蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第19話「朱に交わらぬ黒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死んだ者を悼み、冥福を祈る文化と言う物は、如何なる国、如何なる民族においても、形を変えて存在している。

 

 大切な人が、来世においても幸せであるよう、今生において祈りを捧げ、神に祈ることは、世界共通の物であった。

 

 墓石を前に立つ、3人の男女。

 

 正面に立った少女が代表するように、手にした花束をそっと置いた。

 

 それに合わせて全員が黙祷を捧げる。

 

 これは言わば、儀式だ。

 

 墓の下に、故人の遺体は無い。

 

 その遺体は、遠き異郷の地の水底に沈んだままである。

 

 しかしそれでも、

 

 亡くなった、愛する人への哀悼を捧げる。

 

 その行為は、ただそれだけで神聖であると言えた。

 

 墓石に刻まれた文字。

 

『 ~ テア・アレイザー ~ 』

 

 そこには、そう書かれていた。

 

 エアル・アレイザーとクロウ・アレイザー。

 

 共にドイツ軍に所属する、故人の息子たちは、亡き母への祈りをささげる。

 

 そしてもう1人。

 

 淡い色の髪をショートに切りそろえた少女が2人と並んで祈りをささげる。

 

 やがて、目を開くエアル。

 

「ここのところ、出撃ばかりでどうなるかと思ったけど、どうにか母さんの命日に間に合って良かったよ」

「俺もちょっとやばかったかな、どうにか休暇取れたから良かったけどさ」

 

 肩をすくめるクロウに、笑いかけるエアル。

 

 今日は6月21日。

 

 この日は第1次世界大戦終結の後、スカパフロー軍港に抑留されていたドイツ艦隊が一斉自沈した日である。

 

 つまり、アレイザー兄妹にとっては、母の命日に当たると言う訳だ。

 

 この日に合わせ、エアルとクロウは、それぞれ休暇を申請。それが通り、こうして久しぶりに兄妹が顔を合わせる事が出来ていた。

 

 弟に笑みを見せるエアル。

 

 次いで、視線は少女の方に向けた。

 

「サイアは悪かったね。仕事、忙しかったんじゃない?」

 

 問いかけるエアルに対し、

 

 少女、

 

 サイア・アレイザー。

 

 エアルの妹であり、クロウとは双子の兄妹に当たる。

 

 彼女も今日、2人の兄に合わせて休暇を取っていた。

 

「まあ、ね。けど、あたしは兄さん達と違って、陸上勤務だし」

 

 そう言って、少女は肩をすくめた。

 

 軍の技術開発研究所に勤めるサイア。

 

 この若さで、既にいくつかのプロジェクトを任されている才媛である。

 

 今も、軍の要求仕様を満たす兵器の開発に携わっているという。中には、海軍に納品される兵器もあるのだとか。

 

 海軍のエアル、空軍のクロウ、技術部のサイア。

 

 ジャンルは違えど、アレイザー家の3兄妹は皆、何かに導かれるように、軍に携わる仕事についていた。

 

 生きる世界そのものが違うと言ってもいい3人が、戦時下でこうして顔を合わせる事が出来たのは、正直なところ僥倖に近い物がある。

 

 やはり対フランス戦でドイツ軍が勝利したことが大きい。これで万が一負けでもしたら、墓参りどころではなかっただろう。

 

「でもさ」

 

 サイアが、どこか寂しさを滲ませるような声で言った。

 

「お母さんの事、わたし何にも覚えていなんだよね」

「そりゃ、俺もだって。けど、仕方ないだろ」

 

 呆れ気味に答えたのはクロウである。

 

 そうなのだ。

 

 テアが死んだとき、クロウもサイアも、まだ生後1年ほどしか経っておらず、物心もついていない時期だった。

 

 その後、写真を見てテアの顔は知っているが、母の記憶は2人にはほとんど無かった。

 

 唯一、この中ではエアルだけが、僅かな期間だが、母と過ごした記憶を持っている事になる。

 

 その事が少し、エアルにとっては後ろめたく感じる時もあった。

 

 自分だけが母の事を知っている。

 

 その事が、弟や妹に対し、申し訳ないと思えるのだった。

 

 2人に気付かれないように嘆息しながら、エアルは話題を変えた。

 

「そういえばクロウ、この間は助かったよ」

「はは、やっぱ兄貴には気付かれてたか」

 

 笑みを浮かべるクロウ。

 

 先のテムズ沖海戦の折、クロウの駆るメッサーシュミットが、間一髪のところでエアルの「シャルンホルスト」を救う場面があった。

 

 もし、あの時、クロウの援護が無ければ、エアルは今日、この場に来れなかったかもしれない。

 

「兄貴の為なら、いくらでも体張ってやるって」

「頼りにしてるよ」

 

 言いながら、拳を打ち付ける、エアルとクロウ。

 

 そんな兄たちの様子を、サイアが微笑ましそうに眺めている。

 

「わたしも、今度から、兄さんのところでお世話になることになったから、よろしくね」

「お世話になるのはこっちだよ。それより、サイアは本当に、あれで良かったの?」

 

 心配そうに尋ねるエアル。

 

 妹の今後について、兄として一抹の不安を感じずにはいられないエアル。

 

 しかし、それでもサイアの存在は、彼にとってありがたくもあるのだが。

 

 対して、サイアは微笑を口元に浮かべながら首を振る。

 

「マルシャル大将から話は聞いてるし、それに、兄さんが困ってるなら、力になりたいの」

「サイア・・・・・・」

「それに、わたしの技術が少しでも役に立つなら、それに越したことないし」

 

 妹の言葉に、苦笑するエアル。

 

 先に解任されたマルシャルだったが、今後の事を鑑みていくつか手を打って行ってくれた。

 

 そのうちの一つが、サイアと言う訳だ。

 

 彼女の存在が、どれほどの物か、エアルにとっては未知数である。

 

 しかし、それでも妹が支えてくれるとなれば心強かった。

 

「そういえば・・・・・・・・・・・・」

 

 そこでふと、サイアが思いついたように口を開いた。

 

「今年も来なかったね、お父さん」

「やめろよ」

 

 少しうんざりしたようにクロウが言った。

 

 少年の顔には、あからさまな嫌悪感が浮かべられていた。

 

「あいつの話なんかすんなよ」

「けど・・・・・・」

「どうせあいつは、どうでもいいと思ってるんだろうよ。俺たちの事、母さんの事もさ」

 

 そう言うと、スタスタと先に歩き出すクロウ。

 

 そんな様子を、エアルとサイアは嘆息気味に見つめるのだった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 1940年も間もなく7月に入ろうと言う頃、欧州戦線は再び、一時の静けさを取り戻していた。

 

 フランスを降伏に追い込んだ事で、ドイツ軍は進軍を中止した。

 

 当初の目的を果たした為、これ以上の進軍は必要ない。

 

 それよりも連合軍との戦いで負ったダメージを回復し、次の戦いに備える必要がある。

 

 言わばドイツ軍全体が、休養期間に入ったと言って良いだろう。

 

 代わって戦いの場は、火花の散らない戦場へと移行する。

 

 すなわち、政治と外交による戦いだ。

 

 連合軍の最有力の一角だったフランスが降伏した事で、連合軍の主力を構成する国は事実上、イギリス一国となった。

 

 イギリスのみでドイツの勢いを止めることは不可能。しかも現在、イギリスはダンケルクから着の身着のまま撤退して来た30万の兵士を抱え、それらを食わせる事にも精いっぱいな様子。

 

 イギリスが頼みにしているアメリカも、沈黙を保ったまま参戦する気配を見せない。

 

 つまり、イギリスは今、かなりの窮状に追い込まれている。

 

 ここで、こちらの条件を突き付けて講和を迫れば、応じてくる可能性は高いとヒトラーは判断したのだ。

 

 本音を言えば、ヒトラーもこれ以上の戦争継続は望んではいなかった。

 

 フランスを倒したとはいえ、ドイツ軍の兵站状況はかなり厳しいところまで追い込まれていた。

 

 急激な進軍に、補給線は伸び切り、攻勢の限界を迎えつつあったのだ。

 

 もし、

 

 マジノ線に展開したフランス軍主力がなりふり構わず反転し、ダンケルクの連合軍と共に、A軍集団を挟撃していたら、

 

 あるいは壊滅していたのはドイツ軍の方だったかもしれない。

 

 だからこそ、ここで戦争をやめる必要がある。

 

 これが言わば最後のチャンス。

 

 今ここでやめなければ、戦争は際限なく拡大していきかねない。

 

 ただちにヒトラーの命を受けた全権代表が、中立国経由でイギリスに講和の打診を行う。

 

 ドイツ側の要求はシンプルだった。

 

 戦争開始から今日まで、獲得した領土の領有権認知。そして、第1次大戦によって奪われた領土の返還。

 

 それさえ認めるならば、これ以上の戦闘行動を停止する用意がある。

 

 ドイツ側の意思は、しっかりとイギリス側へと伝わった。後は、その回答を待つのみ。

 

 だが、

 

 当のイギリスはと言えば、ドイツ側の要求に対し、不気味な沈黙を保ち続けるのだった。

 

 

 

 

 

 少女は不機嫌だった。

 

 その理由については諸説ある。

 

 例えば、朝、気持ちよく眠っていたかと思ったら、どこかの艦で早朝に奇襲訓練なんぞ始めた為、その轟音でたたき起こされた事とか。

 

 例えば、今日は朝食に、好物の卵焼きが出なかった事とか。

 

 例えば、遊びに行こうと思ったのに、今日は終日雨の天気予報だった事とか。

 

 だが、それらの事は、少女にとって些細な事にすぎない。

 

 多分。

 

「つまんない・・・・・・・・・・・・」

 

 シャルンホルストは自室のベッドに寝ころびながら、ぽつりとつぶやいた。

 

 今日はオフの日。

 

 本来ならグナイゼナウあたりを誘って遊びに行きたい所なのが、生憎の雨でそれもかなわない。

 

 前回の出撃前、エアルに買ってもらったネコのぬいぐるみをそっと抱きしめる。

 

 分かっている。

 

 自分がなぜ、退屈を感じているかは。

 

 エアルがいない。

 

 エアルは今、休暇を取り故郷へ帰省しているのだ。

 

 何でも、お母さんの、お墓参りだとか。

 

 エアルの母親が、既に他界していた事自体、シャルンホルストは聞いていなかった。

 

 水臭い、と思う。

 

 それくらい、教えてくれても良いだろうに。

 

 だが、

 

 そこでふと、自分とエアルの関係性について考えてしまう。

 

 エアルとシャルンホルスト。

 

 まあ、単純に関係性を考えれば、艦長と艦娘と言う事になる。

 

 もう少し突っ込めば、友達だろうか?

 

 だが、

 

 最近、そんな答えでは満足していない自分がいるのを、シャルンホルストは感じていた。

 

 エアルの事を考えれば、どうしても胸のあたりがざわついてしまう。

 

 その正体が何なのか、巡戦少女はまだ分からない。

 

 自分は、エアルをどうしたいのか?

 

 あるいは、どうなりたいのか?

 

 その問いかけは、暗い迷宮の中を彷徨うように、先を見通す事は出来ない。

 

 嘆息するシャルンホルスト。

 

「こんなんでボク、どうするんだろう?」

 

 軍には定期的な人事異動と言う物がある。

 

 エアルとて、いつまでも「シャルンホルスト」の艦長でいられる訳ではない。いつかは艦を降りる時が来る。

 

 それに、うまくいけば戦争は終わる。そうなれば、エアルのように活躍した艦長は中央への栄転もあるだろう。

 

 そうなれば当然、シャルンホルストとは離れ離れになる事になる。

 

「・・・・・・・・・・・・おにーさん」

 

 呟くシャルンホルスト。

 

 寂しさを紛らわせるように、腕の中のぬいぐるみをギュッと抱きしめた。

 

 ちょうど、その時だった。

 

 ドアがノックされ、シャルンホルストはベッドの上で跳ね起きた。

 

「あ、はい。どうぞ、開いてるよ」

「失礼します」

 

 入ってきたのは、当直士官の1人だった。

 

 何やら緊張した面持ちで、シャルンホルストに敬礼する。

 

「失礼します、シャル。少し良いですか?」

「良いけど、どしたの?」

「実は・・・・・・急な来客がありまして」

「お客さん?」

 

 わざわざ軍艦である「シャルンホルスト」に来たと言う事は、軍関係者なのだろう。

 

 通常であれば、艦長や副長など、立場ある人間が対応する物であるが。

 

 しかしエアルは私用で艦を離れている。

 

「ヴァルターはどうしたの?」

「それが、副長も司令部の方に出向いていて・・・・・・」

 

 つまり今、「シャルンホルスト」は、トップ2人が不在と言う事である。

 

 まあ、軍艦と言う物は序列がしっかりしているから、艦長、副長不在の状況でも、次席の階級の人間が指揮を執ることになるので、大きな問題にはならない。

 

 問題は、今回のように、急な来訪者があった時の事だ。

 

「判った、じゃあ、ボクが出るよ」

「すみません」

「良いって良いって。誰もいないんじゃ、仕方ないよ」

 

 艦娘も又、艦内では上位者の位置づけにある。何しろ、艦その物なのだから。

 

 よってこの場合、シャルンホルストが対応に当たることについて、何の問題も無かった。

 

 

 

 

 

 

 身支度を整え、会議室へと入るシャルンホルスト。

 

 相手は階級が高い人物であると聞いていたので、念入りに身だしなみを整えている。

 

 相手が上級者である以上、ちょっとした見た目も艦の査定に関わる場合があるのだ。

 

「失礼します」

 

 部屋に入ると、踵を揃えて敬礼するシャルンホルスト。

 

 艦娘は、生まれた時からある程度の知識は備わっている。

 

 普段からアグレッシブな言動が多く、エアルやマルシャルにもフランクなシャルンホルストだが、相手がより上級者である以上、失礼にならない程度の礼を尽くす事くらいできる。

 

 視線を向けるシャルンホルスト。

 

 対して、

 

 相手も立ち上がって敬礼する。

 

「うむ。艦長不在の中、急な来艦となり、申し訳ない」

 

 その相手を見た瞬間、

 

「う・・・・・・・・・・・・」

 

 思わずシャルンホルストは圧倒されそうになり、言葉を詰まらせた。

 

 怖い。

 

 いや、別に殺されそうとか、ごつくて怖いとか、そう言うわけではない。

 

 ただ、

 

 目の前の人物が発する雰囲気が、ひたすらに怖いと感じた。

 

 その怜悧とも言える視線で見詰められただけで、魂を鷲掴みにでもされたような感覚に襲われる。

 

 蛇に睨まれたカエル、とは正にこんな感じなのだろう。

 

「あの・・・・・・」

「ああ、すまない」

 

 そんなシャルンホルストの様子を見て、男は居住まいを正した。

 

「申し遅れた。私は・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 エアルが「シャルンホルスト」に戻ったのは、その日の夜の事だった。

 

 タラップを上がり、当直の兵士に挨拶をすると、その足で艦内へ。

 

 その足は、どこか浮き立つように軽い。

 

 脳裏には、艦娘の少女の姿が映し出されていた。

 

「シャル、まだ起きてるかな? お土産とか買ってきたんだけど」

 

 少し遅い時間の帰艦となってしまった。もしかしたら、巡戦少女はもう、寝ているかもしれない。

 

 それならそれで、明日渡せばいい。

 

 楽しみが少し伸びるだけの事だ。

 

 そう思った時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 足を止める。

 

 艦内に入るとすぐに、空気がいつもと違う事に気が付いた。

 

 何と言うか、空気が張り詰めている。

 

 どこか冷気すら漂っているように思えた。

 

 戦艦とは言え、こんな緊張感はあり得ない。

 

 まるで戦闘中のようではないか。

 

 と、

 

「艦長」

 

 エアルの姿を見るなり、駆け寄ってきたのは、副長のヴァルターだった。

 

「副長、どうしたんですか? これはいったい・・・・・・・・・・・・」

「それが・・・・・・・・・・・・」

 

 言葉を濁らせるヴァルター。

 

 そして話を聞いた瞬間、

 

 エアルは自分の荷物を放り出して駆け出した。

 

 それを拾い、慌てて追いかけるヴァルター。

 

 駆け込んだのは、会議室。

 

 その中にいたのは、巡戦少女の姿だ。

 

「シャルっ」

「お、おにーさんッ」

 

 エアルの姿を見るなり、シャルンホルストはホッとしたような表情を作る。

 

 駆け寄る少女を、いたわるように抱き留めるエアル。

 

 次いで、

 

 エアルは対面に座る人物へと視線を移す。

 

 対して、相手もエアルに気付いたのだろう。顔を上げて立ち上がる。

 

「久しぶりだな。1年・・・・・・いや、2年ぶりか?」

「3年ぶりだよ」

 

 相手の言葉を訂正し、続ける。

 

「久しぶり・・・・・・・・・・・・父さん」

 

 告げられて、

 

 ウォルフ・アレイザーは、睨みつけるような視線を、エアルへと向けた。

 

 

 

 

 

第19話「朱に交わらぬ黒」      終わり

 

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