「ああ、北上さんったら……今日も素敵だわぁ……」
本日の秘書艦、『北上ガチ恋勢』の重雷装巡洋艦大井っちこと大井は、執務を俺ひとりに任せて窓の外ばかりを眺めていた。
もうおわかりだろうがもちろん見つめるその先には北上さんのお姿。
駆逐艦に絡まれてダルそうにしていたり、海防艦に絡まれて嫌そうにしていたり……。やだ、大人気じゃないですかあの子。うらやまけしからん。
まあ確かに北上がかわいいのはわかる。気怠げな声と喋り方、反則でしょう。あととってもキュートなおへそ。あれはだめだなぁ。ほんと、風紀を乱していますよ。
しかし、それとこれとは話が別だ。北上を可愛がるのはせめて執務が終わってからにしてほしい。
だから俺は言ってやったのだ。
常人ならば聞き取れないほどに小さな声で。
「……赤城さんの方が素敵だろ」
「は?」
「あ?」
× × ×
──ここだけの話、俺は赤城さんに恋をしている。いや、赤城さんを愛している。
最初は一目惚れだった。
腰近くまで伸びた黒髪はさながら日本人形のように美しい。さらにさらに美しさだけではなく可愛さまで備えているから圧倒的強者。
ご飯食べてるときのあの幸せそうな顔ときたら、もうホント男心というか俺の心をくすぐりまくりんぐ。おっとりしてるし優しいしでもどこか天然で抜けているところがあってなのに感は鋭く頭がキレる。その上戦闘になるともう別人のように怖いくらい強いときたもんだ。なにそれ俺の好きなタイプ欲張りセットですか?
ああ、赤城さんと結婚したい……。
「……大体、赤城さんってよその鎮守府の艦娘じゃない。提督なんて相手にすらされていませんよ」
そう。俺が赤城さんを好きなだけではなにも始まらない。一目惚れしたのだって演習で出会ったときだ。
その演習で負け、皆の前で大井に罵られていたとき、赤城さんは止めに来てくれたのだ。
俺は思ったね、この人は女神だと。心配するように俺の顔を覗き込んだあの瞳に惹かれたのだ。
「いやいや、めっちゃ仲良いから。たまにご飯とか行くし」
「それは私や北上さん、あちらの提督や加賀さんも一緒にじゃない」
「うるさいなお前。少し黙っててくれ」
「反論が無いなら私の勝ちですけど?」
「ああ^〜今まで生きてきた中で一番むかつく^〜」
「そもそも提督なんかを好きになる人がこの地球上に存在すると思います?」
「お前を好きになるやつもいないけどな……」
「は?」
「あ?」
× × ×
──大井は北上にガチ恋している。そして俺は赤城さんを愛している。
重要なのはそこなのだ。
確かに俺は大井と違って、簡単に赤城さんと触れ合うことはできない。北上といつでも好きなときにお喋りしたり、二人きりで出かけたり、手料理を食べさせてあげたり……なんてそんなことを気軽にしている大井が羨ましいが、俺と大井には決定的な差があるのだ。
俺は純粋に赤城さんが笑っていてくれたらそれで良い。他にはなにも望まない……。いやまぁ手を繋いだりキスをしたり結婚したり夫婦の営みであんなことやこんなことを……くらいは望んではいないこともなくはなくないわけではあるが。
「お前のは愛じゃなくて恋だな」
「どうしてよ?」
「ほら、愛は真心、恋は下心って言うだろ?」
「は?」
「あ?」
× × ×
──ドンッ、と大きな音を立て、大井は俺の目の前に湯呑みを置いた。
淹れたばかりのお茶は飛び散り、机の上の書類だけではなく俺の手にまで被害を及ぼす。
手袋のおかげで火傷することは無かったが、何故大井は怒っているのだろうか。思い当たるフシが無い。
今朝は寝坊だってしていないし上着は表裏逆にもなっていない。ネクタイだってしっかり締められたし服装について怒っているのでは無いだろう。
こんな調子では執務にも支障をきたしてしまうので正直言って困る……が、どうして怒っているのか、なんて訊くのはなんか癪だから嫌だ。そもそも何故俺が大井の機嫌を気にしなくてはならないのか。
「おい、そんな乱暴に置いたら危ないだろ。お茶飛び散ってるし、大体お前は馬鹿力なんだから湯呑み割れちゃうだろ」
「あら、ごめんなさい。非力な提督さん」
「は?」
「あ?」
× × ×
──どうやら怒っていた理由は、北上と一緒に出撃させてもらえなかったことらしい。
いや知らんがな。こっちはこっちで色々考えた上での編成なんだ。そんなことで一々不機嫌になられちゃ先が思いやられる。
ていうか好きが過ぎるんだよ。北上だって困っちゃうだろ。
押し付けるだけの気持ちとはなんと虚しく迷惑なものか。
「お前さあ、そろそろ北上離れしたら?」
「なに言ってるんですか? 魚雷ぶち込みますよ?」
「なんで笑顔でそんな冷たい声出せるんだよ……」
「くだらないこと言ってないで手を動かしなさい」
「……こんなやつに好かれて北上も可哀想だなあ」
「は?」
「あ?」
× × ×
──俺は犬が好きだ。もちろん猫も好きだがそれとは比較にならない。
犬のどこが好きかと問われれば答えることは難しいがとにかく犬が大好きだ。シベリアンハスキー、ゴールデンレトリバー、ボーダーコリー、エトセトラ……。犬は全て好きだがやはり大型犬。大型犬は素晴らしい。この事実を鎮守府内に知らしめたいのだ。
共に戦ってきた艦娘たちだ。この想いだって共有できるだろう。
「大井ってさ、犬派? 猫派?」
「どっちかといえば猫ですね」
「ハハハ」
「いや冗談じゃないんですけど」
「え? なんで? 意味わからんのだが」
「別に私がどちらを好きでも提督には関係ないじゃない」
「……チッ。趣味わりーな」
「は?」
「あ?」
× × ×
──世間はもうじきクリスマス。やれデートだのやれ性の六時間だの、浮かれたバカばっかりでやんなっちゃうな。
そもそもクリスマスはバカップルがイチャつくための日じゃないというのに、この世界は一体いつからこんなつまらないものになってしまったのだろうか。
いや違うよ。予定がないから僻んでいるとかそういうのではないよ。でも赤城さんに誘われたら飛びつくよ。
「もうすぐクリスマスですね。北上さんとどこへ出かけようかしら……。いや、あえて自室で二人きりで過ごすというのも悪くないわね……」
「ここにもバカがひとり」
「なにか言いましたか?」
「おい待て魚雷をしまえ」
「あ、提督は予定が無いんでしたね。ごめんなさい、私ったら気が利かなくて」
「ハハハ、憐れむんじゃねえよ殺すぞ」
「折角ですし、赤城さんを誘ってみたら?」
「いや、それは……急に言っても、迷惑かもしれないし……」
「なに日和ってるんですか? 付いてないんですか?」
「は?」
「あ?」
× × ×
──赤城さん、今年のクリスマスなんですが、もし予定が無ければ私と過ごして頂けないでしょうか……と、電話をかけた。
もちろん断られるのは想定内だったのだが、意外なことに返事はオーケーだったのだ。
ああ、クリスマスとはなんと素晴らしいイベントだろうか。「もういくつ寝るとクリスマス」なんて鼻歌を口ずさみながら執務をこなしている俺を、大井は心底うざそうに睨み付け、数十回ほど舌打ちを鳴らしていた。
「そこまで浮かれられるといい加減うざいんですけど」
「え? やだな、浮かれてないですよ〜」
「チッ……」
「こらこら、女の子が舌打ちなんてしたらダメじゃないか。北上に嫌われちゃうゾ☆」
「きもっ……。さっさと振られてくれません?」
「は?」
「あ?」
× × ×
──遂に明日はクリスマス。わぁいくりすます ていとくくりすます大好き。
前日ともなるとさすがに浮かれているのは俺だけではない。目の前でにっこにこで執務をこなしている大井だって例外なくそうだ。
多分今ならなに言っても怒らないと思う。
「おい、お茶のお代わりはまだか? 気が利かねえなあ」
「気がつかなかったわ、ごめんなさい。すぐに淹れますね☆」
ほら見たことか。怒るどころか終始笑顔だしなんだったらセリフの末尾に星までついている。
こんなに上機嫌な大井は、北上の前以外では見たことがない。
そして明日の俺を応援してくれるかのように、大井が淹れてくれたお茶にも茶柱が立っていた。
勝ったな! ガハハ!