二夜廻   作:甲乙

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16:再会(もうにどと)

 長い、長い追憶が終わろうとしていた。

 

 まじり合った二つの魂が、ふたたび一つの形を成す。

 

 形はそのまま、密度だけを増したかのような、その魂。

 

 それが小さな炎のような輝きとなって、瞳の奥に灯った時。

 

 深い眠りの底から、ユイは目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず最初に、ハルの顔が見えた。

 目が合うと、心配そうな顔が更に近づいてくる。

 

「ユイ、起きたの? 大丈夫?」

 

 頭の下に、柔らかな感触がある。どうやら膝枕をしてくれているらしい。前かがみになったせいで垂れてきたハルの三つ編みが、ユイの鼻をくすぐる。

 

「……へぶしっ」

「ひゃっ!」

 

 おもわずくしゃみが出てきて、更に唾が飛んでしまったのかハルが顔を押さえる。

 ……なんとも締まらない再会となってしまった。

 

「……もうっ!」

「ごめんって」

 

 まだ起き上がる気にはなれなくて、怒り顔のハルをあやすようにその三つ編みを弄った。

 お姉さんのハル、お母さんのハル、おばあちゃんのハル。いろんなハルを見てきたが、やはり少女のハルが一番しっくり来た。あと2年すれば更にそうだろう。

 

「ユイ、動ける? 疲れてるみたいだけど、そろそろ行かないと」

 

 忘れてはならないが、今はあの蜘蛛神との戦いの真っ最中だ。プランA、その最後の仕上げに向かわなければならない。

 それはユイも分かっている。分かってはいるが。

 顔を傾ければ、ハルの左手が見える。かつて失われ、今もまた傷ついた、細く小さな左手。掌の傷にハンカチを巻いただけの、血まみれの手をそっと撫でる。

 

「……ごめんね、ハル」

「なにが?」

「左手、痛かったでしょ」

「ああ、これ? 大丈夫だよ」

「わたしが、切らせちゃった」

 

 

 ハルの動きが、止まった。

 

 

「…………え?」

 

 

 信じられないものを見たようなハルの顔が見えて、その顔も涙で滲んでくる。

 もう、気持ちを抑えられない。

 

「ごめんね。いっぱい怖がらせて」

「ごめんね、あの時……道連れに、しようとして」

「ごめんね……。あんなお別れで……っ。本当に……っ!」

 

 目をこすってもこすっても涙は溢れて。くしゃくしゃになった顔をユイは手で覆う。

 ハルは、ただ呆然と、ユイを見下ろしていた。

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 ハルは、自分がついにおかしくなったのだと思った。

 あの夜すべてが夢なら良かったと、もはや何度思ったか分からない。ユイが生き返った夢など、もう何度も、数えきれないほど見た。

 毎日、何年も、80年、ユイを想って、想って、ついに夢と現実の区別がつかなくなったのだ。そうでなければこんな、都合の良いことがあるはずがない。

 ユイが生き返る? 馬鹿な。ありえない。死者は生き返ったりしない。過去を変えられたりも、しない。

 ああ、そうだ。

 この、こんな、よまわりさんの手で若返って、過去の世界に戻ったなど、こんなこともありえない。

 きっとこれは、今際(いまわ)(きわ)に見た、自分の最期の夢。もし夢から覚めれば、きっと自分はまたあの病室に――――。

 

 

「うにゅ」

 

 

 頬を、手でつままれた。

 膝に頭を乗せたままのユイは、その顔もくしゃくしゃなままで、ハルの頬を両手で引っ張る。

 痛い。

 

(いひゃ)っ! (いひゃ)いっ(ちぇ)ユイ(ヒュイ)!」

「ほら、痛いでしょ!」

 

 見下ろしたユイの、涙で濡れた瞳に、自分の顔が映る。頬を引っ張られたまま泣いている、なんとも間抜けな顔が。

 

「夢じゃないんだよ! ハル!」

 

 ユイは手を離した。

 今度は、ハルがユイの頬を両手で挟む。その感触を確かめるように、そっと。

 

「ユ……イ……?」

「うん」

 

「ユイなの……?」

「そうだよ」

 

「ユイ…………?」

「そうだってば!」

 

 しびれを切らせたように、ユイががばりと起き上がる。ハルの両肩をがっしりと掴み、真正面から。

 

 

()()()()()()!」

 

 

 あまりに単純な。それでも、二人にとっては、あまりに重い一言。

 その言葉が、ハルの頭に届いた時。

 

 

 

 

「――――――ぁ」

 

 

 

 

「――あぁ……」

 

 

 

 

「ああぁ……っ」

 

 

 

 

「あああぁぁっ!」

 

 

 

 

 80年。

 ユイと過ごした月日より、遥かに長い年月を生きてきた。

 ユイの死を受け入れられず、夜をさまよった。

 ユイの死を受け入れ、別れをつげた。

 ユイの死を乗り越え、生きてきた。

 それでも、ユイを忘れたことなど無かった。

 

 80年。

 ずっと、ずっと祈り続けてきた。

 その死後の安寧を。その来世の幸福を。

 それでも、ユイを想わない日など無かった。

 

 80年。

 ユイがいなくても、生きてきた。

 孤独ではなかった。新しい家族も、新しい友人も得た。

 精いっぱい生きた。立派に死んだ。

 自分は、幸せだった。

 だけど、もし。もしも、生まれ変われるなら、その時は。

 

 80年。

 そのすべての、積年の想いが、はじけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 山奥の、荒れ果てた、忘れられた神社。

 

 傾きはじめた太陽の、赤く色づきはじめた光に照らされたそこで。

 

 ふたつの影が、かさなっていた。

 

 影は、少女たちは、泣いていた。

 

 互いの涙が、涙を呼ぶように、ふたつの慟哭(どうこく)が、かさなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい! ごめんなさい、ユイ!」

「たすけられなくて、ごめん……! ごめんなさい……っ!」

「ずっと、ずっといっしょにいたかった! ほんとうは! ずっと!」

 

「ごめんなさいハル! わたしが、わたしがわるかったの!」

「ちゃんと言えばよかった! たすけてって、もっとはやく!」

「あんな、ダメなわたしでごめん……、あんな悪いお化けで、ごめんなさい……!」

 

「ユイとの、縁を切っちゃった……! わたしが、死にたくないからって……」

「最低だ! 卑怯者! ユイは、わたしをたすけてくれたのに! わたしは、わたしは……」

「わたしのせいで……ユイは、あんな……!」

 

「痛かったよね……つらかったよね……」

「わたし、ずっと見てたよ。お化けになって、ずっと!」

「ハルががんばってるのを! わたしは、ぜんぶ見たよ!」

 

「みつけられなくて、ごめんなさい!」

「もっと、もっとはやく、みつけてれば!」

「わたし、いつも、……いつも……」

 

「ありがとう……あの時、わたしを、さがしてくれて!」

「あの後も、ずっと、わたしを、わたしなんかを……」

「みてたよ、みてることしか、できなくて……っ!」

 

「ユイは、ずっとみててくれたのに!」

「わたしだけ……わたしだけ生きた! ユイだって生きたかったのに!」

 

「ハルはがんばったよ! ずっとみてた!」

「がんばってたじゃない! ハル!」

 

「ほんとうは、ユイと生きたかった……!」

「ユイと、おとなに、おばあちゃんになりたかったのに!」

 

「わたしだって生きたかったよ!」

「みてたけど、さわれなくて、はなせなくて、さみしかった……!」

 

「ずっと、ずっと……」

 

「ずっと……」

 

 

 

 

 あいたかった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慟哭がやみ、嗚咽もやみ、やがて影がかさなるのみになり、黄昏が山を覆いはじめた頃。

 

 ふたつの影は、立ち上がった。

 

 成すべきを、成すために。

 

 もう一度つないだその手を、もう二度と、はなさないために。

 

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