蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第11話「凱歌は黄昏に上がる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄昏時が迫る。

 

 沈もうとする太陽が、海面を紅く染める。

 

 幻想的で美しい光景。

 

 その中を、

 

 敗残の艦隊が、足を引きずるようにして航行していた。

 

 祖国の港を出た時、彼等は栄光と名誉に満ち溢れていた。

 

 自分達の前に勇者なく、自分達の後に勇者無し。

 

 自分達が出撃すれば、弱小のドイツ海軍如き、風に吹かれる塵の如く、追い散らされるに決まっている。

 

 自分達は勝つ。

 

 勝って、祖国に凱旋するのだ。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 それがまさか、たった2日で覆される事になるとは。

 

 まず昨日、先行していた空母「グローリアス」と、駆逐艦2隻が、ドイツ巡戦に捕捉され、散々に追い回された挙句に撃沈された。

 

 空母が戦艦に撃沈されるなど前代未聞である。これだけでも、とんだ恥晒しだった。

 

 しかし、まだ逆転はできる。

 

 空母を失ったくらいの失点、ドイツ艦隊を殲滅すれば釣りが来るほどだ。

 

 だが、

 

 「グローリアス」撃沈を皮切りに、イギリス艦隊の運命は狂い始めた。

 

 後方に待機していた輸送船団は明け方、夜陰に乗じて接近していたドイツ海軍の巡洋艦部隊に捕捉され全滅した。

 

 そのドイツ巡洋艦部隊を捕捉すべく反転したフォースBは、結局空振りに終わり、無駄に燃料を消費しただけだった。

 

 極めつけはUボートによるフォースA襲撃である。

 

 Uボート艦隊の群狼攻撃に遭い、戦艦「バーラム」は撃沈。旗艦「ロドネイ」が損傷する体たらく。

 

 全く持って成すところないまま、本国艦隊司令官クレイズ・フォーブス大将は撤退を決断した。

 

 既に輸送船団を失い、そこに満載されていた兵員や物資も海没している。ノルウェー救援は、完全に頓挫してしまっていた。これ以上の戦闘は、どうあっても無駄以下でしかない。

 

 彼らの誇りを示すホワイトエンサインは、今や空しく風になびいてはためくばかりだった。

 

「・・・・・・・・・・・・どうして、こうなった?」

 

 「ロドネイ」の司令官席に力なく座りながら、フォーブスは自問自答するように呟いた。

 

 がっくりと肩を落としたその姿には、颯爽たる海軍士官のイメージは、微塵も感じる事が出来なかった。

 

 自分達は戦力的に、完全に敵を凌駕していた。

 

 否、

 

 艦隊が半壊した今ですら、敵の全戦力を上回っている。

 

 にも拘らず負けた。

 

 フォーブスには完全に、今の状況が理解できなかった。

 

 なぜ、自分達が負けなければならないのか?

 

 なぜ、こんな惨めな事になってしまったのか?

 

 答えの返らない意味のない問いかけが、グルグルとフォーブスの目の前で回っているようだった。

 

「し・・・・・・しっかり、してくれ、提督」

 

 見かねたように声を掛けたのはロドネイだった。

 

 参謀長に支えられて立ち上がった彼女は、苦しそうに喘ぎながらフォーブスを見ている。

 

 艦体のダメージは、そのまま艦娘にフィードバックされる。

 

 魚雷2本を艦腹に喰らったロドネイは今、瀕死に近い重傷を負っている。

 

 それでも尚、彼女は立ち上がって見せた。

 

 全ては、イギリス海軍の栄光を担う誇り。

 

 自分がここで倒れる訳にはいかない。

 

 その想いで、ロドネイは立ち続けていた。

 

「ロドネイ、お前・・・・・・・・・・・・」

 

 顔を上げるフォーブス。

 

 ロドネイの軍服は、右脇腹が血で濡れている。右舷側に魚雷を浴びた為、彼女自身の右脇腹を負傷した形になっていた。

 

「あなたは我々の司令官だ。あなたがそんな腑抜けた状態では、我々は敵と戦う事などできないのだぞ」

「戦うって、お前・・・・・・・・・・・・」

 

 ロドネイの言葉に、フォーブスは呆れたように呟く。

 

「戦うも何も、もう全て終わった事だ。我々は敗れ、今や惨めに本国に引き上げるのみ。我々の役目は終わった」

 

 告げるフォーブスの言葉に力はない。

 

 一気に10以上は歳を重ねたように、提督は項垂れている。

 

 そう、これ以上やっても、何の意味もない。

 

 無論、やろうと思えば、まだ戦う事はできる。

 

 戦力はイギリス艦隊が勝っているのだ。旗艦を変更し、残存の艦隊を纏め、ドイツ艦隊に決戦を挑む事はできる。

 

 戦いようによっては、ドイツ艦隊を撃滅する事も不可能ではないだろう。

 

 しかし、肝心の輸送船団が全滅した以上、これ以上戦っても戦略的には殆ど意味はない。

 

 今回のイギリス軍の目的は、あくまで輸送船に積まれていた物資や兵員をノルウェーに送り、防衛力を強化する事にあった。

 

 しかし輸送船団が全滅した事で、その意義も失われてしまった。

 

 仮に決戦を挑み、それでドイツ艦隊を撃滅できたとしても、そんな物は単なる憂さ晴らし。戦略的敗北は覆しようがなかった。

 

「まだだッ」

「ロドネイッ」

 

 参謀長が咎めるのも構わず、ロドネイは傷身を押してフォーブスに詰め寄る。

 

「まだ我々には、残存する艦隊を本国まで送り届け、そして今回の戦訓を皆に伝える役割がある。これは、他の者にはできない仕事だ!!」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 本国に帰れば、今回の敗戦の責任を問われる事だろう。

 

 特に司令長官のフォーブスは、間違いなく予備役編入は免れまい。あとはお決まりの転落コースだ。

 

 ロドネイは、それを承知したうえで、己の役割を果たせとフォーブスに説いているのだ。

 

 英国海軍(ロイヤル・ネイヴィー)はただでは倒れない。

 

 今回の事を戦訓にして、より強くなって戻って来る。

 

 勿論、そこにフォーブスが関わる事はできないかもしれない。

 

 しかし、この敗戦を伝え、戦訓を齎し、次の戦いへ繋げる事はできる。それは他でもない。艦隊を率いたフォーブス以外にはできない事なのだ。

 

 そしてもたらした戦訓が、いつか必ず怨み連なるドイツ海軍を撃滅すると信じて。

 

「そうか・・・・・・・・・・・・そうだな」

 

 噛んで含むように、フォーブスはゆっくりと頷く。

 

 そうだ。

 

 全ては大英帝国の為。

 

 明日に続く勇者たちの為。

 

 そして、

 

 いつか来る、悪逆非道な独裁者打倒の為。

 

 自分は今ここで、礎とならなくてはならないのだ。

 

「よく言ってくれた、ロドネイ。おかげで目が覚めたよ」

「提督・・・・・・・・・・・・」

「確かに、お前の言う通りだ。全ては、生き残った艦隊と今日の戦訓を持ち帰る為。それが、本国艦隊司令長官としての、最後の仕事になるだろう」

 

 立ち上がるフォーブス。

 

 彼は敗残の将には違いない。

 

 しかしそれでも、雄々しく立ち上がった姿は、一軍を率いるに相応しい堂々たる姿であった。

 

 現在、イギリス艦隊はフォースBが先行して本国への帰途へ着いており、その後方からフォースAが続行している。

 

 ただしフォースAは旗艦「ロドネイ」が雷撃によって損傷し速力が低下した為、二手に分かれている。

 

 戦艦「ウォースパイト」「マレーヤ」「レゾリューション」、重巡洋艦「デヴォンジャー」を中心とした部隊が先行し、戦艦「ロドネイ」「ラミリーズ」は駆逐艦7隻に護衛されて後方に陣取っている。

 

 これらの艦隊を、万難を排して本国へと連れ帰る。

 

 その決意を、フォーブスは改めて胸に刻むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが無駄になるとは、思いもよらぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本艦寄りの方位280度より接近する艦影!!」 

 

 響き渡る、見張り員の絶叫。

 

「ドイツ艦隊です!!」

 

 その報告に、

 

 フォーブス以下、全員が愕然とする。

 

 まさか?

 

 このタイミングで?

 

 誰もが、戦いは終わったと思っていた。

 

 自分たちの退却に合わせて、ドイツ艦隊も撤退しただろう、と。

 

 だが、

 

「馬鹿なッ!?」

 

 とっさに、双眼鏡を手に窓際へと駆け寄るフォーブス。

 

 向ける視界の先。

 

 優美な外見を持つ巡洋戦艦が2隻、こちらに砲門を向けて向かってくる姿が見えた。

 

 そのマストには、鉄十字の旗が雄々しくはためいていた。

 

「おのれ・・・・・・ナチスがァッ」

 

 双眼鏡を降ろし、憎しみの籠った目で敵艦を睨みつけるフォーブス。

 

 事ここに至り、彼は理解せざるを得なかった。

 

 自分たちが格下だと思っていたドイツ海軍に、徹頭徹尾、引きずり回されていた事を。

 

 全ては、奴らの作戦の内だった事を。

 

 自分達は、ドイツ海軍が張り巡らせた罠の中に飛び込んでしまったのだ。それも、引き返せないほどに深く。

 

「敵戦艦、発砲!!」

 

 同時に、彼方で発射炎が上がるのが見えた。

 

 

 

 

 

 ドイツ海軍第1艦隊旗艦「シャルンホルスト」の艦橋で、司令官であるラインハルト・マルシャル大将は、鋭く腕を振り下ろす。

 

「全巻第1戦闘配備!! 砲雷同時戦用意!!」

「機関全速ッ 僚艦に通達、《我に続け》!!」

 

 マルシャルの指示を受け、「シャルンホルスト」を加速させるエアル。

 

 ワグナー高圧缶が唸りを上げ、基準排水量3万1000トンの巡洋戦艦がスピードを上げる。

 

 後続する「グナイゼナウ」も又、増速して旗艦に続行する。。

 

 更に彼女達だけではない。

 

 同じく第1艦隊を構成する装甲艦「ドイッチュラント」「アドミラル・シェア」もスピードを上げ始めた。

 

 装甲艦2隻はシャルンホルスト級巡洋戦艦よりも射程が短いが、既に彼我の距離は2万を切っている。充分に射程距離内だった。

 

 輸送船団の撃滅後、一旦は南に退避したドイツ艦隊だったが、偵察機からの情報によりイギリス艦隊が撤退を開始した事を知るとこれを追撃。

 

 日没前に、フォーブス率いるフォースAの本隊に追いつく事に成功したのだ。

 

「情報通りだな」

 

 双眼鏡を覗き込みながら、マルシャルが告げる。

 

「敵のネルソン級は、Uボートの雷撃で足を鈍らせている。おかげで追いつく事が出来た」

「それに、あれならまともな照準も出来ないでしょうね」

 

 マルシャルの横で同じく双眼鏡を覗き込みながら、エアルも頷きを返す。

 

 戦艦の照準と言う物は、厳正なバランスの上に成り立っている。故に、ちょっとでも感が傾斜すると、もう正確な照準は困難になるのだ。

 

 現在、「ロドネイ」は浸水によって艦が右舷側に傾斜した状態にある。その為、その自慢の主砲は威力を発揮できない状態にあった。

 

「畳みかけるぞ、艦長」

「ええ。この機会を逃す手はないです」

 

 頷きあう、エアルとマルシャル。

 

 次いで、エアルはシャルンホルストに目を向ける。

 

「シャル、お願い」

「うん、分かった。任せて」

 

 エアルの言葉を受け、席に座ったままスッと目を閉じるシャルンホルスト。

 

 同時に、見張り員から報告が入る。

 

「敵戦艦、R級1隻、接近してきます!!」

 

 どうやら、こちらを阻止する構えのようだ。

 

 イギリス艦隊は機動力が低下した「ロドネイ」が後方で射撃しつつ、「ラミリーズ」、そして駆逐艦7隻でドイツ艦隊の接近を拒むつもりなのだ。

 

「まずは、目先の脅威を排除すべきだな」

「同感です」

 

 イギリス艦隊の中で最も火力が高いのは「ロドネイ」だが、「ロドネイ」は傾斜によって正確な照準が出来なくなっている。

 

 ならば火力では劣っていても状態は万全な「ラミリーズ」の方が脅威と見るべきだった。

 

「取り舵一杯ッ 右砲戦用意!! アントン、ブルーノ、ツェーザル、1番から3番、全門徹甲弾装填!!」

 

 命令を下すエアル。

 

 同時に「シャルンホルスト」が装備する、3連装3基の54.5口径28.3センチ砲が旋回し、接近してくる「ラミリーズ」を睨む。

 

 各砲に装填されているのは、対艦用の徹甲弾である。

 

「目標、敵R級戦艦!!」

 

 シャルンホルストはじっと目を閉じ、艦の制御に集中する。

 

 次の瞬間、

 

「撃ち方始めッ!!」

 

 エアルの命令に従い、「シャルンホルスト」の主砲は、一斉に砲撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 旗艦発砲と同時に、後続する「グナイゼナウ」にも動きが生じる。

 

 艦橋に立つ、艦長のオスカーが、鋭い視線を「ラミリーズ」へと向け、命令を発した。

 

「砲撃開始ッ!!」

 

 オスカーの命令に従い、一斉に主砲を撃ち放つ「グナイゼナウ」。

 

 放たれた砲弾は各砲塔1発ずつの、計3発。

 

 まずは交互射撃で弾着観測。次いで本射に入る、手堅い方針だ。

 

 ややあって、向かってくる「ラミリーズ」の手前に、3本の水中が立ち上がる。

 

 全弾近弾。

 

 照準はまだ、正確とは言い難い。

 

「次発装填、急げ!!」

 

 命令を発しながら、オスカーは傍らの艦娘席へと目をやる。

 

 目を閉じて、艦の制御に集中しているグナイゼナウ。

 

 その様子を確認しながら、オスカーは更なる攻撃続行を命じるのだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 「ラミリーズ」の艦橋では、ディランが向かってくるドイツ艦隊。

 

 とりわけ、先頭を進んでくる2隻のシャルンホルスト級巡洋戦艦を、苦々しい双眸で睨みつけていた。

 

「クソがッ どこまでも卑怯なナチス共めッ 撤退中の艦隊を狙うなどとッ!!」

 

 苛立ちを隠そうともせずに言い放つディラン。

 

 昼間は全く姿を現さず、撤退中の自分達を狙って現れたドイツ艦隊に、怨嗟の叫びをぶつける。

 

 視界の先では、恨み連なるドイツ巡洋戦艦2隻が接近しながら主砲を放つ様子が見える。

 

 その様を、恨みのこもった視線で睨むディラン。

 

「ラプラタ沖の屈辱、今ここで返してやる!!」

 

 ディランは忘れない。

 

 あの、自分を無視して、悠然と去って行った、ドイツ巡洋戦艦の後姿を。

 

 一発の砲弾すら撃てずに負けた屈辱を。

 

「敵艦、主砲の射程に入りました!!」

 

 ラミリーズの歓喜に満ちた声。

 

 ディランも、口元に笑みを浮かべる。

 

「さあ、ショーの始まりだ!! 恐怖に震えろ、薄汚いナチス共!!」

 

 言い放つと同時に、

 

「ラミリーズ」の前部に備え付けられた、連装2基4門の38・1センチ砲が火を噴いた。

 

 放たれる砲弾。

 

 一撃の威力は、シャルンホルスト級巡戦が持つ28センチ砲の比ではない。砲弾重量だけでも3倍近い差がある。

 

 軍艦の砲弾は、砲の口径に比例する。

 

 「ラミリーズ」の主砲ならば、シャルンホルスト級に対し圧倒的に優位に立てるはずだった。

 

 彼方に上がる水柱。

 

 「シャルンホルスト」を狙って放たれた「ラミリーズ」の第1斉射は、目標を捉える事無く海面を叩いただけに終わった。

 

「チッ 照準修正急げ!! さっさとしろ、愚図共!!」」

 

 舌打ち交じりに怒鳴り散らすディラン。

 

 その間にも、2隻のドイツ巡洋戦艦は砲撃を続行する。

 

 イギリス戦艦の周囲に立ち上る水柱。

 

 ドイツ側もまだ命中弾は無い。

 

「ハッ 間抜けがッ どれだけ撃とうが、貴様らの腑抜けた弾などが当たる物かよ!!」

 

 嘲笑するディラン。

 

 だが次の瞬間、

 

 「グナイゼナウ」の放った28.3センチ砲弾が、「ラミリーズ」の艦首甲板に命中し、衝撃が突き抜けた。

 

「クソッ」

 

 舌打ちするディラン。

 

 自信満々に言った矢先に、先生の直撃弾を受ける羽目になった。

 

 勿論28センチ砲の重量は315キロ。その程度なら、1発喰らったくらいでどうこうなる物ではない。

 

 しかし、自分達が先に命中弾を喰らった事には変わりなかった。

 

 さらに艦首部分には装甲が張られていないため、小口径砲弾でも容易に貫通する。

 

 「グナイゼナウ」の砲弾は「ラミリーズ」の艦首甲板を貫通。兵員居住区で炸裂し、乗組員たちの私物や寝床を盛大に吹き飛ばす。

 

 さらに今度は「シャルンホルスト」の砲弾が命中。

 

 こちらは10.2センチ連装高角砲に命中し、これを叩き潰す。

 

 否が応にもいら立ちを募らせるのは、「ラミリーズ」艦橋のディランである。

 

 いまだに命中弾も得ていないのに、自分の艦が傷付けられたのだ。

 

 そもそも「堪える」と言う事を知らない王子様の沸点は、瞬く間に限界を迎える。

 

「こっちもさっさと照準を修正しろッ グズグズするな!!」

 

 当たり散らすように叫ぶディランに応えるべく、更に主砲を発射する「ラミリーズ」。

 

 しかし、強力な38.1センチ砲は山なりの弾道を描き、やはり虚しく海面を叩くのみだった。

 

 

 

 

 

 「グナイゼナウ」に続き旗艦「シャルンホルスト」も命中弾を得た事で、ドイツ艦隊は本格的な射撃を開始している。

 

 18秒に1斉射するシャルンホルスト級巡戦2隻。

 

 彼方を航行する「ラミリーズ」周囲には、無数の水柱が取り囲む。

 

 時折、R級戦艦の艦上に爆炎が上がるのが見える。

 

 重量315キロの砲弾では、戦艦相手には大したダメージにはならない。

 

 事実、複数の命中弾を与えているにも関わらず、「ラミリーズ」の砲撃は衰えた様子がない。

 

 しかしそれでも、高い速射能力の主砲弾を一方的に浴びせる事は、「ラミリーズ」側にとっては、相当な圧力になる。

 

 一斉射当たり、2発~3発の命中弾がある。

 

 如何に攻撃力が低いとはいえ、「ラミリーズ」からすれば堪った物ではない。

 

 それに、全くのノーダメージと言う訳でもない。

 

 1発でも当たれば、艦上にある比較的脆い構造物。対空砲やアンテナ、煙突と言った部分の破壊は十分に可能だ。

 

 複数の煙が上がり、火災が起きている事も確認できている。

 

 このまま追い込む事は、充分に可能だった。

 

 更に1発、

 

 否、

 

 2発、

 

 「シャルンホルスト」が放った砲弾が、「ラミリーズ」の後部甲板に命中し炎を上げる。

 

 続けて「グナイゼナウ」の放った砲弾も命中。「ラミリーズ」の艦上で、何かが吹き飛ばされるのが見えた。

 

 全体として、与えた損害は軽微。「ラミリーズ」は戦闘力を保持している。

 

 だが、ドイツ側の攻撃は、着実にイギリス艦隊を追い詰めていた。

 

 更に、

 

「間もなくだな」

「はい」

 

 時間を確認するエアルとマルシャル。

 

 決着の時は近かった。

 

 

 

 

 

「クソッ なぜだッ なぜ、当たらないッ!?」

 

 もはや苛立ちを隠そうともせず、ディランは「シャルンホルスト」を睨み据える。

 

 先程から彼の「ラミリーズ」は、ドイツ巡戦に一方的に撃たれるままになっている。

 

 1発当たる度に、艦上で何かが破壊される。

 

 爆炎が甲板に吹き上がり、炎が立ち上る。

 

 このままでは遠からず「ラミリーズ」の戦闘力は低下する事になりかねない。

 

「何をしているんだ何をッ!! この腰抜け共がッ!! もっとしっかり狙えよな!!」

 

 所かまわず、周囲に当たり散らすディラン。

 

 こんなはずではなかった。

 

 こんなはずではなかった。

 

 派手さだけはある彼方の水柱と、そこから悠然と姿を現す「シャルンホルスト」を眺めながら、ディラン歯ぎしりをする。

 

 自分達が本気になれば、ドイツ艦隊如き、積み木のように崩れて当たり前。

 

 確かにラプラタ沖では不覚を取ったが、あれは所詮、相手が卑怯な手を使って来たから足元を掬われただけの話。いわば、蚊に刺されたような物。

 

 堂々たる砲撃戦では必ず自分達が勝つ。

 

 自分達は大勝利を収め、英雄として凱旋する。

 

 そして自分は次期国王の座を不動の物とする。

 

 そう信じて疑っていなかった。

 

 だが現実はこの有様。

 

 真っ向からの砲撃戦でありながら、「ラミリーズ」は一方的に押し込まれている。

 

 現実を認められないディランの癇癪は、艦娘にまで及ぶ。

 

「お前もお前だッ 何を暢気にやってんだよッ!!」

「も、申し訳ありませんッ」

「全く使えない奴だなッ お前みたいな奴がいるから、ドイツの田舎者どもに舐められることになるんだよッ!!」

 

 すくみ上り、平身低頭するラミリーズ。

 

 誰もがディランの癇癪に逆らう事が出来ずにいた。

 

 とは言え、ここで彼女の責任を問うのは筋違いも甚だしい。

 

 艦体と艦娘は確かにワンセットで考えられるべき存在であり、互いのコンディションが相手に対して影響を及ぼす事も研究で判っている。

 

 しかし、艦娘1人で艦体を動かす事などできない。艦娘にできる事はせいぜい、乗組員たちが十全に能力を発揮できるよう、艦のコンディションを保ってサポートするくらいだ。

 

 つまり、ここまで一方的に「ラミリーズ」が追い込まれているのは彼女本人の責任ではなく、あくまでディラン以下、乗組員たちの責任だった。

 

 しかしディランには、そんな理屈は通じない。

 

 彼が求めているものはただただ、味方には「YES」を、敵には「敗北」を、そして自分には「栄光と勝利」だった。

 

 主砲を放つ「ラミリーズ」。

 

 しかし結果は同じ。

 

 目標となった「シャルンホルスト」を捉えられず、水柱のみが高々と突き上げられる。

 

「どうなっているんだ、アルヴァン!?」

「間もなくです。殿下」

 

 怒鳴る主に対し、アルヴァンは恭しく答える。

 

「先程の砲撃、弾着は敵艦に対し、かなり近こうございました。となれば、次には夾叉、あるいは直撃が出せる物と思われます」

「そ、そうかッ?」

 

 調子のいい事を聞くと、たちまち機嫌がよくなるディラン。

 

 アルヴァンの言葉通り、「ラミリーズ」が放った砲弾は「シャルンホルスト」を夾叉

 

「ようしっ よしよしよしッ ようしッ 良いぞォ!! ナチの豚どもが、もうお前らの好きにはさせんぞ!!」

 

 喝采を上げるディラン。

 

「良い気になるのもここまでだッ 今こそ正義の鉄槌を喰らうが良い!! 貴様らにできる事は豚の如く家畜小屋の隅で震えている事だけだと知れェ!!」

 

 有頂天になるディラン。

 

 そのまま射撃命令を下そうとした。

 

 その時、

 

「殿下ッ!!」

 

 見張り員の絶叫が水を差す。

 

「『ロドネイ』がッ!!」

 

 

 

 

 

 この時、イギリス本国艦隊旗艦「ロドネイ」は、複数の駆逐艦に囲まれて、今まさに絶体絶命の時を迎えていた。

 

 ドイツ艦隊司令官マルシャルの戦術は巧みだった。

 

 マルシャルは2隻の巡洋戦艦を使って、イギリス艦隊の中で最も脅威となる「ラミリーズ」を引き付ける一方、残る全戦力で駆逐艦の排除を命じたのだ。

 

 その為、5隻いた護衛の駆逐艦は散々に追い散らされ、3隻が撃沈、残り4隻も散り散りに避退するしかなかった。

 

 こうして、完全に無防備になった「ロドネイ」に対し、駆逐艦たちは飢えた狼の如く、一斉に襲い掛かったのだ。

 

「副砲射撃開始ッ 奴らを近付けるな!!」

 

 艦長の命令と共に、「ロドネイ」は連装6基12門ある、50口径15・2センチ砲の内、片舷に思考できる3基6門を旋回、射撃を開始する。

 

 中・小型艦艇に接近を許した場合、戦艦は主砲の旋回が間に合わない為、副砲を使って応戦するのだ。

 

 放たれる砲弾が、ドイツ駆逐隊の周囲に水柱を上げた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 ドイツ海軍の主力駆逐艦はZ級と呼ばれている。

 

 12・7センチ単装砲5基と、53・3センチ魚雷を備えた強力な駆逐艦である。

 

 その先頭を走る駆逐隊旗艦「ZI:レーベレヒト・マース」では、艦娘の少女が水柱から吹き付ける瀑布を物ともせず、獲物たる第戦艦を見据えていた。

 

 短く切りその得た髪にベレー帽を乗せた、どこか少年めいた印象のある少女である。

 

「無駄だよ」

 

 最後の抵抗とばかりに砲火を閃かせる「ロドネイ」。

 

 しかし、機動力が低下し、傾斜によって正確な照準を妨げられている今の「ロドネイ」には、副砲の射撃すら、満足に目標を捕捉する力は残されていなかった。

 

「やるぞ、レーベ」

「うん」

 

 声をかけて来た司令官に、少女は頷きを返す。

 

 静かな瞳で「ロドネイ」を見据えるレーベと司令官。

 

 その司令官の腕が、高々と掲げられた。

 

 既に後続する駆逐艦も含めて、魚雷発射管の旋回を終えている。

 

 これで詰み(チェックメイト)だ。

 

「発射始めッ!!」

 

 

 

 

 

 海中を槍衾となって突進してくる魚雷群。

 

 その航跡は、「ロドネイ」艦橋からも見る事が出来た。

 

「雷跡接近ッ 近い!!」

 

 見張り員の悲鳴が木霊する。

 

 艦長が面舵一杯を命じ回避を試みるが、既に間に合う距離ではない。

 

「おのれ・・・・・・・・・・・・」

 

 艦橋の窓枠をきつく握りしめながら、フォーブスは悔しさに唇を噛み締めて呟いた。

 

 なぜ、こうなったのか?

 

 どこで間違ったのか?

 

 いったい、何が悪かったのか?

 

 疑問ばかりが、頭の中でグルグルと、無能な犬のように駆けまわる。

 

 だが、その疑問について答えを探る機会は、遂に来なかった。

 

 肩を落とすフォーブス。

 

 ロドネイは天を仰ぐ。

 

 次の瞬間、

 

 足元から轟く衝撃。

 

 「ロドネイ」舷側から、巨大な水柱が立ち上る。

 

 命中魚雷は6本だった。

 

 

 

 

 

 「ロドネイ」轟沈。

 

 その様子は、「ラミリーズ」からも確認できていた。

 

 大英帝国海軍が世界に誇るビッグ7の1隻が、炎と煙に包まれて沈んでいく。

 

 その様子は「ラミリーズ」からも確認できていた。

 

「クソがッ」

 

 誰もが茫然とする中、ディランは口汚く声を上げる。

 

 その苛立ちは、自分に屈辱を与えた敵に、そして「勝手に沈んだ無能な味方」に対して向けられている。

 

 あいつらが悪い。

 

 あいつらが悪い。

 

 勝手に死にやがって。

 

 勝手に沈みやがって。

 

 こうなったのも、全部あいつらのせいだッ

 

 だが、

 

 頭の中で、フォーブス以下、「ロドネイ」と共に沈んでいった本国艦隊司令部に罵りを上げる。

 

 無論、

 

 その思考の中で、彼等を守り切れなかった自分への反省は、一切存在しなかった。

 

 彼の中ではいつだって、負けた時に悪いのは自分以外の誰かに決まっているのだった。

 

「あの、殿下・・・・・・・・・・・・」

 

 恐る恐る声を掛けたのはラミリーズだった。

 

 今、こうしている間にも、「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」から砲撃が続いている。

 

 呆けている暇などありはしないのだ。

 

「これから、どうなさるおつもりです?」

 

 彼女としては、ごく当たり前の質問。

 

 だが、

 

「は?」

 

 その質問に、ディランの目には怒気が奔った。

 

 次の瞬間、握りしめたディランの拳が、容赦なくラミリーズの頬を打ち据えた。

 

「ああッ!?」

 

 哀れな艦娘は、衝撃で床に倒れる。

 

 頬を抑えて艦橋の床に蹲るラミリーズ。

 

 だが、誰もそれを助けようとはしない。

 

 誰もが、ディランの癇癪が自分に向く事を恐れているのだ。

 

 それをいいことに、ディランは己の苛立ちを床に座り込んだラミリーズに叩きつける。

 

「どうすれば良いか、だァッ!? このクズがッ そんな事も分からないのかッ お前みたいなクソ艦娘がいるから負けるんだよ!! それぐらいわかれよなクズが!!」

 

 蹴りを入れながら怒鳴りつけるディランに、ラミリーズはただ俯いて耐えている。

 

 その間にも続く砲撃。

 

 ディランは舌打ちすると、アルヴァンに向き直る。

 

「撤退だッ さっさとしろッ 奴らが距離を詰めてくる前に逃げるんだよッ グズグズするな!!」

 

 喚き散らすディランに、乗組員たちは弾かれたように動き出す。

 

 そんな中、

 

 アルヴァンだけは、嗚咽を漏らすラミリーズに目を向け、嘆息するのだった。

 

 

 

 

 

 背を向けて逃走開始しようとする「ラミリーズ」。

 

 だが、

 

 それを許すほど、ドイツ艦隊の将兵、艦娘は甘くはなかった。

 

「敵戦艦との距離を詰めるッ 近距離戦で一気に叩きますッ!!」

 

 凛とした声で命じるエアル。

 

 振り返れば、マルシャルも大きくうなずいている。

 

 ここで奴を逃がす事はできない。

 

 旧式とは言え戦艦。ここで逃がせば、いずれ災禍は自分たちに襲い掛かってくる事になる。

 

 叩ける時に徹底的に叩かなくてはならない。

 

「取り舵一杯ッ 機関全速!! 主砲、アントン、ブルーノ、射撃続行!!」

 

 前部甲板に備えられたA、B砲塔が撃ち放たれる。

 

 後続する「グナイゼナウ」も射撃を続行。

 

 2隻の巡洋戦艦は、逃走に転じる「ラミリーズ」を追い詰める。

 

 逃げるR級戦艦の甲板には、主砲炸裂の爆炎が、幾重にも折り重なって弾けるのが見えた。

 

 

 

 

 

「左舷後部、機銃座全滅!!」

「後部艦橋、通信途絶!!」

「右舷中央に命中弾ありッ 火災発生!!」

 

 ディランの下に、次々と悲痛な報告がもたらされる。

 

 「ラミリーズ」は今や、2隻のドイツ巡戦になぶられ、まるで一寸刻みにされているかのような状況に陥っていた。

 

 シャルンホルスト級巡洋戦艦の主砲では、「ラミリーズ」の主要装甲を撃ち抜くことはできないが、しかしその分、速射性の高い主砲により、艦上構造物が容赦なく破壊されていく。

 

「何をしているッ さっさと後部砲塔で応戦しろ応戦!!」

「やっていますッ しかしッ」

「口答えしてんじゃねえよッ ああッ!!」

 

 ディランがいら立ちをまき散らしている間にも、後部のX、Y砲塔の4門が「シャルンホルスト」めがけて応戦する。

 

 しかし、次々と飛来する敵の砲弾に視界を塞がれ、なかなか正確な照準が付けられないありさまだった。

 

「気合い入れろっつってんだよッ!!」

 

 報告した兵士を、足蹴にして蹴り飛ばすディラン。

 

「それを何とかするのがお前の仕事だろうがッ このごく潰しがァ!!」

 

 喚きながら、何度も自身の幕僚を足蹴にするディラン。

 

 その間にも「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」の砲撃は、「ラミリーズ」を撃ち続ける。

 

「応戦しろ応戦!! グズグズするな!!」

 

 最早、指示と言うより苛立ちをぶつけているに過ぎないディランの命令。

 

 それでも「ラミリーズ」乗組員たちは反撃のため、主砲に砲弾を装填し、照準を修正、敵艦に砲を向ける。

 

 ラミリーズ自身も、必死になって艦の制御に集中する。

 

 だが次の瞬間、

 

 その全てが、徒労となった。

 

 突如、

 

 「ラミリーズ」全体を襲う強烈な衝撃。

 

「ギャァァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 ディランは思わず、艦橋の床に顔面を打ち付けるようにして投げ出される。

 

 否、

 

 ディランだけではない。

 

 彼の幕僚も、そして艦の制御に集中していたラミリーズも、

 

 艦橋だけではない。

 

 「ラミリーズ」の艦内にいた、殆ど全ての人間が、衝撃でその場に投げ出されていた。

 

 艦橋の中でかろうじて立っていられたのはアルヴァンだけだった。

 

 初老の副長は、どうにか平衡感覚を保ちながら、傍らで無様に顔面を床にこすりつけているディランを助け起こす。

 

「殿下、お気を確かに」

「あ? あ? あ?」

 

 助け起こされても呆然として、意味のない言葉を繰り返すディラン。

 

 完全に放心状態になっている。

 

 なぎ倒されている、周りの様子も目に入っていないようだ。

 

「損害報告ッ!?」

 

 代わって声を上げたのはアルヴァンだった。

 

 程なく、報告が上がってくる。

 

「Y砲塔被弾ッ 砲塔全損ッ!!」

「X砲塔旋回不能!!」

「缶室1基、損傷!!」

 

 その報告に、アルヴァンは愕然とする。

 

 缶室とはボイラーの事で、艦を動かすのに必要な出力を上げる役割を持つ。

 

 これでは「ラミリーズ」は後部の砲塔を全て失った上に、速力の低下も免れない事になる。

 

 ボイラーは1基ではないので即座に艦が停止する事はないが、速力の低下は如何ともしがたかった。

 

 いったい何が起きたのか?

 

 実はこの時、「グナイゼナウ」の放った28.3センチ砲弾が、ほぼ正面から「ラミリーズ」のY砲塔を直撃した。

 

 本来なら315キロ程度の砲弾など弾き返せるところだが、距離が詰まったことで砲弾の初速が上がり、装甲を貫通するのに必要十分なエネルギーを得た砲弾が、Y砲塔を破壊したのだ。

 

 その際の衝撃で、砲塔で装填され、発射の時を待っていた2発の38.1センチ砲弾が誘爆。エネルギーを砲塔内部で炸裂させた。

 

 その際の爆圧エネルギーにより、X砲塔のターレットリングが損傷し旋回不能になったほか、エネルギーは艦内に伝播し、缶室を一つ機能不全にしてしまったのだ。

 

 後方への反撃手段に加え、速力の低下も免れない「ラミリーズ」は最早、逃げる事も戦う事も出来ないありさまだった。

 

「た、たた、退艦だァッ」

 

 情けない声が上がる。

 

 誰もが視線を向ける中、

 

 声を上げたのはディランだった。

 

「退艦だ退艦ッ!! こ、こんなところで、この私が死んでいいはずがないッ!!」

 

 震える声でまくしたてるディラン。

 

 その姿には、颯爽たる海軍士官の姿も、王族として堂々たる姿も見いだせない。

 

 腰を抜かした情けない姿があるのみだった。

 

 取り巻きの幕僚が脇から支える中、アルヴァンが声を掛ける。

 

「退艦とは殿下、聊か早すぎるのでは?」

 

 損傷を負ったとは言え、「ラミリーズ」はまだ戦う事が出来る。機関は生きているし、主砲も前部2基が健在だ。

 

 残存戦力と合わせれば、充分に戦えるはず。

 

 だが

 

「う、うるさいッ!!」

 

 忠実な副官の言葉を、ディランは震える声で撥ねつける。

 

「俺は王族なんだよッ 第2王子なんだよッ 次期国王なんだよッ こんなつまらない戦いで死んで良い人間じゃないんだよ!!」

 

 要するに、艦が完全に戦闘力を失ってからでは遅い。逃げれるうちに、自分達だけ逃げてしまおうと言う事らしい。

 

「良いかッ 我々が艦橋を出て、10分後に総員退艦を命じろッ 我々が逃げる時間を稼がせるんだッ いくら乗組員がクズの役立たずでも、それくらいできるだろう!!」

 

 あくまで逃げるのは自分が優先。

 

 乗組員たちには戦闘を続けさせ「艦は健在」である事をドイツ艦隊に印象付けさせるのだ。

 

 その間に自分達は退艦してしまおうという算段である。

 

 幕僚に引きずられるようにして艦橋から去っていくディラン。

 

 と、

 

 そこでふと、幕僚の1人が、艦橋の床にうずくまる女性に気付いて尋ねた。

 

「あの、殿下、ラミリーズは如何しますか?」

「放っておけッ!!」

 

 怒鳴り散らすディラン。

 

「全部そいつのせいだッ!! 全部そいつが悪い!! ド三流のドイツ海軍に負けたのもッ、俺がこんな惨めな事になったのもッ 全部そいつのせいだッ どうせ艦娘なんぞ、船が沈めば助からんッ せいぜい阿呆みたいに、泣きわめきながら海底に沈めば良い!!」

 

 最後に唾を吐き捨てて、幕僚に支えながら出て行くディラン。

 

 1人、

 

 アルヴァンだけは、倒れたラミリーズの傍らに膝を突くと抱き起し、近くにあった羅針盤に寄り掛からせてやる。

 

「すまんな、このような事になってしまって」

「良いんです。私は艦娘ですから。祖国の為に戦えたなら、それで幸せです」

 

 そう言って力なく微笑むラミリーズ。

 

 右手を上げて敬礼す。

 

「どうか御武運を。そしていつの日か侵略者を打ち破り、我がイギリスに偉大なる勝利を」

「約束する」

 

 敬礼を返したアルヴァンは、踵を返してディランの後を追う。

 

 その背中を見送りながら、

 

 ラミリーズはゆっくりと、瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 イギリス艦隊の様子は、「シャルンホルスト」からも伺う事が出来た。

 

 生き残っていた駆逐艦が、海上に停止した「ラミリーズ」の周囲に煙幕を張り、その他の駆逐艦が「ラミリーズ」に近づいていく様子が見える。。

 

 恐らく、艦を放棄し、乗組員を救助するつもりなのだ。

 

 その様子を確認して、エアルは命じた。

 

「砲撃やめッ」

 

 既に勝敗は決した。

 

 沈没する敵艦を砲撃するのは砲弾の無駄だし、何より敵艦とは言え、救助作業中の艦を攻撃するのは船乗りとしてのルールに反する。

 

 戦争とは言えルールはある。それを破る者に、海の神は決して微笑まない。

 

 見ればマルシャルも、エアルに向かって頷きを返しているのが見えた。

 

 程なく主砲の発射が停止する「シャルンホルスト」。それに合わせるように、後続する「グナイゼナウ」も、主砲発射を停止する様子が見えた。

 

 静寂が訪れる、ノルウェー沖。

 

 敗残たるイギリス海軍は去り、勝利したドイツ海軍のみが残される。

 

 そう、

 

 自分達は勝ったのだ。

 

 第1次世界大戦以来、

 

 怨み連なるイギリス艦隊に勝負を挑み、自分達は見事に打ち勝ったのだ。

 

 歓声が、海の上に木霊する。

 

 兵士が叫び、士官が歓喜し、艦娘が落涙する。

 

 誰もが、この時を待ち望んだのだ。

 

 惨めに敗れ去ったあの日から。

 

 勇敢に戦い、そして散って行った多くの将兵、艦娘に、最高の手向けとなった事だろう。

 

 喧騒は、「シャルンホルスト」の艦橋にも伝播する。

 

 そんな中、

 

 戦闘に集中すべく、ジッと目を閉じていたシャルンホルストが目を開いた。

 

 視界の中で、

 

 自分の艦長と、目が合う。

 

 どちらからともなく、笑い合うエアルとシャルンホルスト。

 

「勝ったよ、シャル」

「うん。やったね。お兄さん」

 

 笑い合い、頷きを交わす青年艦長と巡戦少女。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女はゆっくりと目を閉じ、艦橋の床に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャルッ!!」

 

 とっさに腕を伸ばすエアル。

 

 巡戦少女の華奢な体は、青年提督の腕の中へすっぽりと納まる。

 

 途端に感じる、軽い感触。

 

 この少女は、こんなにも軽かったのか。

 

 驚くエアル。

 

 まるで雪のような軽さだ。

 

「シャルッ シャル、しっかり!!」

 

 呼びかけるエアル。

 

「おにー・・・・・・さん」

 

 シャルンホルストは小さな声で呟くと、

 

 ゆっくりと、目を閉じた。

 

 

 

 

 

第11話「凱歌は黄昏に上がる」      終わり

 




何気に、原作キャラ(レーベ)初登場だと気づく(苦笑
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