私、アヤナ・マルファス・シトリーは運に恵まれていない。
それは、親の血筋がとか、そういったものではなく、単純に、許嫁の趣味から思考、何もかもが、私と合わないことから、私が勝手に結論付けたことだ。
ディオドラ・アスタロト。現魔王、アジュカ・ベルゼブブ様の実弟で、アスタロト家次期当主。私のようなシトリーの分家の悪魔だと、嫁入りさせて、マルファスの血を残しつつ、純血の悪魔を残すことも視野に入れたとてもいい案。
ではあったんだけど、あの、クソドラ……じゃなかった。ディオドラ・アスタロトという存在は、なんといってもシスター(妹的な意味ではなく)コンプレックスみたいなものを患っている。
セラフォルーお姉ちゃんみたいなシスコンならまだしも、敵対勢力相手に率先して落としにいくのは……ねぇ……? それに、私の眷属すら自分のものと認識している節がある。
海樹くんも、治奈ちゃんも、メイクちゃんも、カリューちゃんも、私の眷属なんだから、髪の毛一ミリたりともあのカスドラ間違えた。ディオドラに渡すつもりなんてない。
髪の毛からクローン作られてもしゃくだしね。ん? となると、DNAマップから手に入れられないように手を回すのもあり? よし、今度、ソーナお姉ちゃんに相談してみよう。
うん。そうしよう。ついでに私にできる婚約破棄作戦も一緒にたてよう。
とまあ、ここまでグダグダと婚約者の愚痴を漏らしたのには、訳がある。
「なんで、あの、クズドラなんかと、お茶会しないといけないの? やる意味なくない? メイクちゃんもそう思うでしょ?」
私は、薄桃色の髪にくすんだ青色の瞳の私と同じくらいの身長で、私と大きく差のついた肉塊を二つ持つ童顔の眷属、《メイク》ちゃんに尋ねる。
「冥界に『仲いいですよ』ってアピールがしたいんじゃない? 今の冥界って娯楽とかないから」
「だからって、変なゴシップたてる必要ないと思うの。私、あの人のこと大っ嫌いだし」
「そこは、お父上の顔をたてると思って」
メイクちゃんの言うことも最もだ。お父さんの家系的に、断絶しているわけだから、そこから再興していくにしろ、血を残していくにしろ、必然的に純血悪魔の許嫁は必要だった。まあ、私に弟とかが生まれたら、その子を主軸とした再興になっていくことは間違いないし、私が男の子を産んでも同じことになるだろう。
別に、それがいやとかじゃないし、むしろ、マルファス再興には少しは手伝いたいとは思っている。けど、それ以上に、ディオドラ・アスタロトという存在が相容れない。
「はぁ……。ほんと、なんで、お茶会にマスコミとかも入れるかなぁ……」
「アヤナさんにちゃんとした格好で来てもらうためじゃない?」
「くっ、ほんと、あのクソ男。変なところで手を打つのがうまいんだから」
「アヤナさんがノーガード過ぎるって言うだけかもしれないけどね」
「そんなことないもん! 私、警戒心マシマシでいくよ。なんのために、カリューちゃんと治奈ちゃん。それから、メイクちゃんや海樹くんを連れていかないとおもってるの」
「そういう意味じゃないよ。そもそも、護衛としてあたしか、カリュー連れていけって話」
「いや」
「なんで」
「ディオドラに眷属見せるほど、私の眷属は安くない」
「アヤナさんの身の安全の方が大事じゃ?」
「私は大丈夫なの。だってディオドラだもん」
「アヤナさんの中でディオドラはドンだけ弱いの……」
「弱いとかじゃなくて、単純な話で、あのクソは、メディアの前とかで、いい格好するタイプのナルシストだから、変な襲撃がない限り平気ってだけ。あの手のタイプは算段がついてから確実に実行してくる。じゃなきゃ、教会の勢力の聖女のもとに怪我して行かないよ」
「なにかあったの?」
私はうーん、と悩む。正直、これは眷属にすら話さない方がいいんじゃないか? という内容だ。あのクソは、信心深い信徒が好みで、その信じていたものから裏切られたときの絶望した顔と、それを仕組んだものからの壮大なマッチポンプでハートキャッチディオドラする。
今回の件だって、おそらく私に『アーシア・アルジェントが絶望したときに僕が最高にかっこよく登場するために協力しろ』と、念押しするためだろう。だから、行く気がない。
かといって、メディア露出を避けると、マルファスの名を広める機会を逃す。正直、マルファスという名前だけだと今の冥界では通じない。だから、お父さんはシトリーの分家に婿入りしたわけだし、私もアスタロトと婚約を結ぶのを渋々承諾したわけだ。
まあ、当然だけど、私は一切ディオドラに貞操を明け渡す気はないし、眷属すらその視界に納めさせる気はない。
海樹くんと治奈ちゃんはあのクソと会ったことあるけど、二度とあいつの前に連れていかない。だって、あのクソの治奈ちゃんを見る目が、完全に『もうこの女は僕のものだ』みたいな感じだったもん。
それ以来、私はディオドラに会うときは一人で、護衛はお母さん経由の知り合いに頼んで行くようにしている。
「はい、終わったよ。でも、ほんとに一人でいいの?」
「大丈夫。それに、私は眷属を連れていかないだけで、護衛がいないって訳じゃないから」
「それでも」
「もう、メイクちゃんも心配性だなぁ。ディオドラの出すものに何が仕込まれてるのかわからないから手をつける気なんてないから。それじゃ、いってきまーす」
私はメイクちゃんに背を向け、マルファスの紋様の浮かぶ魔法陣を使い、ディオドラの屋敷に転移した。
※※※
これから、まずは護衛との顔合わせ。そのあとにマスコミの取材。それから、ディオドラとの茶会。
はぁ、ほんと、なんで、こんなことしないといけないのかな。
「今日は突然呼び出してすまないね、アヤナ」
「いえ、気にしなくてもいいですよ。私も暇でしたし」
「そうかい? ならよかった。君も学生だからね。無理をさせたら悪いと思っていたんだ」
そう思うなら呼ぶな。マスコミもな。私たちは、互いに張り付けた笑顔のまま会話をし、また、その光景を、冥界のテレビ製作会社がカメラに納めるため、私はできるだけ、カメラ写りのいい位置取りを意識した動きをする。
ただ、いわゆる身長差カップル的な捉え方をこんなやつとされたくないので、ある程度の距離感を保ち、テレビ会社に手を振ると同時に、すっと延びてきたディオドラの手を弾く。
何回か、『仲良しアピール』をしようとするディオドラの手を避けながら、アスタロト邸の客間に通される。
「で、さっきのはどういうつもりだい?」
「あなたに触られたくなかった。悪いとも思ってない」
「君のそういうところ、本当に嫌いだよ。で、返事は?」
「なんのことかしら?」
「とぼける必要はないさ。これから、君の通う学校のある町に元聖女が来たら、僕に連絡をして欲しいって話だよ」
「いいわよ。忘れてなければ」
「君はどうせ都合よく忘れるだろう? これから、何回も連絡するから」
チッ……ばれたか……
仕方ない。そういうことなら、
「それについては構わないわよ。あなたが何をしようがあなたの勝手。私が動かない理由もわかってると思うけれど、私を巻き込んでまで、自分の趣味に走らないでちょうだい」
「なに。来たら連絡してほしい。それだけのことだよ」
「認知したらね」
「君を信頼しているよ」
うすら寒い笑みを張り付け、互いに笑いあい、庭の方へと移る。さて、これからが本番だ。ディオドラから変なもの盛られないように、出されるお茶は飲まないようにしないと。
※※※
ディオドラとのお茶会は無事に何事もなく終わった。
結局、お茶を飲まないことを指摘されたが、『この種類のお茶は余り好きじゃないんです』といってかわしながら、一時間の無駄時間を流すことに成功した。
私だって暇じゃない。今日だって、このディオドラとのお茶会はついで、で、本題は、あるお方に会うためだ。だから、『ディオドラとのお茶会に行く気がない』なのだ。
私は、アスタロト邸のVIPルームに足を運ぶ。
そのドアの前で、深呼吸し扉を三回叩いた。
「どうぞ」
そう声が聞こえ、私は『失礼します』と告げ、部屋にはいる。
「やあ、よく来てくれた。アヤナ・マルファス・シトリー。ディオドラのことはまだ好きになれそうにないか?」
「はい」
「ハハハ、そうだろうと思ったよ。日本での学生生活の方は?」
「そっちはすごく楽しいですよ。ディオドラよりいい人がたくさんいますし」
「弟が嫌われ過ぎてて不安になるが、そういう話をしに来た訳じゃない。そのことは、君もわかっているのだろう?」
「そうですね。兵士の駒一つでいいんでしたっけ?」
私は、魔法陣から、自分の悪魔の駒をとりだし、アジュカ様の前に置く。
「あぁ。君の要求は、神器の認識に作用するような術式を組み込んでほしい。そういうもので間違いないね?」
「はい。無理をいっているのはわかってますが、契約者からのお願いですから」
「龍と人間のハーフ。龍の気に耐えられないがゆえに起きた不具合……。なら、悪魔に転生させて、人間でも龍でもなくす。突飛な考えだが、嫌いじゃない。彼女のご両親に許可は?」
「とってあります」
「よし、なら、早速術式を組んでいこう」
そういうと、アジュカ様の手元に魔法陣のようなものが現れ、悪魔の駒に対してキーボードを叩くような形で、改造を施していく。
どんな感じで変わっているのかはわからないが、ものの数分で、悪魔の駒の作り替えが完了した。
「それじゃあ、今度は私からの要求だ。入ってきたまえ」
アジュカ様がそういうと、奥の方のドアが開かれ、二本の狐のような尻尾を生やした女性が現れた。
「彼女は?」
「《
「では、なぜ、私にこの話を?」
「妖怪側からは《土蜘蛛》を眷属にしている君に預けたいと言付けられていてね。どうやら、他の悪魔たちは信用されていないみたいなんだ。必要に応じて転生させてもいいとも言われている」
「え、えっと……つまり?」
「この子を預かってくれ」
うーむ。これはまた……。
「ものすごい案件を持ってきましたね……」
私はアジュカ様に対してそういった。