蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第9話「霧中の海魔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界全てを覆う、白の闇。

 

 潮騒の音ですら、その中に飲み込まれて行きそうな雰囲気があった。

 

 その日、北海海面は深い霧に閉ざされていた。

 

 場所は、ノルウェーの沿岸からほど近い場所。スカゲラック海峡をやや西に来た地点だった。

 

 この海域を、複数の艦船が今、航行していた。

 

 各艦のマストに翻るホワイトエンサイン。

 

 イギリス海軍のノルウェー派遣艦隊。その先遣部隊だった。

 

 中でも目立つのは、艦体のやや後方を航行する平たい甲板を持つ艦だろう。この艦は、他の艦よりも少しだけ艦体が大きい。

 

 航空母艦「グローリアス」。

 

 グローリアス級航空母艦の1番艦。

 

 基準排水量1万9200トン、全長239メートル、全幅24メートル、最高速度32ノット。

 

 航空機48機搭載可能。

 

 航空機搭載機数が少ない事を除けば、日本海軍の「飛龍」「蒼龍」に匹敵する中型空母である。

 

 イギリス海軍の空母は伝統的に防御力を重視する傾向がある。その為、搭載機数を減らして防御装甲を強化した形で完成したのだ。

 

 加えて「グローリアス」は元々、第1次世界大戦の頃にフィッシャー提督が提唱したハッシュハッシュ級巡洋艦(浅瀬における艦砲射撃を主目的とした艦。後の「モニター艦」に通じる)として建造された物を、途中で空母に改装した経緯を持つ。その為、通常の空母よりも多少ではあるが防御力が高かった。

 

 因みに同型艦に「カレイジャス」がいたが、こちらは開戦間もない9月17日、哨戒任務中にUボートの雷撃を受け、撃沈されていた。

 

「忌々しい霧だな。これじゃあ、味方との合流も難しいぞ」

 

 艦橋に立つ、艦長のヒューズ中佐が、舌打ち交じりに呟く。

 

 視界は殆ど閉ざされ、周辺の海面を見渡す事が出来ない。

 

 護衛の駆逐艦のシルエットですら霞んでいるほどだった。

 

 まるで、

 

 そう、

 

 今この瞬間、深海から這い出てきた魔物が、自分達を食らい尽くすべく襲い掛かってくるのではないか。

 

 妄想と分かっていながらも、そう思ってしまう。

 

「とにかく、他艦との衝突には十分注意しろ。こんな事で任務失敗になるなど、とんだお笑い種だからな」

「了解しました」

 

 軍服を着た少女が、ヒューズ大佐に敬礼を返す。

 

 彼女がグローリアス。この艦の艦娘である。

 

 先遣隊の任務は、ドイツ軍が侵攻の兆しを見せているノルウェー海域の防衛となる。

 

 いち早くノルウェー沖に展開して制空権、制海権を確保。後から進撃してくる本隊の到着を待って、本格的にノルウェーへ武力進駐する事が目的だった。

 

 イギリスの、ひいては連合軍全体の今後を占う重大な任務である。

 

 それだけに、失敗は許されなかった。

 

 だが、

 

 この時、イギリス海軍の誰もが気付いていなかった。

 

 危機は既に、致命的な距離まで迫っていた事に。

 

 突如、鳴り響く風切り音。

 

 不吉を呼ぶ魔笛の如きその音は、一瞬にして彼等を地獄に叩き落す。

 

「まさかッ!?」

 

 ヒューズが叫んだ瞬間、

 

 白い霧を切り裂いて、灼熱の砲弾が飛来する。

 

 「グローリアス」は、次々と突き上げられる水柱に、一瞬にして包囲された。

 

「砲撃だとッ 馬鹿なッ!?」

 

 驚愕するヒューズ。

 

 誰もが考えていなかった。

 

 自分達が到着するよりも先に、まさかドイツ海軍が既に展開を終えている、などと。

 

 砲撃は、立て続けに「グローリアス」を襲う。

 

 幸いにして命中弾は無い。

 

 しかし、徐々に弾着が近くなってきているのも事実だった。

 

「クソッ 艦載機の発艦を・・・・・・」

「駄目です!!」

 

 命じようとしたヒューズを制したのは、グローリアスが発した声だった。

 

 少女は必死の形相で、グローリアスはヒューズに詰め寄る。

 

「今、この視界の利かない状態で艦載機を飛ばす事はできませんッ 最悪、全機未帰還になってしまいます!!」

「クッ・・・・・・」

 

 唇を噛み締めるヒューズ。

 

 グローリアスの主張は正しい。

 

 こう霧が深くては、発艦できたとしても、上空からは飛行甲板が見えない為、着艦は100%不可能だ。

 

 無理にやろうとすれば事故を起こすのは目に見えている。

 

 加えて、最寄りの海岸にイギリス軍の飛行場は無い。

 

 つまり、発艦した航空機は、海面に不時着する以外に選択肢は無いのだ。

 

「取り舵反転180度ッ 反転と同時に機関最大!! 『アカスタ』『アーデント』に打電、《煙幕を展開せよ》!!」

 

 艦載機を発艦できない以上、空母にできる事はただ一つ。

 

 護衛の駆逐艦に殿を頼み、自身は可能な限りの全速力で避退する事のみ。

 

 回頭を始める「グローリアス」。

 

 しかし、

 

 完全に回り始める前に、破滅は襲い掛かって来た。

 

 突然の衝撃。

 

 同時に、飛行甲板の中央付近に爆炎が躍った。

 

「うぐッ!?」

 

 フィードバックした激痛に、思わずうめき声を漏らすグローリアス。

 

 見れば、飛行甲板中央に大穴が開いている。

 

 これで、艦載機の発進はできない。仮に離脱に成功したとしても、「グローリアス」の反撃は不可能となってしまった。

 

 しかも、それだけではない。

 

 ここぞとばかりに、「グローリアス」には砲撃が浴びせられ、飛行甲板のみならず舷側や砲塔にも命中弾を浴び、破壊されていく。

 

 「グローリアス」を救うべく、護衛に当たっていた2隻の駆逐艦が前へと出る。

 

 だが、

 

 その駆逐艦にも、容赦なく砲撃が浴びせられる。

 

 たちまち水柱に包まれ、小型の艦体は見えなくなってしまう。

 

「『アカスタ』被弾した模様!!」

「『アーデント』に敵弾命中、轟沈しました!!」

 

 見張り員の悲痛な叫び声が、艦橋に響く。

 

 しかし、駆逐艦の献身的な働きのおかげで、「グローリアス」はどうにか、砲撃してくる敵艦に対して遠ざかる方向へ舵を切る事に成功した。

 

 後は全速力で退避するのみ。

 

 飛行甲板が破壊された以上、空母は戦えない。

 

 犠牲になってくれた駆逐艦には申し訳ないが、彼等を捨てて撤退するのもやむを得ない。

 

 しかし、生き延びる事さえできれば、捲土重来のチャンスはある。

 

「艦長、今のうちに!!」

「ああ、機関全速!!」

 

 グローリアスに頷きを返し、ヒューズが命じた。

 

 次の瞬間、

 

 ひときわ大きな風切り音と共に飛来した砲弾が、「グローリアス」の艦橋を背後から撃ち抜き、完膚なきまでに破壊した。

 

 

 

 

 

「敵空母、炎上・・・・・・沈む、ね。おにーさん・・・・・・」

「う、うん、ご苦労・・・・・・様、シャル」

 

 シャルンホルストの言葉を聞きながら、エアル・アレイザーは頷きを返す。

 

 とは言え、2人の顔には勝利の余韻よりも、むしろ戸惑いの方が強く出ていた。

 

 それ程までに、目の前で起きた光景は信じられない物だったのだ。

 

 ちょうどその時、僅かだが霧が晴れ、敵艦の様子をうかがう事が出来るようになった。

 

 視界の彼方には、傾斜しながら炎上する空母の姿が見える。

 

 既に海上に停止し、動く気配はない。後は海面に引き込まれるのを待つだけだった。

 

 護衛の駆逐艦の姿は無い。僅かに、海面に漂う水蒸気が、その存在を名残としてとどめているのみだった。

 

「まさか、戦艦の主砲で空母を撃沈できるとは思わなかった」

「う、うん、ボクもびっくりだよ」

 

 唖然とするエアルとシャルンホルスト。

 

 戦艦の主砲で、空母を撃沈するなど前代未聞である。勿論、空母が戦艦を撃沈する事例はまだ起きていない。そちらも、もし起これば前代未聞となるのだが。

 

 とは言え、今回の事例が特異なのは確かである。このように霧が深い状況でなければ不可能だった事だろう。

 

 「シャルンホルスト」の傍らには、僚艦「グナイゼナウ」の姿もある。彼女達が護衛の駆逐艦を抑えてくれたおかげで「シャルンホルスト」は落ち着いて「グローリアス」への砲撃に専念する事が出来たのだった。

 

「でも・・・・・・」

 

 そこで、エアルは双眸をスッと細める。

 

「これで、敵も俺達がここにいる事を掴んだだろうね。この後は、敵の本隊との戦いになるよ」

 

 言いながら、シャルンホルストの方を見やる。

 

 そう、「グローリアス」を撃沈した以上、敵も黙ってはいない。間もなく、この海域にイギリス海軍の本隊が殺到してくるだろう。

 

「何にしても、ここからだ」

 

 司令官席に腰かけたマルシャルが、呟くように告げる。

 

 舞台は整った。後は幕を上げるだけである。

 

「俺達が戦いのカギになる。よろしくね、シャル」

「うん、任せて」

 

 笑いかけるエアルに対し、シャルンホルストは少し緊張した調子で頷く。

 

 そんな少女の様子を見ながら、エアルは出撃前の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 その日、エアルは珍しい人物から呼び出されて、港の外へと来ていた。

 

 指定されたカフェに入ると、待ち合わせの人物は先に来て、既に席に着いていた。

 

「お待たせ、ゼナ。ごめん、遅くなって」

「いえ、私の方こそ、お忙しいのに、無理言ってすみません」

 

 そう言って頭を下げたのは、私服姿のグナイゼナウだった。

 

 白のブラウスに、ベルトの付いたスカート。髪は下ろしてストレートにしている。

 

 軍服姿と違って、新鮮な印象。

 

 姉のシャルンホルストがアグレッシブなイメージがあるのに対し、グナイゼナウはどこか落ち着いた印象があった。

 

 運ばれてきたコーヒーに口をつけると、エアルは顔を上げてグナイゼナウを見た。

 

「それで、俺に話って?」

 

 グナイゼナウの方から話があると呼び出された時は戸惑ったものだったが、どうにも真剣な話があると感じたエアルは、前置きを省いて切り込んだ。

 

 対して、グナイゼナウの方は、何かをためらうように口をつぐんでいる。

 

「ゼナ?」

「本当は、私がこんな事を言うのはフェアじゃないのかもしれません」

 

 エアルが促す前に、グナイゼナウの方から口を開いた。

 

「でも、あの子・・・・・・シャルにかかわる事だから、艦長であるあなたには、教えておいた方が良いかも、と思って」

「シャルに?」

 

 訝るエアルに、グナイゼナウは話し始めた。

 

 

 

 

 

 炎上しながら沈んでいく「グローリアス」の脇をすり抜ける「シャルンホルスト」。

 

 既に味方の駆逐艦に溺者救助の命令が下っていた。

 

 そんな中、エアルはシャルンホルストの方へ目を向ける。

 

 グナイゼナウに言われた、彼女の事。

 

 正直、エアルの責任は重大であると言える。

 

 笑顔で乗組員と話すシャルンホルスト。

 

「頑張らないと、ね」

 

 エアルは誰に聞かせるでもなく、そっと呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1940年4月9日。

 

 ドイツ第3帝国軍は、北欧侵攻を行うべく、雪解けを待って、大規模な軍事行動を起こした。

 

 世に言う「ヴェーゼル演習作戦」の始まりである。

 

 直接的なきっかけとなったのは、2月に起こった「アルトマルク号事件」だった。

 

 この事件は、イギリス軍が、ドイツ船籍のタンカーを強引に臨検し、内部に幽閉されていたイギリス軍捕虜を救出した物だった。

 

 これだけならば、戦時中の敵対両国の単なる軍事衝突として片づけられ、何の問題も起きなかった事だろう。

 

 しかし、問題だったのは、イギリス軍は一連の行動を、中立国であるノルウェーの領海で行った事だった。

 

 言うまでも無く、中立国の領海で軍事行動を行うのは、重大な国際法違反である。

 

 更に時を同じくして、イギリス軍がノルウェー沿岸に機雷を敷設すると同時に、同国領の一部を軍事占領する作戦までもが発覚。

 

 事ここにいたり、ヒトラー総統は英仏両国がノルウェーの主権を守る意思がない事を確信。先んじてノルウェーを占領する作戦にゴーサインを出す。

 

 建前上は「連合軍の侵攻から、友好国であるノルウェー領を守る」と謳っているが、実際には武力占領が狙いである事は明らかだった。

 

 手始めにドイツ軍はデンマークへ侵攻。何と、たった6時間の戦闘で、同国を降伏に追いやる。

 

 足がかりを得たドイツ軍は、投入可能な全兵力をデンマークへ集結。ノルウェー方面への進出機会を伺う。

 

 作戦は、ノルウェーの主要都市、オスロ、ベルゲン、ナルヴィク、トロンヘイム、スタヴァンゲル、クリスチャンサン、エゲルサンに一斉攻撃を仕掛け、ノルウェー軍の指揮系統を一気に破壊する計画となっている。

 

 この作戦にドイツ軍は、総勢12万の兵力を動員している。

 

 その気になれば数100万の兵力を動員可能なドイツ軍からすれば、少数兵力と言えるだろう。これは、やがて英仏との決戦を控え、可能な限り主力軍を温存したいドイツ軍としては、割ける限り最大限の数字だった。

 

 しかし、

 

 ドイツ軍がノルウェーに侵攻するにあたって、どうしても避けては通れない道がある。

 

 それは、必ずや妨害に現れるであろう、イギリス艦隊の存在だった。

 

 世界第2位の兵力を誇り、海上においてはヨーロッパ最強の存在を打破しない限り、ドイツ軍の進路が開ける事は無かった。

 

 

 

 

 

 無数の航跡を引く艦隊は、進路を東にとって航行している。

 

 かつて世界を股にかけ、「太陽の沈まない帝国」とまで称された海上の王者たち。

 

 マストに掲げられたホワイトエンサインこそが彼等、彼女等の誇りであり、また勇気と正義の象徴でもある。

 

 イギリス海軍。

 

 その主力たる本国艦隊の雄姿が、北海海上にあった。

 

 その編成は以下の通りである。

 

 

 

 

 

〇 フォースA

戦艦「ロドネイ」「ウォースパイト」「バーラム」「マレーヤ」「レゾリューション」「ラミリーズ」

軽巡洋艦「リアンダー」「オライオン」「ネプチューン」

駆逐艦12隻

 

〇 フォースB

重巡洋艦「ヨーク」(旗艦)「ロンドン」「デヴォンジャー」

軽巡洋艦「エディンバラ」「マンチェスター」

駆逐艦9隻

 

〇 輸送艦隊

駆逐艦6隻

輸送船22隻

 

 

 

 

 

 本国艦隊に所属する艦艇の内、7割近くが出撃していた計算になる。

 

 全力ではないとはいえ、これでもドイツ海軍の総戦力を大幅に上回っている。

 

 もっとも、この出撃に着いて、イギリス軍内では批判が上がっていた。

 

 ドイツ軍は恐らく今回も、戦力を分散してゲリラ戦を仕掛けてくるだろう。そのような敵を相手に、主力艦隊を繰り出す必要ああるのか? 戦力過剰ではないのか、と。

 

 しかし、それらの反対の声を、本国艦隊司令長官のフォーブスが押し切った。

 

 いかに弱小の敵が相手でも、イギリス海軍が本気で叩き潰す意思がある事を示す必要がある、と言って。

 

 その為、本国防衛と輸送航路護衛に必要な戦力だけを残し、本国艦隊の全戦力を北欧戦線支援に出撃させたのだ。

 

 特に戦艦戦力は圧倒的であり、ビッグ7に所属する「ロドネイ」を頂点に戴き、5隻の戦艦が進む姿は圧巻の一言に尽きた。

 

 しかし、

 

 これだけの戦力を持ちながら、イギリス軍の行く手には、深い暗雲が垂れ込めようとしてた。

 

 

 

 

 

 「ロドネイ」の艦橋の床を踏みしめながら、フォーブス提督は苛立ちを隠せずにいた。

 

 先遣艦隊から連絡が途絶えて、既に丸1日以上経っている。

 

 本来なら既に、制空権確保のための制圧活動に入っている旨、報告があってしかるべき時間である。

 

 しかし先遣艦隊の旗艦である空母「グローリアス」からはおろか、護衛の駆逐艦「アカスタ」「アーデント」も音信不通になっていた。

 

 いったい、何が起きていると言うのか。

 

 そこへ、ロドネイが、立ち尽くすフォーブスに歩み寄ってきた。

 

「提督」

「おお、ロドネイ、どうだった?」

 

 尋ねるフォーブスに、ロドネイは黙って首を横に振った。

 

 どうやらやはり、先遣隊との連絡は取れないままであるらしい。

 

「提督、こうなった以上、もはや先遣隊は何らかのトラブルに巻き込まれたと考えた方が良い」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ロドネイの言葉に、黙り込むフォーブス。

 

 彼にしても、ロドネイの言う事は判っている。

 

 恐らく、先遣隊は既に敵の攻撃を受けて壊滅していると考えるべきだった。

 

 由々しき事態だ、イギリス軍は、未だに敵の姿すら見ていないと言うのに先制を許している。

 

「とにかく急ごう。敵は既にノルウェー近海に到達している可能性がある」

「ああ」

 

 フォーブスの言葉に、ロドネイが頷きを返した。

 

 空母を初戦で失ったのは痛い。

 

 しかしまだ、致命傷ではなかった。

 

 制空権を奪取する事はできなくなったが、もとよりドイツ海軍は固有の航空隊を持たない。

 

 ドイツ空軍は強力だが、洋上での作戦行動に慣れていないし、何より、戦場となる北海海上に航空兵力を展開できる航空基地を、ドイツ軍は持っていない。

 

 つまり、航空戦力については、悪くしてもイギリス軍とドイツ軍は五分、と言う事だ。

 

 その時だった。

 

「提督、先行した偵察機からの報告です、敵艦隊を発見しました!!」

 

 通信参謀の言葉に、「ロドネイ」艦橋は、一気に色めき立った。

 

 やはり、敵がいた。

 

 どうやらドイツ軍は、本気でノルウェーを取りに行くつもりらしい。

 

 電文を受け取ったフォーブス。

 

 しかし、その顔がみるみるうちに驚愕に染まっていくのが、傍らで見ていて判った。

 

「提督、どうした?」

 

 尋ねるロドネイに、電文を渡す。

 

 そこに書かれていた内容は、およそ信じがたい物だった。

 

 

 

 

 

 イギリス艦隊接近の報は、ノルウェー沖に展開するドイツ艦隊の報でもキャッチしていた。

 

 それ故、既に万全の布陣が整えられつつある。

 

 以下が、その編成となる。

 

 

 

 

 

〇 ドイツ海軍第1艦隊

巡洋戦艦「シャルンホルスト」(総旗艦)「グナイゼナウ」

装甲艦「ドイッチュラント」「アドミラル・シェア」

軽巡洋艦「エムデン」「カールスルーエ」

駆逐艦7隻

 

〇 ドイツ海軍第2艦隊

装甲艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」

重巡洋艦「アドミラル・ヒッパー」(旗艦)「ブリュッヒャー」

軽巡洋艦「ライプツィヒ」「ニュルンベルク」「ケーニヒスベルク」「ケルン」

駆逐艦8隻

 

 

 

 

 

 ドイツ海軍の、ほぼ全戦力がノルウェー沖に集結していた。

 

 出撃に先立ち、ドイツ海軍は編成替えを行っている。

 

 第1艦隊と第2艦隊はその際に編成された部隊である。

 

 指揮は「シャルンホルスト」に座上する、第1艦隊司令官のラインハルト・マルシャル大将が執る事になる。

 

 まさに乾坤一擲。

 

 ドイツ海軍の持てる、全ての力をこの一戦に注ぎ込む。

 

 しかしそれでも、迫りくるイギリス艦隊に比べて劣勢は否めない。

 

 これで負ければ、ドイツ海軍は海の守りを喪失する事になる。

 

 賭け、と言っても過言ではないかもしれない。

 

 しかしだからこそ、やる価値はある。

 

 少なくとも、

 

 この作戦の立案者たる男は、そう信じていた。

 

 

 

 

 

 ベルリンにある総統官邸において、総統アドルフ・ヒトラーをはじめ、ナチス党の幹部たちが、今まさに北の海で行われていようとしている戦いの報告を待ちわびていた。

 

 緊張が室内を支配し、沈黙が空気を張り詰める。

 

 誰もが判っているのだ。

 

 この戦いが、ドイツ全軍の今後を占う重要な戦いである事が。

 

「アレイザー中将」

「ハッ」

 

 ヒトラーは、忠実な親衛隊員に声を掛ける。

 

 名を呼ばれたウォルフは、ヒトラーに歩み寄る。

 

「戦況はどうなっているか?」

「ハッ 既に一部の艦隊が、敵との交戦を開始したとの事。詳細については、未だ上がってきておりません」

 

 前線からの情報が遅れる事は珍しくない。

 

 特に、これからが本番となれば猶更だ。戦果報告などは、全てが終わった後に成されるのが通例である。

 

「気になるかね?」

 

 問いかけるヒトラー。

 

 今回の作戦、ウォルフがヒトラーに提出した「アレイザー・プラン」が元になっている。

 

 その概要とは、戦力の劣るドイツ海軍が、敢えて戦力を集中、決戦海面にイギリス艦隊を引き寄せて叩く。と言う物だった。

 

 ドイツ海軍がイギリス海軍に比べて劣勢である事は、紛れもない事実である。

 

 だからこそ、ドイツ海軍は開戦から今日まで、少数の部隊による通商破壊戦を中心に戦ってきた。

 

 イギリス海軍も、よもやドイツ海軍が戦力を集中させるとは思っていなかった事だろう。

 

 偵察からの報告で、本国艦隊の出撃は確認しているが、その戦力は明らかに揃っているとは言い難かった。

 

 もっともそれでも、ドイツ海軍の戦力を上回っているのだが。

 

「問題ありません」

 

 尋ねるヒトラーに、ウォルフは淡々とした口調で答える。

 

「事は万全を期しています」

「期待しているぞ」

「ハッ」

 

 ヒトラーに対して、敬礼するウォルフ。

 

 その遥か北の海では、今まさにドイツとイギリスの命運をかけた戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

第9話「霧中の海魔」      終わり

 

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