二夜廻   作:甲乙

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15:墓標(おはか)

 どれぐらい、泣いたのか。

 

 両親にしがみつきながら、ユイは降り積もる雪を見ていた。

 

 思い出すのは、チャコのお墓。その前で祈るハルの姿。

 

 やがて雪が融けて消えた時。

 

 ユイは立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 固く冷たい土に、木の枝を突き立てる。

 何度も、何度も突いて、土をほぐし、手でかき出した。枝が折れたら、別の枝にとりかえる。枝が無くなったら、さがしに行く。

 ユイは穴を掘っていた。

 公園の砂場ではない。山奥の地面だ。掘ればすぐに、石が、木の根が、時には岩が顔を出す。それらをすべてほじくり、石で叩き折り、無理なら横に穴を広げた。

 ユイは穴を掘り続ける。

 クロを埋めた時とはわけが違う。人間の、それも3人分の穴。

 無心で掘り続けるユイの頭上で、月と太陽が何度も行き来する。また雪が降ってきたのを見て、ユイは土を掘る手を速めた。

 

 

 

 

 穴を掘りきった時は、紅葉が舞っていた。

 それが何度目の秋だったのかを、ユイはもう数えていない。

 穴の中に紅葉が降り積もるのを見て、暖かそう、とユイは久しぶりに笑った。

 

 骨だけになった両親を、穴の底に並べる。

 小さな骨も残さず、一本ずつ丁寧に、並べていく。父の足りない左手の骨は、削った木の枝をかわりにした。天国で、不自由しないように。

 最後に、ユイの服が詰まった鞄を、両親の間に置く。

 本当は、自分がここに納まるべきなのかもしれない。

 でもまだユイには、やらなければいけないことと、やりたいことがあった。

 

 土を、かぶせていく。

 白い骨がだんだんと見えなくなり、ユイの視界もだんだんと滲んでくる。

 一度手を止めて涙を拭い、両親の頭蓋骨を目に焼きつけた後、最後まで土をかぶせた。

 

 できあがったこんもりとした墓に、大きな石と、中くらいの石と、小さな石を並べる。

 お父さんと、お母さんと、ユイの墓だ。

 

 自分で掘った墓の前に座る。

 ハルの真似をして、重ねた両手を胸に当てた。目を閉じて、頭を下げて、祈る。

 念仏を唱えたわけではない。ただ、両親との記憶を思い出していた。

 それが楽しい思い出でも、つらい思い出でも、すべて、思い出していた。

 父とも、母とも、つらい別れとなった。

 それでも、大好きな両親だったのだから。

 

 

 

 

 ユイなりの祈りが終わった時、見下ろしたその手は、ほとんど消えかけていた。

 それをじっと見るユイの顔に悲哀は無い。ただ静かな笑みだけがあった。

 墓に眠る両親にもう一度だけ笑いかけてから、ユイは歩きだす。

 

 

 最期の場所へ、向かうために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭がふわふわしていた。

 体もすごく軽くて、それこそ消えてしまいそうに軽い。

 時間の感覚はいっそう曖昧になって、もう朝も夜も区別がつかない。まばたきする度に季節が変わっている気がする。

 きっと、ユイの未練は二つあった。

 ひとつは、ハル。

 でも、あの木の下でハルとお別れした時にはもう、ハルは未練ではなくなっていた。

 もうひとつは、家族。

 それを今、終わらせてきた。両親と、自分自身の弔いを済ませてきた。

 だから、今のユイを繋ぎとめているのは、未練ともいえない小さな欲。

 

 ハルに会いたい。

 話したいことがたくさんある。たとえ声が届かなくても。

 

 ふわふわ、ふわふわと。ユイはまた、ハルの元へ向かう。

 これがユイの、きっと最後の旅になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルの家に、ハルはいなかった。

 かわりに、ハルにそっくりな女の人がいた。

 はじめはハルの娘さんかと思っていたら、おばあちゃんがどうとか言っていて、まさかと思った。

 どうやら、帰りがだいぶ遅くなってしまったらしい。

 運よく、ハルのお見舞いに行くというその人の後をつけていった。

 

 

 病院は、ユイの知っている病院とはぜんぜん違っていた。

 いろんな物がかってに動いていたし、丸っこいロボットがあちこちにいる。探索したら、さぞ面白いだろう。

 でももう、その時間はない。

 階段を上る女の人についていった先の、4階の部屋。

 暖かな色の部屋の奥、窓の近くのベッドの上に、ハルがいた。

 

 

 ハルは、おばあちゃんになっていた。

 やさしい顔をした、きれいなおばあちゃん。

 孫の女の人と話しているハルの横に座って、心の中だけで語りかけた。

 

 ――おそくなってごめんね。

 ――ハル、がんばったんだね。

 ――たくさんがんばって、たくさんの家族に囲まれて。

 ――つらいことも乗りこえて、こんなに長生きして。

 ――そして、天国にいこうとしてる。

 

 女の人が帰って、ハルが眠って、夜に起きる。ハルが鞄をあけて、中から、懐中電灯と、

 

『あ――』

 

 赤と、青のリボンを取り出した。

 それは、とても古い物のはずなのに、今でも鮮やかな色をしていた。

 きっと、大事に、大事にされていたから。ハルが、色褪せないようにしてきたから。

 あの日、ハルはユイにさよならを言った。でも、忘れてはいなかった。

 ユイのことを、忘れないでいてくれた。

 

 

 自分は、不幸だったとは思う。

 お父さんが死んで、お母さんはおかしくなって、家族は壊れてしまって。

 毎日、痛くて、苦しくて、寂しくて。

 ハルも、クロも、大切にしているものはどんどん離れていって。

 お化けになって、死ぬこともできなくて。

 でも、お化けになったから。

 お父さんも、お母さんも、ハルも、自分のことを大切に思ってくれていたことを知った。

 こんなに、あんなに、自分を想ってくれた人たちがいた。

 不幸だった。でもそれだけじゃなかった。

 ユイは、そう、思った。

 

 

 

 

 病院を抜けだして、中庭のベンチに腰掛けたハルの、隣に座る。

 きっとハルは気付いている。そろそろ、その時がくるということを。

 ハルの右手。ふたつのリボンを握るその手に、ユイも触れた。

 

『……、……ュィ』

 

 ハッと、横を見る。

 ハルは、ただ月を見上げていた。自分の手を握るモノの存在には気づいていない。それでも、良かった。

 いっしょに月を見上げる。あの時、いっしょに花火を見た時みたいに。

 

 

 

 

 そして、灰色の怪異が現れた。

 

 

 

 

 ユイも見たことのないお化け。いや、お化けですらないナニカ。あの山の神や、コトワリさまとも違う気がした。

 久しぶりに感じる恐怖に、思わずハルの手を強く握る。

 

『よまわり、さん……』

『私を、迎えにきてくれたのですか』

 

 ハルは、笑っていた。

 ハルはすべてを受け入れている。なら、ユイも怖がることはない。

 ハルの手を握り、ハルによりかかって、語りかけた。

 

 

 ――ねえ、聞いてよハル。

 ――わたしも、がんばったんだよ。

 ――お母さんを見つけたよ。

 ――お母さん、お父さんと仲直りできたんだよ。

 ――それでね、ちゃんとお墓だってつくったんだよ。

 ――わたしのお墓だってつくったよ。わたしがつくったんだよ。

 

 

 よまわりさんが、近付いてくる。

 

 

 

 ――だからね。

 ――こんな、ダメなわたしでも。

 ――こんな、悪いお化けでも。

 ――お父さんと、お母さんと、ハルと、同じところにいけるかな。

 ――いけたら、いいな。

 

 

 よまわりさんが、その袋を。

 

 

 ――でも、もし。

 ――もし生まれ変われるなら。

 ――また、ハルと友達になりたい。

 

 

 その、()()()()を。

 

 

 ――あなたも、そう思うでしょ?

 

 

『――――ハル…』

 

 

 最期に、己の生涯でもっとも鮮やかな名前を、大切につぶやき、ユイは、目を閉じた。

 

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