剣士(無免許)と少女(元死体)と魔術師(竜人)と+1がクリア人数0のダンジョンに挑む話 作:tmtm
「――こちらが第三階層についての報告書です」
コウの固い声。渡された羊皮紙の一枚目に目を止めたアニモが顔を上げた。
「疑うわけではない。しかし、これは、本当に魔物がいるのか? これはすでに……」
「冒険者、そして調査隊からも同じ証言が出ています。間違いありません」
肩越しに覗いてみると目の玉が飛び出るような魔物の名が書いてあった。
「アズボル? さすがにこいつは見間違いだろ? 昔話に出てくる怪物だ」
俺の期待を込めた言葉は首を横に振るコウに静かに否定される。壁に掲げられた魔輝石が床に伸びる俺たちの影を揺らめかせた。
「知っての通り、この魔物はアウレリウス帝の手によって葬られました。しかし、証言に加え持ち帰られた戦利品からも第三階層の主はアズボルであると結論づけられています」
アズボル。
誰だって知っている大昔にいた魔物だ。全身を重層鎧で覆い人の身の丈ほどもある大剣を扱う魔族の騎士。
そいつは大陸の東部に居座り当時開拓を進めていた帝国にとって大きな脅威となっていた。討伐に送り込まれた名だたる猛者を幾人も屠り、その亡骸で築いた王座に鎮座していたそうだ。そんな中、アウレリウスは自らアズボルの討伐に乗り出し、我らが英雄は瞬く間にこれを駆逐してしまった……ってのが昔話のあらすじだ。
「この階層に挑んだ冒険者はこの十五年間で千組にも達します。しかし、第三階層を突破し第四階層に到達したのは十五組。挑んだ冒険者の殆どがこの迷宮が出来てから五年間に集中しています。このころは貴族たちから多額の支援もありましたから」
「突破した冒険者がいるのなら、もうその魔物は殺されているんじゃないの?」
それまで黙って話を聞いていたヒカリが首を傾げた。言われて俺も気づいたがこれは第二階層もそうだった。今まで突破者がいるのになぜ主はいるのか。
「その……なぜか、ということは分かっていないのですが、この迷宮において主は”甦る”ようなのです。一度突破しても、日を置けばまた何事もなかったかのように」
甦る? そんな馬鹿な、と口にしかけて声を止めた。俺のすぐ隣に甦ったという奴が一人いる。しかし、ハーピーにしろあんな化け物をそんな簡単によみがえらせることなんて……。
「なあ、コウ。あんな化け物をよみがえらせるなんてそんなこと何が……いや、誰が――」
「それには私が答えよう」
低く、よく通る声。
ドアに目を向けると内務卿がそこに立っていた。後ろにはゴテゴテした甲冑をつけた護衛、そして全身を黒いローブで包んだ奴もいる。鷲鼻の老人を目にしたアニモが背を正したのが分かった。
「楽にしておくれ。まずはケイタ君の疑問に答える前にこちらの……ローブ姿の新人について紹介しておこう」
黒ローブは音もなく広間を横切ると壁を背にもたれかかる。その様子を追っていた甲冑が鼻を鳴らすのが聞こえてきた。この態度から察するに奴は俺たちのお仲間らしい。
「マキだ」
黒ローブから女の声がした。やや低い声。どう聞いても情報が不足しているがそれきり奴は火を消した竈みたいに黙りこんでしまった。その様子を見たアルフレドは肩をすくめる。
「あー……少々、個性的だが力量は本物だ。なにせ彼女の種族は――」
「私の情報は自分から後で伝えます内務卿」
マキが鋭く言い放つ。言葉遣いこそ一応丁寧に聞こえるよう取り繕ってはいるが有無を言わせぬ口調だった。
甲冑の殺気が一段と強くなるがどこ吹く風で身動ぎひとつしない。肝が据わってるのかイカレてるのか判断に困る。
一瞬、アルフレッドの目尻に安堵の色が浮かんだように見えた。
ん? 安堵だって? まさかこれ厄介な問題児を押し付けられたんじゃないだろうな?
俺が問い詰めようかと思案するよりも前に鷹の目が鋭くなる。
「さて、次は本題に入ろう。君たちをここに呼んだ理由でもありケイタ君の疑問にも答えることになる帝都迷宮についての話だ。この迷宮が出現して以来、私は多くの時間をこのダンジョンの解明に費やしてきた。その成り立ちを調べれば調べるほどこの迷宮の異質さは際立っていった」
アルフレッドの声は今までにない圧があった。俺達を見渡すその顔は険しい。
「知っての通り通常のダンジョンは魔力の流れが澱む場所に魔物達が集まり形成される、というのが現在の最も有力な理論だ。山中に放棄された砦や僻地にある洞窟が迷宮化することが多い経験則から得られたものだな。この世界を循環する膨大な魔力の一部が”溜り”、空間さえも捻じ曲げて魔境を作ってしまう。とはいえ、これらは民に恵みももたらしている。魔力に浸された鉱物・植物は希少な鉱石・薬草となり、魔物からとれる高純度の魔石は帝国の生活基盤にとって欠かせないものだ……このあたりは知っているね?」
「ぜんぜん」
にわかに緊張感の張りつめた空間にあって不釣り合いなほどのんきな声。
発生源はすぐ隣。ウチの問題児がぽかんと口を開けている。後ろに控える騎士の鎧がピクリと動いた。
「……ヒカリ、せめて『よく知りません』と言ってくれ」
アニモが口の端をひきつらせながら囁くが当の本人は軽く首を傾げるだけだ。
ここで後ろの護衛が進み出てアルフレッドに何かを耳打ちする。鷹の目を持つ老人は頭を掻きながら小さく咳払いした。
「話がそれてしまったな。帝都はこの大陸で最も魔力の流れが安定した場所に建てられた都市だ。そんな場所に通常なら迷宮は絶対誕生しない。いや、"自然には"と言った方がいいかな。結論を言うならこの迷宮は人為的に作られたものだ」
「そんなバカな! ダンジョンを作り出すなど人の魔力ではとても……」
「それが起こってしまったのだ。現に君たちも実際に中に入ったようにそこに存在している」
アニモのかすれ声が張り詰めた空気をさらに鋭くさせる。この魔術師の狼狽ぶりからみるに、迷宮をこしらえるってのはとんでもない力が必要らしい。質問を挟もうかと目を向けたアルフレッドの瞳には、口を開くことを躊躇させるほどの圧迫感と剣呑な光が宿っていた。
「私はこの迷宮が誕生した十五年前からこの原因を調査し続けてきた。帝国に抵抗を続ける地下組織・カルト教団・魔術学院を卒業後消息不明なもの……あらゆる情報を精査した結果、一人の男の名前が残ったのだ」
「バルディオス」
その表情に明確な憎悪。
そして、哀愁が浮かぶ。
「帝国魔術学院を首席で卒業し、将来を渇望されていた男だ。元々、恵まれた出身ではなかったがその才覚はずば抜けていた。四代元素の魔術をすべて操る器用さに無尽蔵ともいえる魔力。私も長く生きたがあれほど才能に恵まれた者は見たことが無い。だが、あらゆる魔術分野の中でことさら狂気的にのめり込んだ分野がある」
言葉を切ったアルフレッドが宙をにらむ。生唾を飲み込んだのか甲冑姿の騎士が身動ぎした。
「死霊術だ」
アルフレッドは何かに耐えるように顔をしかめた。過去に思いをはせているのか宙を見つめる姿にはどこか哀愁が漂う。
「彼は永遠の命という誘惑にとり憑かれていた。卒業後、魔術学院の教員となった彼はその天才的な頭脳で次々に革新的な理論を発表していった。帝国の魔術理論は彼が行った一年の研究で三十年進んだと言われるほどだ。しかし、帝国が死霊術を正式な教科から外すという決定を下した後、突如として彼はその姿を消した。私が彼の名を再び耳にするのはそれから三年後になる。皇帝直属の隠密部隊より帝国の崩壊という誇大妄想にとり憑かれたカルト組織<紅い月>の情報がもたらされた。これは帝都迷宮が出現してすぐの事だ」
老人の深いため息が木霊する。他に聞こえるのは甲冑が奏でる耳障りな不協和音だけだ。
「組織を追っていた私はついにその拠点の一つを突き止めた。乗り込み、構成員を尋問しようとしたが彼らは口を割る前に皆自刃した
――『バルディオス万歳』と叫んでな。残された羊皮紙の一部から驚くべき物が発見された。帝都迷宮の内部についての書置きだ。当時、誰も到達していなかった第三階層のね。君たちに渡した羊皮紙も彼らが残した物の一部だよ」
ここまで言い切って内務卿は深い溜息を吐いた。
「バルディオス……彼は実に才能にあふれていたよ。だが、同時に危うさもあった。幼少期の経験からだろうか、時に破滅的ともいえる考え方をすることもあったんだ。だが、級友と触れ合い愛する者が出来てその心の闇も消せたと…………私は自惚れていた。本当の心の底を見通せていなかったんだ」
「随分、その、バルディオスに詳しいように聞こえますが……」
アニモの控えめな声にアルフレッドは自嘲気味に笑った。薄い明りが顔に刻まれた皴に深い陰を作り出す。
「そうだろうな。彼を魔術学院で教えたのは私なのだから。多くの時間を共にした。恐らく各階層の主たちもバルディオスが甦らせているのだろう。いや、甦らせるというより創り出すという表現が正しいかもしれないな」
それきり音が消えた。氷の中に放り込まれたかのような静けさ。誰も、声を上げなかった。
帝国の英雄の教え子が帝国を破壊しようとしている? そんな事言われても信じられない。俺には十にも届かない子供が寝言で呟くような絵空事のように思えた。
「すぐには信じられないだろう。事実、貴族たちの多くは<紅い月>についての報告を『考えすぎ』だの『陰謀論』だのと鼻で笑っている。だが、途方もない力を持つ死霊術師が我等の足元で恐ろしい考えを実行しようとしていることは事実だ。信じてほしい。実際、既に少しずつ影響も出始めているんだ」
三人して顔を突き合わせた。話の内容を理解しようにも、思考が指の間からするりとすり抜けてしまう。帝国の破壊をもくろむ死霊術師、現実とは思えない単語がふわふわと頭の中を宙ぶらりんで浮いているようだった。
「つまり、この対策本部の最終的な目的はバルディオスを倒すことであると?」
「その通りだ。アニモ君」
「あなたも探索に参加したら?」
俺は呆気に取られて発言主 (当然こんなこと言うのはヒカリしかいない)へ目を向けた。アニモに至っては額に冷や汗が浮かんでいる。
「貴様……!」
後ろに控えていた全身鎧が怒気と共に腰に下げた大剣へ手を伸ばす。しかし彼が歩き出す前にアルフレッドその人が手で制した。
「彼女の疑問はもっともだろう。私も可能であれば自ら赴きたいところだよ。しかし、だ。この迷宮には厄介な封印が施されていてな。どのような方法を使ったのか分からないが聖印持ちだけはこの迷宮に足を踏み入れることができないのだ。この封印を解除するため数多の手を打ってはいるが……」
アルフレッドは右手の甲を押さえつけるように左手でつかんだ。指の隙間から星形の痣のようなものが見え隠れしている。
「”せいいん”ってなに?」ヒカリが俺の腕を引っ張ってくる。
「後で教えるから今は大人しくしとこうぜ。このままだとアニモが心労で気絶しそうだ」
背後で控えていた騎士の一人が何かアルフレッドに耳打ちした。年老いた顔に苦々しそうな表情が浮かぶ。
「もう時間か! ううむ……君たち。先ほど伝えたことがこの迷宮について分かっていることだ。もし何か新たな発見があればすぐに知らせてくれ。コウにに伝えてくれればいい」
言うや否やアルフレッドは騎士を伴い足早に部屋を出ていった。姿が消えて直ぐ黒ローブの女、マキがこっちにゆっくりと近づいてきた。
否応なしに体に力が入る。奴は慌てることなくゆったりと俺達を見渡した。その奥できらりと青い光が瞬く。
「さて、お偉いさんの長話もようやく終わった。次へ進むために必要な準備をするぞ」