二夜廻   作:甲乙

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11:記憶(おもいで)

 はじまりは、赤い夕焼けの空と、両手を引く背の高い二つの影だった。

 これは自分の記憶だ。

 右手をお父さんに、左手をお母さんに引かれながら、夕日の町を歩いている。

 自分の、いちばん古い記憶。

 大好きな、お父さんと、お母さん。大好きだった。

 

 幼稚園の記憶。

 ユイは、ままごとよりも、走りまわっている方が好きだった。

 鬼ごっこでは誰にも負けなかった。鉄棒だって、木のぼりだって。

 だから、女の子の友達はあまりできなくて、ユイはよく一人で遊んでいた。

 田んぼで大きなガマガエルを捕まえた。神社では大きなザクロの実を取ろうとして、落ちてしまった。

 一人でも、ユイは楽しかった。

 

 

 そんなユイに、はじめて女の子の友達ができた。

 

 

 ある夏の日、大きな松ぼっくりの木の下に、小さな女の子がしゃがんでいた。

 色のうすい、かわった髪の毛の女の子。

 

『どうしたの?』

 

 声をかけただけで、女の子は、ひゃっ、と尻もちをついた。

 とてもおとなしそうな顔をしていて、実際におとなしい子だった。

 

『セミが……』

『セミ?』

 

 女の子の足元には、元気のない(セミ)がモゾモゾと動いていた。

 

『かわいそうだから、木にもどしてあげたいの』

『もどせばいいじゃん』

『でも、こわい……』

 

 大きな目から涙が出そうになっているのが見えて、あわてて蝉をつかんで木に戻してあげた。

 泣きそうになっていた女の子は、今度は満面の笑みを浮かべた。

 

『――ありがとう!』

 

 その日から、ユイの記憶にはいつもハルがいた。

 

 

 小学校の記憶。

 ハルが同じ小学校に行くと聞いてから、ユイは毎日が楽しくて仕方が無かった。

 入学式の日、ハルがおそろいのリボンをしているのを見て、ユイは飛び上がらんばかりだった。

 ユイがあげた青いリボンはハルの髪の色にも合っていて、はにかむハルはとてもかわいかった。

 朝起きれば、大好きなお父さんとお母さんに、おはようを言う。

 家を出れば、ハルの家まで走って迎えに行く。

 学校では同じクラスになって喜び、違うクラスになった時は落ち込んでしまった。

 でも、学校が終わればいつも一緒だった。

 田んぼも、河原も、神社も、ハルといればいつだって、どこだって楽しかった。

 夕方になれば、ハルを家まで送って、また明日遊ぶ約束をして家に帰る。

 家に帰れば、大好きなお母さんが待っている。お父さんは、どんなにお仕事が忙しくても、夕ご飯までには必ず帰ってきた。

 夜、布団に入れば、あっという間に寝てしまう。夢の中でもハルと遊んでいることだって、よくあった。

 ユイは、毎日が楽しかった。

 ユイは、幸せだった。

 

 

 それが綻びはじめたのは、8歳の時。

 

 

 お父さんが、帰ってこなかった。

 あの日、お父さんが突然デパートに行こうと言い出して、お母さんとみんなで遠くの町に出かけた。

 とても楽しい一日だったけど、それがお父さんとの最後の思い出になった。

 買ってくれたウサギのナップサックが、お父さんの遺品になった。

 お母さんはずっと何度もいろんなところに電話をかけた。電話を切るといつも暗い顔をしていた。

 

『お父さん、いつ帰ってくるの?』

 

 ある日、ついに聞いてしまった。

 バン、と。何かが顔に当たって、床に転んだ。

 何をされたのか分からなかった。お母さんも、自分が何をしたのか分からないみたいだった。

 はじめて、お母さんに叩かれた。

 すぐに抱きしめられた。「ごめんね、ごめんね」お母さんは泣いていた。ユイも泣いた。

 でも、次の日にもまた叩かれた。

 

 お母さんも、あまり家に帰ってこなくなった。

 あんなにきれいだった家の中は、ゴミと埃に埋もれていった。

 あんなに大事に育てていた花も、ぜんぶ枯れてしまった。

 ユイは、一生懸命がんばった。

 お母さんは忙しいんだから、代わりに家の仕事をしようとがんばった。

 お父さんがいつ帰ってきてもいいように、家をきれいにしようとした。

 自分のごはんを自分で作って、一人で食べた。

 掃除しても掃除しても、ゴミは消えなかったけど、それでも掃除した。

 でも、電気がつかなくなって、ガスが出なくなって、水道が止まって、ついにユイは諦めた。

 ユイのごはんは、千円札になった。

 

 お父さんがいなくなって一年ぐらいたった頃から、お母さんが知らない男の人をつれてくるようになった。

 怖くて、会いたくなくて、ユイはずっと2階の自室に閉じこもった。

 頭から布団をかぶって、耳をふさいで、ずっとハルのことを考えていた。

 お父さんは、もう帰ってこない。ユイは諦めた。

 

 ユイは、一生懸命がんばった。

 お母さんに叩かれた時も泣かなかった。

 お母さんの気が済むまで、黙って叩かれた。

 お母さんが抱きしめてくる時は、黙って背中をさすってあげた。

 お母さんが気まぐれに玩具(おもちゃ)を買ってきた時は、精いっぱい喜ぶフリをした。

 お母さんはそれを暗い目で見て、また叩かれた。

 お母さんは、変になってしまった。ユイは諦めた。

 

 ユイは、一生懸命がんばった。

 がんばれたのは、ハルがいたから。

 家の外に行けば、ハルがいる。ハルといれば、つらいことも忘れられた。

 ハルが心配しないように、がんばってケガを隠した。

 ハルと遊んでいれば、どんなに大きなケガも痛くなかった。

 ハルの他にも、友達ができた。

 空き地で拾った、二匹の子犬。

 こんな子犬、きっと捨てられたに違いない。自分と同じだ。そう思うと涙が止まらなかった。

 クロとチャコ、そう名付けた。

 家にはつれて帰れないから、空き地でこっそり飼った。

 空き地は、ユイの心のオアシスになった。

 

 ユイは、一生懸命がんばった。

 がんばったけど、痛いものは痛かったし、つらいものはつらかった。

 それでも、がんばって、がんばって、がんばった。

 大人になるまでの辛抱だと思った。

 大人になれば、あの家を出ていける。ずっとハルとクロとチャコと遊んでいられる。

 そう思っていた。

 それまでは、がんばろう。

 それまでは、ハルと遊んで、つらいことを忘れよう。そうすれば、またがんばれる。

 ハルがいれば大丈夫。

 ハルがいて本当に良かった。

 ハルさえいれば。

 

 

『あのね、実はわたし、8月いっぱいで……遠くの町にひっこすことになったの』

 

 

 一生懸命、がんばったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣き叫ぶユイを、お化け(ユイ)は必死に抑え込んでいた。

 いやだ、どうして、こんなのいや、はなして、ゆるしてと、どんなに叫ばれても離さなかった。

 かつてお化け(ユイ)が感じた、2年分の苦痛と絶望。それを一気に流し込まれているのだ。発狂しても不思議ではない。

 だが、もう引き返せない。

 こんな中途半端な状態で止めてしまえば、それこそユイの心にどんな悪影響を及ぼすか分かったものではない。

 それに、これですらまだ序の口なのだから。

 

“がんばって、ユイ(わたし)。もう、あと少しだから……”

 

 祈るように不揃いな両目を閉じて、記憶の同化を続ける。

 そして、あの夜が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユイは、一生懸命がんばった。

 ハルの前で泣いちゃいけない。ユイが泣けばきっと、ハルも泣くだろう。そんなのは嫌だった。

 それに、ハルの方がつらいのだ。

 ユイが失うのは、ハルだけ。でもハルは、好きだと言っていたこの町も、家も、学校も、ユイも、全部を置いていかなくてはいけない。

 こんなに寂しがりで怖がりのハルが、それに耐えられるのか。

 だからユイは、がんばってハルを励ました。

 一緒にいられる時間が短いなら、泣いてる暇なんてない。たくさん思い出をつくろう。

 それに、ハルが引っ越しても、手紙を書けばいい。電車に乗って会いに行けばいい。

 ハルがいなくなるわけではないのだから。

 

 

 でも、ハルをさらいに、あの夜が来た。

 

 

 ユイは、一生懸命がんばった。

 消えたハルを、クロを連れて、夜の町を探し回った。

 グロテスクに変貌した夜の町を、そこら中から現れるお化けをかいくぐりながら、探して、探して、探して。

 あの山のあの洞窟の奥に、ハルと、あの蜘蛛のようなナニカがいた。

 

 ユイは、一生懸命がんばった。

 だから、ハルを助けることができた。

 そのかわり、クロは死んでしまった。

 一生懸命、がんばったのに。

 

 ユイの大切にしているものは、どんどんユイからはなれていく。

 別れはいつも、痛くて、つらくて、たえられない。

 

 ユイは、一生懸命がんばった。

 ハルを家まで送り、チャコと共に、山に戻った。クロの亡骸(なきがら)を抱えて。

 土を掘り、クロを埋め、お墓を作った。

 山を登り、チャコを逃がし、木箱を運んで、赤いリードを木にかけ、木箱に登って、首を輪に通し、箱を蹴った。

 ユイは、一生懸命がんばった。

 自分が死んでいることも忘れて、ハルといっしょに花火を見に山に登った。

 怖がるハルの手を引き、ハルの怖がるものは無くそうとがんばった。

 ユイは、一生懸命がんばった。

 しらない場所にとばされてもあきらめず進んだ。ハルを探した。やがて見つけたハルはユイのことも見えなくて自分が死んだんだと知った。

 記憶を取りもどすために町をめぐりたどりついた山のなかでお父さんの死体をみつけた。

 なんでどうしてわたしばかりがこんな目にあうのわたしが何をしたのどうしてどうシテどウしテ

 ハル

 ハル

 ハルどこにイるのなんでイなイノわたしをオイていかなイデイッショニキテ

 ヤダヨコワイヨサミシイヨハルハルハルハルハルハルハルハ

 

 

 

 

 いっしょうけんめい がんばったのに!

 

 

 

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユイは、叫んだ。

 喉が張り裂けるような、血を吐くような叫びだった。

 両目から、涙じゃない、どろりとした血が流れているのを感じた。

 絶叫と、血の涙という形でしか、心に渦巻く、夜のように真っ暗な感情を吐き出せなかった。

 叫んで、叫んで、流して、流して。

 やがて、叫ぶ力も流す血も無くしたように、ユイは膝をつく。お化け(ユイ)が、ただその背を支えた。

 

 

 そのまま、二人のユイは寄り添うように座っていた。

 時の止まった灰色の世界で、完全な無音の中、ただ寄り添っていた。

 

 

 

 

「どう、して」

 

 ガラガラの声で、残骸のような言葉が出てくる。

 

「ひどい、よ。あんまりだよ」

 

 頬の血の跡を洗うように、透明な涙があふれてくる。

 

「やだよ……」

「わたしも、こうなるの……?」

「やだよ……! どうして、やだ、やだ……!」

 

『ならないよッ!』

 

 頬を張り倒すような声をあげて、お化け(ユイ)はユイの肩を掴む。その姿は人に戻っていた。

 

『これは、わたしが歩いた道! あなたは違う道に行くの!』

『その為にハルは帰ってきた!』

 

「ハルが……?」

 

 ようやく現実に戻ってきたようなユイに、再びお化け(ユイ)は顔を近づける。記憶の同化はまだ終わっていない。

 しかしユイは恐怖に顔を引きつらせてそれを拒む。

 

「や……っ! やだ! もうやだ!」

『もう遅いの!』

 

 お化け(ユイ)はそれを許さない。何度も止めた。警告はした。もう今更逃がすものか。

 

『ちゃんと見て! 最後まで!』

『ハルのがんばりを無駄にするなら、わたしはあなたを許さない!』

 

 間近でユイを睨みつけるお化け(ユイ)の目は、目をそらすことも許してくれない。だが、無理矢理に触れることだけはしなかった。

 ユイの意思で、触れなければいけないのだ。

 ぎゅう、と唇を噛む。

 もう嫌だった。怖かった。あれ以上つらいものをまだ見ろというなら、本当に頭がおかしくなる。

 こんなの、自分から崖に飛び降りろと言っているのと同じだ。自分から、自分に包丁を突き刺せと言っているのと同じだ。

 自分から、首をロープに……。

 

「うぅ……ッ!」

 

 怖い。怖くて、涙が止まらなくて、どうしてもお化け(ユイ)に触れられない。

 怖いよ。やだよ。たすけてよ。

 お父さん! お母さん! ハル!

 

 

『はやくして。ハルが待ってる』

 

 

 急かすような言葉と裏腹に、お化け(ユイ)の口調は優しかった。

 その肩越しに、灰色のハルがいた。

 こちらに手を伸ばしながら、悲痛な顔で叫んだまま止まっている。

 

 ――ハル……。

 

 そうだ。

 ハルは怖がりで、寂しがりで、時々へんなことを言って。

 それを聞かされるユイも怖くなるけど、それ以上にハルが怖がるから、ユイは怖くなくなる。

 

 

「ハルと、いっしょなら……!」

 

 

 ユイは顔をあげた。涙は止まっていた。

 お化け(ユイ)は、もうこちらを睨んでいなかった。ただ、その目から透明な涙を流していた。

 

『ハルを、お願いね』

 

 これで、最後。

 これで記憶は完全に同化され、ユイとお化け(ユイ)は一人になる。

 お化けのユイ(ユイ)は、ここで終わるのだ。

 

 

「ちがうよ」

 

 

 ユイはそっとお化け(ユイ)を抱き寄せ、

 

 

「赤い絵の具を混ぜても、色は変わらないから」

 

 

 二人のユイは、抱擁(ギュッと)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 

 

 

『――またね』

 

 

 酸漿(ほおずき)色の空の下、燃え上がるような枝ぶりの木の下で。

 

 片腕のハルが、涙を流しながら、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 

 

 ユイの目の前に、赤い鋏が迫っていた。

 

 

 ジョキン!

 

 

 金属音と共に、赤黒い血しぶきのようなモノが舞う。

 まるで、左腕を何かが通り過ぎたような感覚を覚え、鋏神がすり抜けていった。

 ユイは地面に倒れ、すぐにハルがかけよってくる。

 

「ユイ! ユイっ! 大丈夫!? しっかりして!」

 

 手足があることを確かめているのか、ぺたぺたと首やら手やら足やらを触ってくるものだから、いつかのようにくすぐったくてユイは身をよじった。

 

「……へーきだよ、ハル」

「もうばか! なんてことするの!」

 

 ハルはご立腹だ。あやすようにその左手をそっと撫で、手が血まみれなのに気づく。

 怪我をしていることを心配する気持ちと、久しぶりにハルに触れて嬉しい気持ちが同時に沸いて、ユイはすこしだけ混乱した。

 立ち上がって頭を振る。体は、問題ない。

 

「ユイ! はやく逃げるよ!」

「……ハル」

 

 目の前に、ハルがいる。さっきまで一緒だったのに、もう何年も会っていないような気もした。じわりと目が熱くなる。

 しかし。

 

 

()ァァ――――ッ! ”

 

 

 勢い余って神社の外まで飛び出していた鋏神が戻ってきたのを見て、ユイは気持ちを切り替えた。

 まず、やるべきことをやらなければいけない。

 

「ユイ! なにしてるの!」

 

 一向に逃げようとしないユイにしびれを切らせたのか、ハルはぐいぐいと手を引っ張ってくる。

 その左手を、そっと掴んだ。

 

「ユ――」

「ハル」

 

 目を合わせて、ただ一言。

 

 

()()()

 

 

 ハルは、うなずいた。

 

 頼もしい親友にユイも微笑み返すと、ハルと手をつないだまま鋏神に向き直った。

 掴んだ掌から、ハルの体温が伝わってくる。その傷から、ハルの血潮を直接に感じる。

 その熱をもっと感じるように、その傷を押さえるように、手を握る。強く、強く。

 その絆を、あの神に見せつけるように。

 

「コトワリさま!」

 

 挑むように、ユイは鋏神の名を呼んだ。

 言葉はいらない。ただ願った。視て、と。

 

 

 視て。

 どうか、その眼で視て。

 たとえ、一度断たれた絆でも。

 今この時、これを断つことは、誰も望んでいないのだから!

 

 

 ハルは、ただ目を閉じていた。ユイを信じていたから。

 

 ユイは、目を閉じなかった。この絆を、そしてあの神を信じていたから。

 

 鋏神は、その刃を開いた。それこそが己の使命なのだから。

 

 

 赤い刃が、ユイの首を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

“ ………… ”

 

 三者の沈黙だけが、その場にあった。

 手をつないだ二人の少女。そのユイの首に、鋏の刃を触れさせたままで、皆が止まっていた。

 ハルは、動かない。

 ユイも、動かない。

 鋏神だけが、動いた。

 

 ずい、と。鋏は微動だにさせないまま、赤い霞の塊が近づいてくる。

 そこにある巨大な口は何も語らず、ただその眼なき眼で、ユイを視た。

 ユイも、その眼を視返した。

 目を逸らせばきっと、この鋏は閉じられるだろう。

 鋏神は、ユイを視て、視て、視て……。

 

 

 鋏を、引いた。

 

 

 その首を開放されても、ユイは目を逸らさない。

 その視線を視返しながら、ふわりと浮かび上がった鋏神――コトワリさまは、音もなく、何も語らず、ただ、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぷはぁっ!」

 

 それこそ気が抜けた声を出しながら、ユイは座り込んだ。

 その声に、今の今まで目を閉じていたハルも驚いて目を開ける。

 

「おわった……の?」

 

 ハルは信じられないように、まだ辺りを警戒している。あれだけの執念を見せていたのに、あまりに唐突な幕切れ。疑うのも無理はなかった。

 だが確かに、コトワリさまは引いてくれた。

 ハルが境内を清めたおかげで力を取り戻し、ハルとユイの絆をその眼でしかと視て、認めてくれたのだ。

 

「うん、へーきへーき。もう終わったって」

「あのねぇ……」

 

 適当な返事に、ハルはじっとりした目を向けてくる。色々と無茶をやらかしたユイにまだご立腹なのかもしれない。

 それにしても疲れた。ユイは石畳の上に、それこそ形代のように大の字になる。

 体も、心も、いろんな意味で疲れ果てていた。

 

「ユイってば! ダメだよ、こんなところで!」

「うん……、ごめんって、でも、もう……無理かも」

「ユイ――――」

 

 ハルの声も、もう聞こえない。

 

 

 

 

 ――ねえ、ハル。

 ――起きたら、あなたに伝えたいことがあるの。

 ――たくさん、たくさん……。

 

 

 

 

 ユイの意識はまた、記憶の奔流の中へと落ちていった。

 

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