさと依頼者の部屋に行こうぜ」
なんせ、もう三十分も時間が経ってるからな、これ以上待たせるわけにはいかないだろ。
俺は納得いってない表情を浮かべているイッセーを引っ張って呼び鈴を鳴らす。
「ちょ! 楠緒!」
心の準備ができていなかったのか、呼び鈴を鳴らした俺に驚いている。
「安心しろイッセー。契約を成立させるために出来る限りフォローはしてやるから」
『あいてます。どうぞにょ』
インターフォンから野太い声で聞こえてくる。
どうやら、今回の依頼者は男のようだ……ん? あの野太い男の声で『にょ』!?
い、いや、俺の聞き間違いだろう。
「じ、じゃあ、行くぞ」
「あ、ああ」
俺も言葉にイッセーは戸惑いながらも頷く。
部屋の中に入った俺たちは恐る恐る中を進む。
そして、部屋の扉を開けて依頼者の姿を見た俺たちは絶句した。
「いらっしゃいにょ」
な、なんだ、これは?
俺たちの目の前に居たのは圧倒的な巨体だった。
鍛え抜かれた筋骨隆々な体。
今にもボタンは引きちぎれ、端々が今にも破れそうに悲鳴をあげているゴスロリ衣装。
そして、こちらを見つめる相貌には凄まじい殺意が込められているが、なぜか瞳は純粋無垢な輝きを放っている。
そして、そんな中でもひと際異彩を放っているのは頭部に付けられた
ネ、ネコミミだとぉ~!!
俺たちは生唾を飲み込んだ。
頬には一筋の汗が流れ、手はなぜか小刻みに震えていた。
圧倒的な存在感、死地に突っ込んでいる危機感。
し、正直、天野夕麻と対面したとき並の命の危険を感じる。
な、なんだ、この人は、本当に男なのか? いや、イッセーのように表すと漢と言えばいいのか?
「あ、あの……あ、悪魔を……グレモリーの眷属を召喚しましたか……?」
その漢の前に圧倒されていた俺たちだが、イッセーが正気を取り戻したのか恐る恐る訊ねる。
その瞬間、カッ! っといったような効果音を立てるとともに漢の目が光る。
俺たちと男の間の空間が闘気で歪んだような気がした。
こ、殺されるッッ!
その殺気にイッセーは身を守るような体勢を作り、俺は超能力を使い、その漢の動きを停める。
し、しまった! つい、体が反応して一般人? の前で超能力を使ってしまった。
「こ、これはもしかして魔法だにょ! 本物の魔法だにょ!」
この力は魔法ではないが、勘違いしているのか、なぜかテンションが上がっている。
しかも、まだ超能力で動きを停めているはずなのに、バンザイとかして普通に動いてるんだけど……?
や、やべぇ、いろんな意味で頭痛くなってきた。
「お願いがあって、悪魔さんを呼んだにょ」
もう意味がないので、超能力を使うのを止める。
それよりも、語尾の『にょ』ってなんだよ。
「ミルたんを魔法少女にしてほしいにょ」
「異世界にでも転移してください!」
ミルたんと名乗った漢の言葉に、イッセーが即答する。
あ、ああ。無理だわこれ。俺の手に負えない。
俺は頭痛に耐えながらそう思った。
俺が諦めてイッセーの仕事を静観する。
イッセーは泣きそうな表情を浮かべながら、ミルたん? と会話を繰り広げている。
「悪魔さんッッ!」
突然発したミルたんの声量で部屋の全体が震える。
な、なんだ! もはや魔法じゃん今の!!
「ミルたんにあなたみたいなファンタジーなパワーをくださいにょぉぉぉぉッ!」
「なんで俺ぇぇぇぇッ!」
突然、俺に対してお願いをするミルたんに対して絶叫する。
無理だから! 俺じゃあ、あなたの対応なんて無理だから!
てか、ファンタジーなパワーってなんだよ!
くそっ! 悪魔の仕事を甘く見てた。
イッセー、スマン。俺のせいでこんな辛い仕事をするはめに……。
「お願いしますにょ! さっきの魔法をミルたんも使いたいにょ! お願いします悪魔さん!」
「いや! さっきのは魔法じゃないから! それに俺は悪魔じゃないからぁ!」
「ミルたん! ミルたん、落ち着いて! 俺で良かったら相談に乗るから! 楠緒もなんで本気で泣くなよ! ああ、なんか俺まで泣けてきた!」
イッセーは目に涙を浮かべながらミルたんを落ち着かせている。
そうしたら、ミルたんは大粒の涙を浮かべると強面に満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、みんなで一緒に『魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブ』を見るにょ。そこから始まる魔法もあるにょ」
俺とイッセーの長い夜が始まった。
「あ、頭がいてぇ……」
「大丈夫か、楠緒?」
あの後、三人でアニメのDVD観賞などをして、既に朝を迎えていた。
俺とイッセーはミルたんの家を出て、帰宅している。
契約はもちろん破談だ。
俺もイッセーも最初はバカにして真面目に見ようと思わなかったのだが、魔法少女なのに無駄に熱い演出と泣けるシナリオで俺たちは大いに見入ってしまい、最後の方は興奮して見てしまった。
……しかも、最後はあんなことをしてしまうとは。
「全く、そんなになるんなら、なんであんなに超能力を使ったんだよ」
「ハハハ、なんでだろうな……」
イッセーに肩を借りながら、歩いている俺は少し笑いながら答える。
実はアニメを見終わった後、俺はミルたんに頼まれて超能力を披露したのだった。
最初は全く見せる気なんてなかったのだが……。
「……まあ、あんな風に頼まれちゃあな」
俺に頼んでくるミルたんの目はとても純粋だった。
まあ、相変わらず顔は恐かったが……。
「……多分、嬉しかったんだろうな」
「はぁ? なんだよそれ?」
俺の言葉にイッセーは不思議そうな表情を浮かべる。
「まあ、いいじゃねぇか。俺が使いたくて使ったんだから」
「それでこうなったら、意味がないだろうが」
そう言って、イッセーの表情が呆れた表情に変わる。
イッセーに呆れられても仕方ないか。
でも、仕方ないじゃん。
俺にとって、超能力は嫌なモノでしかなかった。
だから、誰にもばれないように隠していた。
……まあ、最初にミルたんの前で使ったのは間違いだったかもしれないけど。
そんな力でもあれだけ純粋に見られたら、正直嬉しかった。
なんだろうな。この力を隠してた俺じゃなくて、普通とは違う超能力者としての俺が認められた気がして嬉しかったんだろうな。
……やれやれ、俺ってやつは。
「ハハハ、現金な奴」
「ん? どうしたんだ、楠緒?」
俺の言ったことが聞こえなかったのか、イッセーがこっちを見て聞き返してくる。
「なんでもねぇよ。というより、イッセー。覚悟しとけよ」
「覚悟しとけって、なんでだよ?」
あれ? イッセー、まだ気が付いてなかったのか。
「なんでって、おまえ今回の契約も破談だったろ。こりゃあ、今回こそ部長のお叱りだな」
「あっ!」
俺の言葉で意味がわかったのか、イッセーは顔を青くして、体が小刻みに震え始める。
「まあ、今回は俺のせいでもあるからな。一緒に怒られようぜ」
そうして、俺は怯えているイッセーの肩を借りて、笑いながら家に帰った。
「……それで、今回の結果がこれね」
そして放課後。俺とイッセーが立つ前で、席に着いている部長がアンケート用紙を見つめ微妙な顔をしている。
二度連続の契約破談。しかし、アンケートは最大級の賛辞だからな、てっきり怒られると思ったが、どうやら前代未聞の出来事の連続に困惑しているみたいだ。
「楠緒も、わざわざ着いて行ってなにしてるのよ。しかも、依頼者に超能力のこと知られてるじゃないの」
「いやぁ、アハハハ」
部長に睨まれるが、笑って誤魔化してしまう。
「……全く、まあいいわ。それで、悪魔の仕事を見てどうだったかしら?」
「そうですね……この世には、まだまだ自分の知らないファンタジーなことが沢山あったんだなって理解しました」
俺は思ったことを正直に言った。
部長は俺の言葉の意味が理解できないのか微妙な表情をしている。
……まあ、あのミルたんのファンタジー度は口では理解できないだろう。
正直、悪魔のことを聞いたときよりもファンタジーを感じたからな。
「そう。それじゃあもういいわ。イッセーも今度はしっかり頑張りなさい。前も言ったけど、基本を忘れないようにね」
「はい!」
イッセーの返事で話が一段落ついた、まだ話を続けているイッセーと部長を無視して、俺はいつもどおりソファーに座った。
「あぁ~。眠い」
朝までアニメを見ていたため、殆ど寝ていない俺は欠伸をしながら口にしてしまった。
すると、俺の隣に座っている塔城が俺の顔を見ていることに気が付いた。
「なんだ後輩。人の顔を見て、なんかあるのか?」
「……いえ」
塔城はそれだけ言って正面を向いてしまった。
なんなんだ、一体?
「うふふ、楠緒君。なにかいいことでもありましたか?」
姫島先輩が俺の前にお茶を置きながら、そんなことを聞いてくる。
「なんですか、突然?」
「いいえ。なにやら、昨日よりもいい顔をしていましたから」
いい顔ねぇ。まあ、昨日よりも気持ちがスッキリしてるのは認めるけど。
「……さあ? どうでしょうね」
あんなこと、恥ずかしすぎて他の人に言えるか。
「あらあら」
俺を見て、姫島先輩が微笑む。
隣に座っている塔城や前のソファーに座っている木場までこっちを見ている。
なんで、こっちを見るんだよ。恥ずかしいだろうが。
「……ちょっと、眠いんで寝させてもらいます」
恥ずかしさを隠すのと、眠いのに我慢できなくなった俺はソファーに座ったまま目を閉じる。
「あらあら、疲れてましたのね」
「……おやすみなさい」
「おやすみ」
俺は三人の声を聞きながら、意識を落としていく。
なんだか今日は少しだけこの力が好きになれそうな気がした。