蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第13話「反撃のホワイトエンサイン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘と言うのは、基本的に人間と変わらない身体構造をしている。

 

 食べるし、寝るし、(聊か夢がないかもしれないが)排泄もする。

 

 そして、無理がたたれば体調が悪くなる事もある。

 

 ただ、人間と違う点は、もう一つの身体である「艦体」がある事だろう。

 

 艦娘と艦体は切っても切り離せない存在である。

 

 艦体が沈む時、それはすなわち、艦娘が命を落とす時。

 

 逆もまた然り、と言うわけである。

 

 ノルウェー沖海戦から数日。

 

 「グナイゼナウ」に曳航されてキール軍港に帰還した「シャルンホルスト」。

 

 艦体の方は既にドックに入れられ、修理に取り掛かっていた。

 

 作業員たちが甲板の上に陣取り、海戦で受けたダメージを補修し、さらにはトラブルを起こした機関周りを点検する。

 

 次の戦いは、そう遠くないだろう。

 

 その前に何としても「シャルンホルスト」を戦線に復帰させる。

 

 皆がその想いを抱き、一丸となって作業に邁進していた。

 

 そして艦娘である少女の方はと言えば、寄港と同時に直ちに軍病院へ搬送され、即日入院、絶対安静を言い渡されていた。

 

 工廠での作業引継ぎを終えたエアルも、すぐにその足で病院へ直行。シャルンホルストを担当する医師に面会を申し入れた。

 

 幸い、話の分かる医師だったらしく、不躾なエアルの訪問にも快く応じてくれた。

 

 他の患者の診察中だった主治医の手が空くのを待つ事、30分ほど。

 

 面会すると、開口一番にシャルンホルストの事を尋ねた。

 

「先生、どうなんですか、彼女の容態は?」

 

 戦闘直後にいきなり倒れたのだ。エアルならずとも心配になるのは当たり前だった。

 

 考えてみれば、戦闘中にもどこか、体調の悪さを我慢していた感があったのが思い出される。

 

 もっと自分が、彼女に気を使ってあげていたら。

 

 否、

 

 出撃前にグナイゼナウに言われていたのだ。彼女の事を気にかけてやってほしい、と。

 

 だというのに自分は、戦闘にかまけてシャルンホルストへの配慮が疎かになっていたことは否めなかった。

 

 そんな後悔が、エアルの中にはある。

 

「体調面については問題ありません」

 

 そんなエアルに、軍医は告げた。

 

「恐らく、戦闘による疲労が蓄積したのでしょう。何日か安静にしていれば体調も戻ると思います。念の為、ビタミン剤を処方しておきます」

「お願いします」

 

 ホッと胸をなでおろすエアル。

 

 何はともあれ、大事無くてよかった。

 

「ただ」

 

 軍医の不穏な物言いに、エアルは再び顔を上げた。

 

「艦娘は、艦体のコンディションに影響を受けます。影響の度合いについては個人差があるのですが、どうもシャルンホルストの場合、艦体、特に機関周りからの影響を受けやすい体質をしているようなのです」

「つまり今後も、今回みたいなことが起こる可能性がある、と?」

 

 尋ねるエアルに、軍医は難しい顔をして頷きを返す。

 

 シャルンホルストは生まれつき、機関に不調を抱えており、これまでも度々、エンジントラブルを起こしている。

 

 その事は、エアルもグナイゼナウから聞いていた。

 

「とにかく、退院後も暫くは安静にするよう、お願いします」

 

 軍医のその言葉を背に、エアルは病院を後にする。

 

 安静に。

 

 確かに、彼女の身体の事を考えれば、それが最善なのだろう。

 

 だが、彼女は少女ではあるが、同時にドイツ海軍の主力である巡洋戦艦でもある。

 

 海軍は彼女抜きにして戦う事など考えられない。

 

 いったい、どうすれば良いのか。

 

 先の見えない問いかけが、エアルの中で渦を巻いているようだった。

 

 

 

 

 

 医師の下を辞したエアルは、その足でシャルンホルストの病室へと向かう。

 

 艦娘と言えば、やはりそれなりの優遇措置が取られるようだ。

 

 シャルンホルストには個室が宛がわれており、部屋の中にはいくつか、彼女の私物も持ち込まれていた。

 

 本と、あとはお気に入りのネコのぬいぐるみ。

 

 そして、

 

 真っ白で清潔感を感じさせる部屋に置かれたベッドの上で、彼女は静かな寝息を立てていた。

 

 可憐な双眸は瞼が閉じられ、長いまつ毛が揺れている。

 

 薄い胸はかすかに上下し、安定した呼吸を繰り返していた。

 

 どうやら医師の言った通り、具合が悪そうな様子はない。寝顔も穏やかなものだった。

 

 と、

 

「ん・・・・・・んみゅ・・・・・・」

 

 人が近づく気配を察したのだろう。

 

 子猫のような声と共に、シャルンホルストの瞼が少し揺らぐと、ゆっくりと開かれる。

 

「・・・・・・・・・・・・あ、おにーさん?」

 

 目を開いて、すぐに飛び込んできた相手に笑いかける少女。

 

「おはよう、シャル。具合はどう?」

「・・・・・・・・・・・・退屈」

「そりゃ・・・・・・ね」

「退屈で死にそう」

「そうなったら世界初だね」

 

 苦笑するエアル。

 

 まったく、この娘は。

 

 自分がぶっ倒れて入院中だと言う事を忘れてはいないだろうか?

 

 まあ、このアグレッシブ少女の事。入院生活が退屈だという気持ちは分からないでもないのだが。

 

「あーもー 遊びに行きたいよ」

「がまんして。先生も、もう2~3日の入院で良いって言ってたし」

「だって、退屈だし、ご飯不味いし、何もないし、お友達もいないし、ご飯不味いし」

 

 何で2回言ったんだろう?

 

 まあ、よほど重要な事なのだろう。

 

 確かに、病院食は消化重視で、味付けは薄味となる。慣れればそれなりに口に合うのだが、食べ始めはかなり不味く感じるものだ。

 

 とは言え、

 

 このままでは病院を飛び出していきかねない勢いだった。

 

「じゃあ、こうしよう」

 

 少女を宥めるように、エアルは笑いながら声を掛けた。

 

「退院したら、シャルが行きたい所に連れてってあげるよ」

「え?」

「好きなもの食べていいし。欲しいもの買ってあげる。どう?」

 

 問いかけるエアル。

 

 対して、

 

「・・・・・・う、うん」

 

 急に、声を詰まらせたようになるシャルンホルスト。

 

 そのままそっぽを向いてしまう。

 

「・・・・・・これって、そういう事? まあ、それ以外に解釈できないんだけど・・・・・・いやいや、けど、おにーさんの事だから、天然って事も・・・・・・」

 

 何やら、1人でぶつぶつとつぶやくシャルンホルスト。

 

 対して、エアルは訝るように首をかしげる。

 

「いやなら、やめようか? 何か他の物で退院祝いでも・・・・・・」

「い、いやいやッ 行きます行きます!! 行かせて頂きます!!」

 

 殆ど掴みかかる勢いの少女に、目を丸くするエアル。

 

 いったい、何だと言うのか?

 

 しかし、シャルンホルストがその気になったのなら、喜ばしい事ではある。

 

「じゃあ、頑張って。ほんの少しの間だから」

「うんッ ・・・・・・おにーさんとデー・・・・・・エヘヘ」

 

 上機嫌に笑うシャルンホルスト。

 

 そんな少女の様子を見て、エアルも自然と笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 因みに、

 

 シャルンホルストの上機嫌ぶりは暫く収まる事を知らず、

 

 あとから見舞いに来たグナイゼナウに、思いっきり不気味がられる事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧の中を、鉄十字を掲げた艦隊が進んで行く。

 

 装甲艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」、及び重巡洋艦「ブリュッヒャー」を中心とした艦隊は、ノルウェーのナルヴィク港を出港。

 

 ドイツ本国へ帰還すべく、進路を南に取ろうとしていた。

 

 海面は、荒れる事の多い北海にしては珍しく、穏やかな様子を見せている。

 

 既にヴェーゼル演習作戦は、その8割がたが完了している。

 

 ノルウェーの主要都市はドイツ軍の占領下に入り、残存戦力は山岳部に立てこもり、ゲリラ戦を展開しているのみ。

 

 ノルウェー政府が降伏を打診してくるのも時間の問題と思われた。

 

 「グラーフ・シュペー」以下の艦隊は、ナルヴィクへの物資輸送を終えた帰路だった。

 

 ナルヴィク周辺は、ノルウェー軍の抵抗が最も激しい場所である。

 

 その為、ドイツ軍も特に力を入れて掃討戦を行っていた。

 

 やがて艦隊は、2隻の主力艦を中心に対潜隊形に移行する。

 

 護衛についている軽巡洋艦「ケーニヒスベルク」と5隻の駆逐艦が前方に展開、前方の警戒に当たる。

 

「取り舵いっぱい、進路、南へ」

 

 外海に出ると司令官の命令に従い、艦隊は大きく左へ回頭。ドイツ本国へ向かうコースを取る。

 

 霧は相変わらず深く、先を見通す事はほとんどできない。

 

「ちょっと、不気味ですよね」

 

 視界を覆う白色を見詰めながら、艦娘のシュペーは呟く。

 

「何だか、この霧の中から良くない物が出てきそうな気がします」

「怖い事を言うなよ」

 

 シュペーの物言いに、艦長は肩をすくませる。

 

 実際、「見えない」と言う事は、人間に根源的な恐怖を呼び起こす。

 

 この先に、何があるのか?

 

 自分達は、本当にここから出る事が出来るのか?

 

 あるいは、

 

 この霧の中から、恐ろしい怪物が出て来るんじゃないか?

 

 そんな負の想いが、心の底から湧き出てくるかのようだ。

 

 とは言え、航海自体は順調だった。

 

 艦隊はノルウェー沿岸付近を、一路、本国目指して航行している。

 

 ここまで、妨害らしい妨害は全くない。

 

 元より、ノルウェー軍が申し訳程度に保有していた海軍は、作戦開始初期に殲滅し、文字通り全滅させている。

 

 イギリス海軍は言うに及ばず。

 

 先のノルウェー沖海戦で大損害を受け、動きたくても動けない。

 

 自分達の行く手を遮る物は存在しないのだ。

 

 ドイツ艦隊の将兵、艦娘の殆どが、そう信じていた。

 

 だから、だろう。

 

 油断が無かった、とは言い切れない。

 

 まさか、

 

 先のシュペーの危惧が、現実になるとは、誰もが思ってもみなかったのだ。

 

「レーダーに感あり、本艦の進路0―7―0より接近中!!」

 

 この時期、ドイツ海軍は既に艦載レーダーの開発に成功していた。

 

 ゼ―タクトと呼ばれるこのレーダーは、30キロ近い探知能力を誇っており、今回のように視界が効かない北海での作戦行動では、欠かせない存在になっていた。

 

「何だ、我が軍の艦船に、そんな航路を使う予定の艦があったか?」

「いえ、聞いておりません」

 

 訝る司令官に、シュペー艦長は答える。

 

 続いてシュペーに目を向けるが、彼女も首を振るだけだった。

 

 自分達が把握していない艦。

 

 つまり、ドイツ軍の艦船ではない。

 

 と、なれば、必然、

 

「敵です!!」

 

 シュペーが叫んだ瞬間、

 

 悲劇は突如として襲ってきた。

 

 だしぬけに、霧の中で爆炎が躍る。

 

 艦隊の先頭を進んでいた軽巡洋艦「ケーニヒスベルク」が、突如として爆発したのだ。

 

 K級軽巡洋艦の1隻であり、2番砲塔が左舷寄り、3番砲塔が右舷寄りと言う、オフセット配置の特異な外見を持つ軽巡洋艦は、一瞬にして炎に包まれ、海上に停止する。

 

「合戦準備!!」

 

 司令官の立ち直りは早い。

 

 油断していたのは事実だが、事この段になって尚、呆けているような人間はドイツ海軍にはいなかった。

 

 直ちに「グラーフ・シュペー」と「ブリュッヒャー」は右へ旋回しつつ、左舷側へと主砲を向ける。

 

 同時に5隻の駆逐艦は、単縦陣を組んで突撃を開始した。

 

 装甲艦と重巡洋艦で敵の砲撃を引き付ける間に、駆逐艦が雷撃を仕掛ける布陣である。

 

 この霧で視界が遮られている状態なら、必勝の布陣と言って良い。

 

 敵は、こちらの動きを察知する頃には、必殺の雷撃が迫っている事になるだろう。

 

 そう思っていた。

 

 だが、

 

 残念ながら、今日の相手は最悪と言っても過言ではなかった。

 

 突撃する駆逐艦の鼻先に砲弾が落下。巨大な水柱を立てる。

 

 更に、次々と林立する水柱。

 

 たちまち、駆逐艦は翻弄されるように陣形を乱す。

 

「援護しろッ 射撃開始!!」

 

 慌てた司令官が、とっさに命令を下す。

 

 このままでは、駆逐艦が射点にたどり着く前に、散り散りにされてしまう。

 

 そう感じた為、少しでもこちらに砲火を引き付ける目的で、射撃を始めさせたのだ。

 

 「グラーフ・シュペー」の52口径28.3センチ砲6門と、「ブリュッヒャー」の60口径20センチ砲8門が一斉に火を噴く。

 

 「グラーフ・シュペー」を含むドイッチュラント級装甲艦は、シャルンホルスト級巡洋戦艦が装備している28.3センチ砲より砲身が短い主砲を採用している。

 

 必然的に主砲の威力も射程も、ドイッチュラント級はシャルンホルスト級に劣る。

 

 しかし28.3センチ砲は巡洋艦程度を相手にする分には破格の威力を誇っている。

 

 相手次第では、充分に対応できるはずだった。

 

 目標はレーダーが探知した相手。

 

 この時期、

 

 と言うより、第2次世界大戦全般を通じて、レーダー射撃と言う物はそれ程の発達を遂げたとは言い難い。

 

 それはレーダーの先進国であるイギリスやドイツ、アメリカであっても同様である。せいぜいが「やらないよりマシ」と言う程度の代物であり、その照準は光学射撃に比べて大幅に劣る物だった。

 

 とは言え、この霧によって視界の閉ざされた中にあっては、最も有効な照準手段である事は間違いない。

 

 レーダーが、立ち上る水柱を捉え、それを射撃指揮所に伝達。照準の修正を行う。

 

「撃てッ!!」

 

 艦長の号令一下、放たれる6門の28センチ砲。

 

 敵がどれだけいて、どの程度の打撃になるかは分からない。

 

 しかし、こうして主砲を撃つ事によって敵の目を引きつけ、駆逐艦が雷撃するアシストに繋がるのだ。

 

 シュペーは既に艦の制御に集中している。

 

 彼女が全力発揮に尽力してくれているからこそ自分達は戦えるのだった。

 

 だが、

 

 程なく、シュペー達の努力は無駄となる。

 

 戦闘を進む駆逐艦が、炎を上げて吹き飛ばされる。

 

 更にもう1隻、轟音と共に海上に停止するのが見えた。

 

「雷撃戦に切り替えるッ!! 『ブリュッヒャー』に連絡ッ 《我に続け》!!」

 

 事ここに至り、司令官は戦術の変更を余儀なくされた。

 

 先に「ケーニヒスベルク」を敵の先制攻撃で失い、更に駆逐艦も追い散らされた今、通常の砲撃戦での勝ち目は薄い。

 

 ならば接近しての雷撃戦に賭けるしかない。

 

 重巡である「ブリュッヒャー」は片舷8門、旗艦「グラーフ・シュペー」も片舷4門の魚雷発射が可能となっている。

 

 接近し雷撃戦に持ち込む事さえできれば、まだ勝機はあるはず。

 

「取り舵いっぱいッ!! 敵との距離を詰めろ!!」

 

 突き上げられる水柱に耐えながら、艦長の命令に従い、操舵手が舵輪を回す。

 

 暫く直進したのち、艦首を左に振る「グラーフ・シュペー」。

 

 敵艦隊との距離を詰め、魚雷の射点を確保するのだ。

 

 だが、

 

 後続する「ブリュッヒャー」が、回頭すべく艦首を左に振り始めた時だった。

 

 突如、排水量1万8000トンを誇る大型重巡洋艦の艦体に、無数の火花が舞った。

 

 それを契機として、次々と爆炎が「ブリュッヒャー」に襲い掛かる。

 

 中口径砲弾と思われる無数の砲弾が次々と着弾する。

 

 アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦は、艦体の大型化も相まって、戦艦に迫る防御力を獲得している。

 

 中口径砲程度では、装甲を破るほどのダメージを追う事はない。

 

 しかし無数に炸裂する砲弾は、艦上にあるあらゆる物を破壊していく。

 

 高角砲を叩き潰し、機銃を吹き飛ばし、射撃式装置を炎に包む。

 

 マストは叩き折られ、後部艦橋は直撃を受けて倒壊した。

 

 無論、「ブリュッヒャー」も反撃として、20.3センチ砲8門を、レーダーが探知した目標へと放つ。

 

 しかし、精度と、何より手数に差がありすぎる。

 

 「ブリュッヒャー」が一斉射当たり8発の砲弾を撃つのに対し、相手は明らかに10発以上の砲弾を送り込んできている。

 

 加えて、発射速度も相手の方が速い。

 

「『ブリュッヒャー』がッ!!」

 

 艦の制御に集中していたシュペーが、思わず声を上げる。

 

 全艦を炎に包まれた「ブリュッヒャー」は、それでも旗艦に追随すべく、回頭を続けている。

 

 艦体の至る所に直撃を示す穴が開き、そこから炎と煙が噴き出しているのが見える。

 

 甲板上に立ち込める煙で、艦の後部が見えなくなっていた。

 

 更に、そこへ、容赦ない直撃弾が見舞われる。

 

 艦中央に命中した1発は煙突を吹き飛ばし、艦首に命中した砲弾が大穴を穿つ。

 

 直撃を受けた個所は確実に破壊され、「ブリュッヒャー」の戦闘力を奪っていく。

 

「クソッ 反撃しろッ 前部砲塔射撃続行!!」

 

 「ブリュッヒャー」の惨状を見た司令官の命令に従い、「グラーフ・シュペー」の前部3門の主砲が撃ち放たれ、砲弾は霧の中に吸い込まれていく。

 

 固唾をのむ一同。

 

 ややあって、くぐもったような音と共に、彼方で爆炎が躍るのが見えた。

 

 「グラーフ・シュペー」の放った砲弾が、霧の中にいる敵艦に直撃したのだ。

 

「よし良いぞッ 畳みかけろ!!」

 

 歓喜と共に、指示を飛ばす司令官。

 

 しかし次の瞬間、

 

 艦の後方で、一際巨大な爆炎が躍った。

 

「なッ!?」

 

 誰もが唖然とする中、「ブリュッヒャー」が、大きく傾斜しているのが見える。

 

 艦隊は真っ二つに折れ、艦首と艦尾を高々と上げた、ちょうど「V」の形になっている。

 

 魚雷だった。

 

 敵艦の砲撃に対応するのに夢中になっていたドイツ側は、駆逐艦が側面から接近している事に気が付かなかったのだ。

 

 放たれた魚雷の内、2発が「ブリュッヒャー」の艦腹を直撃、それが運悪くC砲塔の弾薬庫を直撃し、内部に収められた砲弾と装薬を一斉に誘爆させたのだ。

 

 いかに防御力を誇る重巡洋艦といえど、自身の艦内から突き破られたのではひとたまりもなかった。

 

 沈降を始める艦体。

 

 「ブリュッヒャー」が、もはや助からないであろう事は明白だった。

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 茫然と呟く司令官。

 

 艦長も、

 

 そしてシュペーも、言葉も無く立ち尽くしている。

 

 その時、

 

 一瞬霧が晴れ、彼方にいる敵艦の姿が見えた。

 

 自分達の艦隊を、ほぼ一方的に蹂躙した敵。

 

 細く華奢な船体に、イギリス戦艦の特徴である箱型の艦橋。巨大な連装砲塔が、前部に2基、後部に2基、備えられている。

 

「あいつはッ!?」

 

 敵の正体がわかった瞬間、

 

 敵艦の主砲が火を噴く。

 

 「グラーフ・シュペー」を捉えた砲弾は、3発だった。

 

 

 

 

 

「敵装甲艦、完全に沈黙しました!!」

「ご苦労様。引き続き、警戒を厳にしてください」

 

 報告を受けた女性は、穏やかな口調で答えながら、まっすぐに眼差しを前方に向ける。

 

 視界の先、

 

 晴れた霧の中から現れた敵艦の姿は、思わず目を背けたくなる程無残なものだった。

 

 艦体はすでに大きく右舷側に傾斜し、甲板まで水が洗い始めている。

 

 最後まで射撃を続けた前部砲塔はつぶれた段ボール箱のように叩き潰され、砲身はあらぬ方向を向いている。

 

 艦橋は完全に吹き飛ばされ、影も形もなくなっていた。

 

 あれが、かつてその重武装ぶりから世界を驚愕させたドイッチュラント級装甲艦の慣れの果てかと思うと、敵艦とは言え哀れに思えてくる。

 

 風に吹かれる長い金髪をかき分けながら、今にも炎の中に沈む敵艦に哀悼を送る。

 

「残敵掃討も完了した。何隻かの敵艦は取り逃がしたが、こちらの損害は無し。パーフェクトゲームと言って差し支えないだろう」

 

 艦長の言葉に、振り返る女性。

 

「よくやった、ウォースパイト」

「ええ、艦長も、お疲れ様」

 

 そういってほほ笑む女性。

 

 クイーン・エリザベス級戦艦2番艦「ウォースパイト」。その艦娘たる女性である。

 

 「ウォースパイト」を含むクイーン・エリザベス級戦艦は、第1次世界大戦時に竣工し、ユトランド沖海戦にも参加している。

 

 基準排水量3万2000トン、全長196.8メートル、全幅27.6メートル、最高速度25ノット。

 

 主武装はR級戦艦と同じ、42口径38.1センチ砲連装4基8門だが、こちらは改装によって射程が延長され2万7000メートルある。

 

 攻防走3拍子揃った性能ぶりから、「初期高速戦艦の雛形」とも言われている。

 

 完成したのはクイーンエリザベス級の方がR級よりも先だが、その高性能ぶりが評価され、イギリス海軍の主力戦艦として位置づけられている。

 

 ネームシップである「クイーンエリザベス」を筆頭に、「ウォースパイト」「バーラム」「マレーヤ」「ヴァリアント」が建造されている。残念ながら「バーラム」はノルウェー沖海戦で沈められてしまったが、健在な4隻が、こうして任務に当たっていた。

 

 今回、「ウォースパイト」を主力としたイギリス艦隊はノルウェー沖に進出、ドイツ艦隊の輸送路攻撃を目的とした作戦を展開、その過程でナルヴィクからドイツ本国へ向かう「グラーフ・シュペー」以下の艦隊に遭遇、これに攻撃を加えたのだ。

 

 結果、霧を利用した奇襲が功を奏し、イギリス艦隊の一方的な勝利に終わった。

 

「それに、あの子たちも頑張ってくれたし」

 

 そう言って、ウォースパイトが視線を向けた先。

 

 そこには自信とともにドイツ艦隊を攻撃し「ブリュッヒャー」撃沈に大きく貢献した新鋭軽巡の姿があった。

 

 彼女が「ブリュッヒャー」を抑えてくれたおかげで、「ウォースパイト」は「グラーフ・シュペー」攻撃に専念できたのだ。

 

 視線を前方に移す、ウォースパイト。

 

 その口が、自然と紡がれる。

 

「バーラム・・・・・・・・・・・・」

 

 名を呼んだのは、彼女の妹。

 

 ウォースパイトの妹であるバーラムは今、ここから程遠からぬ海域に沈んでいる。

 

「この程度で、あなたの仇を撃てたとは思っていない。けど、今はまだ、これでがまんして」

 

 いずれドイツ海軍の艦艇は1隻残らず、海の藻屑にして見せる。

 

 それを果たしてこそ、散っていった妹の鎮魂になる。

 

 ウォースパイトは固い決意を、亡き妹へと誓うのだった。

 

 

 

 

 

 「ウォースパイト」の後方を航行する巡洋艦は、イギリス海軍が建造した最新のクラスで、サウサンプトン級と呼ばれている。

 

 サウサンプトン級軽巡洋艦は、日本海軍が建造した最上型軽巡洋艦(建造当初、最上型は軽巡だった)に対抗して計画、建造されたクラスである。

 

 カテゴリー的には軽巡洋艦に違いないが、その性能は軽巡の枠に収まる物ではなかった。

 

 基準排水量は1万トンを超え、重巡並みの船体を誇っている。

 

 主武装は50口径15.2センチ砲3連装4基12門、53.3センチ魚雷発射管3連装2基6門の重武装を誇る。

 

 主砲口径こそ小さいが、発射速度は毎分8発を誇り、発射弾量は条約型の重巡洋艦を上回るとされている。

 

 船体が大型なので当然、防御力も高い。

 

 まさに重巡洋艦並みの戦闘力を誇っている。

 

 イギリス海軍の巡洋艦は、伝統的に重巡よりも軽巡を重視する傾向がある。

 

 その為、軽巡洋艦でも、高い戦闘力を持たせてあるのだ。

 

 サウサンプトン級は更に細かく3群に分かれて建造されている。

 

 この艦は3群のエディンバラ級に属する2番艦にして、同クラスの末娘に当たる。

 

 軽巡洋艦「ベルファスト」。

 

 それが、この艦の名前だった。

 

 その「ベルファスト」の艦橋で、艦長であるリオン・ライフォードは、完全に敵艦が沈黙した事を確認し、戦闘態勢の解除を命じていた。

 

 彼は旗艦「ウォースパイト」に続行する形で砲撃を開始、エディンバラ級の特徴である速射能力を活かして重巡洋艦「ブリュッヒャー」に完封勝利を収めていた。

 

「ま、ざっとこんなもんよね。あたしたちに掛かればさ」

 

 リオンの傍らに立った少女は、そう言って笑みを浮かべる。

 

 純白の軍服にスカートをはき、短く切った髪の上に制帽を被った少女。

 

 軽巡洋艦「ベルファスト」の艦娘である。

 

 装甲艦1隻、巡洋艦2隻撃沈。

 

 イギリス艦隊に損害無し。

 

 開戦以来、ドイツ艦隊相手に一方的に敗北を重ねてきたイギリス海軍が初めて、ドイツ海軍相手に上げた勝利だった。

 

「ああ、よくやったよ、ベル」

「・・・・・・何か、リオンに真顔でほめられと、背中がかゆくなるんだけど」

「何でだよ?」

 

 失礼な物言いに口をとがらせるリオン。

 

 いったい何が不満だというのか。

 

 と、

 

「何てね、嘘嘘。ありがとう、リオン」

 

 そう言うとベルファストはクルッと回って笑みを見せる。

 

 そんな少女の微笑みに、苦笑するリオン。

 

 やがて旗艦「ウォースパイト」のマストに、反転の信号旗。

 

 元より、今回の作戦は、あくまでドイツ海軍の航路を脅かす事になる。

 

 できればドイツ海軍の橋頭保に突入して、艦砲射撃を仕掛けたいところだが、ノルウェーの拠点は全て、複雑に入り組んだフィヨルドの奥にある。

 

 フィヨルド内部は狭く、さらに曲がりくねって奥も深い為、まるで迷宮のような構造になっている。下手に艦隊を近付ければ、Uボートや魚雷艇と言った、小型艦艇の格好の標的になりかねない。

 

 今回の戦いで、ドイツ海軍に対して十分な打撃を与え得たと判断する。これでしばらく、ドイツ海軍はノルウェー航路を警戒せざるを得ない。作戦目的としては十分だった。

 

「さ、帰るぞ、ベル」

「うん。そうだね」

 

 頷きあう、リオンとベルファスト。

 

 やがて舵輪は回され、大型軽巡洋艦の艦体は、旗艦に続いて大きく旋回するのだった。

 

 

 

 

 

第13話「反撃のホワイトエンサイン」      終わり

 

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