「まって、まってよー」
ぐいぐいと引っ張られる赤いリードを離すまいと、わたしも駆け足になる。右目のあたりで、頭の赤いリボンがちらちら揺れている。
リードの先には、わたしの家族――ポロが、元気に尻尾を振りながら走っていた。クラスの中でもいちばん背が小さいわたしより、犬としては大きなポロの方がよっぽど力も強い。かけっこも苦手なわたしよりも、当然ポロの方が走るのも速い。結局は、わたしが追いつくのをポロが待って、追いついたらポロがまた走るという形になっていた。
「どっちが散歩しているか分からない」なんてお姉ちゃんは笑っていたけど、わたしはポロと遊べればそれでいいもの。お姉ちゃんと遊ぶのも楽しいけど、お姉ちゃんだって勉強とか家のお仕事とか、友達と遊ぶのに忙しい。こんど、はやっている映画を見にいくんだって言ってた。友だちがあんまりいないわたしは、やっぱりポロと遊ぶことが多くなる。
その日も、学校から帰ってすぐにいつもの散歩コースを歩いたわたし達は、夕暮れどきの山道にいた。夏休みが終わったばかりの9月はまだ暑かったのに、急に風がひんやりしてくる。汗が冷えてきて、体を冷やさないように両手で自分の体を抱きしめた。もうそろそろ帰ろうかな、と思いながらゴムボールを投げた時だった。
「あ!」
いつもならすぐにポロが口でキャッチするのに、上の空で投げたせいかポロの頭より上を飛んでいってしまった。テンテンと転がっていくゴムボールをポロと追いかけると、山道の先にある、暗いトンネルの中へと転がっていくのが見えた。
――こんなトンネル、あったっけ。
大きな、古い、とても暗い、トンネル。
真っ暗なトンネルの中が大きな口を開けている怪物のように見えて、ぶるりと体が震えた。誘われるように入り口に近づくと、背中を押すように冷たい風が吹いてくる。あのゴムボールは、ポロのお気に入り。取りにいかないと。
そう思って、なんとか一歩ふみだした時。
“わんっ!”
ポロのどこか険しい鳴き声が聞こえて、風がやんだ。目の前の暗闇が急に怖くなって、おもわず後ずさる。
「……ごめんね。ポロ」
足にすりよってきたポロの白い毛並みをなでながら、謝る。ゴムボールはお姉ちゃんに買ってもらおう。怒られるかもしれないけど、わたしが悪いんだから仕方ない。もしダメだったら、わたしのお小遣いでも買えるおもちゃを探そう。
そう諦めて帰ろうとしたわたしの足が、小石を蹴った。なんとなく拾ってみると、丸くてスベスベとしていた。おもわず、投げたくなるような。
ポロの黒い目は、何かを期待するみたいにキラキラしている。
「一回だけだよ?」
ポロにそう、断って。わたしは石を、
「あぶないよ」
うしろから突然かけられた声に、わたしは「ひゃっ」と尻もちをついてしまった。ポロにつながった赤いリードを、誰かの手がくいと引いて道の端に寄らせる。
そして、わたしの目の前を、大きなトラックが走りぬけていった。
しばらく呆然としていると、ポロに顔を舐められてハッとする。もし今、石を投げていたら、ポロは……。ゾッとするような想像をしてしまい、ポロの真っ白な体をぎゅっと抱きしめた。お日様の匂いを吸い込んでいると、ドキドキしていた心臓もやっと落ちついてくる。
「大丈夫?」
わたしとポロの後ろに、いつの間にか、二人の女の子がいた。
はじめは、双子なのかと思った。でもよく見るとぜんぜん似ていなくて、なんで双子だと思ったのか分からない。似ているのは、その頭のリボンだけなのに。
赤いリボンの子が、わたしの手を引いて起こしてくれる。気の強そうな、でもやさしそうな目をしていた。知らない人や、いじわるな友達にはすぐ吠えるポロも、頭をなでられて尻尾を振っている。
青いリボンの子は、まだ夕方なのに大きな懐中電灯を持っていた。トンネルの中をじっと照らしながら、さっきわたしが拾った小石を奥に放り投げる。同時に中に走って、すぐに戻ってきた。
「はい、これ」
変わった髪の色をした、おとなしそうな子だった。色白な手にはゴムボール。拾ってきてくれたんだ。お礼を言いながらボールを受け取ると、じっと目を見つめられた。なんだろう、わたしの顔に何かついてるのかな。
「――気を付けてね。ボール遊びは、あぶなくない場所で」
にこりと笑う顔は、わたしと同じぐらいの女の子なのに、なぜか先生に怒られたような気持ちになった。おもわず「はい!」と背筋をのばしてしまう。
それを見ていた赤いリボンの子に「おばあちゃん」と頬をつつかれた青いリボンの子はムッとして、しかえしのようにデコピンしていた。ケンカしだしたのかとヒヤヒヤしたけど、二人ともすごく仲がよさそうで、……すこし、羨ましかった。
日がかたむいてきた山道を、みんなで下りる。二人はわたしにもよく話しかけてくれて、なんだか楽しい。ポロもすっかり懐いていた。
二人は友だちで、ハルとユイという名前。隣町に住んでいると聞いて、びっくりしてしまった。こんな遠くまで遊びにくるんだ。
「こともちゃんも、そのナップサック持ってるんだね」
「うん、お姉ちゃんに買ってもらったんだ。デパートに行った時に」
「じゃあそれ、同じお店だね! わたしのもそこで買ってもらったんだ」
赤いリボンの子――ユイちゃんがくるりと背中を向けると、ピンクのウサギと目が合った。何が詰まっているのか、わたしのと違ってパンパンにふくれた丸い顔がおかしくて、つい笑ってしまった。
「入れすぎだって、ユイ。また破れちゃうよ」
「へーきへーき。自分で直すから」
呆れたような顔をしている青いリボンの子――ハルちゃんの背中にもウサギのナップサックがあった。でもなんだか形がヘンで、耳の大きさも左右ですこし違う。ボタンの目もあさっての方向を向いていた。
じっと見ているとハルちゃんに気付かれたのか、
「ああ、これはね、」
「わたしが作ってあげたんだ!」
まってましたとばかりにユイちゃんが嬉しそうな顔で自分を指さす。「自信作!」と腰に手を当てるユイちゃんを見てから、もう一回ハルちゃんのウサギを見た。……もう一回見たからって、形が変わるわけもない。目が合ったハルちゃんは困ったような顔をして、人差し指を口に当てていた。
……みんな得意なことと苦手なことがあるよね、うん。
「す、すごいよね。わたし、お裁縫なんてできないもん」
「簡単だよ。慣れれば針だってそんなに痛くないし」
「そういうことじゃないよ、ユイ」
でも、わたしもボタンぐらいは自分で付けられるようになった方がいいかな。お姉ちゃんはいつも自分でやってるし、だから。
「わたしも、お母さんに教えてもらおうかな」
ピタリと二人が歩くのをやめて、わたしとポロだけが前に出てしまった。振りかえると、なぜか二人がおどろいたような顔をしている。
「ど、どうしたの?」
「……え、あ、うん? こ、こともちゃん? あのね?」
「ちょっとハル!」
なんだか混乱したようなハルちゃんを引っ張って、道の端っこに二人で座る。そのままゴニョゴニョと何か話していた。置いていかれたようなわたしは足元を見ると、ポロも「くぅん」と困ったような声ですり寄ってくる。
戻ってきた二人はゴホンと咳をしてから、何事もなかったように話しはじめた。
「……こともちゃんの、お母さんって、お裁縫が得意……だったの?」
「うん、ボタンが取れたらよく付けてもらってるよ」
「……今でも?」
「? うん」
「…………」
また黙りこんでしまった。
なんだろう。わたし、何か変なこと言ったかな。お母さんにボタンを付けてもらうなんて、子どもだと思われてるのかな。帰ったらすぐに教えてもらおう。お母さんがダメならお姉ちゃんに……。
「ことも!」
山道を下りて町に入ろうとした時、向こうの道から聞きなれた声がした。
「お姉ちゃん?」
なんでお姉ちゃんがここにいるんだろう。考える間もなくポロが嬉しそうに走り出して、わたしも引っ張られてしまう。
お姉ちゃんはポロを確かめるように撫でると、次はわたしをぎゅっとした。
「わぷ」
「ああ、ことも! 無事だった? ポロもケガはない?」
お姉ちゃんはいつもいい匂いがして、ぎゅっとされると安心するけど、今日はすごく苦しい。「ああもう私のドジ!」「なんで今日にかぎって」とよく分からないことを言っているお姉ちゃんは、ぎゅうぎゅうとわたしを抱きしめて離してくれない。だんだん息も苦しくなってきた時、
「お姉さん
ユイちゃんの声にハッとしたようなお姉ちゃんは、やっとわたしを離してくれた。お姉ちゃんは恥ずかしそうに赤い顔をしていたけど、汗ばんでいて息も荒い。きっと、ここまで走ってきたんだ。なんでかは、分からないけど。
ハルちゃんは鞄から小さな缶ジュースを取り出して、お姉ちゃんにあげていた。最初は遠慮していたお姉ちゃんも、最後はそれをもらっていた。ユイちゃんは、そんなお姉ちゃんの顔を、じっと見つめていた。
「お友達?」
二人を見送ってから、お姉ちゃんと手をつないで歩く。両手がお姉ちゃんとポロでふさがっているのが、なんだか嬉しかった。
「……ううん。さっき会ったばっかり」
「そうなの?」
思えば、知らない子たちとあんなにお話したのは初めてだった。なんというか、うまく言えないけど、すごく、気が合った。ポロも懐いていたし。
でも、なんで隣町の、あんな山道にいたんだろう。聞きそびれちゃった。
「じゃあ、また会えるといいね」
「隣町の子なんだって」
「あら。じゃあ今度のお休みに行ってみようか」
見上げれば、夕日に照らされたお姉ちゃんが優しく笑っていた。
お姉ちゃんはすごくきれいな人。特にその目が、なんだか不思議な色をしている。
「お母さんとお弁当を作るから、ポロもつれて隣町まで行くの。さっきの子達とだって、また会えるかも」
「でも夕方までには帰ろうね。日曜日にはお父さんも帰ってくるから」
「そうしたら、みんなで晩ご飯を食べるの」
聞いただけでワクワクするような計画だった。「ホント?」と思わず聞いてしまうと、お姉ちゃんは頼もしそうに笑った。
「本当よ。絶対にそうしてみせる。
すこしよく分からないことを言っていたけど、それはよくあることだ。
嬉しくて、日曜日が楽しみになって、手をぎゅっと握ると、お姉ちゃんも握りかえしてくれた。思わず駆けだしてしまって、お姉ちゃんとポロといっしょに家まで走る。
暖かい光が灯ったまわりの家から、それぞれの晩ご飯の、いろんなおいしそうな香りがしてくる。
わたしたちも、お
きっとお母さんも待ってる。
今日の晩ご飯、なにかな!
※
「ポロちゃん、かわいかったね!」
「……うん。そうだね」
ことも達と別れてから、ユイはあの白い毛並みに思いを馳せていた。大きな体に甘えん坊な仕草。小型犬とはまた違った魅力であった。
「あーあー、はやく
「……しかたないよ。まだ
「分かってるけどさー」
頭の後ろで手を組んで赤い空を見上げる。対してハルは、まだ視線を下に向けたままだ。
「ハルさーん? もしもーし?」
「…………」
「ハルばーさんや? めしはまだかの?」
「やめてってば」
「あ、起きた」
鉄板の
「まだ悩んでるの? もうやっちゃったものは仕方ないじゃん」
「そうだけど……」
相変わらず煮え切らない親友の態度に、ユイはやれやれと肩をすくめた。
“ 前回 ”の、あの夜の後、ハルは隣町でこともと再会した。ユイも、幽霊としてそれを見ていた。
自暴自棄になっていたハルでも、彼女とは多少の話はするようになり、その際、今日のことを聞いたのだ。
2年前のこの日、この山道で、
その話を覚えていたハルが、それを阻止したいと言い出した。ユイはそれに反対する理由など無かったが、当のハルはなぜか躊躇うような様子も見せていた。やっぱり、でも、だって、と迷いすぎて、なかなか一歩を踏み出せない。そんなハルの手を引いて、進む決断をさせるのはいつもユイの役目であった。
そして文字通りに尻を引っぱたいて隣町まで連れてきて、今に至る。
――そんなに悩むことでもないと思うんだけどな。
それとも自分が考え無しなだけだろうか?
いや、ユイの勘ではやるべきだと思ったし、それは今でも変わらない。それに、もう一つの根拠もあった。
※
ハルにとっては、もう80年前。片目の
『2年前、私はあのトンネルの前で、大事な友達を死なせちゃった』
『お化けのせいじゃないよ。私のせい』
『ポロは、私のせいで死んだの』
あの時の、心が夜に囚われたハルには理解できなかった。
自分のせいだと思うなら、何故そんなに気軽に話せるのか。
ハルと重ねているつもりか。ユイを失った自分とは違う、所詮は犬ではないか。……そんな、最低なことまで考えていた。
『でも、私はそれを受け入れられなくて』
『ポロは、どこかに行っちゃったんだって、自分に嘘をついて』
『逃げ出したの』
逃げている。
今のハルがまさにそうだ。ユイを探すなどと、自分に、嘘を。
『私が嘘をついたから、お姉ちゃんまでいなくなっちゃった』
『だから私は、夜の町を探したよ。お姉ちゃんを』
『そして、ポロを』
ハルは、左腕を掴んでいた。
もう無くなったはずの左手が、ひどく痛んだから。
『探している内に、自分でも分からなくなった』
『ポロは本当に、どこかに行っちゃっただけなんじゃないかって』
『私の目の前で、死んだのにね』
もう、聞きたくなかった。
それを察したのか、こともは話を切り上げてしまった。
『でまあ、色々あって、私の目は一個なくなっちゃった』
『お姉ちゃんは見つかったけど、ポロは死んでた』
『それで私は、生まれて初めて、考えたんだ』
振り返ったこともの右目が、ハルを射貫いた。
『――――死ぬってことを』
その目は爛々と輝いていながら、その奥にはどこまでも暗い夜が渦巻いていた。
2年前、その失った左目で何を見たというのか。
2年間、その残った右目で何を見てきたというのか。
いったい、何を見れば、そんな目になってしまうというのか。
『でも、だから、私とお姉ちゃんは生きてるんだ』
『ポロの死が、お化けたちが、この夜が』
『私を、すこしだけ強くしてくれたから』
結局、あの夜明けがこともと会った最後だった。
その後の人生で、ハルが故郷に戻ることはなかったし、その隣町にも行くことはなかった。
当然、ユイが見つかったなどという手紙も来なかった。
だから、彼女とその姉が、その後でどのような道を歩んだのか。それをハルが知る由もない。
だが、明けない夜に囚われたその道が明るい物だとは、どうしても思えなかった。
それでも、あの少女なら、あの悲しくも強い目をしていた彼女なら、なんとかなったのではないか。
そう、祈ることしか、できなかった。
「わたしは、あの子から、強さを奪ってしまったんじゃないかな」
ぽつりと、ハルの口から言葉がこぼれた。
苦難は、良くも悪くも人を変える。現に、いま会ったこともと、あの時のこともは、まるで別人だ。
ポロの死が彼女を強くしたというのなら、それを奪ったのは
彼女とその家族に降りかかったであろう苦難。その根元が何なのかを、ハルは何も知らない。その根元を放置したまま、ただ自己満足のためにポロだけを助けた。それは果たして、こともの為になったのだろうか?
むしろ、それが原因で彼女たちに更なる苦難が……。
脇腹を思いっきり掴まれた。
「うにょわあぁッ!?」
「はーい、笑って笑ってー」
「あはっ! あひゃはっ! やめてってば、もう!」
最近、やたらと悪戯好きになった親友に両手でデコピンを2発お見舞いする。このやり取りもすっかり慣れてしまった。「だって眉間は怒るじゃん」と
「へーきへーき。なんとかなるって」
「……また勘?」
「それもあるけど、ハルは気付かなかった?」
脇腹を撫でながら考える。そういえば。
「こともちゃんの、お母さん……」
「前の時は亡くなってたんだよね?」
たしかに、そう聞いていた。こともが物心つく頃には、もう母親はいなかったと。
しかし、いま会ったこともは、まるで母親が存命なような口ぶりだった。嘘をついているとも思えない。いったいどういうことなのか。
考えても答えは出ず、ユイもまた、珍しく何かを考え込んでいた。
※
――あの目……。
ユイが気になっていたのは、こともではなく、その姉。
あの瞳の奥に見えた、不思議な輝き。あれは間違いなく、ハルの瞳にあるものと同じだ。
自分では分からないが、ユイの瞳にも同じ輝きがあると、ハルも言っていた。
ハルとユイの共通点。
そして、彼女も
その結果が、彼女たちの母親の生存であるならば。
――じゃあ、大丈夫でしょ。
何も心配することはない。そう結論づける。
顔を上げると、不安そうなハルと目が合った。どうやらハルは分かっていないらしい。
とはいえ、ユイの考えはすべて推測。この心配性の親友に話しても、逆に不安にさせてしまうかもしれない。
だから、もっと
ハルの手を引いて、ぎゅっとする。ことものお姉さんを見習って、ぎゅうぎゅうに。
「ユ、ユイ、ぐるじぃ……」
「はい、ではここで問題です」
肩を叩いてくるハルを無視して、耳元に囁いてやる。
「わたしが死んで、つらかったですか?」
腕の中のハルが震えた。親友の心の傷を抉るような真似はしたくないが、仕方がない。「ゆっくりでいいから、答えて」とできるだけ優しく囁く。
すこし間があいてから、ハルは頷いた。
「わたしが死んで、ハルは強くなりましたか?」
ハルは動かなかった。世話のやける親友に苦笑しながら「わたしは見てたよ」と付け足してやる。
小さく、ハルは頷いた。
「もう一回、わたしに死んでほしいですか?」
今度は、ハルが激しく首を振った。なんてことを聞くんだとばかりに、背中を叩かれる。
親友の微笑ましい抗議に苦笑しつつ、最後の問題を出す。
「もう一回、わたしの死を乗り越えて、強くなりたいですか?」
「……そんなの決まってるよ」
ようやく答えを出せたらしいハルが、顔を上げた。
どこか、ふっきれたような顔で。
※
「ユイとお別れするぐらいなら、わたしは弱虫のままでいい」
これだけは絶対に変わらない。前回でも今回でも、いつ聞かれようと、絶対にそう答える。
ならば、こともだってそうだろう。
ポロを、大事な家族を失ってまで、強くなりたいはずがない。
今の年相応なこともでも、前の強くて悲しいこともでも、きっとそう答える。
だから、ハルのしたことは間違いではない。今なら、ハルはそう思う。
「それにさ、あの子ならきっと大丈夫だよ」
ハルの答えに満足したのか、ユイが笑顔で付け足してくる。
「勘で?」
「そ。勘で」
「だって、わたしたちの先輩だし!」とよく分からない根拠も付け足してきて、ハルも笑ってしまう。「こんど会ったら、ことも先輩って呼んでみようか」というハルの言葉がツボに入ったのか、ユイはお腹を抱えて大笑いした。
それにつられて、またハルは笑った。
「わたしも……」
ひとしきり大笑いした後、ユイが静かに言った。
「わたしも、ハルと
夕日に照らされたユイの顔は、どこかユイらしくない、弱気そうな顔だった。
いや、どんな顔をしていても、ユイはユイだ。
「弱虫と、ダメな子かぁ。ぜんぜんダメな二人だね。わたし達って」
「そうかも」
二人で苦笑して。どちらからともなく、手をつなぐ。
手をつないで、隣町を出た。
「帰ろう」
西に、夕日に向かって歩く。
二人の、わたし達の町に向かって。
もしかしたら、わたし達は、また間違ったのかもしれない。
これは、依存ともいえる、よくない関係なのかもしれない。
強すぎる絆が、ときには悪縁となるように。
また、コトワリさまに切られてしまうのかもしれない。
この戦いで、この不思議な二度目の道で、
すべてがうまくいったわけじゃない。
でも。
それでも。
この手を、はなしたいとだけは、どうしても思えない。
わたしも、きっとユイも、そう思う。
「じゃあ、また明日」
いつも通り、ハルの家の前で別れる。
手は、握ったまま。
この手を離すのは、ハルの役目だ。
以前は、別れるのが寂しくて、なかなか離せなかった。
ユイは、そんなハルの手をずっと握ってくれていた。
でも今は。
「うん。おやすみ、ユイ」
あっさりと手を離したからか、どこかユイが物足りなさそうな顔で帰っていく。
しばらくそれを見た後、
「ユイ!」
※
振り返ったユイが見たのは、
ユイが、この世で一番きれいだと思う笑顔で。
「――――またね!」