剣士(無免許)と少女(元死体)と魔術師(竜人)と+1がクリア人数0のダンジョンに挑む話 作:tmtm
アラベルの部屋から俺たちの部屋がある広間まで戻ると、何やら言い争うような声に出迎えられた。険しい顔で立ち塞がるアニモを前に四角い帽子を被った男が肩を縮ませている。
「死体がなかった? 我輩達が嘘の報告をしたとでも?」
「そうではございません。しかし、実際にその、あなた方を襲ったという男の死体はどこにも……も、もちろん疑ってなどおりません! 恐らく、魔物に荒らされたかと」
第一階層で俺達を襲ったあの男のことを話しているらしい。調査結果が出たのだろうか。
口を挟むのは一旦やめ、四角帽子の男の後ろで腕組みをする。
「そ、それに、迷宮の管理体制は完璧です! 侵入経路は塞がれて何人たりとも足を踏み入れることなど出来ません」
この辺りの話はコウの言うこととも合致する。別経路からの侵入は考えにくい、と。
なら、何故あのナイフ男は待ち伏せが出来たんだ?
「考えにくかろうと迷宮の探索者を付け狙う者が現れたのは確かだ。ならば!」
「大変申し上げにくいのですが、この度の調査は打ち切るように達しが……その、出資者から出ておりまして、我々ではどうすることも」
几帳面に折り畳んだハンカチで帽子の男は顔をぬぐった。四角い眼鏡がずり落ちる度、震える手で位置を整えている。
俺たちの報告ははぐれ冒険者の戯れ事だと思われたらしい。
しかし、死体がないというのはどういうことだ?
グール共なら食い荒らした跡が残るはずだが……?
暫く頭を悩ませるが答えは出そうにない。軽く頭をふってビクビクと肩を震わせる男に目を向ける。
こいつに問い詰めるのも可愛そうだ。
俺が首を横に降るとアニモがガックリと肩を落とした。
「その件はもういいさ。で、だ。代わりと言っちゃなんだが一つ頼みごとが」
「リーチとカーラ、ですか?」
思わず体が前のめりになる。
見ず知らずの男から両親の名を聞くことになるとは思いもしなかった。
「その件はお付きの使用人から承っております。皆様のお知り合いの方でしょうか?」
お付きの使用人?
そんなの居ないが……まさかコウとビビのことか?
「十五年前の捜索隊につきまして私めも調査を進めております。しかしながら、何分、その当時は混乱の最中でして、資料がまとまっておりません。未だ有力な情報は……こ、これからも調査は続けますゆえ」
言葉を濁した男の声に心の中で立ち上がりかけた期待がしゃがみこんだ。
俺も本部に居るときは名簿にかじりついているものの、両親の名を見つけることはできていなかった。
唯一の手がかりは、この帝都迷宮だけ。
何故か、両親との記憶だけは思い出せなかった。
頭の底をさらって子供の頃の記憶を探そうとしても暗い靄が手にこびりつくだけだった。
「資料を見直す」と言い残し、そそくさと出ていった男と入れ替わるようにコウが俺たちの方に歩み寄ってきた。
話しかけようと右手を上げるが、ふいと横を向かれてしまう。なんだってんだ?
「おはようございます。アニモさんと……ケイタ、さん」
……妙に声色に棘があるな。
不思議に思いアニモの方を向くがこちらからも目をそらされた。
「時に、ケイタさん。少し小耳に挟んだのですが、良くない話を」
そう言うとコウは体を斜めに向け、腕組みをした。強く握られた服の裾に皺が寄り、腰からゆらりと垂れた尻尾は不機嫌そうに揺れている。
「あー、その一体なにかな? 怒らせるようなことはしてな」
「私は別に構わないのですが、初めて店で会った娘に鼻の下を伸ばすのはどうかと思いますよ。まあ一般の? 探索者なら? そういった低俗な真似をしても問題ないのでしょうが? あなたはもうアルフレッド閣下にも目通りしたのですし、こういった不潔な行動は慎むようになされた方がよろしいかと。私は構わないのですが」
鼻息荒く早口で言い切られた。形の良い唇がへの字に曲がっている。
しかし、鼻の下を伸ばしていた? あの時、俺と一緒にいたのは一人しかいない。
ぐるりと首をリザードマンの方へ回す。随分認識に齟齬があるみたいだ。
俺の圧を受けてアニモは頭を撫でまわした。
「あー、その、コウ殿。あれはだな、少々吾輩のユーモアが混じった言い方になってしまったが、実際こやつは毅然とした態度で……」
「ユーモア? 私はちっとも面白くなんか! それにどうせデレデレしてたんでしょう!」
「あ、いや、吾輩たちが向かった店というのはイードの魔法店でな」
その言葉を聞いた瞬間、切先のように鋭かったコウの目が嘘みたいに丸みを帯びた。俺とアニモへ交互に首を回し「あっ」と小さなつぶやきを漏らした。
「もう~イヤだわケイタさんたら。ウフフ」
誰だこいつは?
さっきとは打って変わり猫をあやすような声で俺の肩を何度もたたいてくる。あまりの変わりように俺とアニモはあんぐりと口を開けるしかなかった。
しばしウフフという人工的な笑い声と俺の肩を叩く音が続いた後、コウが小さく咳払いした。顔はいつもの表情へ戻っている。
「失礼しました……あっ! そうだ! クインさんがお二方を呼ばれていましたよ?」
「え? いや、あの」
俺が何か返す前にちょこんと頭を下げるとあの狐はさっさと自分の部屋へ戻ってしまった。お付きの使用人とかいう気になる単語を聞いてみたかったんだが。
ぽつんと残された俺達は顔を見合わせた。
「あの狐、したたかというかなんというか……アニモ、俺が鼻の下なんか伸ばしてたか?」
「いやはや、悪かった。冗談として話したのだが、思いの外コウ殿が、その、勢いが凄くてな、冗談ともいえず、な」
なんとなくその時の光景が頭に浮かんできた。大きなため息が出るが、この小さくなっている竜人を責めるのも気が引ける。俺はアニモの肩を叩いてゆっくりとクインの元へ歩みだした。
魔法書作家の部屋に入ると壁と床を覆う樹木に出迎えられる。足下に伸びた木の根や天井からぶら下がる蔦を避けながら進むと、片翼の妖精が宙に浮かんでいた。
近づくと寝息が聞こえてくる。雲みたいにふわふわと浮かんでいるのに羽は全く動いていない。
魔法でも使ってるのか?
アニモが起こそうと手を近づけると、顔の半分ほどまである大きな目を覆う瞼がゆっくりと開いた。
「ああ、おはようございます~」
「あ、ああ。おはよう、ございます」
クインは大きく伸びをすると上体を起こし、宙に"腰掛けた"。
「そうそう、確か、第三階層へ進まれるんでしたよね、えーと」
「私がアニモ、こちらはケイタです」
アニモの声を聞いた妖精がポンと膝を打つ。
「そうでしたそうでした。いやね、最近名前を覚えるのが……と、まあ、そんな事は置いといて。ちょっとお二人の力量を見てみましょうか」
クインの言葉に面食らう。てっきり魔法かなにかの講座かと思ってた。
だが、事前に力を計ってくれるなら願ってもないことだ。
クインは細い三本指をちょいちょいと動かした。近くに来いって事らしい。困り顔で近づいたアニモの額に三本指が触れると青白い光がパッと瞬いた。
料理の味を確かめるコックみたいに唸ったクインが今度は俺に手招きをする。同様に俺の額に手を当てるが……今度はなんの反応もない。
「ふむふむ、成る程成る程」
「何か分かったのかい?」
深く深く頷いて彼女は薄く笑った。
眼の殆どを占める吸い込まれそうな黒目がこちらに向けられる。
そして、まるで、世間話でもするみたいに穏やかな声でこう告げた。
「ケイタ、でしたね? 貴方は第三階層へ赴けば死ぬでしょう。このままなら、ね」