蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第17話「射貫く視線の先」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げ惑う船舶に、背後から迫り、容赦なく砲火を浴びせる。

 

 直撃を浴びた船は爆発炎上。

 

 「運良く」至近弾になった船も、衝撃でバランスを崩し転覆する。

 

 イギリス沿岸部。

 

 テムズ川河口沖は、連合軍兵士達にとって地獄の釜と化していた。

 

 ドイツ軍迫るダンケルクの海岸から脱出し、ようやく見えてきたイギリスの大地。

 

 助かった。

 

 ここまでくれば大丈夫。

 

 もう安心だ。

 

 そう思っていた兵士が大半だった。

 

 まさかそこへ、

 

 まさにそこへ、

 

 2隻のドイツ巡洋戦艦が突入してくるなどとは、思いも寄らぬ事だっただろう。

 

 イギリス本国艦隊主力は、ダンケルク海岸防備の為、すぐに駆け付けられる状態には無い。

 

 イギリス海軍はまさに、戦力が手薄になる間隙を突かれた形だった。

 

 逃げる船団に突入したドイツ海軍第1戦闘群の「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は、主砲のみならず、副砲、高角砲、果ては機銃まで総動員して敵船を刈り取っていく。

 

 元々、イギリスが今回の作戦に投入した船は、民間から徴用した小型船が大半となっている。

 

 ならば、主砲よりも、連射の利く副砲、高角砲、機銃の方が効率よく攻撃できる。

 

「手を緩めないで!!」

 

 「シャルンホルスト」を操艦しながら、エアルは鋭く指示を飛ばす。

 

「ここで1隻でも多くの敵を沈める!!」

 

 非情に聞こえるかもしれない。

 

 無防備な、それも取るに足らない小型の艀を、仮にも排水量3万トンの戦艦が撃つなど、見ようによっては卑怯にも見える事だろう。

 

 だが、容赦する気はない。

 

 この小型船が積み込んでいるのは敵兵。

 

 ここで逃がせば、明日、撃たれるのは自分達になる。

 

 否、

 

 自分たちが撃たれるくらいならばまだ良い。

 

 その砲火が家族に、愛する者に向けられた時、自分達はどうする事も出来ない。

 

 ならば、狩り尽くす。

 

 ここで一兵でも多く、敵を叩くのだ。

 

「目標、左舷前方、敵輸送船!! 面舵いっぱい!! 全主砲、左砲戦用意!!」

 

 叫ぶエアル。

 

 小型船だけでなく、当然ながら大型船も作戦に参加していたらしい。

 

 そのうちの1隻が、「シャルンホルスト」の前で、無防備に横腹を晒しているのが見える。

 

 右に旋回する「シャルンホルスト」。

 

 同時にアントン(A)ブルーノ(B)ツェーザル(C)各砲塔が左舷方向に向く。

 

 艦橋頂部の測距儀が目標を補足する。

 

「撃てェッ!!」

 

 エアルの命令と共に、3連装3基9門の54.5口径28.3センチ砲が火を吹く。

 

 ごく至近距離。

 

 照準など必要ない。

 

 まさしく、「撃てば当たる」状態だ。

 

 放たれた砲弾は輸送船の舷側に命中。

 

 紙以下の装甲は一撃で突き破られ、砲弾は輸送船内部で命中。

 

 一瞬にして爆発炎上する。

 

 燃え盛りながら、輸送船はあっという間に波間に引きずり込まれていく。

 

 その炎を横目に見ながら、

 

「目標変更!!」

 

 エアルは更なる命令を飛ばす。

 

 グズグズしている時間は無い。

 

 この際、「速さ」こそ、最大の武器だった。

 

 チラッと、右舷側に目をやるエアル。

 

 僚艦「グナイゼナウ」も、全火砲を総動員して、敵船を攻撃している。

 

 2隻の巡洋戦艦は、圧倒的な怪物と化して連合軍を蹂躙していく。

 

 このまま敵が全滅するまで暴れる事が出来る。

 

 そう思っていた。

 

 だが、

 

 終局は唐突にやってきた。

 

「艦長、これを」

 

 砲戦の指揮を執るエアルの下へ、副長のヴァルター・リード少佐が駆け寄る。

 

 振り返るエアルに、ヴァルターは紙片を渡す。

 

 それは、ダンケルク攻撃中の空軍機からもたらされた報告だった。

 

 一読して、エアルは紙片をマルシャルに渡す。

 

「・・・・・・《だんけるく沖ニ展開中ノいぎりす艦隊ニ動キアリ。戦艦複数ヲ含ム艦隊、貴方ヘ向カウ》、か」

 

 険しい顔で頷くマルシャル。

 

 船団が攻撃を受けていると知れば、主力艦隊が反転してくる。

 

 初めから予想していたことだ。

 

 エアル達も、織り込み済みで作戦を行っている。

 

 問題なのは、

 

「早すぎる・・・・・・・・・・・・」

 

 攻撃開始から、まだ30分も経っていない。

 

 ドーヴァー海峡は狭い。戦闘艦艇の足なら、ダンケルクから1時間と掛からずにテムズ沖に到着できる。

 

 否、

 

 快速艦隊だけで先行すれば、更に早くなる。

 

 もし、敵の主力艦隊に捕捉されれば、単独行動中の第1戦闘群はひとたまりもない。

 

「・・・・・・これまでのようだな」

 

 どこかさばさばした調子でマルシャルは言った。

 

 元々、この作戦事態、エアルの発案から急遽決定、実行された物である。

 

 前提条件として、機動性を確保する事が第一であった為、第1戦闘群のみでの襲撃となったが、敵が主力を繰り出して来た以上、追い付かれる前に退却する事は大前提である。

 

 あくまで優勢の時のみ戦い、不利な場合は退却する。

 

 沈めば元も子もない。浮いていてこそ敵の脅威足りうるのだ。

 

 通商破壊戦の基本である。

 

「退き時も肝心だ」

「・・・・・・そうですね」

 

 諦念と共に、エアルは呟く。

 

 マルシャルの言葉は正しい。

 

 まずは生き残らない事には話にならない。

 

「シャル」

「うん、ボクはおにーさん達の決定に従うよ」

 

 艦の制御に集中しながら、頷くシャルンホルスト。

 

 その言葉を受けて、エアルは決断した。

 

「提督、退くには、まだ早いかと思います。今後の事も考え、もう少し、敵に損害を与えておくのも悪くないかと」

「あまり深追いしすぎれば、退避の時間が無くなるぞ?」

 

 釘を差すマルシャル。

 

 対して、エアルは不敵な笑みを向ける。

 

「大丈夫です。本艦の速力なら、大概の敵は振り切れます。仮に、巡洋艦以下の艦が追撃してきたとしても、蹴散らす事は十分可能です」

 

 危機的状況が迫りつつある中で、大胆不敵ともいえる発言。

 

 しかし、不可能だとはエアルは思っていない。

 

 これまで、ラプラタ沖、ノルウェー沖の両海戦で勝利した経験が自信につながっていた。

 

 無論、油断する気はないが、長く戦ってきた経験が、まだ退く時間ではないと告げていた。

 

「良いだろう」

 

 エアルの意を酌んで、マルシャルは時計を確認して頷く。

 

「30分だ。それだけの時間で攻撃を行い、その後、全速力で離脱する」

「ハッ」

 

 敬礼するエアル。

 

 同時に、シャルンホルスト達へと向き直る。

 

「攻撃続行ッ 30分以内に、可能な限りの敵船舶撃破を行う!!」

 

 エアルの命令を受け、砲撃を再開する「シャルンホルスト」。

 

 イギリス軍にとっての地獄は、尚も続く事となった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 やられた側が、事件の犯人をそのまま野放しにしておくつもりがあるかと言えば、

 

 無論の事、そんな筈は無かった。

 

 「テムズ沖にドイツ艦隊襲来。被害甚大」

 

 戦艦「ネルソン」に座乗する、ジャン・トーヴィ本国艦隊司令官は、報告を聞いて、仰天する。

 

 自分達は、敵がダンケルク沖に来ると思い、罠を張って待ち構えていた。

 

 しかし

 

 ドイツ艦隊は来なかった。

 

 代わりに、手薄になった本土沿岸地域に来襲し、必死の思いで脱出してきた味方の兵士たちを、片っ端から海に沈めているという。

 

 イギリス海軍は、完全に出し抜かれた形だった。

 

 しかし、

 

「彼等が、間に合ってくれれば良いんだが・・・・・・・・・・・・」

 

 祈るような気持ちで、トーヴィは呟く。

 

 既に、巡洋艦を中心とした艦隊を先行させ、船団救出に向かわせている。

 

 その中には、リオンが指揮する「ベルファスト」もいる。

 

 相手が巡洋戦艦なのでどこまで戦えるかは分からないが、それでも、敵巡戦の攻撃を妨害し、1人でも多くの味方を救出できれば、と思う。

 

 当然、その後から戦艦部隊も続行しているが、低速艦で構成されたイギリスの戦艦部隊では、追い付ける可能性は低いと言わざるを得ない。

 

 頼みはやはり、高速の巡洋艦部隊と言う事になる。

 

 しかし、巡洋艦部隊でも、テムズ沖に達するまでは1時間近い時間がかかる。

 

 それまでにドイツ巡洋戦艦がテムズ沖にとどまっているほど間抜けとも思えない。恐らくイギリス艦隊の来援を知れば退避にかかるだろう。

 

 つまり、彼らの動きを見落とした時点で、この戦いはイギリス側の負けなのだ。

 

 と、

 

「らしくないぞ、提督。もっと堂々とするんだ」

「ネルソン・・・・・・」

「大丈夫だ。何の問題もない」

 

 威風堂々、

 

 などと言う言葉を、見目麗しい女性に使うのは間違いなのかもしれない。

 

 しかし、そう呼びたくなる程、目の前の女性は豪放な印象がある。

 

 艦娘、と言うよりは、はるか昔に運用された私掠船(海賊)の船長のようだ。

 

 流れる金髪にすらりとした手足、質感のあるプロポーションは、まるでモデルのようだ。

 

 しかし、身の内より発せられる雰囲気は、間違いなく武人のそれであった。

 

 戦艦「ネルソン」の艦娘である。

 

 開戦初頭にUボートの雷撃によって損傷を受け、長らく戦線離脱していたが、ようやく修理が完了し、本作戦から復帰を果たしていた。

 

「巡洋艦達も、自分達だけでナチスの戦艦を止める事は難しいことくらい分かっているはずだ。ならば、指揮官は足止めに専念するはず。そうなれば、余達にも追い付ける機会はある」

「それは、そうだが・・・・・・」

 

 言い淀むトーヴィ。

 

 問題は、「ネルソン」以下の戦艦群が到着するまでに、巡洋艦部隊が持ちこたえられるかどうかである。

 

「大丈夫だ。信じろ。その為に、彼女達も出撃させたのだろう?」

 

 ネルソンの言うとおりだ。

 

 テムズ沖に向かっているのは、巡洋艦部隊だけではない。

 

 トーヴィはドイツ巡戦を足止めする為、手持ちのカード全てを投入したのだ。

 

 正に一発勝負の賭けに近い。

 

 これで外したら終わりだ。

 

「心配するな」

 

 トーヴィの肩を叩きながら、ネルソンは低い声で告げる。

 

「余も奴らに妹を沈められた。その下手人を逃がすつもりはない」

 

 ネルソンの妹であるロドネイは、ノルウェー沖海戦でドイツ艦隊に撃沈されている。

 

 大切な妹であり、同じビッグ7の同士とも言うべき存在だったロドネイ。

 

 ロドネイが、実力をろくに発揮する機会も与えられないまま沈められた。

 

 その知らせをドッグ内で聞いた時、ネルソンは人知れず号泣した。

 

 そのせいもあって、ネルソンの中で、ドイツ艦隊に対するこだわりは人一倍強いと言っても良い。

 

 だからこそ、ネルソンが憎しみに囚われているのだろうか。

 

 危惧は尽きない。

 

「ネルソン、熱くなるなよ」

 

 いさめるように声を掛けるトーヴィ。

 

 トーヴィとて、フォーブスやロドネイ以下、本国艦隊の将兵、艦娘を多数沈めたドイツ海軍は憎い。

 

 しかし、憎しみは目を曇らせ、冷静な判断力を奪い去る。

 

 冷静さを失って勝てるほど、戦争は甘いものではないのだ。

 

「心配するな、司令官」

 

 そんなトーヴィに、ネルソンは笑いかける。

 

「無論、ロドネイを沈めた対価は奴らに支払わせる。必ずな。しかし、それは妹の仇だから、と言うだけではない。余が戦うのはあくまで、多くの同胞を守り、祖国に勝利をもたらすためだ。それを忘れるつもりはない」

「そうか、なら良い」

 

 ネルソンの言葉に、頷くトーヴィ。

 

 ネルソンがそう言うなら、自分がこれ以上、とやかく言う事ではない。

 

 自分はただ、彼女と共に全力を尽くして仇敵ドイツ海軍撃滅の為、指揮に専念するだけの事だった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 文字通りの炎の海。

 

 それ以外の表現が無いほどに、テムズ沖は阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

 周囲には船の残骸が浮き沈みし、その周囲には投げ出された兵士たちがもがいている。

 

 船から出た油が海面に広がり、炎は海全体を燃やしている。

 

 そんな中、

 

 2隻のドイツ巡洋戦艦だけが、悠然と浮かんでいた。

 

 周囲に連合軍兵士が溺れ行く様を見ながら進む様子は、まるで地獄で在任を釜茹でにする獄卒のようだ。

 

「撃ち方やめッ」

 

 エアルの命令と共に、射撃をやめる「シャルンホルスト」。

 

 やがて、不吉な号砲鳴り響くテムズ沖に静寂が訪れる。

 

「どれくらい沈めたかな?」

「流石に、数えてないですからね。正確な数までは・・・・・・」

 

 問いかけるマルシャルに、エアルは苦笑しながら答える。

 

 イギリス軍があまりにも多数の小型船舶を動員した為、正確にどれくらいいたのか、把握する事は難しかった。

 

 しかし周囲一帯の敵が全滅する程度は沈めたのだ。これで、敵の兵力はかなり減ったのではないだろうか。

 

 以前の通商破壊戦の折には、余裕があれば敵船の乗組員を助ける行動をしていたエアルも、流石に今回は助けようとは思わない。

 

 ここは敵本土の目と鼻の先。

 

 下手をすれば、すぐに敵が現れてもおかしくはない。悠長に敵兵救助など、やっている暇は無かった。

 

「おにーさん、提督、早く逃げにないとやばいんじゃないの?」

「おっと、そうだな。艦長、反転だ」

「了解です。取り舵一杯!! 進路0―0―0!!」

 

 回頭して針路を北に向ける「シャルンホルスト。

 

 「グナイゼナウ」も又、続行するのが見えた。

 

 だが、

 

 刺客は既に、考えが及ばない場所から接近してきていた。

 

 2隻の巡洋戦艦が針路を北に向け終わり、戦場から離脱を図ろうとした時だった。

 

「左舷後方より敵機接近!! 数、約20!! こちらへ向かってきます!!」

 

 見張り員からの報告に、エアルはハッとした。

 

「なッ!?」

「敵機だって!?」

 

 声を上げるエアル達。

 

 自分達は確かに、敵を警戒していた。

 

 だからこそ、敵艦隊が来援する前に退却しようと決めていた。

 

 だが、

 

 敵が空から来るところまでは、予想外だった。

 

 だが、

 

「対空戦闘用意!!」

 

 エアルは素早く、思考を切り替えて叫ぶ。

 

 敵が空から来た。

 

 それは確かに予想外だった。

 

 しかし、致命的とは言えない。

 

 敵の攻撃が空から来るなら、それを振り切って逃げるまで。

 

 悩む必要も、混乱する必然も存在しない。

 

 ただ艦長として、やるべき事を修正するだけだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 戦線の遥か後方。

 

 ドーヴァー海峡の中間付近に、その艦はいた。

 

 平たい甲板を持つ、大型な艦影。

 

 海面から高い舷側が特徴的である。

 

 航空母艦「アークロイヤル」。

 

 基準排水量2万2000トン、エンクローズドバウを持つ、ややずんぐりした外観を持つ航空母艦だ。

 

 艦載機は70機搭載可能であり、その性能の高さゆえに、日本の蒼龍型、アメリカのヨークタウン級と並んで、「世界の3大傑作中型空母」などとも言われている。

 

 その飛行甲板に立ち、女性は攻撃隊が飛び立った北の空を見つめる。

 

 肩口で切りそろえた短い赤髪が特徴の、颯爽とした印象のある女だ。

 

 艦娘のアークロイヤルは、北の空をただ黙して見詰めている。

 

 空母は艦載機を戦場に運ぶまでが仕事。

 

 一度、攻撃隊を放ってしまえば、あとは無事に帰って来る事を祈る以外、する事が無い。

 

「皆、頼んだぞ」

 

 既に攻撃隊の姿が見えなくなった空に向かって、アークロイヤルはそっと呟いた。

 

 

 

 

 

 迫り来るイギリス軍の航空機。

 

 その姿を見た者は、十中の十まで唖然とするのではないだろうか?

 

 そのあまりの「前時代さ」に。

 

 世界は今や単葉、金属製の航空機が主流になっている。

 

 そんなご時世に、

 

 何と複葉布張り、しかも固定脚でコックピットのキャノピーカバーすら無いと来た。

 

 フェアリー・ソードフィッシュ。

 

 イギリス海軍が第1次世界大戦の頃から使い続けている艦上攻撃機である。

 

 見ての通り、

 

 否、

 

 見るまでもなく、かなり古い機体である。

 

 何と言うかもう、「飛んでいる」と言うより「浮かんでいる」と言った方が、印象に合致しそうである。

 

 その姿を見た瞬間、

 

 ドイツ巡戦の乗組員から失笑が上がったのは、無理からぬことなのかもしれない。

 

 おいおい、俺たちはいつの間にタイムスリップしたんだ?

 

 イギリス軍もとうとう、あんな博物館行きの機体しかなくなったのか?

 

 あんな骨董品を出してきて、いったい何がしたいんだ?

 

 だが、

 

「侮るな!!」

 

 叱責を上げたのは、司令官であるマルシャルだった。

 

「相手がいかに古くても、こちらを攻撃できる戦力を持っている以上、脅威である事に変わりはない!!」

 

 確かに、ソードフィッシュは古い機体である。その性能は各国が採用しているいかなる機体よりも性能が低い。

 

 しかしイギリス軍は、利点無くして使い続けている訳ではない。

 

 まず長年にわたって使い続けてきたおかげで、高い信頼性を得ている。

 

 整備も容易で高い稼働率を確保できる。

 

 イギリス軍のパイロットにとっては慣れ親しんだ機体である為、操縦に癖が感じられず扱いやすい。

 

 何より複葉機特有の、飛行時における高い安定性は好評である。

 

 さらに、ただ古いわけではない。

 

 エンジンは新型に換装されているし、さらにイギリス軍は最新の機載レーダーや通信機も搭載し、新時代に対応できる機体に仕上げていた。

 

 マルシャルの言う通り、ソードフィッシュは制空権を持たない第1戦闘群にとって、間違いなく脅威となる機体であった。

 

 マルシャルの一喝が利いたのか、将兵達は慌てて対空配置に着く。

 

 高角砲が砲身を上げ、機銃が上を向く。

 

 その間にソードフィッシュは、2隻の巡洋戦艦に対して有効な射点を得るべく、旋回しながら舷側に回り込もうとしている。

 

「ソードフィッシュ接近ッ 数、約10!! 本艦右舷より急速接近中!!」

「敵機多数、『グナイゼナウ』に向かう!!」

 

 今頃、「グナイゼナウ」においても、対空戦闘の準備が進められている事だろう。

 

 僚艦に目を向けるエアル。

 

 あの艦の艦橋で指揮を執る友人、そして艦娘に思いをはせる。

 

「頼んだよ・・・・・・オスカー、ゼナ」

 

 呟きながら、視線を接近してくるソードフィッシュへ向けなおすエアル。

 

 次の瞬間、

 

「敵機、急速接近!!」

 

 見張り員の報告。

 

 それを聞き、エアルは命令を発した。

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

 次の瞬間、

 

 「シャルンホルスト」の舷側に並んだ高角砲と機銃が、一斉に火を吹いた。

 

 「シャルンホルスト」には、65口径10.5センチ連装高角砲7基、38ミリ機銃連装8基、20ミリ機銃連装5基が搭載されている。

 

 高角砲の内、後部の1基は、左右両舷に撃てるため、片舷斉射は8門と言う事になる。

 

 それが、一斉に発射され、弾幕を形成する。

 

 対して、構わず突っ込んでくるソードフィッシュ。

 

 第一波の数は3機。

 

 複葉機ゆえの低速だが、しかし安定した動きで、「シャルンホルスト」の右舷側へと回り込んでくる。

 

 対して、

 

 エアルの反応も早かった。

 

「面舵いっぱいッ!!」

 

 命令は直ちに復唱され、操舵手が舵輪を回す。

 

 ややあって、右へと回頭を始める「シャルンホルスト」。

 

 既に機関は最高まで引き上げられ、最大戦速の31ノットに達している。

 

 、急激な右回転が加えられ、大きく傾きを見せるドイツ巡戦。

 

 その間にも、射撃を続ける高角砲と機銃。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・当たらないね」

 

 エアルは少し不満そうに呟く。

 

 正直、あんな低速の雷撃機くらい、すぐに撃墜できると思っていた。

 

 しかし蓋を開けてみれば、敵は軽やかな動きで対空砲火をかいくぐりながら「シャルンホルスト」へ迫るタイミングを計っている。

 

「敵機、さらに接近!!」

 

 見張り員の絶叫に、エアルは唇を噛みしめる。

 

 その間にも回頭する「シャルンホルスト」。

 

「敵機、魚雷投下しました!!」

「戻せッ 舵中央!!」

 

 程なく、直進へと戻る「シャルンホルスト」。

 

 魚雷が迫った場合、艦首を敵に向けるのはセオリーである。艦尾を向けた場合、魚雷が艦を追い越すまで直進を強いられることになるし、何より命中した場合、舵やスクリューを破壊されてしまう。

 

 艦首を向ければ、命中してもダメージは最小限で済む上、向かってくる魚雷とすれ違う形になる為、直進は短時間で済む。

 

 果たして、

 

 「ソードフィッシュ」が放った魚雷は、「シャルンホルスト」の両舷をすり抜けるようにして流れて行った。

 

 息付く間、

 

 は無い。

 

「左舷40度、高角30度より敵機接近!!」

 

 見張り員の絶叫に、再びエアルは緊張を走らせた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 「グナイゼナウ」にも、複数のソードフィッシュが来襲。

 

 一斉に魚雷を放つべく、海面を這うように迫って来ていた。

 

「成程、あの安定性・・・・・・布張りの複葉機と言うのも、なかなか侮れんな」

 

 既に「グナイゼナウ」が備えている両舷の対空砲が稼働を始めている。

 

「オスカー、両舷から来る!!」

「ああ、分かっているさ」

 

 グナイゼナウの声に、冷静にうなずきを返すオスカー。

 

「取り舵一杯ッ 機関最大!!」

 

 オスカーの指示の下、目いっぱい機関出力を上げる「グナイゼナウ」。

 

 そこへ、対空砲火を掻い潜ったソードフィッシュが迫る。

 

 魚雷投下態勢に入る複葉の雷撃機。

 

 対抗するように「グナイゼナウ」は、両舷の対空砲を撃ち上げながら左へ回頭。射点をずらしにかかる。

 

 そのうち、1機のソードフィッシュが、「グナイゼナウ」から放たれた高角砲弾の直撃を浴びて火球へと変じる。

 

 その隙に、回頭を終える「グナイゼナウ」。

 

 放たれた魚雷は、高速で駆け抜ける巡洋戦艦の艦体を捉える事は無い。

 

 ただ空しく、白い航跡のみを引いて海中に没していくだけだった。

 

 

 

 

 

 ドイツ巡洋戦艦2隻は、対空戦闘を行いながらも、進路を徐々に北へと向けつつある。

 

 ソードフィッシュ隊は必死に攻撃を仕掛けてはいるが、2隻の動きを正中するには至っていない。

 

 元々、「アークロイヤル」1隻から発艦したソードフィッシュの数は、それほど多くない。

 

 その事が幸いし、「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は、一本も魚雷を食らう事無く、健在な姿を海上に留めている。

 

 エアルは迫るソードフィッシュを睨みながら、計算する。

 

 あと1回、

 

 目の前の攻撃を切り抜ける事が出来れば離脱できる。

 

 「シャルンホルスト」の右舷側から、対空砲火を掻い潜りつつ向かってくるソードフィッシュ。

 

 数は2機。

 

 前時代的な複葉機のシルエットが、視界の中で徐々に大きくなる。

 

 既に「シャルンホルスト」は面舵を切り、右への回頭を始めている。

 

 このままいけば回避できる。

 

 そう、思った時だった。

 

「左舷前方ッ 敵機!!」

「何ッ!?」

 

 見張り員からの報告に、思わず声を上げるエアル。

 

 今、正に、「シャルンホルスト」は正面から迫る敵機に対する回避行動を終えようとしているところである。

 

 魚雷が正面から迫っている以上、左右どちらにも舵は切れない。

 

 そこへきて、今度は左からもソードフィッシュが迫ってきている。

 

 数は、またしても2機。

 

 恐らく今まで攻撃に加わらず、こちらが隙を見せるタイミングを計っていたのだ。

 

 そして回避行動に入った「シャルンホルスト」の動きを見極め、攻撃態勢に入ったのだ。

 

 いわば、「シャルンホルスト」は、包囲網の中に追い込まれた形である。

 

 マイクを引っ掴むエアル。

 

「左舷、弾幕ッ 何としても撃ち落として!!」

 

 既に回避は不可能。

 

 後は、対空砲に期待するしかない。

 

 その間に、正面から来た魚雷は回避。

 

 後は、左舷から迫る2機のみ。

 

 10.5センチ高角砲、38ミリ機銃、20ミリ機銃がソードフィッシュの接近を阻止すべく、盛んに砲火を打ち上げる。

 

 その砲火に絡めとられ、1機のソードフィッシュが海面に突っ込んだ。

 

 だが、最後の1機は構わず突っ込んでくる。

 

 間も無く、魚雷が投下される。

 

 タイミング的に、回避は間に合いそうにない。

 

 ダメ、か。

 

 エアルが覚悟を決めて身を強張らせた。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥か天空から、1機の戦闘機が猛禽の如く舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やらせるか、よッ!!」

 

 メッサーシュミットを操るクロウは、海面近くで急激に機体を引き起こすとソードフィッシュの背後へと回り込む。

 

 突然の奇襲に気付き、退避行動をとろうとするソードフィッシュ。

 

 だが、

 

「逃がすかッ!!」

 

 追いすがるクロウのメッサーシュミット。

 

 照準器の中に複葉機を捉えると、機銃を一連射。

 

 直撃を食らったソードフィッシュは、耐える事が出来ずに炎を上げて海面に突っ込んだ。

 

 同時にクロウは、操縦桿を引いて機体を上昇させる。

 

 安全高度に上昇すると、そのまま「シャルンホルスト」の上空で機体を旋回させた。

 

 眼下に、ドイツ巡洋戦艦の優美な艦影を望む。

 

「あれが、『シャルンホルスト』・・・・・・兄貴の船、か」

 

 感慨と共に、呟きを漏らすクロウ。

 

 海軍がテムズ沖で連合軍を襲撃しているとの情報を得た現地の空軍司令部は、独断でこれを支援する作戦を実行。

 

 クロウも志願して、この任務に当たったのだ。

 

 そこでまさか、「シャルンホルスト」を助ける事になるとは思ってもみなかった。

 

 ふと、艦橋に目を向けると、こちらを見上げる人物がいる事に気が付いた。

 

 

 

 

 

 「シャルンホルスト」艦橋に立つエアル。

 

 その視界にも、自分達を助けてくれたメッサーシュミットが映っていた。

 

 危ないところを助けてくれた機体だ。

 

 あの機体が来るのがあと数秒遅ければ、「シャルンホルスト」は魚雷を食らっていた事だろう。

 

 無論、巡洋戦艦である「シャルンホルスト」は、魚雷1発程度で沈む事は無いが、浸水すれば速力の低下は免れない。そうなれば、猛追してくる敵主力艦隊から逃れる事は不可能になる。

 

 それにしても、

 

 上空を旋回するメッサーシュミットを見て、エアルは呟いた。

 

「・・・・・・・・・・・・クロウ?」

 

 確証があったわけではない。

 

 しかし、何となくだが分かった。

 

 自分を助けてくれたのが、弟である。

 

 パイロットと目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありがとう、助かったよ。

 何、兄貴の為ならこれくらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、アレイザー兄弟はともに笑みを向けあった。

 

 やがて、メッサーシュミットは反転し、東の空へと去っていく。

 

 その後ろ姿を、黙って見つめるエアル。

 

「おにーさん・・・・・・」

 

 空を見上げるエアルに、シャルンホルストが声を掛ける。

 

「今の、攻撃で最後だったみたい。残った敵は、空軍が追い払ってくれたって」

「そう。分かった」

 

 危うい所を、弟が助けに来てくれた。

 

 その事を考えるだけで、エアルは胸が熱くなる想いだった。

 

 と、

 

 エアルはシャルンホルストを見て、何かに気が付く。

 

 頬が赤く紅潮し、息も上がっているように見える。

 

「シャル」

 

 声を掛けながら、手袋を脱ぐと、手のひらをそっと少女の額に沿えた。

 

「あ・・・・・・」

 

 シャルンホルストが何か言う前に、エアルの掌に少女の体温が伝わってくる。

 

「・・・・・・熱があるね」

 

 戦闘直後で、どうやら少し体調を崩したらしい。

 

 このままだと、またノルウェー沖の時みたいに倒れてしまうかもしれない。

 

「おにーさん、ボクは大丈夫だよ。これくらい・・・・・・」

 

 強がろうとするシャルンホルストだが、明らかに足元がおぼついていない。

 

 笑みを浮かべるエアル。

 

「大丈夫だよ」

「お、おにーさん?」

 

 少し強引に、シャルンホルストを席に座らせるエアル。

 

 見上げる少女に笑いかける。

 

「あとは逃げるだけだから。シャルは休んでて」

「あの、艦長・・・・・・言い方、もう少し考えてください」

 

 ヴァルターが控えめにツッコミを入れる。

 

 確かに事実には違いないが、ここは「退避」とか「離脱」とかの言葉を使うのが正解だろう。

 

「大丈夫だから、ね」

「う、うん」

 

 ほんのり顔を赤くして、頷くシャルンホルスト。

 

 まあ、確かに少し調子は悪いが、艦橋にいて艦の制御に専念するくらいは支障ないだろう。

 

 戦場を離れるまでは頑張ろう。

 

 そう思った。

 

 その時だった。

 

「方位1―2―0に、接近する艦影あり!!」

 

 見張り員の絶叫が響く。

 

 とっさに双眼鏡を掴み、艦橋の窓へと駆け寄るエアル。

 

「イギリス艦隊です!!」

 

 報告の通り。

 

 双眼鏡のレンズの先では、ホワイトエンサインを靡かせて迫る、イギリス艦隊の姿があった。

 

 

 

 

 

 イギリス海軍の巡洋艦部隊がテムズ沖に到着した時、既に戦闘は終結していた。

 

 上空には航空機の姿はなく、視界を埋め尽くすのは炎と船の残骸。

 

 そして、

 

 炎の壁の向こう側に、悠然とした姿で戦場を去っていく、2隻の巡洋戦艦の姿があった。

 

 まるで悪魔の如く、味方を食らい尽くしたドイツ巡戦は、リオン達の視界の先で悠然と戦場を離脱しようとしていた。

 

「リオン、すぐに追撃よッ!!」

 

 いきり立った様子でベルファストが告げる。

 

 目の前の惨状に、怒りを隠せない様子の彼女。

 

 無理もない。

 

 抵抗できない味方を一方的に刈られたのだ。怒りが湧かないはずがない。

 

 だが、

 

 リオンは冷静に首を振った。

 

「ダメだ」

「何でよッ!? みんなの仇なのに!?」

 

 勢い込んで詰め寄るベルファスト。

 

 対して、

 

 リオンはまっすぐに指を差して言った。

 

「まずは溺者救助が優先だ。生きている味方を1人でも多く救わないと」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、ベルファストはハッとする。

 

 今も目の前では、辛うじて生き残った兵士たちが波間に飲まれてもがいている。

 

 必死の思いでダンケルクを脱出してきたのに、祖国を目の前にして海に沈むなど、無念すぎるだろう。

 

 今、彼等を救えるのは自分達しかいないのだ。

 

 ベルファストもまた、その事に気が付き矛を収める。

 

「ごめん・・・・・・・そうだね」

「良いさ。奴等とは、必ずまた戦う機会がある。その時こそ、徹底的にやろう」

 

 ベルファストの頭をなでて慰めるリオン。

 

 しかし、

 

 その双眸は尚も、去っていくシャルンホルスト級巡洋戦艦を睨み据える。

 

 視界の先を行く、ドイツ巡洋戦艦の優美なシルエット。

 

 その姿を、脳裏へと焼き付けるリオン。

 

 今回はお前たちの勝ちだ。それは認めよう。

 

 だが、いつか必ず、

 

 今日と言う日の代償を支払わせる。

 

 お前たちを2隻とも、海底に送り込む。

 

 そう、心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 「シャルンホルスト」艦橋のエアルも又、イギリス巡洋艦を見つめていた。

 

「どうやら、追撃してくるつもりはないみたいです」

「ああ、連中からすれば、海に落ちた兵士を救う方が優先だろうからな」

 

 エアルの報告を聞き、マルシャルも頷きを返す。

 

 航空機で第1戦闘群を足止めし、その艦に巡洋艦が追い付いて拘束、最後に戦艦がトドメを刺す。それが、イギリス艦隊の計画だったのだろう。

 

 しかし、第1段階の航空攻撃が不首尾で終わった時点で、彼らの計画は頓挫してしまったのだ。

 

 恐らく、これ以上の追撃は無いとみて間違いはない。

 

 しかし、

 

 エアルはイギリス艦隊先頭に位置する巡洋艦を睨む。

 

 恐らくサウサンプトン級の最新鋭軽巡と思われる巡洋艦は、尚もこちらに殺気めいた砲塔を向けているのが見えた。

 

 今回は、たまたま襲撃がうまくいった。

 

 しかし、一歩間違えれば捕捉され、砲火を交える事にもなっていただろう。

 

 常に強気に出て来る敵がいる以上、今後も自分達が勝ち続けられ保証は、どこにもない。

 

 明日、沈められるのは自分達かもしれないのだ。

 

 だが、

 

「負ける気は、ないよ」

 

 誰に聞かせるでもなく、エアルはそっと呟くのだった。

 

 

 

 

 

 巡洋戦艦「シャルンホルスト」と、軽巡洋艦「ベルファスト」。

 

 両艦の艦橋に立つ、エアル・アレイザーと、リオン・ライフォード。

 

 互いの顔は勿論、見る事はかなわない。

 

 しかし、

 

 その一瞬、

 

 互いの視線は、確かにぶつかり合った。

 

 エアルとリオン。

 

 この後、幾度となく激突する事になる、両者。

 

 しかしこの時はまだ、砲火を交える事無く、互いに背を向けるのだった。

 

 

 

 

 

第17話「射貫く視線の先」      終わり

 

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