1
ゆらゆらと、
ゆらゆらと、
心地よい揺れが、体を包み込む。
まるで、揺り籠に揺られているような感覚。
ああ、
何だかずっと、こうしていたい気がする。
文字通りの夢見心地。
ああ、
だが残念。
意識が浮上する。
目が覚めるのが判る。
そして、
視界が開けた。
「・・・・・・・・・・・・」
目を開いたシャルンホルスト。
鉄製の天井と、備え付けられたライトが見える。
目を回せば、自分がいつも使っている小物。傍らには、お気に入りの猫のぬいぐるみも置いてあった。
「・・・・・・・・・・・・ボクの、部屋?」
どうやら、自分がベッドに横になっている事は判った。
背中に感じる揺れは、波による物だろう。
微かに、艦が動いているのを感じる。
スピードは、それ程速くない。
それに、スクリューが回っているようにも感じない。
それでいて、漂流しているような不安定さも感じなかった。
ドアの方からノックの音が聞こえたのはその時だった。
「はい、どうぞー」
声を掛けると、入って来たのは彼女の艦長だった。
「ごめん、起こしちゃった?」
入ってきたエアルは、少し申し訳なさそうに苦笑する。
どうやら、シャルンホルストがまだ寝ていると思っていたようだ。ノックしたのは一応の礼儀ゆえだろう。
対して、シャルンホルストは首を横に振る。
「ううん。少し前に起きてた」
微笑むシャルンホルスト。
そんな少女の傍らに立ち、エアルは目を伏せる。
「ごめん、シャル」
「え、な、何が?」
突然の謝罪に、戸惑うシャルンホルスト。
一体、エアルは何を言いたいのか。
「ゼナから聞いていたんだ。シャルの体の事」
「ああ、そっか・・・・・・ゼナ、言っちゃってたんだ、おにーさんに」
苦笑するシャルンホルスト。
何となく、秘密がバレたみたいで、少女としても極まりが悪い。
「別に気にしないで」
「シャル・・・・・・」
「ボクも、おにーさんに話して無かった事だし、お相子だよ」
自分の体の事は、自分が一番よくわかっている。
それをエアルに謝ってもらうのは、シャルンホルストからすれば筋違いも甚だしかった。
答えてから、シャルンホルストは気になっている事を尋ねる。
「あのさ、おにーさん。ボク、どうなってるの? 戦いは? 勝ったの? 負けたの?」
「落ち着いて。全部説明するから」
苦笑しながらエアルは手近にあった椅子を引き寄せると、そこへ腰かける。
「まず戦いだけど。勿論、勝ったよ。あの後、イギリス艦隊は完全に撤退した。途中まで味方のUボートが追跡して確認したから間違いないよ」
「・・・・・・・・・・・・そっか」
エアルの言葉を聞いて、シャルンホルストはホッとする。
もし、万が一、敵が引き返して来たりしたら、ドイツ海軍は今度こそ敗れていたかもしれない。
それ程までに、際どい勝利だったのだ。
「それで今の状況だけど、戦いが終わった直後、シャルが倒れちゃったんだ」
「うん、まあ、それはわかる」
辛うじてだが、そこら辺の事はシャルンホルストも覚えている。
そもそも、こうしてベッドに寝かされている時点で一目瞭然だった。
最後に残った敵の戦艦「ラミリーズ」を撃沈し、戦いが勝利に終わった事で気が緩んだのだろう。
強烈な眩暈と共に、艦橋の床に倒れ込んだところまでは覚えていた。
だが覚えているのもそこまでだ。その後どうなったのだろう?
「シャルが倒れるのと前後して機関も止まっちゃってね。艦体の方は、殆ど動けなくなっちゃったの。それで、今は『グナイゼナウ』に曳航してもらって本国に戻る途中だよ」
成程、スピードが出ていないのはその為だったか。
艦娘が艦が受けたダメージをフィードバックするように、艦体の方も艦娘のコンディションに影響を受ける。
今回、シャルンホルストが気を失った事で、艦体の方の「シャルンホルスト」も機関が停止し、最低限の火器使用しかできなくなってしまったのだ。
そのまま放っておいたら、今度はこっちがイギリス海軍の潜水艦に狙われる可能性もある。
早々に戦場を離脱する必要があったドイツ海軍は、航行不能になった「シャルンホルスト」を「グナイゼナウ」に曳かせ、その他の艦が2隻を取り囲む形で航行していた。
納得したように、シャルンホルストは頷く。
いくら同型艦で機関出力に余裕がある「グナイゼナウ」でも、自分とほぼ同じ質量の船を引っ張るのは容易な話ではない。
現在、速力は7ノット。微速で航行している。
念の為、司令官であるマルシャルには旗艦を変更してもらっており、第1艦隊の将旗は装甲艦「アドミラル・シェア」に掲げられていた。
機関出力の落ちた「シャルンホルスト」や、曳航作業中の「グナイゼナウ」では、指揮に専念できないと判断した結果だった。
「ごめんね、お兄さん。迷惑かけちゃって」
落ち込むシャルンホルスト。
自分が万全だったら、こんな事にはならなかったのに。
そう言いたがな少女に対し、エアルは苦笑して手を伸ばす。
青年の手が、そっとシャルンホルストの頭を撫でる。
「あ・・・・・・・・・・・・」
「そんな事気にしなくて良いから。今はゆっくり休んで。もう戦いは終わったんだから」
そう言うと、エアルは少女に優しく笑いかけるのだった。
潮風が、少女の髪とスカートを揺らす。
憂いを帯びた眼差しは、真っすぐに「自分」の後方を眺めていた。
C砲塔の脇に立ち、グナイゼナウは後方の「シャルンホルスト」を見やる。
現在、「グナイゼナウ」の艦尾と、「シャルンホルスト」の艦首は導索によって連結している。
機関が停止し、動けなくなった「シャルンホルスト」を、「グナイゼナウ」が引っ張っている形だった。
「・・・・・・・・・・・・だから、あれほど言ったのに」
出撃前の事を思い出し、嘆息する。
と、
背後から聞こえて来た足音に振り返る。
「順調なようだな」
「艦長?」
グナイゼナウの傍らに立ち、共に「シャルンホルスト」の様子を眺めながら、オスカー・バニッシュ中佐は呟いた。
「この分なら、予定通りにキールへ着けるだろう」
「そう」
途中で潜水艦に狙われないとも限らないが、そこは祈るしかないだろう。
ふと、オスカーは気になっている事を尋ねてみた。
「何かあるのか、彼女は?」
「え?」
「シャルンホルストだ。急に倒れたと聞いたぞ。いくら何でも普通じゃないだろ」
艦娘も人間と同じである。怪我もすれば病気にもなる。
だが、殆ど艦体に損傷らしい損傷も無かったのに、戦闘後いきなり倒れたとなれば穏やかではなかった。
少し躊躇った後、グナイゼナウは口を開いた。
「私達が建造された経緯、知っているわよね?」
「ああ」
頷くオスカー。
シャルンホルスト級巡洋戦艦は、当初から今のような形で完成を予定されていたわけではない。
当初は、ドイッチュラント級を強化した装甲艦として完成するはずだった。
しかし途中でフランス海軍が建造したダンケルク級戦艦の存在が知れ渡り急遽、設計を大幅に変更して巡洋戦艦として完成させた、と言う経緯がある。
「急にそんな事になったから、竣工当初、シャルはすごい不調が続いたの」
実際、「シャルンホルスト」は、竣工した当初は不具合が連発した。
機関は高速発揮を目指し新型の高圧ワグナー缶を搭載したのだが、これが非常にデリケートな代物で、当初はなかなか出力を安定させる事が出来なかった。調整に調整を重ね、ようやく、今のように全速で航行しても問題がないレベルに到達したのだ。
更に艦首も問題があった。
「シャルンホルスト」は当初、海面に対し真っすぐ垂直な艦首をしていた。これは波の荒い北海での作戦行動を考慮し、凌波性を向上する事を目的とした設計だったのだが、これが却って波の抵抗を生んでしまい、全速航行すれば、艦橋付近にまで飛沫が飛んでくるようになってしまったのだ。それどころか浸水によって艦首に近いA砲塔まで故障する始末。
憂慮したドイツ海軍上層部は、建造中だった「グナイゼナウ」の設計を変更。更に「シャルンホルスト」もドッグに戻して大改装を施し、艦首は現在のように鋭角的なアトランティック・バウに変更されたのである。
「私は、比較的早い段階で設計変更されたから、不具合も少なくて済んだんだけど、シャルの場合、建造されてからの不具合発覚だったから、どうしようもない部分も大きくて。それで・・・・・・」
「成程な」
艦体に多くの不具合を抱えて
「最近は調子良さそうだったから安心していたんだけど、油断したわ」
まさか戦闘直後に倒れるとは思ってもみなかった。
「あの子、放っておくとすぐ調子に乗るから。しっかり見てくれる人がいないと心配なのよ。陸の上なら、私が一緒にいられるのだけど」
流石に、戦闘中、常に一緒にいられるわけではない。
今回は運が良かったのだ。
「優しいな、お前は」
驚いて振り返るグナイゼナウ。
少女の瞳の中で、微笑むオスカーの姿がある。
「べ、別にそんなんじゃ・・・・・・ただ、あの子の事は放っておけないだけよ」
どこか照れくさそうに言い放つグナイゼナウ。
そんな少女の様子に肩を竦めると、オスカーは踵を返した。
「程々にして、艦内に戻れよ。お前まで風邪を引いたら、シャルンホルストの事は言ってられなくなるからな」
そう言って立ち去っていくオスカー。
その背中を、グナイゼナウは、唖然とした感じで見つめているのだった。
2
ノルウェー沖海戦は、ドイツ海軍の圧倒的勝利で幕を閉じた。
両軍の最終的な損害は、イギリス海軍が戦艦3隻、空母1隻、駆逐艦9隻、輸送船22隻撃沈だったのに対し、ドイツ海軍は駆逐艦2隻喪失のみ。
さらにイギリス海軍は、本国艦隊司令官クレイズ・フォーブス大将以下、司令部幕僚も旗艦「ロドネイ」諸共全滅すると言う惨劇に見舞われてしまった。
この勝利に沸き立ったドイツ全軍は、改めてノルウェー侵攻作戦「ヴェーゼル演習」の再開を宣言。
都合12万の軍勢を、ノルウェー各都市に送り込み、制圧作戦を開始した。
更に海軍も、引き続き動ける艦艇を再編成して陸軍支援に回る。
無人の野を行くが如く、北海を押し渡るドイツ軍。
これに対し、ノルウェー沖で敗れたイギリス海軍には最早、ドイツ海軍の行動を阻止できるだけの力は残されていなかった。
一方、ノルウェー軍は、当初期待していた連合軍の増援部隊が海の藻屑と消えた事で、強力なドイツ軍相手に、自国の軍勢のみで防衛戦を戦わなくてはならなかった。
しかし戦力差は如何ともしがたく、オスロ、ナルヴィク、トロンハイム、ベルゲン、クリスチャンサン、エザルサンと言った主要都市は次々と陥落。
残存する兵力は山岳部に立てこもり、ゲリラ戦に身を任せる以外、抵抗する手段を失っていったのだった。
「よくぞやった、アレイザー中将。実に見事だった」
総統執務室に入ったウォルフ・アレイザーが見たのは、もろ手を広げて出迎える、アドルフ・ヒトラー総統の姿だった。
ノルウェー沖海戦から数日後。
戦果報告をする為、総統官邸を訪れたウォルフだったが、ヒトラーはこれまでに見た事がないほどに上機嫌だった。
無理もない。
当初、圧倒的不利な状況から始まった戦いが、終わってみれば味方の大勝利だったのだ。ヒトラーならずとも喜ばずにはいられないところだろう。
そのノルウェー沖海戦勝利の立役者こそ、「アレイザー・プラン」を立案したウォルフに他ならない。
戦争遂行に当たり、ドイツ軍にとってノルウェーの確保は不可欠である。
ノルウェーは豊富な地下資源の宝庫であり、海岸線に多数存在するフィヨルドは、艦隊の泊地として最適だからだ。
しかし、ドイツ軍がノルウェー侵攻を企図すれば、必ずやイギリス海軍が阻止行動に出るだろう。
ノルウェーをドイツに取られれば、北海北部の制海権はドイツ側が握る事となる。イギリスからすれば死活問題だろう。故に、必ずや全力で阻止行動に出るはず。
そこでドイツ海軍は、寡兵の戦力を敢えて一戦に集中させて、来襲するイギリス艦隊を迎え撃つ。
勿論、たとえドイツ海軍水上部隊の全戦力を集中させても、イギリス本国艦隊にすらかなわない。
そこで罠を張る。
決戦海面にUボート艦隊を展開、機を見て雷撃戦を仕掛け、主力艦隊を支援する。
水上艦隊とUボート艦隊の波状攻撃で、イギリス艦隊を包囲殲滅する。
それが「アレイザー・プラン」の骨子だった。
それが完璧なまでに順調に進み、宿敵イギリス海軍を撃退するに至った。
ヒトラーが狂喜するのも無理からぬことだった。
「我が友、ウォルフ。本当によくやってくれた」
「ハッ 恐縮です。総統閣下」
手を取るヒトラーに、恐懼するウォルフ。
ノルウェー沖海戦に勝利した結果、ヴェーゼル演習作戦は当初予定していたよりもスムーズに進行している。
これなら、ノルウェーが降伏する日も近いだろう。
ドイツ側からすれば嬉しい誤算になっている。
何しろ、本命はこれからだからだ。
ヒトラーの目は、既に北から離れ、次の目標へと狙いを定めている。
即ち、いよいよ主敵の一角、フランスとの直接対決に乗り出すのだ。
フランス軍は強力である。間違いなく、ポーランドやノルウェーのようにはいかないだろう。
既に主力軍はフランス国境付近へ終結しつつある。
「ありがとうございます、閣下」
直立不動のまま、ウォルフはヒトラーに答える。
「しかし、私1人の力で成し得た勝利ではありません。私に協力してくれたスタッフ。前線で戦った将兵や艦娘。何より、作戦をお認めくださった総統閣下の御尽力があったればこその勝利だったと確信しております」
「うむ」
ウォルフの答えに、ヒトラーは満足そうに頷く。
皆まで言うな、と言う態度である。
「君の言う通りだ、アレイザー中将。余は作戦に参加した指揮官、及び艦娘全員に鉄十字章の授与を検討している」
鉄十字章とは、ドイツ帝国軍が第2次世界大戦中に制定した勲章であり、戦功を上げた軍人に送られる、最高峰の栄誉である。
そこでふと、ヒトラーは思い出したように口を開いた。
「指揮官級と言えばアレイザー中将。聞けば、巡洋戦艦『シャルンホルスト』の艦長は、君の長男だと言うじゃないか」
「ハッ・・・・・・」
いきなりエアルの話を出されたウォルフは、とっさに言葉が続かずに詰まらせる。
そんなウォルフに構わず、ヒトラーが続けた。
「水臭いではないか。なぜ、そういう話を余にせぬのだ」
「ハッ 不肖の息子の事、閣下のお耳汚しにしかなりませぬ故」
「何の。『シャルンホルスト』の活躍は余も充分に聞き及んでいる。立派ではないか」
そう言ってウォルフの肩を叩くヒトラー。
「親子ともども、今後も励むが良い」
「ハッ 光栄です、閣下」
背筋を伸ばして、ナチス式の敬礼するウォルフ。
対して、ヒトラーは満足そうにうなずきを返すのだった。
総統執務室を出たウォルフは、廊下を歩きながらヒトラーとのやり取りを思い出していた。
まさか、エアルの事を話題に出されるとは思ってもみなかった。
ウォルフは完全に虚を突かれた形である。
当然の事だが、ウォルフはエアルが「シャルンホルスト」の艦長をしている事は知っていたし、ノルウェー沖海戦に参加した事も知っていた。
だが、その事をヒトラーに言わなかったのは、言い忘れていたからでも、あえて隠していたからでもない。
単純に、どうでもいいと思っていたから記憶にとどめていなかったからだった。
そう、
ウォルフにとって、3人の子供たちの事など、既に眼中には無かった。
否、
全く気に掛けていないと言えば流石にウソになるが、既に3人とも十分に成長し、それぞれの道を歩んでいる。今更、父親の自分が出る幕でもないだろう。
それに、
「今更、父親面ができる訳もないしな」
自嘲気味に呟く。
先の大戦が終結して20年。
いや、正確に言えば、スカパフローでドイツ艦隊が自沈して以来、
つまり、妻であるテアを失って以来、
ウォルフの中で、妻の復讐を果たす事が全てであり、それ以外の事は心の底からどうでも良いと感じてしまっていたのだ。
そう、最愛の子供たちの事ですら。
テアを失ってから、自分は復讐の為に生き、そして復讐の為に死ぬと決めていた。
その為なら、息子も、娘も、自分自身ですら切り捨てる覚悟だった。
「すまないな、テア」
取り出した写真を見詰めながら、ウォルフは呟く。
既に古ぼけた1枚の写真の中では、妻が変わらず笑顔を浮かべていた。
「俺は結局、良い父親にはなれなかったよ」
そう呟くと、ウォルフは足早に廊下を歩いていくのだった。
3
勝者たちが凱歌を上げる一方、
敗者には、沈痛なムードが流れていた。
スカパフロー軍港に戻ったイギリス本国艦隊。
出撃時に比べて、明らかに数を減らした艦隊を前に、誰もが落胆を禁じえなかった。
特に衝撃が大きかったのは、ビッグ7の1隻である「ロドネイ」の姿が無かった事だろう。
「ロドネイ」はイギリスが2隻保有している40センチ砲搭載の戦艦であり、最新鋭のキングジョージ5世級戦艦が就役している現在でも、イギリス最強の攻撃力を誇っていた。
これから激しくなる戦いにおいて、必ずや大きな力を発揮してくれるはずだった。
その「ロドネイ」が、フォーブス以下、司令部幕僚と共に北海に失われてしまった。
とは言え、嘆いている暇はない。
こうしている間にもドイツ海軍は大西洋一体で暴れまわり、輸送船の被害は続出しているのだ。
直ちに新たなる人事が発令される。
本国艦隊の新司令官には、ジャン・トーヴィ大将が任命された。
彼は、元は地中海艦隊の司令長官を務めていた。
地中海艦隊はイギリス海軍の中では本国艦隊に次ぐ規模を誇り、特に緊張続くイタリア海軍との駆け引きが常に行われている。
トーヴィはその地中海艦隊を指揮した経験を買われ、フォーブスの後釜として本国艦隊司令長官に任命されたのだ。
着任したトーヴィは直ちに幕僚を招集するとともに、今後の作戦方針について協議を始めた。
激減した戦力を立て直し、ドイツ海軍に対抗する。
勿論、並行して船団の護衛も継続しなくてはならない。
こうしている間にもUボートは飢えた鮫の如く暴れまわっている。航路の安全確保は、最優先事項である。
トーヴィの役割は余りにも多かった。
足早に歩くその人物の目は、どこか希望にあふれているように見える。
キラキラとした輝きに似たひらめきから見るに、少年めいた印象があった。
すれ違う兵士に答礼を返すその姿は、堂々たる姿を周囲に見せつける。
そんな青年の後ろから付き従う少女は、どこか楽しげな表情を見せていた。
「久しぶりの本国なのに、いきなり出頭しろーだなんて、穏やかじゃないわね。いったい何やらかしたのよ?」
「な訳あるか」
尋ねてきた少女に対し、苦笑交じりに応じる。
別に悪い事をして呼び出されたわけではない。
・・・・・・・・・・・・筈。
まあ、「お小言」を言う為に、わざわざ自分達を本国に召還したりはしないだろう。
マルタ島の地中海艦隊司令部から、ジブラルタルを経て、本国に到着したのはつい昨日の事。
強行軍と言えば、かなりの強行軍だったのは確かである。
要するに、そこまでしないといけないほど、今の状況は追い詰められていると言う事だった。
ドアをノックして、応答を聞くと、2人そろって中へと入る。
「失礼します」
「失礼しまーす」
青年は穏やかに、少女は元気よく扉の中へと足を踏み入れる。
ついぞ数週間前まで、クレイズ・フォーブス大将の執務室だったその部屋には、既に新たなる主の姿があった。
「おお、よく来てくれた、2人とも。待っていたぞ」
ジャン・トーヴィ本国艦隊新司令官は、2人の姿を見ると笑顔で出迎える。
細面でやや怜悧な印象のある人物。
どこか堅物めいた印象のある提督が2人を出迎える。
しかし、青年にとってはかつての上官であり、その水際立った指揮振りについて、絶大な信頼を寄せる人物でもある。
「はるばる地中海からご苦労だったな、2人とも」
「ほんとほんと。いきなり呼び出すんだもん」
「しかし、本国の危機とあっては、馳せ参じない訳にはいかないでしょう」
2人の返事を聞き、トーヴィは満足そうにうなずく。
青年がトーヴィを信頼しているように、トーヴィもまた、青年たちの期待を寄せていた。
リオン・ライフォード中佐と、彼に付き従う艦娘の少女。
2人の到来により、ヨーロッパにおける海の戦いは、新たなる局面を迎えようとしていた。
第12話「ニュープレイヤー」 終わり