□【???】バラライカ
タナトスの発現から親睦会のティータイムを終えたあと。
アタシはしばらく<イースター平原>に出て狩りをした後、ギルドで転職を経てから再びフィールドへ出ていた。
しかし今度の狩場は王都北の<ノズ森林>だ。
東の<イースター平原>と違って視界を遮る高木が密集し、敵も味方も隠れる場所が多い。
このフィールドに出没するモンスターは【ティールウルフ】を始めとした獣型モンスターが多く、平原よりも集団との遭遇が多い傾向にあるらしい。
以上、wiki調べ。こういう各国首都近隣のフィールドは秘匿する意味も無いので広く周知されている。
これより遠くのフィールドになると、自分で足を運んでマップを記録するか、地図屋でマップを購入して開示する必要があるらしいけど、初心者狩場は既に探索し尽くされているからねぇ。
で、ここでアタシが何をしているのかと言うと、それはもちろん狩りだ。
ただし鬼ごっこと隠れんぼしながら、だけど。
具体的には隠形からのアンブッシュを意識しながら、なるべく敵に見つからないように行動している。
つってもまぁ、こういうのはセンスが物を言うものだ。ちょっとしたコツを掴めば案外すんなりいく。
『バラライカ……キミは案外とんでもないね』
「そうでもあるわ。肝心なのは気配を
木陰に身を隠し、しかし短剣と化したタナトスへ軽口を言えるくらいの気の抜き加減で忍び、獲物の様子を伺う。
こうしてる間にもまた一つスキルレベルが上がり、五感が研ぎ澄まされていく感覚を覚えた。まぁ気分的なものだけど。
視線の先には【リトルゴブリン】。
このフィールドには獣型モンスターが多いとは言ったが、【リトルゴブリン】は王都近隣の狩場ならどこにでもいる。所謂スライム枠だ。
何をしているのかと言えば隠すほどのものでもないから言ってしまうが、つまるところ尾行だ。
隠れ、潜み、後を追う。この行動が今のアタシにとって何よりの経験値となる。
このゲームはジョブレベルとは別にスキルレベルが存在し、これは必ずしも経験値の獲得によって上昇せず、対応する行動を取り熟練することで伸びていく。
【リトルゴブリン】の尾行を開始してから既に数時間。上手いこと同じ個体を見つからず追い続けたアタシのスキルレベルは、既に幾つかが三に到達していた。
下級職で到達可能なスキルレベルの上限が五だから、既に半ばを超えていることになる。
これは進捗としてはなかなかのスピードだろう。行動の成否が成長に直結するスキルならではの仕様は、アタシにとって有利に働いている。
所謂プレイヤースキルというやつだ。
一昔前のVRMMOモノみたいに、自前のスキルでゲーム内性能を有利に運ぶという試みは、このデンドロにおいては真実機能している。
これもデンドロが神ゲーでありクソゲーと呼ばれる所以の一つ。限度はあるが、PSの多寡である程度の性能差は覆せてしまえるのだ。
勿論リアルではできないからといってゲーム内でできないわけではない。ていうか下手にリアルの癖を持ち込むよりはシステムの補正に任せた方がずっと有意義だ。
今回の場合は単純に、アタシの資質がこういうことに向いているというだけのこと。
しかも今のアタシの隠形は【リトルゴブリン】にはともかく【ティールウルフ】相手になると嗅覚によって即バレしてしまうので、尾行中に【ティールウルフ】と遭遇してしまった場合三つ巴不可避だったり。
今尾けている彼もこれで五匹目で、以前の四匹は狼どもとの遭遇戦によってまとめてアタシに始末されている。
相手によっては時間かかるけど、
『あぁ……例えようのない充足を感じるよ……。キミが彼らの命を刈り取る度に、武器としての本懐が悦びの声を上げるんだ……。キミはまさしくボクを使いこなしてくれている……武器として、メイデンとして、<エンブリオ>として。これに勝る喜びは無いよ、バラライカ』
当初は平静だったタナトスも、一時間も尾け回して獲物を狩る頃にはこうして恍惚の表情を見せていた。
薄々わかっちゃいたけどウチの<エンブリオ>はどこかネジが飛んでいる。
別にそれが悪いってわけじゃあないけど、アタシには似合いってことかしらね。
『存在意義の違いだよ、バラライカ。ボクはキミの報復の殺意から生まれた<エンブリオ>だから、その一助となれる行動に忌諱を覚えるはずもない。寧ろ目的に向かって前進している実感から、法悦すら覚えるくらいだよ』
「なら、本命を仕留めたときにイッちゃわないように気をつけないとね」
『はしたないことを言わないでくれ給えよバラライカ。だけど、そうだね……獲物を前に舌舐めずりは三流以下のすることだ。黙して静かに、愛するように寄り添うべきだ。死とはそういうものだ』
死、死、死となにかにつけて呟くタナトスだけど、それがこの子の信条らしい。
若干厨二病入ってる感じがして面白い。少なくとも退屈はしないから、やっぱりこの子はアタシの素敵な相棒だわ。
『そんな安っぽい言葉と同じにしないでもらいたいものだね……それよりもバラライカ、そろそろいいんじゃないのかい?』
「そうね、スキルレベルも十分揃ったし、そろそろ決行してもよさそうかしら」
タナトスの言葉を受けて潮時と判断し、背後から奇襲を仕掛け【リトルゴブリン】を斬りつける。
こいつの急所は幾度か戦う内に完全に把握している。正面から交戦したならともかく、無防備なところを仕留めるのは今や赤子の手を捻るより簡単だ。
敢えて致命には至らない脚の腱を寸断して機動力を削ぎ、脇腹を突いて流血を強いる。
HPはあまり目減りせず、しかし歩けず【出血】の勢いは緩やかに長引くような傷だ。
突然の負傷にもんどり打って転がり狼狽える【リトルゴブリン】の姿を暗がりから見守り、終始理解できない表情のまま事切れるのをじっ……と見届けた。
「手応えあり、と。本番でも上手くいけばいいわね」
『きっと上手くいくさ。ボクのマスター。さぁ、今度こそ、本当に、報復の時だよ!』
はいはい、今度はちゃんと寄り道せずにいくから。そんな露骨に念押ししないの。
◇
フィールドでのレベリングを終えたアタシは、再び王都に戻って一旦休息していた。
現在のジョブレベルは二二。スキルレベルは狙っていたものが三に至り、ひとまずこれで不足は無いだろう。
より格上の相手を食うならもっとレベリングに時間をかけるべきだが、あのモヒカン相手なら十分なはずだ。
デンドロが従来通りのMMOなら流石に分が悪かっただろうけど、画面向こうのアバターではなく正真正銘自分の体を動かすこのゲームなら、少なくともアイツ相手には有利に立ち回れる見込みがある。
このゲーム、就いてるジョブが下級職一つ二つのうちは戦闘力に然程差は無く、物を言うのはスキルだと事前の調べで把握している。
無論あまりに隔絶した差だとワンチャンすら無いけれど、アタシとアイツのステータス上の差は下級職一つ分。
一方情報はあちらが杜撰な悪行によって手の内がバラされてしまっているのに対して、アタシはついさっき<エンブリオ>が孵化しただけの完全なルーキー。手の内がバレるという余地が無い。
そしてアタシの手札にはタナトスと新ジョブ。
想定している戦法を恙無く実行できれば、ローリスクハイリターンは得られるはず。
「んぐんぐ……すごいよバラライカ、このレムの実は最高だ」
「あらほんと、こりゃ美味しいわね。苺みたいな味にリンゴの食感……? あちらで食べるフルーツよりずっとイケるじゃない」
「報復を果たした暁には、これを使ったデザートを所望するよ。これはいいものだ」
「そうね、そうしましょうか。アナタが頼りだもの、功績には報いないとね」
ところで王都に戻って何をしているのかと言えば、メイデン体に戻ったタナトスと二人で食べ歩きだ。
お金の方はレベリングのおかげで多少なりとも潤ったし、装備を揃えるのでもなく買い食いする程度なら気にする必要もない。
王都を四分する大通りには幾つかの屋台が軒を並べていて、中でも【レムの実】とかいうフルーツが彼女のお気に召したようだった。
一個五〇リル、日本円換算にして五〇〇円になる高級フルーツだけど、モンスターを狩れる人間にとっては大した額でもない。
しかしその味わいはリアルの高級フルーツと比べても格別で、前述した通りの不思議な味と食感ながら、タナトスだけでなくアタシも唸るほどの逸品だった。
そうそう、こういうのがこのゲームの醍醐味よねぇ。
忠実に再現された五感だけではなく、リアルには存在しない未知の美味はこのゲームならでは。
正直こうして街を歩いてるだけで楽しいから、中には旅行目的に遊ぶプレイヤーも多いでしょうね。
以前も言ったけどまるで異世界旅行だ。皆が皆アタシみたいに戦闘向きの<エンブリオ>に目覚めるわけじゃないでしょうし、戦わなくても楽しめるゲームデザインには脱帽しかない。
とはいえPKを掣肘すらしない運営の姿勢には思うところもあるけれど……ま、そこは自助努力よね。
「タナトス」
「見つけたんだね。わかった、ボクは戻っているよ」
そうしてタナトスと二人王都をぶらついていると、ようやくお目当てのものが見つかった。
忘れもしないモヒカンヘアー、ヘルヒーホーだ。
何か成果があったのか最後に見たのと同じニタニタ顔で上機嫌に店から出てくるところだった。
「…………」
相手の姿を認めたアタシは、スキルを発動して尾行を開始した。
といっても露骨に逃げ隠れするわけじゃない。そんな真似をしたら却って浮く。
肝要なのは違和感を失くすこと。人通りの多い王都なら、逆に気配をそのままに雑踏に紛れ込むことで有象無象の一部となる。
建物が並ぶ大通り沿いは遮蔽物も多く、行き交う人々の雑踏で一個人を追うには邪魔が多すぎるが、そこはアタシのジョブがサポートしてくれる。
未発見状態から痕跡を辿って探し出すならともかく、一度視認した相手を追い続けるには今のジョブは最適だ。
【狩人】と【弓狩人】の二つにしか就いていないヘルヒーホーなら、アタシの尾行に気付く可能性は低い。
狩人系統も獲物を追って仕留める職種なだけに、当然追われる際に役立つスキルも揃っているが、こちらはより
狩人系統と比べて戦闘力をオミットした分よりスキル効果は高く、【斥候】や対応する装備を身に着けていない相手なら十分に対処可能。
あとはそこにほんの一匙、アタシの腕前を足してやれば……奴はまるで気付いた様子も無く無防備な背中を晒していた。
『北に向かったね。行き先は<ノズ森林>のようだよ、バラライカ』
「好都合ね。最悪路地裏で殺ることも考えたけど、一番良いフィールドに出てきてくれたわ」
鼻歌交じりに歩きながら北門へ向かう奴の背を見ながら、アタシは尾行を続行した。
◇
「♪~~」
<ノズ森林>に出たヘルヒーホーは、音程の外れた下手な鼻歌を唄いながら、【弓狩人】らしくクロスボウでのハンティングを楽しんでいるようだった。
森林は狩人系統の絶好の狩場だ。それも開拓されきった<ノズ森林>なら自分の庭も同然だろう。
木陰や藪に潜み、獲物を追って、クロスボウの一射で獲物を仕留める。なかなか様になっている。
相手は複数匹からなる【ティールウルフ】の群れだが、そいつらの動脈部分にボルトを一発ずつ打ち込み、あとは逃げ隠れて獲物の息の根が止まるのを待つ。
PKの時の印象とは違って合理的かつ冷静なやり口だ。軽い調子の口笛も余裕の表れかしらね。
注目すべきは奴の<エンブリオ>だ。
外部サイトでは【チュパカブラ】という名前と、出血と吸血という能力特性がリークされていたが、その実態を目の当たりにするとなかなか厄介な代物だと思わされる。
クロスボウが放つボルトは複雑な
特にそれは血流量の多い血管部分に刺さったボルトが顕著で、急所を射られた【ティールウルフ】は見る見るうちに弱っていく。
一方多対一ゆえにヘルヒーホーも少なからず反撃を受けて手傷を負うのだが、そのダメージは突き刺さったボルトから血が噴き出すにつれて徐々に回復していっていた。
チュパカブラとは主に南米で目撃されるという、家畜の血を啜るUMAの一種。
その名を冠した奴の<エンブリオ>の特性も、その生態に由来したもの。
正直なところ、本人の人格は別としてシンプルながらも優秀な<エンブリオ>だ。
突き刺さったボルトからの流血は普通の傷よりも格段に出血量が多く、それを遠く離れた場所から一方的に仕掛けられるのは、こと狩りにおいてこれ以上無い有利になる。
相手に継続ダメージを強いる一方で自分は持続回復可能というのも、継戦能力において頗る優秀だ。
まさしくハンティングのために生まれたような<エンブリオ>だけど……惜しむらくは本人がその価値に気付いてない点かしらね。
こんな性能をしているのなら、一撃を見舞ったあとわざわざ姿を現さず、そのまま逃げ隠れしていれば一方的にキルできるでしょうに、本人の調子乗りな性格がそれを台無しにしてしまっている。
いや……モンスター相手には冷静な立ち回りができているから、PKの時だけ舞い上がっちゃうのかしらね?
ゲームでモンスターを倒すのは普通のことだけど、同じプレイヤーを殺すというのは対戦ゲーでもない限り大抵は違法……というよりはシステム的に不可能なことが多い。
そんな中運営直々に関与しないとの明言があり、<エンブリオ>という自分だけの能力があり、それを試せる絶好の機会があるのなら、少々魔が差しちゃっても仕方がない。
……そう考えるとこいつも案外可愛いとこあるわね。
キルされたときはそりゃあ腹も立ったけど、丸一日も時間を置けば冷静にもなって怒りも多少鎮まるというもの。
寧ろ入念に観察し続けたことで思いがけない発見があったりして、逆に愛着のようなものまで湧いてきそうだわ。
ま、それはそれとしてきっちりお礼はさせてもらうけど。
「♪~~」
何度目かの狩りを終えて、【ティールウルフ】のドロップが出現した場面。
ヘルヒーホーがそれを鼻歌交じりに拾いにいって身を屈ませた瞬間――
「 」
――アタシは奴の背後に躍り出た。
To be continued
【弓血鬼 チュパカブラ】
TYPE:アームズ 到達形態:Ⅱ
能力特性:出血、吸血
必殺スキル:未習得
モチーフ:南米に出没するという吸血性のUMA、『チュパカブラ』
備考:
片手用クロスボウ型のアームズ。
独特のかえしがついたストロー状のボルトを発射し、対象に出血を強いる。
第二スキルによって出血量に応じたHP回復効果も有し、長期戦の狩りに長けた<エンブリオ>。
ボルトは自動装填かつほぼ無尽蔵で、弾切れの心配は殆ど無い。
シンプルゆえに嵌まれば強力で、使い方さえ間違えなければ一方的な狩りを展開できる。