蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第26話「怒りの矛先」

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 ドイツ第3帝国首都ベルリン。

 

 ドイツの行政の中心であり、栄えある帝国の象徴である都。

 

 総統アドルフ・ヒトラーの座所でもあるこの街を、

 

 この日、衝撃が襲った。

 

 北海海上を迂回する形でドイツ軍の防空網をすり抜けた、イギリス空軍爆撃機部隊が突如、首都上空に侵入。

 

 一斉に爆撃を行ったのだ。

 

 この攻撃は、ドイツ側にとって完全に寝耳に水だった。

 

 前線となっているドーバー海峡上空では尚も、両国の空軍が激しい攻防戦を繰り広げている。

 

 しかしその様相はあくまで、ドイツ軍が攻めて、イギリス軍が守ると言う構図だった。

 

 昨日までは。

 

 だがこの日、ある意味で定型となりつつあった、その構図が崩された。

 

 ベルリンを襲ったイギリス軍爆撃機部隊は、ハンドレページ・ハンプデンとヴィッカース・ウェリントン爆撃機の混成からなる、合計80機ほどの部隊。

 

 数が少数だった事もあり、ベルリンが受けた被害は大きなものではなかった。

 

 しかし、第2次世界大戦がはじまって以来初めて、首都が爆撃を受けた事に、ドイツ人の誰もが衝撃を隠せなかった。

 

 今回のベルリン爆撃に関して、イギリス首相ウェリントン・チャーチルは、先に行われたロンドン爆撃に対する報復であるとした。

 

 曰く「ナチス・ドイツは卑劣にも我が首都ロンドンを爆撃し、多くの無辜の民に多大なる犠牲者を出した。これがいかに非人道的で卑劣で、卑怯極まりない行為であるかは、語るまでもないだろう。よって我々は、卑劣な攻撃に対する正当な反撃に出る。今後、如何なる事態に陥ったとしても、その責任は、悪逆非道なる侵略者、アドルフ・ヒトラーと、彼に率いられた、卑劣極まりないナチス・ドイツ軍に帰せられるべきである。全ての正義は、我がイギリスと、祖国の為に戦う忠実にして勇壮無比たる兵士たちにある」

 

 との事だった。

 

 勿論、ロンドンへの攻撃は、殆ど「誤爆」に近い物であり、無断で攻撃を行った爆撃機はたった1機。当然ながら、ロンドンに被害らしい被害は見られなかった。

 

 ついでに言えば、ヒトラーは命令違反してロンドンを爆撃した爆撃機のクルー全員を逮捕し、軍法会議にて有罪にしている。

 

 しかしチャーチルは、この状況を完全に逆手に取った。

 

 彼は「ロンドンが爆撃された」と言う事実一点を拡大解釈し、それを正当な理由としてベルリン爆撃を敢行したのだ。

 

 先に述べた通り、ベルリンが受けた被害は大した物ではなかった。

 

 しかし、

 

 自分がいる首都が攻撃されたことで、ヒトラーの怒りが頂点に達したのは言うまでもない事だった。

 

 ヒトラーは被害状況の報告を待たず、直ちに空軍総司令官のヘルムート・ゲーリングを総統官邸に召喚した。

 

 

 

 

 

「も、目標変更・・・・・・でありますか?」

「そうだ」

 

 隠しようもない戸惑いと共に尋ねるゲーリングに、ヒトラーは厳かに頷きを返した。

 

 総統執務室に入り、挨拶もそこそこにゲーリングがヒトラーに告げられた内容は、空軍の主攻撃目標変更の通達だった。

 

 現在、空軍はイギリス軍が使用する飛行場やレーダー基地、更に戦闘機が生産されていると思われる工業地帯を目標に攻撃している。

 

 これらはドーバー海峡上空の制空権を確保する意味で、非常に有効な戦術である。事実として、徐々にではあるがイギリス軍の反撃も下火になりつつあった。

 

 現状の空軍の戦略は、順調とまではいかないまでも大きく失敗はしていない。それを今更、どう変更しようと言うのか?

 

 訝るゲーリングに、ヒトラーは告げた。

 

「ロンドンだ。今後はロンドンをはじめとしたイギリス諸都市を主目標とせよ」

 

 告げられるヒトラーの言葉。

 

 傍らに立って聞いていたウォルフも、身じろぎをする。

 

 ある意味、予想できたことだ。

 

 それ程までに、今回のベルリン空襲のショックは大きかったのだろう。

 

「ハッ ロ、ロンドン、でありますか・・・・・・・・・・・・」

 

 巨体を驚愕に揺らすゲーリング。

 

 ヒトラーの言葉が、俄かには信じられない、と言った様子だ。

 

「閣下もご承知の事とは思いますが」

 

 ウォルフが捕捉するように口を開いた。

 

「先日、我がベルリンがイギリス空軍の空襲を受けました。幸いにして被害は僅少でしたが、総統閣下は、今回の事を重く受け止められておられます」

「判っている」

 

 ウォルフの発言に対し、ゲーリングは吐き捨てるように言った。

 

 「貴様には聞いていない。余計な口を挟むな」とでも言いたげな態度だ。

 

 代わって、再びヒトラーが口を開く。

 

「我がドイツは、決して屈辱を甘受したりはしない。首都を攻撃された以上、同等の事をやり返さねば、国としての威信にも関わる」

 

 つまり、こちらが首都ベルリンを攻撃された以上、敵の首都ロンドンをやり返さないと、腹の虫が収まらない。と言う事である。

 

 ヒトラーは頭に血を登らせている。

 

 そう考えざるを得ない命令だった。

 

「し、しかしですな、総統閣下」

 

 珍しい事に、ゲーリングがヒトラーへの反論を試みた。

 

 普段はヒトラーの腰巾着として、阿諛追従するしか能がないゲーリングにしては、明日の天候が気になるレベルで珍しい事であろう。

 

 裏を返せば、それほどまでに、事は重大だった。

 

「軍事的観点から申し上げれば、敵の拠点を叩くのが、その、上策と考えます、が・・・・・・」

 

 あくまで控えめな「進言」と言う形で説得を試みるゲーリング。

 

 ロンドンは敵国の首都だが、ロンドン自体に戦略的な価値は低い。

 

 ロンドンを攻撃したとしても、ドイツ側にとってメリットは殆ど無いのだ。ここは当初の計画通り、軍事拠点に攻撃を集中すべきだった。

 

 だが、

 

「逆らうか、ゲーリング?」

 

 ヒトラーは、ことさら声を低くして告げた。

 

 その一言で、ゲーリングは巨体を恐怖に震わせる。

 

「余の言に逆らう、と言う事で良いのだな?」

「め、滅相もございませんッ!! わたくしの意思は全て、総統閣下の意のままにございます!!」

 

 たちまち、平身低頭するゲーリング。

 

 この国でヒトラーに逆らうと言う事は、失脚を意味している。最悪の場合、粛清も有り得るだろう。

 

 ゲーリングならずとも、進言する側は命がけである。

 

 対して、ゲーリングの返事に満足したように、ヒトラーは頷きを返す。

 

「では、良いな。直ちに前線部隊に、目標変更を指示するのだ」

「承知いたしました。ハイル・ヒトラー!!」

 

 敬礼をして、そそくさと出て行くゲーリング。

 

 その巨体を見やりながら、ウォルフはヒトラーに向き直った。

 

「では閣下。私も、新型艦の視察がありますので、これで」

「うむ・・・・・・ああ、ウォルフ」

 

 敬礼して出て行こうとするウォルフを、ヒトラーが呼び止めた。

 

「本気なのだな。例の件?」

「はい」

 

 躊躇う事無く、頷きを返すウォルフ。

 

 それは数日前、ウォルフ本人がヒトラーに告げた事。

 

 対して、ヒトラーは険しい顔で友を見やる。

 

「余としては、お前には傍らにあって助言をしてほしいと思っているのだがな」

「ありがとうございます」

 

 礼を言い、顔を上げる。

 

 国家の最高権力者に、ここまで言われる事は、ウォルフにとっても栄誉な事である。

 

 しかし、ウォルフは揺らぐ事なく、自らを友とまで呼んでくれる総統閣下を見る。

 

「私も海軍の人間なれば、武を持って閣下のお役に立ちたいと思っております」

 

 そう告げるウォルフの目は、まっすぐにヒトラーを見つめている。

 

 その視線に、ヒトラーは嘆息する。

 

 ウォルフの意志が固く、たとえ自分であっても叛意させる事は難しいのが分かる。

 

「判った、もう、何も言うまい。余としても、優秀な将が前線に1人でもいてくれるのは頼もしい限り。お前ならば、それも申し分ない」

「ハッ 必ずや閣下のお役に立ち、大ドイツに偉大な勝利をもたらす事、お約束いたします」

 

 そう告げると、右手を高く掲げる。

 

「ハイル・ヒトラー!!」

 

 敬礼するウォルフ。

 

 それに対し、ヒトラーも力強く頷きを返すのだった。

 

 

 

 

 

 ヒトラーの部屋を辞したウォルフ。

 

 廊下では、顔見知りの女性が立っているのが見えた。

 

 相手もウォルフが出て来るのを見て歩み寄ってくる。

 

「終わったか?」

「ああ、閣下から御裁可を頂いた。明日にはキールに向かう事になる」

 

 待っていたのは、艦娘のシュレスビッヒ・ホルシュタインだった。

 

 ウォルフが出て来るのを見つけると、鋭い目つきを和ませて笑いかける。

 

 ウォルフが指揮すべき艦は先ごろ、キール軍港で完成したばかりの最新鋭艦である。

 

 既に艦長主導による完熟訓練は始まっており、ウォルフの着任と同時に作戦行動を開始できる見通しだった。

 

「なあ」

 

 シュレスは、少しためらう様にウォルフに尋ねる。

 

「本当にいいのか? 私などが参謀を務めても?」

「言い出したのは俺だ。良いも悪いもあるか」

「しかし、だな・・・・・・・・・・・・」

 

 渋るように言い募るシュレスに対し、ウォルフは嘆息して肩をすくめる。

 

 最新鋭艦の竣工に合わせて、新たなる部隊を新設する事になっており、その司令官にウォルフの就任が決まっている。

 

 と言うか実のところ、ウォルフがヒトラーのコネを最大限に使ってねじ込んだ、と言うのが真相だったりするのだが。

 

 その際ウォルフは、人事面について一つだけ要求を言った。

 

 それが、艦娘のシュレスビッヒ・ホルシュタインを参謀として迎えたいと言う事だった。

 

「過去に艦娘が参謀を務めた例はある。別に、前代未聞と言う訳じゃないだろ」

「それはそうかもしれんが、しかし異例であるのは確かだ」

 

 戸惑いを隠せないでいるシュレス。

 

 確かにウォルフが言っている事は間違いではない。

 

 しかし、未だに艦体が健在な身としては、そちらを放って別の戦場へ行く事への抵抗があるのも確かである。

 

 そんなシュレスに、ウォルフはフッと笑みを刻んで告げる。

 

「判らないか? 誘っているんだよ」

「何がだ?」

「一緒に、テアの仇を取ろうとな」

 

 言われて、シュレスはハッとする。

 

 確かに、

 

 このまま艦体と共にあったとしても、「シュレスビッヒ・ホルシュタイン」が前線に出て行くことはないだろう。

 

 確かに初戦ではポーランド軍の要塞を砲撃して開戦の号砲を上げる役割を担ったが、その後は港に係留されて無為に時を浪費するのみだった。

 

 海軍上層部としても「シュレスビッヒ・ホルシュタイン」の扱いに苦慮しているのだ。

 

 戦艦とは言え、建造は第1次大戦より前。戦えば駆逐艦にすら負ける可能性がある。当然、海軍の基本戦略である通商破壊戦に用いる事も難しい。

 

 海軍の象徴として、今なお多くの将兵、艦娘から慕われ続けている「シュレスビッヒ・ホルシュタイン」。下手な使い方をして沈めたりしたら、それこそ海軍全体の士気にも関わると言う物。

 

 そこに、ウォルフが一つの答を指し示した。

 

 艦としての活躍は見込めないかもしれない。しかし、今のシュレスにはもう一つ武器がある。

 

 長年に渡って軍務に携わり、そこで得た知識や経験から来る確かな戦略、戦術。

 

 それらはドイツ海軍広しと言えど、誰にも負けない自信があった。

 

 だからこそ、ウォルフは自身の参謀にシュレスを望んだのだ。

 

 全ては、テアの仇を取る為に。

 

「テアの仇を取るんだ。俺とお前で」

「ウォルフ、お前・・・・・・・・・・・・」

「頼む。力を貸してくれ」

 

 沈黙するシュレス。

 

 この友が、妻の仇に拘り続けている事は。前々から分かり切っていた事だ。その為に、家族をはじめ、全てを捨て去った事も。

 

 だが、何をすれば良い?

 

 何をどうすれば、テアの仇を取った事になる?

 

 そもそも、テアの死はあくまで「自沈」、人間でいうところの自殺であり、明確に「犯人」がいるとは思えない。

 

 無論、テア達を死に追いやったイギリス海軍は「仇」と言えない事もないのだが。

 

 しかし、どうすれば良い?

 

 イギリス海軍を全滅させればいいのか? それともイギリスと言う国家を滅ぼせば良いか?

 

 ウォルフの「仇討ち」は、底の見えない沼のようなものだった。

 

 しかし、

 

 だからこそ、この男には自分が必要だと、シュレスには思えた。

 

 支える人間として、

 

 ではなく、

 

 共に、地獄に落ちてやる人間として。

 

「・・・・・・・・・・・・分かった」

 

 ややあって、頷くシュレス。

 

「参謀の任、引き受けよう」

「感謝する」

 

 頷き、右手を差し出すウォルフ。

 

 その手を、シュレスはしっかりと握り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 獲物は、すぐ目の前を通過していくのが見える。

 

 およそ7000トンクラスの大型貨物船。

 

 船籍は、イギリスの同盟国であるカナダ。

 

 大物だった。

 

 潜望鏡を覗いていた艦長は、思わず舌なめずりをする。

 

 まさか1隻で行動している、と言う事はあるまい。必ず、近くに他の船もいるはずだ。

 

 大西洋方面に進出して、既に1カ月近く。

 

 これまで獲物らしい獲物にありつく事が出来なかったが、ここに来てツキが巡ってきた。

 

「雷撃用意ッ 深度そのまま!!」

 

 艦長の命令に、艦娘の少女も頷く。

 

 回頭し、進路をわずかに変更。

 

 魚雷発射管に注水され、攻撃態勢が整えられる。

 

「1番、2番、発射用意ッ!!」

 

 魚雷発射の命令を下そうとした、

 

 まさにその時、

 

「スクリュー音、急速接近!!」

 

 ソナーを担当している聴音手の悲鳴に近い叫び。

 

 とっさに、潜望鏡から目を離す艦長。

 

 その顔面が、暗がりでも分かるほど蒼白に染まる。

 

「急速潜航ッ!! ベント開け!!」

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

 既に攻撃どころではない。

 

 獲物を狙う狼でいたはずの自分達が、今や哀れな獲物になり果てていた。

 

 直ちにメインタンクに注水され、深度を下げようとする。

 

 しかし、

 

 遅かった。

 

 衝撃は、潜航を開始すると同時に襲ってきた。

 

 着弾と同時に、激震が艦内を襲う。

 

 飛び交う、怒号と悲鳴。

 

 巻き起こる海水の奔流が、あっという間に艦内を浸していく。

 

 如何なる対処も、もはや意味をなさないのは明白だった。

 

 

 

 

 

「敵潜水艦、撃沈を確認しました」

「おお、ご苦労」

 

 報告を旗艦の艦上で聞き、男は頷きを返した。

 

 大柄で、口ひげを蓄えた男。

 

 着こんだ軍服もだらしなく着崩し、豪快に袖まくりまでしている。

 

 まるで海賊船の船長のような出で立ちをしている。

 

「やれやれ、連中、ゴキブリみたいに這い出してきやがる。まあ、見つければ簡単につぶせるのは良いんだが、こう多くちゃ、鬱陶しい事この上ないな」

「全くですな、兄上」

 

 追従するように、背後に立つ男が頷く。

 

 こちらは逆に、細身で眼鏡をかけた、怜悧な印象がある。

 

「しかし、奴等の主戦力がUボートである事は判っています。そのUボートを壊滅させる事が出来れば、もはや海上における脅威は無きに等しい筈」

「確かに、お前の言う通りだな。Uボートさえ潰せれば、あとはカスばかりだ」

 

 そう言って不敵に笑う男達。

 

 視界の先では、役目を終えた駆逐艦たちが定位置に戻ってくる様子が見えた。

 

「まったく、本国艦隊の連中も不甲斐ない。こんな奴等に何をてこずっているのか」

「そう言うもんじゃないだろ。彼等の尊い犠牲のおかげで、我々はこうして楽に戦えているんだ。感謝くらいしても罰は当たらんさ。ま、死んだ連中も毛の先程度には役に立ったって事さ」

「確かにな。感謝の言葉を吐くくらいはタダだしな」

「そういう事だ」

 

 そう言って笑いあう2人。

 

 その視線の先では、Uボートの痕跡を示す浮遊物が、名残を示すように浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 フェロー諸島沖海戦を終え、ドイツ海軍第1艦隊が帰還したのは9月に入ってからだった。

 

 途中、イギリス艦隊からの追撃を警戒した艦隊は、迂回航路を取ってノルウェーの港へと入り、補給と補修を受けたのちに南下、本国へと帰還した。

 

 幸いにして、イギリス海軍も輸送船団を守り通せたことで満足したのか、あるいは損害に耐えかねて追撃の手を鈍らせざるを得なかったのか。

 

 いずれにしてもドイツ艦隊は以降、妨害を受ける事無く本国へ帰還する事が出来た。

 

 しかし、

 

 戦い自体ば、決して満足のいく物ではなかった。

 

 戦果は軽巡洋艦1隻、駆逐艦4隻、コルベット艦6隻、輸送船4隻を撃沈。その他にも最新鋭戦艦「キングジョージ5世」をはじめ、複数の艦艇に大・中破の損害を与えた。

 

 対してドイツ海軍は軽巡洋艦2隻、駆逐艦3隻を喪失。

 

 損害非だけを見れば、ドイツ海軍の勝利と言えなくもない。

 

 しかし、結果として輸送船団の撃滅はならず、これによりイギリス海軍は自分達の「勝利」を宣言している。

 

 もっとも、ドイツ海軍からすれば、真の目的だった「Uボート艦隊の大西洋進出」が果たせた事で、作戦目的の達成は十分だったのだが。

 

 どちらも戦術的に大きな損害を負いながらも、戦略目的は達成したことになる。

 

 そのような事情から、フェロー諸島沖海戦は、英独双方が「勝者であり敗者でもある」と言う、奇妙な結末を見る形となった。

 

 第1艦隊が出撃している間に、主戦場であるドーバー海峡の戦いは、大きく様変わりを見せていた。

 

 元々、渡洋爆撃により、ドーバー海峡上空の制空権を確保する事が主目的だったバトルオブブリテンは、ドイツが攻めて、イギリスが守ると言う戦いが主となっている。

 

 しかしここで、ドイツ空軍の致命的な弱点が一つ、露呈していた。

 

 ドイツ空軍の主力戦闘機であるメッサーシュミットBf109。

 

 大戦全般を通じてドイツ空軍の主力機の座に君臨し続ける事になるこの機体は、高速と重武装を兼ね備えた、正に理想的な戦闘機であると言える。

 

 しかし、弱点が存在する。

 

 Bf109は、航続力が極端に短いのだ。

 

 これは機体の欠陥と言う訳ではない。

 

 元々、Bf109は来襲した敵機を迎え撃つ要撃戦闘機として開発された。その為、必要なのはいち早く戦場となる高度へ到達するための高速性能であり、航続力は開発段階では重要視されなかったのだ。

 

 今までの戦いは陸上における航空支援や制空権確保がメインであり、自軍の基地とも距離が近かった為、航続力の短さは大した問題にはならなかった。

 

 しかしイギリスに対する攻撃が開始されると、航空部隊はドーバー海峡を越えて侵攻しなくてはならなくなった。

 

 フランス沿岸部の基地から発進したとしても、海峡を越えて英本土上空でBf109が戦闘できる時間は、僅か15分程度でしかなかった。

 

 そこでドイツ軍。特に総司令官のヘルムート・ゲーリングが期待を寄せたのは、メッサーシュミット社が開発したもう1つの機体だった。

 

 Bf110のコードが付けられたこの機体は、双発の大型戦闘機であり、その重武装ぶりから「駆逐機」の愛称で呼ばれていた。

 

 このBf110なら航続力も申し分なく、長距離爆撃機の護衛にはうってつけと思われた。

 

 しかし、こちらは更に問題があった。

 

 Bf110は戦闘機としては鈍重すぎてスピードが遅く、迎撃に上がってきたスピットファイアやハリケーンの良いカモにされてしまったのだ。

 

 双発戦闘機は2基のエンジンから出される高出力を武器に、重武装と高速発揮が可能な機体が多いのだが、Bf110の速力は540キロ。対してスピットファイアは、この当時に活躍した初期型ですら580キロ。しかも、スピットファイアは世界最高クラスの軽快な運動性能を誇っており、これにBf110が追随する事はほぼ不可能に近かった。

 

 果ては同じ戦闘機のBf109が、Bf110を護衛しなくてはならない場面もあった程である。

 

 Bf110は欠陥機。

 

 そう言った烙印を押され、後世まで語り継がれる事になる。

 

 が、実際はそうではない。

 

 確かに機動性に欠けるBf110は、機動戦ではスピットファイアやハリケーンに後れを取ったが、それは中・低高度での戦闘の話。

 

 高高度に占位した状態から一撃離脱戦法に徹した戦い方をした場合、Bf110は絶大な戦闘力を発揮し、イギリス空軍に多大な損害を与える事に成功していた。

 

 また、ドイツ空軍(ルフトバッフェ)のパイロット達も、手を拱いていたわけではない。Bf110の性能を活かすために、様々な戦法が研究された。

 

 その中で特に「防御円陣(デス・サークル)」と呼ばれる戦法は、イギリス空軍のパイロットにとって恐怖の対象ともなった。この戦法は複数のBf110が円を描くように飛行し、イギリス軍機が食いついたら、その後方の機体の前方機銃と、囮となった機体の後部機銃で挟撃すると言う物だった。

 

 要するに、Bf110は決して世に言われているほど欠陥機ではないと言う事だ。

 

 それでも大きな損害を出したのは事実である。

 

 しかし、それは決して機体が悪かったわけでも、ましてパイロットの腕が劣っていたからでもない。

 

 全ては「爆撃機の護衛を優先する」と言うゲーリングはじめ空軍上層部の意向により、得意な高高度戦闘を封じられ、苦手な中・低高度での戦闘を強要された結果、機動性に勝るイギリス戦闘機に捕捉され、多くの機体と優秀なパイロットが犠牲になってしまったのだ。

 

 こうして、大兵力のドイツ軍を、防戦に徹する事で防ぎとめていたイギリス空軍だったが、その状況に変化が生じた。

 

 ヒトラーの命令により、ドイツ空軍が攻撃目標を、軍事施設からロンドン等の大都市に変更したのだ。

 

 これにより、民間人にも多数の死傷者が出る事になる。

 

 だが、

 

 このドイツ軍の目標変更は、イギリス軍に救いを齎していた。

 

 一見すると、ドイツ軍が苦戦しているようにも見えたバトルオブブリテンだったが、実際のところ、イギリス軍の状況はより絶望的だったと言える。

 

 苦戦しているとはいえ、物量面ではドイツ軍がイギリス軍を圧倒しているのは事実である。

 

 いかにケイ・ダウディング大将が指揮を執り、イギリス空軍(R A F)の勇士たちが奮闘しようとも、限いずれは限界が来る。

 

 当初は700機あった戦闘機も連日の戦闘で400機近くにまで撃ち減らされていた。

 

 迎撃の要であるレーダー施設もドイツ軍の攻撃目標となり、機能停止になる物が続出。もちろん修理は行うが、修理した翌日の戦闘で再び破壊されるレーダーまであった。

 

 このまま戦い続ければ、イギリスの防空システムが破壊されるであろう事は目に見えていた。

 

 しかし、そこに来ての、ドイツ軍の目標変更である。

 

 これにより、直接的な損害が減ったイギリス空軍は息を吹き返す事になる。

 

 英本土上空は、尚も混沌とした戦況が続いているのだった。

 

 

 

 

 

 厨房から漂う匂いが、空腹の胃を刺激する。

 

 艦長自らが厨房に立って料理をするという光景は最早、巡洋戦艦「シャルンホルスト」の艦内においては日常の一環として受け入れられていた。

 

「はぁ~」

 

 廊下を歩きながらシャルンホルストは、漂ってくる料理の匂いに幸せそうな顔をしている。

 

 その横では、サイア・アレイザーが笑顔で付き添っている。

 

 先のフェロー諸島沖海戦では機関技術士として、「シャルンホルスト」の不安定なエンジンを安定させ、最後まで好調を保ち続ける事に成功した。いわば、陰の功労者と言っても良いだろう。

 

 帰港してすぐに、シャルンホルストはサイアに伴われて軍病院を受診していた。

 

 と言っても、別に今回は体調不良があったわけではない。

 

 しかしやはり、戦闘航海の後とあっては不安もある為、念のために受診したのだ。

 

 病院に行っている間、艦長であるエアルは艦に残り、2人の為に手料理を作って待ってくれていたのだ。

 

「おにーさんの料理、久しぶり。最近、あんまり食べれてなかったからね」

「そりゃ、作戦中の艦長に頼むわけにもいかないしね」

 

 巡戦少女の隣を歩きながらサイアが苦笑気味に答える。

 

 戦艦の艦長が、作戦中に厨房に立って料理を作っている姿は、流石にどうかと思う。

 

 が、

 

 本人を含め最早、「シャルンホルスト」の全乗組員が、その事を気にしてはいなかった。

 

「ああ、楽しみ。おにーさんの料理なら、一生食べていてもいいくらいだよ」

「いや、一生はちょっと。まあ、気持ちはわかるかな」

「うんうん、そうだよね。おにーさんの料理なら、一生食べてても良いくらいだよ」

 

 笑うシャルンホルストを、サイアは苦笑しながら見つめる。

 

 何だか、食いしん坊な妹みたいだ。

 

 作戦中、共にある事が多かったサイアは、シャルンホルストを見ていてそんな風に感じるようになっていた。

 

 サイアに向かって振り返るシャルンホルスト。

 

「ほらサイア、早く行こうよ」

「はいはい、分かったからちょっと待って」

 

 待ちきれない、とばかりに駆け出そうとするシャルンホルスト。

 

 その陰から、

 

 ぬっと手が伸ばされた。

 

 シャルンホルストのお尻に。

 

「キャァッ!?」

「おっと、いつも元気だねえ、関心関心」

 

 とっさに、お尻をかばいながら振りかえるシャルンホルスト。

 

 そこには、良く見知った(そしてできれば、あまり会いたくない)人物が立っていた。

 

「デーニッツ提督ッ 何でここに!?」

「いや、何、久しぶりにシャルちゃんのお尻を触りたくてな。ついでに艦隊への命令書も発行できたから助かったよ」

「いや逆ッ 『本命』と『ついで』が逆!!」

 

 と言う、シャルンホルストのツッコミも、どこ吹く風のカーク・デーニッツ大将。

 

 置いてけぼりを食らったサイアが、ポカンとしている。

 

「あの、シャル、この人は?」

「ああ、うん」

 

 とっても「いやだな~」と言う体で、デーニッツを指差すシャルンホルスト。

 

潜水艦隊司令官(セクハラ提督)のデーニッツ大将だよ」

「今、本音が透けなかった?」

「気のせい気のせい」

 

 言いながら、ヘラヘラと笑うデーニッツに振り返る。

 

「だいたい、提督はこんなところで何、油売ってるのさ? 忙しいんじゃないの?」

「ああ、それなんだがな・・・・・・・・・・・・」

 

 なぜか言いよどむデーニッツ。

 

「あれ、みんなどうしたの、こんなところで?」

 

 不意に呼びかけられた声に、振り返る一同。

 

 そこには、怪訝な面持ちをしたエアルが立っていた。

 

 

 

 

 

 シャルンホルストとサイア

 

 その2人から離れた場所に座るエアルとデーニッツ。

 

 その表情にはすでに、戦闘時と同等の緊張感が走っていた。

 

「・・・・・・大西洋での作戦が、あまりうまくいっていないみたいですね」

 

 ストレートな質問をぶつけるエアル。

 

 対してデーニッツは、少し目を見張ると、フッと嘆息して口を開いた。

 

「流石に、耳が早いな」

 

 エアルがデーニッツの下で参謀を務めていた頃、特に情報の速さ、正確さを重点に置いた作戦計画の立案を心掛けていた。

 

 潜水艦は足が遅い艦である。それだけの、敵の輸送船の進路上に回り込んで待ち伏せする作戦が最適となる。

 

 それには敵船団や付近を航行している護衛部隊の情報が襲撃成功のカギとなるのだ。

 

 エアルが作ってくれた料理を口に運びつつ、デーニッツは話し始めた。

 

「どうやら、イギリス海軍が戦法を変えたらしい。前回、お前たちの援護で進出に成功した部隊にも被害が出始めている」

 

 先のフェロー諸島沖海戦時、相当数のUボートが大西洋に進出している。

 

 デーニッツとしては、これで一気にイギリス海軍の通商路を破壊する事を目指したのである。

 

 しかし、意に反してUボートの被害は続出しているのが現状だった。

 

「開戦からこっち、連中は俺達の通商破壊戦に苦しめられていますからね。いい加減、警戒もしてきているでしょう」

 

 いかに強力な兵器や戦術でも、使い続ければいずれは対抗策が取られる。

 

 ドイツ海軍のUボート戦術を警戒したイギリス海軍は、その対抗策を取り始めたのだ。

 

「そこで、だ」

 

 デーニッツは目を細め、エアルを見ながら言った。

 

「まだ、正式には決定していないが、またお前たちに出てもらう事になるかもしれん」

「俺達、て事は、水上艦の通商破壊作戦を、もう一度やるってことですか?」

 

 尋ねるエアルに、デーニッツは頷きを返す。

 

「目的は通称破壊だが、それに伴うUボート艦隊の支援も含まれる」

 

 目的がUボート艦隊の支援なら、作戦海域は恐らく、北海周辺ではなく大西洋になるだろう。

 

 既にイギリス艦隊が厳重に警戒している中、果たして水上艦隊が大西洋に進出できる余地があるかどうか。

 

 しかし、

 

 エアルはちらっと、シャルンホルスト達の方を見やる。

 

 食事を終えて、談笑する少女たち。

 

 エアルにとって、かけがえのない仲間たち。

 

 彼女達と共にあれば、どんな困難でも乗り越えていける。

 

 そんな気が、エアルはするのだった。

 

 

 

 

 

第26話「怒りの矛先」      終わり

 

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