蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第21話「鷲の日」

 

 

 

 

 

 

 

 ドイツ帝国総統官邸。

 

 その中にある会議室は今、緊張に張り詰めていた。

 

 会議用テーブルの端。

 

 閣僚一同が視線を向ける先で、ドイツ第3帝国最高権力者である、総統アドルフ・ヒトラーが、手にした書簡を眺めていた。

 

 内容は、先に大英帝国に対して発した、和平案の回答。

 

 ヒトラーとしては、現実的な方向性で和平案を示したつもりだった。

 

 しかし、

 

 居並ぶ一同が緊張した面持ちを向ける中、ヒトラーは無言のまま書簡を睨み続けている。

 

 良い内容ではない。

 

 居並ぶ幕僚と共に、ヒトラーの言葉を待つウォルフにも、その事は感じられていた。

 

 ややあって、顔を上げるヒトラー。

 

「・・・・・・・・・・・・これが、奴らの答、と言う訳か」

 

 怒りを滲ませたヒトラーの声が、会議室の中を締め上げる。

 

 慌てて、傍らに座っていたヘルムート・ゲーリング国家元帥が、ヒトラーから書簡を受け取って一読する。

 

 ドイツからの和平案は「ドイツが第1次大戦で奪われた海外領土の返還」「ドイツが開戦からこれまでに得た占領地の恒常的な領有」のみだった。

 

 戦勝国側の要求としては、現実的である。むしろ、賠償金請求や軍備縮小を要求しないだけ良心的ですらある。

 

 しかし、

 

 書簡を一読したゲーリングは、その大柄な体を身震いさせた。

 

「・・・・・・・・・・・・イギリスは、ドイツ側の要求を認めず。以下の事を要求する。

 

1、 ドイツは開戦から今日までに得た領土を、即時返還する事。

2、 戦災を蒙った各国に対し、ドイツは復興の為の資金提供を行う事。

3、 ドイツは連合国監視の下、軍備の縮小を行う事。縮小の内容については、後日、改めて協議する。

4、 以上の条件を持って、イギリスはドイツと停戦する用意がある。

 

ですと・・・・・・」

 

 絶句。

 

 と言う以外にない。

 

 戦争に負けている側が、勝っている側に対し、「お前らの話を聞く気はない。ただし、こっちの言う事を全部聞くなら停戦に応じてやる」と言っているのだ。

 

 疑う余地もなく、明らかな挑発だった。

 

 イギリスはドイツと手を結ぶ気は無い。攻められる物なら攻めて見ろ。と言っているのだ。

 

 実のところ、フランスが降伏する少し前に、イギリスでは政変が起こっていた。

 

 それまで首相を務めてきたのは、ハト派のチェンバレンで、彼はヒトラーの要求に対し、唯々諾々と従うだけであり、そのせいで現在の苦境を招いた事から、イギリス国民からの支持を失っていたのだ。

 

 代わって首相に就任したのは、第1海軍卿を務めた事もある、ウェリントン・チャーチルだった。

 

 チャーチルはタカ派の急先鋒としても知られ、その政治的手腕はまさしく「老獪」の一言に尽きた。

 

 チャーチルは、ヒトラーが内心ではイギリスと手を打ちたがっている事を和平案の内容から見抜き、あえて強気な姿勢で外交交渉に臨んできたのだ。

 

 また、ドイツは確かに連戦連勝を重ねているが、海軍に関して言えば、未だにイギリスが優勢である。

 

 そして、イギリスに侵攻するためには、是が非でも海を渡る必要がある。

 

 海での戦いなら、まだ十分、イギリスに勝機がある。

 

 チャーチルがそのように考えたとしても不思議は無かった。

 

 ヒトラーの懐柔案は、完全に裏目に出た形である。

 

「諸君!!」

 

 ヒトラーの大音声に、皆が居住まいをただす。

 

 対して、ヒトラーは一拍置き、一同を見回して言った。

 

「今回の回答により、イギリスの意思は明らかとなった。戦争を欲しているのは、むしろ我々ではなく、奴等の方である。奴等は、余が示した和平案を撥ね付けてきた。ならば最早、遠慮は無用である。我が忠実にして精強なる、ドイツ全軍を持って、彼の古いだけが自慢の増上慢極まりない帝国を叩き潰すのみである!!」

 

 言い終えてから、ヒトラーは視線を巡らせる。

 

「ゲーリングッ!!」

「はッ」

 

 呼ばれて、向き直るゲーリング。

 

「空軍各部隊の展開状況はどうかッ!?」

「ハッ 総統閣下ッ 既に稼働全部隊、フランス沿岸基地への展開を終えてありますッ ご命令あり次第、直ちに攻撃開始が可能です」

 

 ゲーリングの言葉に頷き、ヒトラーは頷くと、再度視線を巡らせた。

 

「レーダーッ!!」

「はッ 閣下!!」

 

 次いで、海軍元帥のエドワルド・レーダーを呼んだ。

 

「海軍はどうかッ!?」

「ハッ ご命令通り、水上艦隊、潜水艦隊、双方ともにいつでも出撃可能です」

 

 ドイツ全軍が、対イギリス戦略に向けて動き出そうとしている。

 

 この流れは最早、誰に求める事は出来ない。

 

「よろしいッ」

 

 力強くうなずくヒトラー。

 

「それではこれより、対イギリス侵攻に向けた、全作戦を開始する!!」

『ハイル・ヒトラー!!』

 

 一斉にナチス式の敬礼をする一同。

 

 ウォルフも又、最敬礼でもってヒトラーへの忠誠を明らかにする。

 

 いよいよだ。

 

 いよいよイギリスと、

 

 ウォルフから、最愛の妻を奪った国との直接対決が始まる。

 

 この時を、どれほど待ち望んだ事か。

 

「テア・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、胸ポケットに収めた妻の写真に手を当てる。

 

 その双眸は、自身が倒すべき敵を求め、鋭く輝くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝焼けの空に、轟音が鳴り響く。

 

 多重に聞こえる楽曲は、これから始まる戦いへの昂りを示している。

 

 各々が愛機に乗り込んだパイロット達。

 

 飛び立つ瞬間を、今や遅しと待ちわびる。

 

 やがて、

 

 上る朝日の下に、フラッグが振られる。

 

 合図と共に、ゆっくりと滑走路を走りだす、航空機の群れ。

 

 翼に描かれた鉄十字を誇らしく掲げ、蒼穹へと舞い上がっていく。

 

 彼等の行く先には群青の海、

 

 そして、

 

 目指すべき、敵国の大地が広がっていた。

 

 

 

 

 

 その報告を初めに受けた女性は、上ずった声で振り返りながら叫んだ。

 

「き、き、来ましたッ 司令!!」

 

 紅潮した顔。

 

 緊張のために喉は張り付き、舌が思ったように動かない。

 

 対して、

 

 報告を受けた男は落ち着き払い、静かにうなずきを返す。

 

 その泰然とした様子は、軍服を着ていなければ、神に仕える敬虔な牧師のようにも見える。

 

 しかし胸には大将の階級章と共に、大英帝国空軍(R A F)所属であることを示すウィングマークが見える。

 

「落ち着いて。慌てることに、何一つとして意味はない。報告は正確に」

「は、はいッ」

 

 司令官の声を聞いて、オペレーターは深呼吸を繰り返す。

 

 やがて、落ち着きを取り戻すと、改めて司令官に向き直った。

 

「沿岸部レーダー基地より入電。ドーバー海峡上に航空機の大編隊を確認。海上をまっすぐこちらに向かってきます。恐らくドイツ空軍と思われます」

「ついに来たか」

 

 フランス降伏から1カ月。

 

 こうなる事は、初めから分かっていた。

 

 和平交渉は決裂を迎え、ドイツ軍との直接対決は不可避となった。

 

 早晩、ドイツはイギリス本土へ直接攻撃を仕掛けてくる。

 

 だからこそ、イギリス軍も万全の態勢で迎え撃つ準備を進めていた。

 

「中距離レーダー基地始動。探知始め」

「了解、中距離レーダー基地へ通達します」

 

 オペレーター達は訓練に従い、各基地へ指令を飛ばしていく。

 

 彼女たちは言わば、システムにおける「神経」の役割を果たす事になる。

 

 いかに素早く、情報を必要な部署へと伝達する。それができるか否かが、本システムのカギとなる。その為に、彼女たちの能力が必要不可欠だった。

 

 窓の外を見上げる。

 

 そこに広がる遥かなる蒼穹。

 

 まもなく、あの場所は凄惨な戦場と化すことになる。

 

 幾多の命が失われる事になるだろう。

 

 しかし、退く事は許されない。

 

 全ては祖国を、そして愛する人たちを守る為。

 

「来るなら来い。我々は絶対に侵略者に屈しはしないぞ」

 

 大英帝国空軍大将ケイ・ダウディングは、静かな決意と共に呟いた。

 

 

 

 

 

 ドーバー海峡上空を、編隊を組んで進撃するドイツ空軍。

 

 その中に、クロウの駆るメッサーシュミットBf109Eもいた。

 

「まさか、兄貴よりも先に、イギリスに来る事になるとはね」

 

 操縦桿を握りながら、皮肉気に笑うクロウ。

 

 先にイギリス本土を目にするのはてっきり、海軍に所属している兄かと思っていたのだが。

 

「まあ、うちの大将も、どうやら今回は本気みたいだし。兄貴がこれ以上、何かやる前に、イギリスが音を上げるかもな」

 

 フランス沿岸部の基地を飛び立ったドイツ空軍の攻撃部隊は、ドーバー海峡の上空を通過、間もなくイギリス沿岸部に差し掛かろうとしていた。

 

 この戦いに、ドイツ空軍最高司令官ヘルムート・ゲーリングは第2、第3の2個航空艦隊をフランス沿岸の基地へと配備、総攻撃の態勢を取っていた。

 

 圧倒的な戦力を叩きつけ、一気にドーバー海峡の制空権を奪取しようと言う作戦である。

 

 目を転じれば、メッサーシュミットのほかにも、ドルニエDo217や、ハインケルHe111、ユンカースJu88といった爆撃機。

 

 さらには同じメッサーシュミットのBf110双発戦闘機の姿もある。

 

 まさに大陸を席巻したルフトバッフェの精鋭が一堂に会しているといっても過言ではなかった。

 

 これだけの戦力があれば、イギリス空軍が相手でも負けはしない。

 

 空軍の誰もが、そう思っていた。

 

 一瞬、

 

 視界の彼方で、何かがきらめいた気がした。

 

 次の瞬間、

 

「敵機!!」

 

 クロウは叫びながら、操縦桿を思いっきり倒す。

 

 間一髪。

 

 奇襲をかけてきたスピットファイアの攻撃を紙一重で回避する、クロウのメッサーシュミット。

 

 それを合図にしたかのように、

 

 雲の中から、次々とイギリス空軍機が飛び出してくるのが見えた。

 

 スピットファイアのほかに、若干旧式ながら、スピットファイアの開発前にイギリス空軍主力を担ったホーカー・ハリケーン戦闘機も見える。

 

「クソッ 待ち伏せかよ!!」

 

 スロットルを開くクロウ。

 

 速度を上げたメッサーシュミットは、たちまちスピットファイアの追撃を振り切り、さらには急上昇を仕掛ける。

 

 その急加速に、スピットファイアのパイロットは追随できない。

 

 メッサーシュミットを反転させるクロウ。

 

 そのまま、スピットファイアに狙いを定めて急降下する。

 

「ダンケルクの時は不覚を取ったがよ・・・・・・・・・・・・」

 

 照準器いっぱいに広がる、スピットファイアの機影。

 

「今度は、そうはいかねえぞッ!!」

 

 トリガーを引くクロウ。

 

 メッサーシュミットの両翼から、放たれる弾丸。

 

 狙い違わず、放たれた弾丸はスピットファイアを上面から捉え粉砕する。

 

 火球と化すイギリス戦闘機。

 

「よしッ」

 

 短いガッツポーズと共に、機体を旋回させるクロウ。

 

 彼以外のドイツ空軍機も、邀撃に現れたイギリス戦闘機との交戦に入り、ドーバー上空はたちまち、両軍の翼が入り乱れる死闘の場と化す。

 

 互いに旋回と銃撃を繰り返す両軍の機体。

 

 時々、空中に爆炎が踊り、命が失われる。

 

 クロウはと言えば、その間にハリケーンを1機、スコアに上乗せしていた。

 

 更なる獲物を求めて、視界を巡らせようとした時だった。

 

 突如、

 

 下方から駆け上がるように飛び込んできたスピットファイアが機銃を一連射。

 

 クロウ機の、すぐ脇を飛んでいた味方のメッサーシュミットを火球へと変えた。

 

「速いッ 新手かッ!?」

 

 とっさに、翼を翻して敵機に向かい合うクロウ。

 

 視界の先では、強襲を掛けてきたスピットファイアもまた、反転するのが見えた。

 

 

 

 

 

 クロウのメッサーシュミットと、正面から対峙するスピットファイア。

 

 そのコックピット内で、パイロットは不敵な笑みを浮かべた。

 

「遅いなァ ドイツ人、まるで亀だね亀ッ!!」

 

 愉快に叫びながら機銃を一連射。

 

 更に1機のメッサーシュミットを屠る。

 

 突っかかってきたメッサーシュミットの攻撃を回避。そのまま流れるような動きで背後へと着く。

 

「ほーら、また1機ィ!! 亀相手の戦争なんて楽でいいねッ!!」

 

 イギリス王室第9王子リシャールは、軽くトリガーを押し込む。

 

 1連射される機銃弾。

 

 それだけで、メッサーシュミットは粉砕される。

 

「全く、こんな奴等に負けるなんてさ、海軍もフランス軍も、どんだけ間抜けなのかって感じだよね!! もう、雑魚だよ雑魚、ザーコ!!」

 

 言っている間に、更に1機のメッサーシュミットに照準を向ける。

 

「そらッ もう一丁!! ザーコ!!」

 

 言いながら、トリガーに掛けた指の力を強めようとした。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

 

 放たれる銃撃に対し、とっさに翼を翻すリシャール。

 

 間一髪、駆け抜けていくメッサーシュミット。

 

 その鉄十字の翼を、冷ややかな目で見据える。

 

「あ? 何お前? 雑魚のくせに生意気なんですけどー? そんなに僕に狩られたいんですかー?」

 

 言いながら、翼を翻したリシャール。

 

 その視界の中で、反転するメッサーシュミットが映っていた。

 

 

 

 

 

 一方、攻撃を仕掛けたクロウは、舌打ちしていた。

 

「外したッ!? クソッ!!」

 

 完璧な奇襲に近かったにもかかわらず、目標のスピットファイアはクロウの攻撃を回避してのけたのだ。

 

 そのまま退避に入ろうとするスピットファイアを追撃するクロウ。

 

 機体をロールさせつつ反転。

 

 スピットファイアに向かい合う。

 

 互いに接近する両者。

 

 すれ違う一瞬、機銃を1連射。

 

 だが、

 

 当たらない。

 

 互いの弾丸は相手を捉える事無く、空中に落ちていく。

 

「チッ 何だ、あいつ、変な動きでかわしやがった!?」

 

 ここまで戦ってきたスピットファイアとは、一味違う手ごたえに、クロウは改めて操縦桿を握りなおした。

 

 

 

 

 

 一方

 

「ああもうッ 何で当たんないんだよッ あいつ!! 馬鹿じゃないのかッ!!」

 

 リシャールはコックピットの中で喚き散らしていた。

 

 同時に機体を反転。メッサーシュミットを追撃に入る。

 

 小回りが利くスピットファイアは、たちまちメッサーシュミットの背後へと回り込む。

 

「ハイ終わりー ザーコッ!!」

 

 煽る口調と共に、機銃を一連射するリシャール。

 

 しかし、

 

 弾丸が届く前に、メッサーシュミットはフル加速。一気に射程圏外へと逃れてしまった。

 

「ああッ!! だからッ よけるなって言ってるだろ!!」

 

 コックピット内で地団太を踏むリシャール。

 

 尚も追いかけようとスピードを上げる。

 

 しかし、

 

 追いかけるリシャールに対し、メッサーシュミットは高度を下げながら加速、そのまま離脱に入る。

 

 その様子を見て、せせら笑うリシャール。

 

「ああ、そっかそっかーッ 僕が怖くて逃げるんだな、このチキン野郎ッ ごめんねー、ボクがこんなに強くてさー!!」

 

 コックピットの中で1人、大爆笑するリシャール。

 

「ナチの豚なんかが僕に敵うはずないんですけどー? さっさと帰って、ヒトラーにおっぱいでも飲ませてもらえばいいんじゃないのザーコ!!」

 

 侮蔑と共に、更なる耳障りな笑いをぶち上げるのだった。

 

 

 

 

 一方、

 

 クロウが直面している状況は、リシャールが考えていた事とはまったくもって的が外れていた。

 

 否、

 

 ある意味で、より深刻だったともいえる。

 

「クソッ もうかよッ!?」

 

 舌打ちするクロウ。

 

 燃料ゲージが既に半分を切りつつある。

 

 帰りの分を差し引けば、これ以上の交戦は不可能だった。

 

 目を転じれば、クロウと同じく、燃料を使い果たしたメッサーシュミットが、次々と翼を翻していくのが見える。

 

 メッサーシュミットの航続力の短さが、ここに来て足かせとなっていた。

 

「まだ、護衛の任務が残っているってのにッ」

 

 唇を噛みしめるクロウ。

 

 しかし、燃料事情ばかりはどうする事もできない。

 

 追撃してくるスピットファイアの攻撃を振り切りながら、メッサーシュミットを反転させる。

 

 スロットルを開き、速度を上げて離脱を図るクロウ。

 

 その背後では、尚も激しい戦闘の砲火が、蒼穹を染めて広がっていた。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 1940年7月10日。

 

 かねてより行われていた和平交渉が決裂に至り、ヒトラーはついに、対英総攻撃の命令をドイツ全軍に下した。

 

 これを受け、空軍総司令官ヘルムート・ゲーリングはフランス領カレーの基地に2個航空艦隊2500機の航空機を集結させた。

 

 対してイギリス空軍が邀撃のために用意できた戦闘機は、僅か700機。

 

 イギリス軍の不利は明らかだった。

 

 イギリス政府は、この危急存亡を受け、1人の男に命運を託す事になる。

 

 その男こそ、ケイ・ダウディング空軍大将。

 

 空軍総指揮官に就任したダウディングは、周囲から「爆撃機を量産して先制攻撃をかけるべき」との声が上がる中、それらを徹底無視。全力を挙げて戦闘機を量産する体制を作り上げた。

 

 ダウディングは、物量で劣るイギリス空軍が、ドイツ空軍と同じ戦術を使っても勝てない事が分かっていた。

 

 それよりも、爆撃機よりも安価で、数を揃える事が出来る上、補給の手間も少ない戦闘機ぞ増産し、徹底した防空戦闘で敵の攻撃をしのぎ切るのが得策であると考えたのだ。

 

 ダウディングが構築したシステムは、画期的というよりも最早、「革新的」と言っても過言ではなかった。

 

 まず、ドーバー海峡全域をカバーできる長距離レーダー基地がドイツ軍機の接近を探知すると、司令部へ併設されているオペレータールームへ一報を入れる。

 

 オペレーターからの報告を受けたダウディングの承認を得て、より精度の高い中距離レーダー基地が作動、これによりドイツ軍機の方位、規模、速度、高度をより正確に把握できるようになる。

 

 その報告に基づき、空軍基地へ指令が飛ぶ。

 

 命令を受けた空軍基地から戦闘機隊が発進、迎撃に有利な場所でドイツ空軍を待ち伏せするのだ。

 

 まさに、現代における「早期警戒システム」の先駆けともいえる、鉄壁の防空システムだった。

 

 大軍で一気に攻め寄せるドイツ空軍。

 

 しかし、ダウディングが指揮するイギリス空軍の決死の防衛線を抜くことができず、ベテランのパイロットたちは次々と、むなしく翼を散らしていくのだった。

 

 

 

 

 

 空軍がイギリス本土へ総攻撃を開始したと同時に、キール軍港のドイツ海軍も行動を開始しようとしていた。

 

 港に居並ぶ大小の艦艇。

 

 既にドイツ海軍全部隊が集結し、出撃の時を待っていた。

 

 軍港の最奥部に停泊する「シャルンホルスト」でも動きがあった。

 

 朝から機関が稼働状態にあり、煙突からは煤煙が上がっている。

 

 食料、燃料、弾薬の積み込みは昨夜のうちに終わっている。

 

 命令あり次第、直ちに出港が可能だった。

 

「空軍は苦戦しているんですか?」

「どうやら、イギリス軍の抵抗が予想以上に頑強だったらしく、攻めあぐねている様子です」

 

 ヴァルターの言葉を聞き、エアルは思案する。

 

 恐らくはドーバー海峡上空で戦っているであろう弟、クロウの事を思う。

 

 クロウ自身、既にポーランドやフランスで戦ってきた身。エースの名に連ねている事は知っている。

 

 しかし、今度の敵はイギリス軍。

 

 ポーランドやフランスよりも、強力な空軍を持つ。

 

 無事でいてくれれば良いが。

 

 そんな事を考えていると、傍らに少女が立つのが分かった。

 

「おにーさん、ボクの方は準備万端。いつでもいけるよ」

 

 笑いかけてくるシャルンホルストに、頷きを返すエアル。

 

 同時に、懸念材料も確認しておく。

 

「体調は大丈夫? 具合は悪くない?」

 

 何度も聞いている事だが、どうしても気になってしまう。

 

 少し心配性かな、と思わなくもないが、それでも彼女に対してはこれくらい心配した方が丁度いい。

 

 対して、シャルンホルストもエアルに笑いかける。

 

「うん。大丈夫だよ」

 

 答えながら、

 

 シャルンホルストは、自身のすぐ横に立つ人物に振り返った。

 

「今回はサイアも来てくれるし。全然問題ないよ」

「ねー」

 

 そう言って、少女たちは笑いあう。

 

 そうなのだ。

 

 今回から、エアルの妹であるサイアが、機関技術兵として「シャルンホルスト」に乗り込む事になった。

 

 サイアは技術研究所で高圧缶の研究をしており、「シャルンホルスト」の機関出力を安定させるため、乗り組みを命じられたのだ。

 

 マルシャルが去り際に話していた「手を打った」とは、この事だったのだ。

 

「これでようやく、わたしも兄さんの役に立てるね。シャルの体調管理は任せて」

「頼りにしてるよ、サイア」

 

 そう言って、サイアに抱き着くシャルンホルスト。

 

 じゃれあう少女たちを見ていると、ヴァルターが振り返る。

 

「旗艦より信号。艦長、全艦出港用意、との事」

 

 頷くエアル。

 

 今回の作戦は、今後、展開されるであろうイギリス上陸作戦への布石となる、重要な戦いだ。失敗は許されなかった。

 

「抜錨ッ 出港用意!!」

 

 凛と叫ぶエアル。

 

 その視線の先には、これから始まる新たな戦いへの決意がみなぎっていた。

 

 

 

 

 

第21話「鷲の日」      終わり

 

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