現実世界で神々はゲームを始めたようです~プレイヤーランキング一位のラッキーボーイは平穏に暮らしたい~   作:ササキ=サン

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ソフィアちゃんのターン

私が一番好きな主人公は、レインという主人公で、彼は過去に結婚を約束した幼馴染みを守れなかった過去があるので、ガンギマリになって強さを求めるようになったんですね。名前の通り、内心常に雨が降り注いでいるような主人公ですが、それでも彼は取り繕って笑顔を浮かべています。

次点で好きな主人公(?)は、Fateのプリズマイリヤの兄士郎です。自分を好いてくれた後輩を守れず、自分の恩人からもらった正義を投げ捨て、友と道を違えるとも、妹を救うと決めた、後半常に瞳のハイライトが消えた状態で戦う彼の姿を、私はとても格好良いと思いました。

つまり、です。

私は苦労して、重い傷を背負いながらも、戦い続ける主人公が好きなのです。
何事も順風満帆に恵まれた人生をおくる主人公を格好良いと思えますか?私は物足りないです。
だからそういう意味で、作者の主人公虐めは、ある意味主人公をより私好みの格好良い主人公にするための過程であるとも言えるのです。

愛じゃよ、ハリー(たぶん違う)


四十六話 愛

 金曜日。夕方。

 

 あなたは自宅に帰ってきた。

 

 しかしながら、アパートの前にとある人物がいることをあなたは事前に察知していた。

 

 覚悟は決めていた。

 

 その人物が水瓶というプレイヤーではなく、高梨緑の住んでいる家に訪れている時点で、いずれ顔を合わせることになるのは確実であったから。

 

 あなたは歩いて行く。

 

 そして。

 

「こんにちは、水瓶さん」

 

 茶色い髪をなびかせ、彼女の年齢にしては少し幼く見えるが、とても容姿の整った美しい女性。

 

 彼女は親しげにあなたに話しかけてきた。

 

「いえ、私あなたと親しくなりたいの。だから名前で呼んでいいかしら?」

 

 ソフィア・マルティネス。メリケン合衆国に所属する中でも、最強のプレイヤー。

 

「緑」

 

 身元は知れている。暗にそう突きつける言葉。

 

 ――好きにしてください。

 

 返答は無気力に行なわれた。あなたにとって呼び方など、どうでもよいものだった。

 

「私はソフィア・マルティネスというの。これからよろしくね、緑!」

 

 和やかに笑う彼女を尻目に、あなたは問いかける。

 

 ――何の用ですか?

 

 尋ねると、和やかに笑っていた彼女はその笑みを納める。

 

「この前の蝗害を収めたこと。とても素晴らしい功績だと思うわ」

 

「そして先日、不幸な子どもを助け出したことも、とても素晴らしいことだと思うわ」

 

 あなたは目を細める。なんとなく、その続きの言葉を予測したからだ。

 

「でも、翌日、子どもの母親は殺されてしまったわ」

 

 彼女はハッキリと殺されたと断言した。

 

 つまり、彼女は暗にお前が殺したのだろうと投げかけているのだ。

 

 実際の彼女の真意はともかく、あなたはそう解釈した。

 

 その言葉に、あなたは応答する。

 

 ――それで? 私がやったとでも?

 

 あなたにとって、殺したのが自分だと知られるのは正直どうでもよいことだった。

 

 現状の司法では、超越スキルという物証の残りようのない手段においては、どう足掻いてもあなたを裁くことはできない。

 

 故にあなたは、どうして自分が母親を殺したことを知っているのか、それを突き止めた情報源や手段を警戒していた。

 

「ええ、貴方がやったのだと思うわ」

 

 ――どうしてそう言い切れるのですか? 不幸な事故だと聞いていましたが。

 

 とぼけるあなたに、彼女は笑って答えた。

 

「秘密よ!」

 

 あなたは警戒心を最大限まで高め、いざという時はすぐさま超越スキルを使える状態に心構えをした。

 

 自分の所行を知ることができる能力を持つ者は、危うい。

 

 いざという時の対処のため、最悪能力を使ってでも、情報を吐かせるべきだ。

 

 あなたは既に、力を振るうことを躊躇しない。必要だと判断すれば、倫理は二の次にして自身の力を振るうだろう。

 

「あ、別にあなたを責めているわけじゃないのよ?」

 

 しかしながら、警戒心を高めるあなたを前にしながらも、彼女は何気なく言い放った。

 

 

 

 

 

「――あなたが母親を殺したのは、何も悪いことではないわ!」

 

 

 

 

 

 は?

 

 あなたは呆けた顔をさらす。

 

 それはあまりにも衝撃的な言葉であった。

 

「子どもの不幸を嘆き、その元凶に怒りを抱く。それは決して悪いことじゃないわ。緑が優しいからよ」

 

 ――違います。

 

 反射的にあなたはそう答えた。

 

 優しかったのなら、母親を殺すことはしなかっただろう。聖のように、きっと母親を赦すことができたはずなのだ。

 

 もはやあなたは自身が殺したことを取り繕うことはしない。最悪、情報源は魔法を用いて強制的に吐かせる。そういう方針に決めた。

 

「いいえ。貴方は子どもの苦しみに寄り添うことができるから、子どもの不幸を看過することができないから。だからこそ生まれた正しい怒りよ」

 

「緑は悪くはないわ」

 

 ソフィアはあなたの怒りを肯定した。彼女の妹がこの場にいれば、顎が外れるほどに驚愕しただろう。

 

 彼女は敬虔(けいけん)なキリシタンだ。赦すことの大切を日頃説いており、他者への憎しみを肯定することはまずない。

 

 既にその様子を見守っていた救恤(チャリティー)などは、ソフィア……? と、懐疑の声を挙げていた。

 

 本来の流儀をも曲げて、彼女はあなたに何かを訴えかけていた。

 

 

 

 あなたは考える。

 

 確かに、あの子の苦しみの感情を知っているからこそ、自分は怒った。

 

 ああ、確かにそうだろう。怒るだけなら、悪いことではないのかもしれない。

 

 ただ、違う。

 

 自分はその怒りが度を過ぎてしまった。

 

 決して行なってはいけない、殺人を犯してしまったのだ。

 

 ――怒ることは正しいのかもしれません。ですが、殺したことは……絶対に、間違っていました。それは論点のすり替えです。

 

 あなたは極めて冷静に反論した。

 

 間違っていないという、甘い救済に(すが)るのではなく、自身の理性をもって、贖罪(しょくざい)に務めることを決めた。

 

「いいえ。それもまた、過ちではないわ」

 

 しかし彼女は、その罪すらも否定した。

 

「緑は、主の意思を代行したのよ」

 

 は?

 

 戸惑い。予想外の肯定に、あなたは大きく混乱する。

 

 ――あの母親は、裁かれるべきだったと?

 

「えぇ!」

 

 彼女は力強く肯定した。

 

「だって、変わらず緑は主に愛されているわ。特に大きな寵愛を受けているのだもの。それが本当に主の意思に反することであったら、そのようなご加護を(たまわ)ることはないわ」

 

 ――そんなことはありません。

 

 自分はどうしようもない罪を犯した。

 

 主というのが実在するのかは知らないが、自分のような人間を愛するわけがない。

 

 あなたは深く確信していた。

 

 ついでに、加護とはなんだろうか、とも考えていた。

 

「いいえ。緑はそれを見ようとしないだけで、あなたは主に深く愛されているわ」

 

 証明するように、彼女はあなたに軽く攻撃を放った。

 

 彼女の腕から放たれた、魔力が込められたちょっとした衝撃波。

 

 それがあなたに迫り。

 

 無防備にそれを受けようとしていたあなたの眼前で、不思議な白い光によってそれは遮られた。

 

 ――え?

 

 思わず、声が出た。

 

 あなたの肩に刻まれたしるしが、衣服すらも透過して、神聖な輝きを放つ。

 

――加護【父なる神の慈悲(カインのしるし)

 

 その光はあまりにも神聖で、もし主の信徒であるのなら、その光を見ただけでこの光に守られた人物が特別な人物であることを確信するだろう。

 

 あなたは主の加護に守られていた。

 

「ほらね。言ったでしょう?」

 

 なんで……なんで?

 

 あなたは戸惑い。

 

 そして、怒り狂った。

 

 黒い罅が走る。

 

 摂理を崩す黒い波動をもって、あなたは自身の肩を穿つ。

 

 血が飛び散り、あなたの腕が飛んでいく。

 

 一瞬の出来事故に、ソフィアはその予兆に気づくことすらできなかった。

 

 そしてその自傷に気づいた時、彼女は悲痛な声を漏らした。

 

 

 

 ――もう、誰かが赦しているとか、赦していないとか、どうでもいいんです。

 

 あなた光が(とも)る事なき瞳で、その先の地獄を見る。

 

 ――私は、あの子の未来を奪った。

 

 ――あの子はいつか母親と和解する未来を望んでいた。酷い目にあっても、赦して、前を向いていける。そんな、優しい子なんです。

 

 ――そんなあの子に訪れるあり得たかもしれない美しい可能性を、私はひどく決めつけがましい、勝手な判断で奪ってしまった。

 

 ――そのことが、何よりも私には赦せない。

 

 ――そして私は、母親をも苦しめました。

 

 ――あの人にも良いところがあったのかもしれません。改心する可能性があったのかもしれません。

 

 ――ですが私はそれを考えることもせず、自らの怒りに任せてあの人の一生を奪った。

 

 ――その自身の軽率さもまた、私には赦すことができないのです。

 

 

 

 

 

「――いいえ、それでも緑は自分を赦すべきよ」

 

 

 

 

 

 ソフィアは涙を流していた。

 

 ――ッ。

 

 その様子に、あなたはひどく動揺した。

 

「復讐をしてはいけないわ、緑」

 

「子どもの母親の復讐を、あなたが自分自身に行なってしまっているわ」

 

 彼女はあなたに寄り添い、あなたの傷口をつつむ。

 

 あなたは彼女が自分に近づくことを、自分自身の穢れで彼女を汚してしまうと感じ、離れようとしたが、涙を流す彼女の姿に戸惑い、動きを止めてしまう。

 

 彼女がなぜ泣いているのかあなたには理解できなかった。

 

 だから、自分のどの行動が彼女を泣かせてしまうのか分からず、彼女の思う行動に身を任せるのがひとまずの最適解なのではないかと考えたのだ。

 

「それは誰も幸せにならないわ。あなたの苦しみは、誰かの苦しみでもあるんだもの」

 

 あなたの血で自らの衣装が汚れることも厭わず、彼女は懸命にあなたの傷口を癒やしていた。

 

「ねえ、緑には守りたい人がいるのかしら?」

 

 ――います。

 

 即答であった。

 

 そう。あなたは聖を守ることを決心していた。そして、いつか必ず童子を助けたいとも思っていた。

 

「なら、分かるはずよ。あなたが救われて欲しいと思う人の気持ちが」

 

 その言葉に、あなたは硬直した。

 

「あなただって、守りたい人が心に傷を抱えていたのなら、その傷を癒やしてあげたいと思うでしょう?」

 

 一気に連想してしまった。

 

 今の誰かの救いを拒む自分自身が、まるで何度も自分の前で自殺をした童子のようであると。

 

 救えなかったその苦しみを、あなたは誰よりも知っているのだ。

 

 ――そんな人はいません。自分を助けたいと……思う人、なんて……。

 

 あなたはその可能性を反射的に否定するが、救恤(チャリティー)や学校の先生のことが脳裏をよぎった。

 

 あれ?

 

 どうして、だ?

 

 あの人達は、どうして自分を助けようとしていたのだろうか。

 

 しかしながら、あなたはそれを無理矢理ねじ曲げる。

 

 きっとあの人達は善い人達だから。優しい人達だからこそ、助けようとしたのであって。

 

 自分が特別救われていいはずがない。もっと苦しんでいる人がいると思うから。優しい人達の善意は、もっと正しい人に向けられるべきだ。

 

 あなたの思考はパニック状態に陥っていた。もはや論理的には破綻しつつある。

 

 残った自己否定の感情だけが、自身の救済を強く阻害する。

 

「嘘よ」

 

 涙を流しながらも、ソフィアはあなたの言葉を強く否定した。

 

「そんなに自分を苦しめないで。見ていて、悲しいわ」

 

 死にたい。

 

 衝動的にあなたはそう考えた。

 

 迷惑をかける自身の醜さに堪えかねての思いだった。

 

「私は緑を愛しているわ。だからあなたが苦しんでいるのは、とても悲しい」

 

 ――どうして?

 

 善人ならば、ギリギリ理解できた。良心のために誰かを救おうとするのは、理解できるのだ。

 

 彼女もまた、強い善性の持ち主なのだろう。だからこそ自分を救いたいという気持ちは分かった。

 

 だが、救いたいと愛しているは大きく違う。

 

 どうしてこの人は、会って二度目の人間を愛していると言うことができるのだろうか。

 

 

 

「理由なんてないわ」

 

 

 

 しかし、彼女はあなたの戸惑いを一蹴した。

 

 

 

「容姿が優れているとか、能力が優れているとか、性格がよいとか、何かの功績を残したとか」

 

「そういう理由によって生じるものは、その理由が失われれば、共にその感情は消えてしまうわ」

 

「そんなの、悲しすぎるじゃない」

 

 彼女は瞳を涙に濡らしたまま、悲しげに微笑んだ。

 

「太陽が万人に光を照らすように。悪人にも善人にも遍く雨が降り注ぐように。貴方が貴方であるだけで、与えられる愛があるわ」

 

 彼女は天を見上げ、その先の主を見据える。

 

「我らが主の息子は(おっしゃ)りました。あなたがたは、主が完全であるように完全でありなさい、と」

 

 そして、あなたに向けて慈愛の籠もった微笑みを浮かべた。

 

「緑、私は貴方に誓うわ。主と同じように、理由などない、真の愛(アガペー)をあなたに捧げると」

 

 

 

 あなたは戸惑う。

 

 理由なき愛など、信じられるものなのだろうか。

 

 むしろあなたは理由なき愛を恐怖した。

 

 根拠がない論理が信じられないように、理由のない愛を保障するものは、一体どこにあるのだろうと。

 

「緑、貴方は自分を否定する心が枷となって、貴方の目を曇らせてしまっているわ」

 

 ソフィアはあなたの瞳に手を伸ばす。

 

「だから、私が貴方のウロコをとってあげるわ」

 

 その指は、ほのかに黒いオーラを纏っていた。

 

 崩壊現象。彼女はあなたほどの心のステータスがないにも関わらず、非常に強い想念をもって、それを成し遂げていた。

 

 

 

――権能(インペリウム)パウロの回心(オープンド・アイズ)

 

 

 

 あなたは思わず悲鳴をあげた。

 

 それによって、あなたの視界があまりにも劇的に変化したからだ。

 

 あなたは元来、人の感情を見る瞳を持っている。

 

 しかしながら、唯一、一つだけ。あなたには見ることができない感情があった。

 

 それはあなたに寄せられる愛情。深い好意。

 

 あなたはそれを見ることはできても、認識することができていなかった。

 

 低すぎる自己肯定の感情や母親の喪失等の心因的ショックから、無意識レベルで他者の自分への愛情を否定してしまうが故に、あなたの瞳に映るその愛情を認識することができなかったのだ。

 

 そしてその閉ざしていた瞳を、権能によってこじ開けられた。

 

 あなたは自分への愛情を可視化できるようになってしまった。

 

 それが故に、感じ取ってしまう。

 

 ソフィアから向けられているあまりにも莫大な愛情に。

 

「ね、私はあなたを愛しているでしょう?」

 

 分かる。分かってしまった。

 

 自身を向けられているあまりに優しくて、暖かな感情。これが愛というものなのだろうか。

 

「緑が大切な誰かを想うように、私も緑に幸せになって欲しいの」

 

 あなたは震えていた。

 

 彼女の気持ちは痛いほどよく分かる。

 

 何度も目の前で童子を喪ったあなただ。大切に想う誰かが、自ら地獄へ堕ちていくような苦しみは、誰にも味わわせたくない。

 

 ここまで深い愛情を向けているのだ。今まさに彼女が纏っている悲しみの感情は、あなたの有様に苦しんでいるからなのだろう。

 

 それでも、こんな都合の良い救いがあって良いのかという自分がいた。

 

 思考回路がエラーを起こすような、こんがらがった心情。

 

 彼女を思うなら、自分を赦すべきだ。だが、あなたは自分を赦せない。

 

 しかし、こんな罪深い自分が彼女を傷つけることなど赦されない。ならば自分は即急に自分を赦すべきなのだが、そもそも罪深いから自分を赦すことができないのだ。

 

「いいのよ。すぐに自分を赦せなくたって」

 

 混乱していたあなたを、ソフィアは優しく抱きしめた。

 

「少しずつ、毎日の中で自分を赦していけばいいの」

 

 彼女は優しくあなたの背中をさする。

 

「私が緑を幸せにするわ。だから貴方は、安心して私の傍にいなさい」

 

 深い。深い、深い愛情があなたを包む。

 

 

 

 

 

「――結婚しましょう、緑」

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……?

 

 あまりにも突飛すぎる提案に、あなたは首をかしげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日。午前。病院。

 

 あなたは聖の病室に訪れていた。

 

 扉を開ける。

 

「あ、おにいさん!」

 

 大きな愛情があなたを包んだ。

 

 その強さは、ソフィアから向けられる愛情と大差がない。

 

 それが、聖からあなたに向けられている感情。

 

 

 

『聖ちゃんが緑に好意を寄せているのなら、しっかり話した方がいいわ』

 

 

 

 あの後、ソフィアとあなたが話し合ったこと。

 

 あなたのことを聖が想っているのなら、あなたは罪を懺悔して、赦しを請うべきだとソフィアは告げた。

 

 なぜなら、現状ではあなたは聖を見る度につらい思いをすることになる。

 

 好意を寄せる相手が、自分を見る度に精神的に追い詰められるなど、そんな酷いことをあなたは行なうつもりかと怒られた。

 

 もし、事実を知って聖が激情することがあったら。

 

 母親が死んだことを知り、それが親しく想っていた相手がやったことだと知れたら、彼女に大きな負担をかけるのではないかという懸念をあなたは持っていた。

 

 それを伝えると、ソフィアは首を傾げた。

 

 聖ちゃんはそんな娘なの?と。

 

 ソフィアは純粋に、あなたが今まで見てきた聖の印象を尋ねてきた。

 

 あなたを赦すことができない、幼い子どもなのかと問いかけてきた。

 

『信じなさい、緑』

 

 ソフィアはあなたの背中を強く押した。

 

 

 

 聖から向けられる瀑布のごとき強い愛情の最中、あなたは口を開く。

 

 ――大事な話があります。

 

 あなたは心苦しかった。

 

 母親を奪った自分のような人間が、こんなに強い好意を向けられるのは、あまりにも間違ったことだと思っていた。

 

 あなたは懺悔する。

 

 子どもと接する時に作っていた、親しみやすいだろう口調を放り投げ、自身の罪を自白する。

 

 ――私は、貴方の母親を……殺しました。

 

「……」

 

 聖は、黙ってあなたの話を聞いていた。

 

 ――私は貴方に慕われる……好きといってもらえる資格はありません。どうしようもない、犯罪者なんです……。

 

 俯くあなた。あなたは本当に心苦しかった。

 

 いっそ、聖があなたの罪状をきいて、激昂して、あなたをなじるような子どもであったら、あなたはここまで思い詰めることはなかったかもしれない。

 

 だが、あなたは分かってしまうのだ。

 

 聖があなたに向ける想いは、あなたの言葉を聞いたところで、何一つ陰りがないことを。

 

 それが何よりも、心苦しかった。

 

「おにいさん、今までずっと悲しそうだった」

 

 聖は呟く。

 

「そういうことだったんだね」

 

 あなたは聖に抱きつかれた。

 

 病室のベッドのすぐそばに立っていたあなたは、ベッドの上に立ち上がった聖に、抱きつかれたのだ。

 

「怒ってないよ。ゆるすよ、おにいさん」

 

 その言葉は、あまりも優しすぎた。

 

「気づいてあげられなくて、ごめんね。おにいさん」

 

 聖は背伸びをして、あなたの頭を撫でた。

 

 よしよし、よしよしと。必死にあなたを慰めるように。

 

 ――違うんです。聖は何も悪くない。私が全て悪いんです……ッ!

 

 自分が、自分が悪い。なのに、このザマはなんだ。

 

 冷静な心が、現在のあなたの有様を強く批難した。

 

 しかし。

 

 

 

『弱さは決して悪いことではないわ。むしろ、私は緑に頼ってもらえない方が、悲しいわ』

 

 

 

 涙を流さない強さを持つことはできた。

 

 だがその強さでさえ、あなたの隣人は否定した。

 

 あなたは歯を食いしばることが正しいことなのか、それすらもよく分からなくなっていた。

 

 涙が落ちる。

 

 あなたの心を、世界に露わにする。

 

「大丈夫だよ、おにいさん。私は、おにいさんが大好きだよ」

 

 あなたは深い愛情に包まれている。それが揺らぐことはない。

 

 どうしてこんなにも、恵まれているのだろうか。

 

 あなたは裁かれたくてたまらなかった。

 

 死にたい。そしてどうか、その後も辛苦を与えたまえ。

 

「ねえ、おにいさん」

 

 それでも。聖はあまりにも、賢かった。

 

 

 

「お母さんともう会えないのは、少し寂しいんだ」

 

「だから、ね」

 

「ずっと。ずっと」

 

「おにいさん」

 

「ずっと一緒にいてくれる?」

 

 

 

 ――はい、ずっと。ずっと、貴方のそばにいます。

 

 聖は、あなたに赦しを与えると同時に、死にたがるあなたの心情に強固な(くさび)を打った。

 

 ここにいろと、あなたの居場所はここにあるのだと。

 

 奇しくも、聖があなたに行なったことを、ソフィアと同様のものであり。

 

 あなたはこれから、彼女たちに強く縛られた人生をおくることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『で、結局どうなったの?姉さん』

 

「結婚を申し込んだら、断られたわ!」

 

『何してるの姉さん!?』

 

 電話の向こうの愛しい妹の反応に、ソフィアはカラカラと笑った。

 

「あ、緑が一位のプレイヤーであることは間違いないわ」

 

『……なるほど』

 

 ミアはその行動に一定の合理性を見出した。

 

「あのね、私本気だったのに、恋愛とか、愛とか、自分にはまだよく分からないです。あなたと同じような感情を、今の私は抱くことができていませんって、断られたわ。緑って本当に誠実なのね」

 

『へぇ……彼は、高校生だったかしら。今時珍しいわね』

 

 予想外に転がりこんできた重要な性格情報に、ミアはこの会話が録音されていることを再確認した。

 

「だからね、ミア。私の愛を応援して欲しいわ」

 

 ミアは目を細める。

 

 姉の真意がどこにあるかはともかく、この恋愛の行く末が、ステイツの存亡に大きく関わると予感したからだ。

 

『ええ、了解よ、姉さん。ところで、どういった面で協力すればいいのかしら?』

 

 その問いかけに、ソフィアはどこか昏い瞳で答える。

 

座拭布(ざしきの) (ひじり)ちゃんについて、少し調べて欲しいの」

 

『うん? 確か高梨緑に救助された子どもだったかしら。なるほど、分かったわ』

 

 

 

 それからソフィアとミアはいくらか情報をやりとりするが、そのやりとりされた情報の中で、あなたにとって知られると不利になる情報は、脚色されたり、もしくはもとから話されることがなかったりと、そのような情報操作がソフィアによって行なわれた。

 

 彼女は祖国のためではない。もっと別の理念にそって動いていた。

 

「座拭布聖」

 

 彼女はそっと呟いた。おそらく彼女の願望の成就を、もっとも阻害しえる者の名前を。

 

「あなたは一体、何者なのかしら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪リザルト≫

 

○ソフィアちゃんの説得(1d2)

結果【1】成功

 

1.成功 2.失敗

 

※関係が希薄だが、救恤の情報提供と、本人の好感度が最大ということで、確率が非常にアップ。

 

○恋愛フラグ挑戦判定(1d2)

結果【1】挑戦

 

1.挑戦 2.またの機会

 

○恋愛判定(1d2)

結果【1】ラブ

 

1.ラブ 2.ライク

 

※以前1d3で失敗しているので、今回は1d2の判定になる。

 

○ヤンデレ判定(1d10)

結果【10】覚醒

 

1~9.ない 10.覚醒

 

※通常は3分の1程度だが、作中屈指のぐう聖なので、覚醒判定は他の人物よりずっと低い

 

 




さて、これで残すところ、一章の山場は最終決戦のみですね。

良いところまで書いたので、評価やお気に入り、感想をいただけたら幸いです。

書いてた感想ですが、ソフィアちゃんの言葉が、日本人的な価値観と合わなすぎて、聖書読んでない人は彼女の思想がどういうものなのかよくわからんだろうなーと思いました。

これでもなんとか、怪しい宗教に勧誘される場面みたいな色を取り除いた方なんです……。



○母親殺しを肯定してくれるソフィアちゃん
ソフィア「信仰は大事だけど、信仰だけで人は救えないわ!」
救恤「ソフィア……?」
主「え……?」

○愛情を感じ取れない緑くん
よーく考えてみると、三話の時点で緑くんの教室における印象は悪いものではなく、それを人の感情を見ることができる緑くんがしっかり感じ取っているのなら、自己肯定感が低いというのは少しおかしい話になるのではないか?
つまり、これはそのための伏線だったんだよ!
嘘です。作者が叔父の愛情への緑くんの反応を書くのが面倒だったのでスキップした演出が、こんなところで伏線と言い張れる要素になるとは。

○パウロの回心
目からウロコの語源的な逸話。ユダヤ教徒だった使徒パウロが、キリスト教に目覚めた際に目からウロコのようなものが落ち、真実を理解できるようになったという感じのお話。特に意図していないが、全体的にキリストチックなお話になっているなーと実感。

○権能を使うソフィアちゃん
たぶん使えないでしょうけど、使えたら説得にとても役に立つよということで授かっていた力。気合いで起動した。以後、権能は返却するので、ソフィアちゃんがキリスト教関連の超越スキルを使うということはない。

○恋愛感情ソフィアちゃん
おお、ついにこの小説にもヒロインが誕生しましたね!なんとめでたいことでしょう!
……ヒロイン?

○ヤンデレ化ちゃんソフィアちゃん
どうして……?

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