□???
「してやられたわねぇ……」
あちらで死を迎えて意識が途絶えた次の瞬間、アタシは夢から醒めるようにリアルで目覚めた。
痛みは痛覚設定をオフにしていたおかげで感じなかったが、背中をボルトが貫く違和感や、失血と共に冷えゆく手足の感触が生々しく体に残っている。
柄にもなく冷や汗すら流れていくのを感じて、アタシはヘッドセットを取り外した。
「成程ね、これがクソゲーとも呼ばれる所以なわけ。確かに悪質なプレイヤーに粘着されたら、初心者はそれだけで詰みでしょうね」
よもやその犠牲者にアタシがなるとは思わなかったわけだが。
PCを起動して検索エンジンを開き、デンドロ関連のまとめ記事を眺めていく。
プレイ開始前にも散々見てきたけれど、そこで繰り広げられる賛否入り交じる論争の本旨をアタシは初めて肌で感じた。
こりゃ確かに、気の弱い人間なら一発アウトだわ。
PKを別としても、ただの雑魚モンスターとの戦いですらコントローラー操作のゲームにはない重い緊張の連続で、まして血を見ることすら厭うような人間には敷居が高すぎるというものだろう。
普通のモンスターでこれなら、アンデッド相手にはどうなるんだって話よ。アタシは現実視点で描画設定を決めたけど、これがCGでもアニメ調でもキツいことに変わりはない。
まして同じプレイヤーの悪意によって死んだんじゃあ、ねぇ?
おまけに二四時間のログイン制限というペナルティまで負わされて、場合によっては貴重な休日が台無しよ。
けど……
「これで泣き寝入りするわきゃ、ないわよねぇ?」
お生憎様、アタシの信条は「やられたらやり返す」、だ。それも二度と歯向かえないよう、徹底的に。
アタシはすぐさまデンドロ関連の匿名掲示板を開き、そこにあるPK被害報告スレッドに目を通した。
色々と規格外を誇るデンドロだけど、MMOという体裁を取っている以上必ずこの手のコミュニティはある。
ましてや運営による制裁を期待できないとあれば、悪質なプレイヤーの情報はただちに共有され、自衛のために対策を講じられることは必至。
とはいえガチで
「ああ、やっぱりあったわね」
しかしアタシの目当てであるモヒカンヘアーの情報は、被害報告と一緒に尋ねてみればすぐに返信があった。
ていうかモヒカンヘアーという文言に過剰な反応を示した某から、めっちゃ具体的な情報が上げられてきて軽く困惑する。
曰く「モヒカンの面汚しだとかなんとか」。そういや<モヒカン・リーグ>とかいう有名クランがいたわね。
その名前とメンバー全員モヒカンスタイルという特徴から、まとめ記事とかでもネタにされてる皆のおもちゃ。ただし活動内容は慈善活動が主と名前に似合わず善良な連中だ。
アタシがここでアイツの名前を見つけられると考えたのは、あの一連のやり取りを振り返った結果だ。
言うことなすこと小物臭い男だったけど、実際その印象に間違いは無いだろうというのがアタシの判断だった。
というのも<エンブリオ>を孵化させた<マスター>でありながら、孵化もまだな上にジョブレベルも雀の涙なニュービー相手にああも時間を掛けてしまっているのがその証拠。
嬲り殺しが目的? ああ、それはあるかもね。けどBANの恐れがないと知って好き好んでPKするんなら、アタシならもっと徹底的に
だって<マスター>には痛みが基本的に無いんだもの。それなのに見えもしない背後からのアンブッシュで、失血死をただ待つだけというのは些か以上に
痛みがないなら見える範囲で手足を解体するなり潰すなりして、より視覚的な恐怖を与えるべきだ。
それこそ二度とデンドロを遊ぼうだなんて考えられないほどに、ヤると決めたなら徹底的にヤらなきゃ。
だのにアイツときたら得意げにペラを回すだけで、片手落ちったらありゃしない。
まぁ多分にアタシの趣味が入った主観的な感想だけど、要はPKの中でも所謂エンジョイ勢というやつだろうというのがアタシの考え。
なにせこのデンドロ、既にガチなPKってのはとんでもないビッグネームが生まれてて、それこそ王女拉致だとか貴族惨殺だとかいう重犯罪をしでかしたやつの名前がテンプレにでかでかと載っている。
そんな中ニュービーすら一撃で仕留められず、高説を垂れるだけで満足してしまうような奴が口を閉ざされてしまうほど大した奴であるとは思えない。
そう思って尋ねてみれば、案の定なんら貸しを作る必要もなく容易く情報が手に入った。つまりは有象無象の木っ端ってことだ。
多分アイツ、<マスター>しかキルしてなかったんだろうね。
確かティアンの殺害はあちらの法で一発アウトの犯罪で即指名手配だ。指名手配された上で他国にセーブポイントを持たずデスペナルティになれば、<監獄>行きという重大なリスクを負う。
一方<マスター>間でのいざこざは、その範疇に留まる限りあらゆることが合法だ。ただPKを楽しむだけならティアンを害する必要は無い。
で、ここからが本題。
有志によって提供されたあのモヒカン野郎の名前はヘルヒーホー。
保有エンブリオの名は【チュパカブラ】。能力特性は出血と吸血。
到達形態はⅡ。メインジョブは【弓狩人】。合計レベルは五一と、アイツもほとんど初心者と変わらなかった。
要は本当にただのイキり野郎だったというわけだ。さも片手間のようにアタシをキルしてきたけど、上位勢からすれば目くそ鼻くそなのはほんとアレ。
そしてそんなどこに出しても恥ずかしいクソ野郎にアタシは、当然お礼参りをするつもりだった。
◇
二四時間が経過してログインしたアタシは、再び王都アルテアの土を踏んだ。
デスペナからのリスポーンは、最後にセーブしたポイントからの復帰となる前情報通りだ。
ここからどう動くかだけど……それを決めるためにあるものを待つ必要がある。
そしてそれにはアタシがログインすると同時に輝き出した左手が応えてくれた。
ナイスタイミング。
「ボクは恥ずかしい……半身の窮地に目覚めが間に合わなかっただなんて……」
が、それは。アタシ自身予期せぬ形で実現しようとしていた。
左手の宝石の発光は<エンブリオ>孵化の兆し。
黒い光という相反するような現象を伴って生まれたそれは、アタシが予想していた武器やモンスターといった形とは違って、正真正銘
「ごめんなさい、マスター。キミの
目深に被った背の高い毛皮帽子。
埋もれるようにして纏った厚手のコートは、目元以外の一切を覆い隠している。
唯一覗ける瞳の色は、深い藍色をして輝いていた。
「ボクの名は【刻死乙女 タナトス】。これよりキミの刃となるもの。キミの<エンブリオ>であり、TYPE:メイデンwithアームズという形を与えられしもの」
落ち着いた涼やかな声音でそう名乗りを上げ、少女は全身を一振りの
切っ先から柄頭まで、飲み込まれるような黒一色をした夜の如き短剣。
それがアタシの右手に収まって言葉を続ける。
「キミとボクは一心同体。これより先永遠に、ボク達は運命共同体となる。キミの望みはボクの望み。さぁ往こう、今こそ報復の時だ」
――これは
◇
まぁ如何にもいざ出陣っていう名乗りを上げたとこ悪いのだけど、まずは事前確認なのよね。
タナトスと名乗った我が<エンブリオ>を人型に戻し、適当なカフェに寄って席を設ける。
幸いデスペナでリルは落とさなかったみたい。おかげでひもじい思いはしないで済んだ。
「……いいさ、慎重なのは美徳だよ。獲物を仕留めるには入念な準備が必要だからね。たまたまボクの気が逸っただけだ。たまたまさ、本当だよ」
「はいはい、むくれないの。可愛い顔が台無しよ。ほら、まずはスイーツでも楽しみましょ」
「む。スイーツ……」
出鼻を挫かれてぷいと顔を背けたタナトスをテーブルいっぱいのスイーツで釣り出す。
ちなみに今の彼女は暑苦しさ満点なコートを脱がせて、声から想像したとおりの可愛い姿が顕わになっていた。
流石にあんな格好じゃあ食事も不便だものねぇ。本人もこだわりこそあれ固執するほどのものでもないらしく、言えば普通に脱いで着席していた。
露わになった全身は、青みがかって透き通るような白髪に白い肌。西洋風の美貌をして、人形のように愛らしい。
ちなみに服はどこかへ消えている、あまり気にすることではないようだけど。
「マスター。キミに一つ忠告しておくことがある。ボクのような特に人間に類似した<エンブリオ>は独特の食癖を持つものだ。人間の言う好き嫌いとはまた違うが……基本的に食癖に沿う食事以外は摂らないと考えてほしい」
「あらそうなの。ならこのカフェで大丈夫だったかしら……?」
「問題ない。ボクの好みは甘いものだ。スイーツなどは特に大好物だと本能が訴えている。キミの選択は最適解であると太鼓判を押すよ」
「そ。ならよかった。では親睦会といきましょうか。一心同体とはいえ、コミュニケーションは必要だものね」
澄ませた表情をフフンと得意げに緩ませて、テーブルに並んだスイーツを頬張る姿は一転して年相応の少女そのもの。
まーなんとも可愛らしい<エンブリオ>が生まれたものだけど、こうして見ると単なる武器が生まれてくるよりは、こうしてお喋りもできる連れ合いの方が張り合いがあるってものだろう。
それに見た目がアタシのストライクど真ん中だし。
少年と見紛うマニッシュな美貌に声音。背丈もアタシの胸元くらいとやや小柄で、若干素直クールっぽい性格といい何もかもがアタシ好みだ。
堪らず頬を緩めながら食事姿を見守っていると、その視線に気付いたタナトスがタルトの切れ端を刺したフォークを差し出した。
「まったく……欲しいならそう言い給えよ。このアップルタルトは絶品だよ、マスター」
「ふふ、ありがと。……うん、美味し。この店は当たりねぇ、覚えておきましょうか」
「それは名案だよ、マスター」
どうやらご満悦らしい。初期資金がそろそろ心許ない感じだけど、彼女が喜んでくれたのなら釣り合いは取れてるかしら。
なにせ彼女がアタシの本命だものね。まだ詳細は確認してないけど、間違いはないという確信はある。
あとやっぱり可愛い子を憚ることなく愛でられるっていうのは良いわよね。
「さて……そろそろいいかしら、タナトス?」
「うん、満足したよ。なら今度こそ報復といこう、マスター」
「その前にアナタの能力を教えてくれないかしら? あとアタシのことはバラライカと呼んで頂戴」
「了解したよ、バラライカ。ならボクの力を開示しよう……手元のメニュー画面を見てくれ」
まぁ口で説明するより画面で見たほうが手っ取り早いものね……。
で、メインメニューのステータス画面に追加された<エンブリオ>の項目を見てみれば……
「……んふふ」
「ご満足いただけたかな? バラライカ」
「ええ、大満足よ。これなら
「当然だよ。ボクはキミのための
ウィンドウに表示された固有スキルの効果を見て、これならイケると確信する。
そして頭に留めておいた幾つかの情報のうち最も適しているだろうジョブを思い浮かべ、
「また転職しなくちゃね」
「うん? このまま行かないのかい?」
「ええ、どうせなら確実を期したいもの。それにアイツを見つけ出す必要もあるしね」
作戦をタナトスに伝えたところ、しばらくして得心したように彼女は頷いた。
「なるほど。確かに合理的だ。やや時間は掛かるだろうけど、場当たり的に臨むよりは余程具体的で建設的だ」
「張り切っちゃってるところ悪いけれど、ね」
「構わない。例え逃げようとも、如何に隠れようとも、死は必ず追いつくものだ。……そう考えると寧ろこちらの方がいいな。実にボク好みだと言える。やはりキミはボクに相応しい<マスター>だよ、バラライカ」
「アナタこそ、アタシに相応しい<エンブリオ>よ、タナトス」
ニヤリと互いに顔を見合わせて、会計を済ませて店を出た。
To be continued